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第7章 禁足の地と解放
第7章 第1話 禁足の地
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真っ青な結界の内側から、虹色のベルをちりりと鳴らす。
音の波が空間に静かに広がりながら、薄黒い淀みを浄化していく気配がある。
しばらくすると、剣で何かを撃ち合う音や地面を踏み荒らす音が消えて、すっと結界も解かれる。
魔素のランプの淡い光が、荒く息を吐いて肩を揺らす3人の騎士を照らし出す。
妖しくぬめりを帯びて艶めく黄土色の岩肌に三人の影が長く伸びて、静まりかえった暗い構内には岩肌を走る水音があちこちから聞こえてくる。
やけに冷たく錆びついた風が洞窟の奥から吹いてきて、肌を撫でていく。
中央に佇むカイゼルが「リィナ大丈夫か?」と振り向いて、私の様子を伺う。
釣られるように左右にいるシエナさんとクロードさんも心配そうに顔を向けてくれるけど、三人とも顔色が悪いのは、洞窟の暗さのせいだけじゃない。
黒い魔素の塊が奥から迫ってくるのが見えて、慌ててベルを鳴らして、浄化させる。
ここは殿下が『禁足の地』と呼んだ場所。
魔素がうまく流れず淀みが溜まる洞窟。
毒と怨嗟が蠢き、生身の人間は決して無傷では出てこられない場所。
身体だけが傷つくんじゃなくて…ここが本当に恐ろしいのは己の理性を失うこと、だ。
この世界に強い未練を残した魂も彷徨っていると殿下から教えられた。
そして、その魂達は魔素の魅せる幻覚に囚われ、魔獣と化し、訪れる人々を手招くように同じ闇へと堕とそうとするのだという。
魔素の影響をあまり受けない私は、淀みに触れても、嫌なことを思い出して少し気分が悪くなるだけ。囚われて考え込むほどのものじゃない。
でも他の人達は、その人が一番恐れていることが幻覚となって襲いかかってくる。
淀みに触れている時間が長ければ長いほどに、魂をも侵食されて共に闇に堕ちていく。
だから、魔素を浄化しながら、瞬時に魔獣の核を破壊する必要がある。
それでも、一瞬の油断は禁物だし、無事倒せてもその影響からは逃れられない。
同行しているカイゼルやシエナさん、クロードさんは頭巾を被ったような黒い影と対峙し、退ける度にそれぞれが悪夢を見ている。
頭巾の魔獣の他に毒を持ったネズミのような魔獣も不意に足元から飛び出してくるから、全く気の抜けない状況がここ数時間ずっと続いている。
進むほどに魔素の淀みは濃さを増し、三人とも口数は少なく、顔色は青白くなっていく。
クロードさんは特にいつもの軽口がほとんど出なくなっていて、額には薄く脂汗までかいている。
カイゼルは魔獣を倒す度にそっと私を抱きしめるようになった。私の体温を感じて、輪郭をたどるように背を擦っては離れていく。
シエナさんは戦闘が終わる度に剣の柄頭をじっと見つめたり、優しく触れている。家紋のような柄が彫り込まれて赤い宝石が埋まっている。
クロードさんは胸元からロケットを取り出して、小さな写真を眺めていた。家族の写真らしい。
それぞれが頼りない光の中、焦がれるように何かを確かめるような切実な瞳をしていて、私の胸奥も締め付けられる。荒い呼吸だけが空虚に響く。
「そろそろ最奥に辿り着くはずだ。シエナ副隊長、クロード、魔素は大丈夫か?」
カイゼルの声が緊張を含んだ鋭いものになる。
その瞳は洞窟の闇の淀みの奥を見据えている。
「はい。まだ補充用の魔石は残っています。」
「俺も大丈夫っす。予備の浄化の水晶も無事っす。」
まだ息が少しだけ乱れたまま二人は返事をする。でも、その表情は怯えもなく、引き締まったまま。そんな皆の様子に私も自分の足にぐっと力を込める。お腹の奥で紫の魔素が光を放って揺らめいた。
「では、行くぞ」
カイゼルを先頭にして、私の後ろにシエナさんとクロードさんがつく。ちりりとベルを鳴らしながら、立ち込める闇の中へと私達は足を踏み入れていく。
この闇の向こうのお母さんに浄化の音が届きますように。そして、お母さんに会って、私は本当の巫女になれますように。
