COLD LIGHT ~七美と愉快なカプセル探偵たち~

つも谷たく樹

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第三章 呪いのルール

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 警察からの事情聴取を終えた三倉は、ロビーで肩を落としている。
 七美とのツーショット写真を眺めては、はらはらと泣き濡れ、ハンカチで目頭を押さえていた。

「隊長……。どうかご無事でいてくださいませ」

 あたかも生きるか死ぬかの大手術がおこなわれているかの狼狽ろうばいぶりであるも、単に日ごろの不摂生がたたり寝ているだけ。どこに心配する要素があるのか、不思議になるくらいの妄想力だった。

「なんかお腹に入れないと体が持たないっすよ」

 憔悴しょうすいし切っている彼女を見かねたらしく、大木場は病院の売店で購入した焼きそばパンを差し出す。瞳の奥に悲哀の色を浮かべた三倉は、またも唇を噛み、涙を拭った。

「焼きそばパン。隊長の大好物でした。はうぅぅ」
「亡くなったみたいな思い出し方しないでくださいよ」
「申しわけありません。悲観しすぎてしまいました……」

 ふたりが並んで小腹を満たしていると、一台のパトカーが回転灯を点け、駐車場に入ってくる。
 ゆっくりとドアが開けられると、矍鑠かくしゃくとした白髪頭の老人が降りてきた。
 かつて鬼の高橋と仇名あだなされた、老練の臨時雇用刑事であった。

「交通課で、ここの病院を教えてもらったんじゃ。寿美子ちゃん、指名手配犯を捕まえたらしいのぉ」
「捕まえたというか、向こうから来たのですが……。どうされましたか? 高橋さん」
「どうしたもこうもしたも、轢き逃げ事件の犯人がわかったのなら、教えてほしいぞい」
「ああ、先ほどのお話でしたか。詳細は大木場さんにお尋ねください」

 三倉に言われ、背筋を伸ばす脳筋隊員。
 折り返すのを忘れていた様子だった。

「えーとですね。これを見て犯人を特定していたっす」

 大木場は七美のスマートフォンを借りると、フォトデータを開く。
 今日の昼間、廃神社で撮影したノート画像を探しあてると、拡大して見せた。

「これはなんぞい」
「賽銭箱の横にあったウエイティングボードの代わりっす。なんでも儀式をする際の予約表みたいなものでして、呪いたい相手の名前を書くらしいっす――」

 大木場は七美からの話をそのまま説明する。
 だが、その画像には『山田一夫』の名前がなく、やはり呪うべき相手は実在をしていない模様であった。

「名前があるならまだしも、どうしてナナちゃんは護衛が必要ないと言ったのじゃ?」
「さぁ? あっ、でも山田さんに『落としたことがあるか確認したい』と言ってたっす」
「落とすって、なにをじゃ?」
「なんすかね?」

 大木場は、外人のするジェスチャーみたいに、大きく手を広げる。
 これにて自身の任務は終わりと思いきや、己の力で犯人を暴かないと、うるわしのきみ。三倉寿美子とデートができないのに気づいたらしく、ロビー中に響く大声で、ソファから立ち上がった。

「あああっ、そうだ。これは僕が解かないと」
「どうしてじゃ」
「理由があるんっすよ。僕にやらせてください」

 スマートフォンをひったくり、七美の撮った写真を穴が開くほど見つめる。
 頭から湯気を上げながら、これまでになく真剣な口調でノートに書かれている文を読み上げていった。

「えーと、『六月十一日から十八日まで原田健二』『十九日から二十六まで小森義雄こもりよしお』二日とんで『二十八日からは田仲正巳……』なんっすか? これは?」
「さっき自分で予約表と言ってたぞい」

 このなかにあるのはわかっているが、記載されているのは殺したい相手であり、犯人の名前ではない。
 だいいち、ここに名前のない山田一夫に対し、なにを確認したいのか謎であった。

