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第7章 禁足の地と解放
第7章 第6話 真実
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澄み切った軽い空気が変わって、息をする度に重く錆びついた匂いが鼻をつく。
視界には黒い湖面がぼんやりとした光が漂っている。
ーー戻ってこられた…
安堵と疲労が同時に襲ってきて、膝が抜け落ちそうになる。ふらりと揺れる体を大きな手が私を支えてくれた。
青い光が私を包み込む。
「お帰りなさい。里菜、海生君も。…二人とも無事で良かったわ。」
しゃららと淀みを祓うように神楽鈴を鳴らしながら、母が目を細めて嬉しそうに笑った。
つられて私も笑うけど、涙の膜が視界を遮って、せっかくのお母さんの姿がよく見えない。
「…お母さん。」
眼尻を溢れ落ちる涙をカイゼルが親指でそっと拭ってくれた。
「やっぱり里菜の相手はあなたなのね。海生君。…?二人ともこんなに大きくなって」
カイゼルの指に重なるように、母は私の顔に手を伸ばすけど、その手は私の頬に触れることなく通り抜けていく。母の瞳はまた哀しげに揺れる。
けれど、体の奥底を流れる紫と水色の魔素はほんの少し熱を持った。
「お久しぶりです。おばさん。」
母は「そうね」と言いながら、優しくカイゼルを見上げていた。
「さあ、あなた達に話さなければならないことがあるわ。少し長くなるから、こちらへ」
そう言って、母は私達を湖のほとりにある祭壇のような所へと連れて行って座らせた。
「ここは浄化の水晶に護られているから、大丈夫よ。さて、全て話しておかないとね…」
そう言ってから、湖面の瞳を落として遠い記憶を探りながら母はゆっくりと口を開いた。
それは私の出生に纏わることだった。
母は世界樹の巫女として、この世界に生まれ落ちた。そして、その娘の私もまた世界樹の巫女になる運命だったと告げられる。
その事実を聞いた時、特に大きな衝撃はなかった。この世界に来てから、薄々それは感じていたからだ。しっくりと腑に落ちた…そんな感じ。カイゼルも納得のいったような表情を浮かべている。
ただ、母は巫女として契りを交わす護衛をずっと見つけられなかったのだと打ち明けた。
「これはね、秘密の話なんだけど…。世界樹の巫女は自分の契る相手はすぐ分かっちゃうもんなのよ。…どんなに幼くてもよ。出会ってしまえば、互いの心が引き合って離れられないの。そう、あなた達みたいにね。」
私達の繋がれた手を見て、母がくすりと笑う。
でも、今の里菜と同じ年になっても、私には…現れなかったの。私は本当は巫女じゃないのかもしれないって何度も悩んだの…辛かったわ。」
どこか遠くを見ながら、母が語る。
「でもね、世界樹に祈ってみたのよ。『私の相手を連れてきてください』って…そしたら…」
何かを思い出したのか、ふふふふと幸せそうに母が笑い出す。
「そしたら、突然世界樹が光ってね。お父さんを本当に連れてきちゃったのよ。あの時のお父さんの顔ったら…」
母の笑顔に心が温かくなる。三人で過ごした日々が不意に思い出される。これも世界樹の奇跡なんだな…
「お父さんびっくりしてたけど、すぐに全部受け入れてくれたわ。私はちゃんと世界樹の巫女として儀式もできた。それからは、あちらの世界とこちらを行き来しながら祈りを捧げていたのよ。」
「でも…お母さん。私、自分が巫女だなんて何も知らなかったよ。」
「今となっては…それはあなたに謝らなければならないことね。」
言いながら、母はそっと目を伏せる。まるで痛みを押し隠すかのように。
「お父さんが日本での暮らしを望んだから、あなたはあちらで産んだの。早いうちにあなたをこちらに連れてこようとしたら…魔素が体に合わなかったのか…耐えられなかったのか…あなたはこちらに来ることが出来なかった。無理に連れてこようとすると、生命の光が散り散りになりそうだった。
…だから、体が耐えられるまで、全て黙っておこうって父さんと決めたのよ。
