COLD LIGHT ~七美と愉快なカプセル探偵たち~

つも谷たく樹

文字の大きさ
7 / 57
第二章 黒い呪術師

 ‐3‐

しおりを挟む
 吉野木が自宅に帰ると、玄関の前には黒い乗用車が停車していた。
 なんの変哲もない普通のセダンであるが、角ばったヘッドライトがこちらを睨んでいるような錯覚をおぼえた。

「……まさか」

 一瞬、息を飲み立ち尽くす。
 どす黒いものが胸を埋めていくのを感じていると、スーツ姿の若い男性が車から降りてきた。

「吉野木誠一さんですね。西警察の者ですが、少しばかりお話を聞かせてください」

 日章のバッジを見せられ、呼吸が止まりそうになる。
 警察から電話があると思ってはいたが、よもや家の前で待ち伏せされるとは考えていなかった。

「は、はい。わかりました」

 昨晩、麦仲が死んだのは、知人から連絡を受けていたし、今朝のニュースでも見た。
 別にやましいことはなく、なにを尋ねられても正直に話せばいいだけであった。
 ――あの老婆の件だけを除いて。

「麦仲克己さんが亡くなったのはご存じでしょうか」 
「……はい。明け方近く、知り合いから聞きました」
「昨日の十時から今朝にかけてはどちらにおられましたか」

 後部座席へと案内されるや否や、唐突に本題から始まる。
 てっきり警察署へと連行され、映画やドラマにあるような取り調べ室にて、怖い警察官と、やさしい警察官の二人組から尋問されると思っていた。

「お恥ずかしい話ですが、昨晩は泥酔でいすいしてしまい、帰るのが面倒になったので泊まりました」
「どちらのホテルですか? おひとりでですか?」
「駅中にあるマンガ喫茶です。一晩中、本を読んでいました」

 わざと周囲を見回すのは、動揺を悟られないようにするため。
 幾度となく角度を変え、麦仲と別れたあとの行動を聞かれるも答えは同じ。
 昨晩は老婆の忠告通り、すぐにマンガ喫茶へ向かうと、あえて店員の前のテーブル席で一夜を明かしていた。

「間違いありませんか」

 私服警察が最後の念を押したので、しっかりとうなずいて返す。自身でもわかるくらい喉が鳴った。

「はい。間違いありません……」

 過去にスピード違反をしてパトカーの後ろに乗ったことはあるが、こんな普通のセダンに乗せられたのは初めて。
 はたしてどのような場面で使うのだろうか考えていると、助手席の捜査員へと無線が入り、ドアが開いた。

「ご協力、ありがとうございました」

 すぐに裏が取れた模様で、警官たちは降車して頭を下げる。
 ものの十分ほどで取り調べが終わり、吉野木は解放された。

「……もう、いいのですか」
「形式ばかりの聞き取り調査ですので、あまりお気になさらないでください」
「はぁ……」

 ようやく自宅に戻ると、徹夜の疲労からか、急に睡魔が襲ってくる。
 殺人の嫌疑けんぎを掛けられたのも然ることながら、老婆の残した言葉が不安で、不安で仕方がなく、服も脱がずに布団へと潜りこんだ。

「行かないと……。本当に俺も死ぬのか……」

 麦仲の死を望みはしたが、自ら手を下したわけでもなければ、あの老婆に依頼をしてもいない。
 勝手に相手が言い出したのを真に受けただけで、決して自分のせいではなかった。

「俺は関係ない。むしろ被害者だ」

 よほど疲れていたのか、薄いシーツを被った途端、眠りにつく。
 やがて脳だけが目を覚ますと、心臓の鼓動だけがはっきりと聞こえてくる。
 金縛りだと気づいた瞬間、どこからともなく老婆のしゃがれた声が聞こえてきた。

 ――今と同じ時間、この店で待ってるから必ず来るんだよ。
 
 呼吸がしづらく、キリキリと胃も痛い。 
 どんなに耳を塞いでも、直接、脳へと刻まれる、呪いの文言みたいだった。

 ――さもないと。

 つま先の辺りから老婆の声がして、足をバタつかせて振りほどく。

「さ、さもないと……、どうする気だっ」

 必死であらがい、懸命に声をあげる吉野木。
 モノトーンの景色のなか、真っ赤な絵具が飛び散っていく感覚があった。

 ――あんたも……。

 皺だらけの指先が、にょきりと現れ、ゆっくりとシーツがまくり上げられる。
 老婆の顔だけが隙間から覗くと、男のような野太い声で言った。

『――死ぬよ』

「ひいいっ」

 吉野木の身体が大きく跳ね、目が覚める。
 寝汗でワイシャツが冷たくなり、焼けるみたいに喉が痛い。
 悪い夢にさいなまれ、なにかを叫んでいたようだった。

「行かないと……。俺も殺される」

 居ても立ってもいられなくなり、ベッドから抜けだすとタバコに火をつける。
 味わうことなく灰皿へ押しつけると、吉野木は新しいスーツに着替えを始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...