「むうぅ……。降参っす」

 いとも簡単に白旗を上げる大木場。
 だが隣で首を覗かせている三倉は、はたとなにかに気づいたようだった。

「隊長は『ラストチャンス』とおっしゃっていたのですよね? 今日は二十六日なので、この小森義雄を呪っている相手じゃないですか」
「だとしたら、山田さんに、なにを落としたのか聞くんすかね?」

 肩を並べ、スマートフォンを見つめる三倉へと大木場がふり向く。
 あまりにも距離が近すぎたため、彼女の頬に唇がかすめてしまった。

「うおぉぉぉっ」

 怪獣にも似た大木場の絶叫がロビーに轟く。
 ――さっきからうるせーな。
 そんな顔をして、行き交う看護師たちが睨んでいた。

「すみません。すみません。決してわざとじゃないんです」

 平身低頭、謝る大木場であるも、三倉はまったく意に介していない様子。
 自身の下唇を指で弾き、何事かを考え込んでいた。

「落とし物……ですか」
「ふーむ、いったいなにを落としたのじゃろうなぁ」

 高橋はポケットに右手を入れ、もう片方の手で髭を撫でつける。
 ここにいる全員、皆目、見当がついていなかった。

「落とし物……。財布、カバン、スマホ、自動車や自転車の鍵。はて? なんでございましょうね」

 三倉は思いつく限りのアイテムを挙げ、天井へと視線をやる。
 すると大木場は彼女の言葉に引っかかったらしく、なぜか口元をほころばせた。

「財布と言えば、僕も先日、道ばたで拾ったんすよ。警察に届けたら落とし主が現れ、お礼に一割をもらったんす」

 大木場は、自身の財布をポケットから出すと、千円札を二枚抜く。  
 今日日きょうびの小学生ですら持っていそうな金額だが、誇らしげな顔で、ふたりの前にかかげた。

「……落とし物って、もしかして財布でしょうか?」
「仮に山田が財布を落としたとして、なんの関係があるんじゃ?」

 三倉の疑問に高橋の疑問が重なる。するとなにか閃いたのか、大木場は威勢よく手を叩いた。

「免許とクレジットカード。僕が拾った財布には名刺も入っていましたっ」
「なるほどでございます。つまり拾ったひとは山田一夫に成りすましたわけですね」
「待っててくれ、すぐ調べるぞい」

 老刑事は、エッホ、エッホと声に出し、パトカーへと駆けてゆく。
 無線を通し、どこかに連絡を入れると、ものの三分ほどで戻ってきた。

「以前に事情を聞いた『山田一夫』たちのなかに、半年ほど前、免許を紛失した者がおった」
「では被害に遭われた前川さんは、山田一夫さんになりすました相手を呪い殺そうとして車に撥ねられたわけですか?」
「そうみたいじゃのぉ」

 不思議そうに首を傾げる高橋と三倉。すると大木場は、またまた手を叩くと、朝一番に訪れた工業団地での話をした。

「――そういえば隊長は『ブレーキ痕が逆』と言ってたっす」
「逆? どういう意味じゃ」
「さぁ、そこまでは……」と、そこで諦めかけた途端、またまた奇跡的になにかを閃いた模様。
 もう一度、大きく手を叩くと、三倉と高橋を交互に見た。