そんな願いを秘めながら、ベルを鳴らす手に力を込めて、祈りを乗せる。
音の波が空間に静かに広がりながら、薄黒い淀みを浄化していく気配がある。
しばらくすると、剣で何かを撃ち合う音や地面を踏み荒らす音が消えて、すっと結界も解かれる。
魔素のランプの淡い光が、荒く息を吐いて肩を揺らす3人の騎士を照らし出す。
妖しくぬめりを帯びて艶めく黄土色の岩肌に三人の影が長く伸びて、静まりかえった暗い構内には岩肌を走る水音があちこちから聞こえてくる。
やけに冷たく錆びついた風が洞窟の奥から吹いてきて、肌を撫でていく。
中央に佇むカイゼルが「リィナ大丈夫か?」と振り向いて、私の様子を伺う。
釣られるように左右にいるシエナさんとクロードさんも心配そうに顔を向けてくれるけど、三人とも顔色が悪いのは、洞窟の暗さのせいだけじゃない。
黒い魔素の塊が奥から迫ってくるのが見えて、慌ててベルを鳴らして、浄化させる。
ここは殿下が『禁足の地』と呼んだ場所。
魔素がうまく流れず淀みが溜まる洞窟。
毒と怨嗟が蠢き、生身の人間は決して無傷では出てこられない場所。
身体だけが傷つくんじゃなくて…ここが本当に恐ろしいのは己の理性を失うこと、だ。
この世界に強い未練を残した魂も彷徨っていると殿下から教えられた。
そして、その魂達は魔素の魅せる幻覚に囚われ、魔獣と化し、訪れる人々を手招くように同じ闇へと堕とそうとするのだという。
魔素の影響をあまり受けない私は、淀みに触れても、嫌なことを思い出して少し気分が悪くなるだけ。囚われて考え込むほどのものじゃない。
でも他の人達は、その人が一番恐れていることが幻覚となって襲いかかってくる。
淀みに触れている時間が長ければ長いほどに、魂をも侵食されて共に闇に堕ちていく。
だから、魔素を浄化しながら、瞬時に魔獣の核を破壊する必要がある。
それでも、一瞬の油断は禁物だし、無事倒せてもその影響からは逃れられない。
同行しているカイゼルやシエナさん、クロードさんは頭巾を被ったような黒い影と対峙し、退ける度にそれぞれが悪夢を見ている。
頭巾の魔獣の他に毒を持ったネズミのような魔獣も不意に足元から飛び出してくるから、全く気の抜けない状況がここ数時間ずっと続いている。
進むほどに魔素の淀みは濃さを増し、三人とも口数は少なく、顔色は青白くなっていく。
クロードさんは特にいつもの軽口がほとんど出なくなっていて、額には薄く脂汗までかいている。
カイゼルは魔獣を倒す度にそっと私を抱きしめるようになった。私の体温を感じて、輪郭をたどるように背を擦っては離れていく。
シエナさんは戦闘が終わる度に剣の柄頭をじっと見つめたり、優しく触れている。家紋のような柄が彫り込まれて赤い宝石が埋まっている。
クロードさんは胸元からロケットを取り出して、小さな写真を眺めていた。家族の写真らしい。
それぞれが頼りない光の中、焦がれるように何かを確かめるような切実な瞳をしていて、私の胸奥も締め付けられる。荒い呼吸だけが空虚に響く。
「そろそろ最奥に辿り着くはずだ。シエナ副隊長、クロード、魔素は大丈夫か?」
カイゼルの声が緊張を含んだ鋭いものになる。
その瞳は洞窟の闇の淀みの奥を見据えている。
「はい。まだ補充用の魔石は残っています。」
「俺も大丈夫っす。予備の浄化の水晶も無事っす。」
まだ息が少しだけ乱れたまま二人は返事をする。でも、その表情は怯えもなく、引き締まったまま。そんな皆の様子に私も自分の足にぐっと力を込める。お腹の奥で紫の魔素が光を放って揺らめいた。
「では、行くぞ」
カイゼルを先頭にして、私の後ろにシエナさんとクロードさんがつく。ちりりとベルを鳴らしながら、立ち込める闇の中へと私達は足を踏み入れていく。
この闇の向こうのお母さんに浄化の音が届きますように。そして、お母さんに会って、私は本当の巫女になれますように。
そんな願いを秘めながら、ベルを鳴らす手に力を込めて、祈りを乗せる。
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