世界は、君を愛したくて創られた

六紫

文字の大きさ
50 / 61
第7章 禁足の地と解放

第7章 第1話 禁足の地

しおりを挟む
真っ青な結界の内側から、虹色のベルをちりりと鳴らす。

音の波が空間に静かに広がりながら、薄黒い淀みを浄化していく気配がある。

しばらくすると、剣で何かを撃ち合う音や地面を踏み荒らす音が消えて、すっと結界も解かれる。

魔素のランプの淡い光が、荒く息を吐いて肩を揺らす3人の騎士を照らし出す。

妖しくぬめりを帯びて艶めく黄土色の岩肌に三人の影が長く伸びて、静まりかえった暗い構内には岩肌を走る水音があちこちから聞こえてくる。

やけに冷たく錆びついた風が洞窟の奥から吹いてきて、肌を撫でていく。

中央に佇むカイゼルが「リィナ大丈夫か?」と振り向いて、私の様子を伺う。

釣られるように左右にいるシエナさんとクロードさんも心配そうに顔を向けてくれるけど、三人とも顔色が悪いのは、洞窟の暗さのせいだけじゃない。

黒い魔素の塊が奥から迫ってくるのが見えて、慌ててベルを鳴らして、浄化させる。

ここは殿下が『禁足の地』と呼んだ場所。

魔素がうまく流れず淀みが溜まる洞窟。

毒と怨嗟が蠢き、生身の人間は決して無傷では出てこられない場所。

身体だけが傷つくんじゃなくて…ここが本当に恐ろしいのは己の理性を失うこと、だ。

この世界に強い未練を残した魂も彷徨っていると殿下から教えられた。

そして、その魂達は魔素の魅せる幻覚に囚われ、魔獣と化し、訪れる人々を手招くように同じ闇へと堕とそうとするのだという。

魔素の影響をあまり受けない私は、淀みに触れても、嫌なことを思い出して少し気分が悪くなるだけ。囚われて考え込むほどのものじゃない。

でも他の人達は、その人が一番恐れていることが幻覚となって襲いかかってくる。
淀みに触れている時間が長ければ長いほどに、魂をも侵食されて共に闇に堕ちていく。

だから、魔素を浄化しながら、瞬時に魔獣の核を破壊する必要がある。

 それでも、一瞬の油断は禁物だし、無事倒せてもその影響からは逃れられない。

同行しているカイゼルやシエナさん、クロードさんは頭巾を被ったような黒い影と対峙し、退ける度にそれぞれが悪夢を見ている。

頭巾の魔獣の他に毒を持ったネズミのような魔獣も不意に足元から飛び出してくるから、全く気の抜けない状況がここ数時間ずっと続いている。

進むほどに魔素の淀みは濃さを増し、三人とも口数は少なく、顔色は青白くなっていく。


クロードさんは特にいつもの軽口がほとんど出なくなっていて、額には薄く脂汗までかいている。

カイゼルは魔獣を倒す度にそっと私を抱きしめるようになった。私の体温を感じて、輪郭をたどるように背を擦っては離れていく。

シエナさんは戦闘が終わる度に剣の柄頭をじっと見つめたり、優しく触れている。家紋のような柄が彫り込まれて赤い宝石が埋まっている。

クロードさんは胸元からロケットを取り出して、小さな写真を眺めていた。家族の写真らしい。

それぞれが頼りない光の中、焦がれるように何かを確かめるような切実な瞳をしていて、私の胸奥も締め付けられる。荒い呼吸だけが空虚に響く。

「そろそろ最奥に辿り着くはずだ。シエナ副隊長、クロード、魔素は大丈夫か?」

カイゼルの声が緊張を含んだ鋭いものになる。
その瞳は洞窟の闇の淀みの奥を見据えている。

「はい。まだ補充用の魔石は残っています。」

「俺も大丈夫っす。予備の浄化の水晶も無事っす。」

まだ息が少しだけ乱れたまま二人は返事をする。でも、その表情は怯えもなく、引き締まったまま。そんな皆の様子に私も自分の足にぐっと力を込める。お腹の奥で紫の魔素が光を放って揺らめいた。

「では、行くぞ」

カイゼルを先頭にして、私の後ろにシエナさんとクロードさんがつく。ちりりとベルを鳴らしながら、立ち込める闇の中へと私達は足を踏み入れていく。

この闇の向こうのお母さんに浄化の音が届きますように。そして、お母さんに会って、私は本当の巫女になれますように。

そんな願いを秘めながら、ベルを鳴らす手に力を込めて、祈りを乗せる。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く

紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

処理中です...