それが…あんな事故が起きてしまって…」
母の表情がさらに憂いを帯びて、ぽたりと雫が湖面に落ちるのが聞こえた。
視界には黒い湖面がぼんやりとした光が漂っている。
ーー戻ってこられた…
安堵と疲労が同時に襲ってきて、膝が抜け落ちそうになる。ふらりと揺れる体を大きな手が私を支えてくれた。
青い光が私を包み込む。
「お帰りなさい。里菜、海生君も。…二人とも無事で良かったわ。」
しゃららと淀みを祓うように神楽鈴を鳴らしながら、母が目を細めて嬉しそうに笑った。
つられて私も笑うけど、涙の膜が視界を遮って、せっかくのお母さんの姿がよく見えない。
「…お母さん。」
眼尻を溢れ落ちる涙をカイゼルが親指でそっと拭ってくれた。
「やっぱり里菜の相手はあなたなのね。海生君。…?二人ともこんなに大きくなって」
カイゼルの指に重なるように、母は私の顔に手を伸ばすけど、その手は私の頬に触れることなく通り抜けていく。母の瞳はまた哀しげに揺れる。
けれど、体の奥底を流れる紫と水色の魔素はほんの少し熱を持った。
「お久しぶりです。おばさん。」
母は「そうね」と言いながら、優しくカイゼルを見上げていた。
「さあ、あなた達に話さなければならないことがあるわ。少し長くなるから、こちらへ」
そう言って、母は私達を湖のほとりにある祭壇のような所へと連れて行って座らせた。
「ここは浄化の水晶に護られているから、大丈夫よ。さて、全て話しておかないとね…」
そう言ってから、湖面の瞳を落として遠い記憶を探りながら母はゆっくりと口を開いた。
それは私の出生に纏わることだった。
母は世界樹の巫女として、この世界に生まれ落ちた。そして、その娘の私もまた世界樹の巫女になる運命だったと告げられる。
その事実を聞いた時、特に大きな衝撃はなかった。この世界に来てから、薄々それは感じていたからだ。しっくりと腑に落ちた…そんな感じ。カイゼルも納得のいったような表情を浮かべている。
ただ、母は巫女として契りを交わす護衛をずっと見つけられなかったのだと打ち明けた。
「これはね、秘密の話なんだけど…。世界樹の巫女は自分の契る相手はすぐ分かっちゃうもんなのよ。…どんなに幼くてもよ。出会ってしまえば、互いの心が引き合って離れられないの。そう、あなた達みたいにね。」
私達の繋がれた手を見て、母がくすりと笑う。
でも、今の里菜と同じ年になっても、私には…現れなかったの。私は本当は巫女じゃないのかもしれないって何度も悩んだの…辛かったわ。」
どこか遠くを見ながら、母が語る。
「でもね、世界樹に祈ってみたのよ。『私の相手を連れてきてください』って…そしたら…」
何かを思い出したのか、ふふふふと幸せそうに母が笑い出す。
「そしたら、突然世界樹が光ってね。お父さんを本当に連れてきちゃったのよ。あの時のお父さんの顔ったら…」
母の笑顔に心が温かくなる。三人で過ごした日々が不意に思い出される。これも世界樹の奇跡なんだな…
「お父さんびっくりしてたけど、すぐに全部受け入れてくれたわ。私はちゃんと世界樹の巫女として儀式もできた。それからは、あちらの世界とこちらを行き来しながら祈りを捧げていたのよ。」
「でも…お母さん。私、自分が巫女だなんて何も知らなかったよ。」
「今となっては…それはあなたに謝らなければならないことね。」
言いながら、母はそっと目を伏せる。まるで痛みを押し隠すかのように。
「お父さんが日本での暮らしを望んだから、あなたはあちらで産んだの。早いうちにあなたをこちらに連れてこようとしたら…魔素が体に合わなかったのか…耐えられなかったのか…あなたはこちらに来ることが出来なかった。無理に連れてこようとすると、生命の光が散り散りになりそうだった。
…だから、体が耐えられるまで、全て黙っておこうって父さんと決めたのよ。
それが…あんな事故が起きてしまって…」
母の表情がさらに憂いを帯びて、ぽたりと雫が湖面に落ちるのが聞こえた。
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