COLD LIGHT ~七美と愉快なカプセル探偵たち~

つも谷たく樹

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第四章 雨に唄えば

 ‐2‐

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 三倉の運転するフランス製のセダンが、夜のきらびやかな街を駆け抜けて行く。
 ここでムードのあるBGMでも流れていれば、大木場も話をしやすいが、そうではなかった。

「あのー、三倉さん……」
「なんでございましょう」
「この音楽……というか肉声はいったい、なんすか?」

 フロントスピーカーからは男性の呼吸音が流れている。それも「はぁはぁ、はぁはぁ」と延々に。

「相撲番組から編集をしました。Vol.3『よろこびの吐息』でございまして――」

 三倉の趣味は相撲観戦らしく、ガタイのいい男たちが取っ組みあって闘うのが大好きとのこと。
 この自ら編集した音楽ファイルは、テレビの勝利者インタビューで、感想を聞かれたときに発する、喋りはじめの息づかいだけを切り取って繋げたと述べた。

「ほかにも行司さんの『のこった、のこった集』もありますが、そっちにしますか?」
「行司も好きなんすか」
「子どものころ行司に憧れていたのです。ですから女性でも本物の行司装束を着られる、大相撲ファン感謝祭に行くのを毎年たのしみにしているんです」
「はぁ……」
「行司って、決死の覚悟がないと務まらないのはご存じでしょうか」
「そうなんっすか?」
軍配団扇ぐんぱいうちわのほかに、脇差わきざしも携帯していますよね」
「そういえば刀も持っていたっすね」
「あれは勝敗を間違えた場合、即座に責任を取って、切腹をするためです」
「ええっ、そうだったんっすか」
「もちろん危険がないよう刃の部分は落としてありますけれどね」

 思いのほか豆知識にはなった。
 しかし今の彼は、それどころではなく、早く三倉を誘わなければならなかった。

「と、と、ところで、き、き、今日は、た、たいへんでしたね」

 大木場はチラチラと横目で見つつ会話をつづける。
 女性を食事に誘うなんて初めてであり、たどたどしい口調になっていた。

「お互いさまですね。本日はたいへんお疲れさまでした」

 やさしく微笑ほほえむ彼女を見て、少しだけ安心をする。
 だが次になにを言っていいのか思いつかず、左胸に手をやったまま固まってしまった。
 
 外を見れば、市街地を抜け、ハイウェイへと向かうバイパスが迫ってくる。
 廃神社に着いてしまえば解散となり、ここで決着をつけなければならなかった。

「み、み、三倉さん。おっ、おっ、お腹は、す、す、空いてませんか」

 大木場は持てる限りの勇気を振り絞り、ストレートに尋ねてみる。
 これで「満腹です」と返されれば即終了となり、両手を合わせ神様に祈った。

「あはっ。じつは隊長が倒れたと聞いたとき、お昼に行こうとしていました。なので、お腹はからっぽです。いただいた焼きそばパンでちょっとは埋まりましたけれどね」
「じゃ、じゃあ、ご、ごはんを食べて帰りませんか。ぼ、ぼ、僕が奢りますので」

 三倉はダッシュボードに目をやり、時刻を確認している。
 真一文字に口を結び、しばし視線だけをさまよわせていた。

「ど、どうしたんすか?」
「頭のなかで地図を開いておりました。ちょっとだけ遠回りになりますが、いつもの洋食屋さんにしましょうか。今日は雨ですし、お客さまも少ないと思われます」
「やったー。ありがとうございます」

 今度は神様ではなく、隊長を思い浮かべて感謝する。
 三倉にしてみれば単なる食事であろうが、大木場にとっては大事な第一歩。
 これから恋愛に発展していくうえで、まずは重要な課題をクリアした。
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