「わかったっす。おそらく向かうのではなく、戻る途中で事故に遭ったんですよ――」

 ようやく大木場は、神社とは反対方向に付いていた意味を理解する。
 それを聞いた高橋は、あらためて現場写真を保存してあるフォルダを開いた。

「ぐぬぬ、こんな初歩的なことに気づかんとは、一生の不覚じゃ」

 高橋が悔しそうにつぶやく。
 すると次の瞬間、突如として演技掛かった声が、自動販売機の後ろから聞こえてきた。

「天知る、地知る、人ぞ知る。七美七美、ただいま見参」

 歌舞伎のような見得みえを切り、外連味けれんみたっぷりに姿を登場する。
 キャスター付きの点滴スタンド、イルリガートルをガラガラと引きずりながら近づいてきた。

「隊長」「隊長」「おお、ナナちゃん」
「大木場、財布をくれないかしら。スポーツドリンクが飲みたいの。この自販機限定ってやつ」

 七美は片手で受け取るも、左手には針が刺してあり、もどかしそうにしている。
 ポケットから小銭を出した高橋は、投入口へと滑り込ませた。

「のぅ、ナナちゃんよ。被害者の前川は神社のルールを知らず、いきなり神社に押しかけてしまったので、丑の刻参りをしていた相手に撥ねられたのじゃな」
「そうです。儀式を見られたら成就じょうじゅしないし、呪いは自身に返ってくると言われています。おそらく相手も、必死で跡を追っていたのでしょうね――」

 七美はスポーツドリンクに口をつけながら高橋のあとを継ぐ。
 ブレーキ痕に加え、予約表として使っているキャンバスノートに山田一夫の名前がなかった点。
 それになにより、事件を攪乱かくらんしたいのであれば具体的な名前を挙げるより、イニシャルや、暗号めかした記述をするはずだと語った。

「あの『山田一夫』と書かれた文字が大きく歪んでいたのは筆跡鑑定を逃れるためではなく、憎しみのあまり、手が震えていたのでしょうね」
「隊長、質問よろしいでしょうか。では山田一夫さんを名乗り、前川さんに詐欺を働いていた人物とは誰でしょうか?」

 三倉は手を上げ、そのなりすました相手について尋ねてくる。
 それすらも七美はすでに看破しており、残りのスポーツドリンクをひと息で飲み干した。

「ねぇ、じ……じゃなく高橋さん。被害者の通話履歴に、『彼女とは友だち』と言った、慰安旅行中の男性がいましたよね」
頻繁ひんぱんにやり取りしとった形跡があったな。それより、今の『じ』はなんじゃ」
「なんでもありません。その方は山田さんが落とした財布から、身分証明や社員証を使い、彼に成りすまして、前川さんに近づいたと思います。証拠となるアプリを使わずに、電話だけで連絡し合っていたのは、もともと計画のうえでのこと。『詐欺』と書かれていたからには、その男性は結婚でもちらつかせ、お金をだまし取ったのではないでしょうか」
「うーむ。肝心なのは、その男の証拠じゃのぉ」

 ここまでは七美の想像であり、なんら確証がない。
 しかも詐欺であったとしても被害届はなく、今のままだと立証はむずかしかった。

「人形を藁で編む際、対象者の髪や爪を入れるみたいよ。念入りに調べてみてください」
「……となれば、その男の髪か、爪が混じっとるのか?」
「可能性はあると思います。被害者の女性は、ハウスルールを知らなかっただけで、きちんとした正装をして挑もうとしていましたよね。おそらく抜かりはないでしょう」

 七美はスポーツドリンクの空き缶をゴミ箱へと放り込む。
 次いで高橋に微笑ほほえみかけると、点滴をしていない腕を伸ばした。

「前川さんが元気になれば、被害届も出せるんじゃない? はい。着手金はもらったから、日当ちょうだい」

 おいでおいでするように手のひらを向け、白く細い指を悩まし気に動かしてみる。
 一緒にいたムキムキマッチョくんは、さほど役に立っていないが、彼がいなければ誰もいない神社で行き倒れていたであろう。命の恩人である以上、特別に褒美を与えなければならなかった。

「おお、そうじゃった。世話になったのぉ。さすがナナちゃんじゃ」

 老刑事はくたびれた財布から一万円札を四枚引き抜くと七美に渡す。
 警護の仕事はしていないが、犯人を特定したこともあり、格安な価格でもあった。

「あたしは三日ほど入院を勧められているから、三倉は大木場を廃神社まで送ってあげて。バイクを近くに空き地に止めたままだから」
「承知いたしました」

 急いで駐車場へと走っていく女性隊員。
 七美は大木場に臨時ボーナスを渡すと、彼の肩口へと顔を寄せた。

「――ついでにデートへ誘っちゃいな」
「ええぇっ」

 驚く大木場に向け、七美はウインクをした。
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