COLD LIGHT ~七美と愉快なカプセル探偵たち~

つも谷たく樹

文字の大きさ
36 / 57
第七章 人を呪わば穴二つ

 ‐1‐

しおりを挟む
 翌日の朝。市民病院の一室には、いつもの警備隊と高橋に混じり、またしても華奢な美少年が同席している。
 みんなから、『ぼくちゃん』と呼ばれている洋食屋の店員は、水溜にもお見舞いを持っていくとの話で、フルーツのかごげていた。

「――とまぁ、そんなわけで吉野木は強盗殺人の容疑で、被疑者死亡のまま書類送検される見通しなんじゃ」

 老刑事は、昨晩起きた井関宅での事件について、詳しい情報を伝えている。
 吉野木の持ち物からは、鍵のほかにも、住所を書いたメモや、返り血を浴びたジャケットまで入っており、しかも彼の家のパソコンからは井関宅を検索した履歴まで出てきたため、まごうことなき実行犯と断定されていた。

「家の鍵を拾ったから泥棒に入るって、そんな短絡的な決着はないわよね。実際のところ、警察の見解としてはどうなの?」

 七美は大木場に買ってきてもらったハンバーガーの包みを開け、しばし視線を落とす。
 常人であれば、そんなリスクを負うはずもなく、窃盗以外の目的があったとしか考えられなかった。

便宜上べんぎじょう、強盗殺人未遂にしとるけど、不自然なところだらけじゃ。荒らされたのはリビングだけで、引き出しにあった現金入りの封筒には手をつけとらんかったぞい」
「盗みに入ったと見せたかっただけ。――そう解釈すべきでしょうね」
「なるほどです。マンション前に何台かクルマが止まっていましたが、あれは私服警官でしたか」

 寝不足らしく、パイプ椅子を用意する三倉の目が赤い。
 明け方まで対象者の帰りを待っていたとのことで、たった今、遺体となっているのを知った。

「はい、これ。三倉さんと高橋さんのも買ってきたっすよ。あと、ぼくちゃんのもね」

 大木場は紙袋を開け、人数分のハンバーガーを出してくる。
 本当は自身のだったらしく、彼の分はなかった。

「ありがとうございます」

 かわいらしく、両手で受け取る美少年。よほどお腹が空いていたのか、すぐにかぶりついた。

「ほんでもって一命を取り留めた井関幹恵じゃが、ここに入院しとるらしい。深夜にサイレンが鳴ってたじゃろ」
「ふぁーあ。救急指定病院って、おちおち寝てられないのよねー。仕方ないけどさー」

 七美の瞼も、とろんと落ち、大きなあくびをする。
 酒を飲めなかった悔しさと妙な胸騒ぎ。頻繁に出入りする救急車のサイレンや、ストレッチャーの音などで、三倉と同じく寝不足気味だった。

「もうすぐ出張中の旦那も戻ってくるので、担当班が事情を聞く予定なんじゃ」
「ご主人もつらいでしょうね。まさか自分が留守のあいだに、こんな事態になってしまうなんて」

 そう言っているあいだにも救急出動をするサイレンが聞こえてくる。
 病院という場所は、つねに死と隣りあわせの人間模様が垣間かいま見え、ひたすら空気が重い。
 早く退院をしたいが、加入している保険との兼ね合いもあり、明日までは検査がつづく予定だった。

「高橋さん。申しわけありませんが、ここまでの経緯けいいをおさらいしてもらえませんか」
「僕もお願いします。いきなり吉野木さんが亡くなってしまったので、本来の事件が隅っこに飛んでいきました」

 ザ・鉄腕チームである三倉&大木場は、口頭による説明について来られていない。
 珍しく仕事用のカバンを持ってきている老刑事は、一連の流れを相関図にしているとの話で、壁際へと歩いていった。

「オケまるじゃ。今日はちゃんと準備してきたぞい」

 ガサガサと音を立て、容疑者全員の名前と当日の動向と証人。その横には顔写真まで貼られた模造紙を出してきて、セロテープで留めた。

「じゃじゃーん。もしかしてアリバイトリックを使ったのがおるかも知れんので。まとめやすくしてきたんじゃ」

 高橋は得意げに胸を張る。
 すると、それを見たで肩の少年は、チーズ入りのハンバーガーを頬張ったまま、素っとん狂な声をあげた。

「どうしたの? ぼくちゃん」
「んー……」

 どうやら視力が良くないらしく、一歩、また一歩と進んでいく。
 貼られている顔写真を凝視したあと、七美へとふり返った。

「この吉野木さんと平良さんって方ですが、つい先日、一緒にお店に来られましたよ」
「えっ? ホント?」

 七美は前のめりとなり、床に足を下ろす。
 そのまま少年のもとへ進んでいき、冗談混じりに、彼の白い顔へ頬を寄せた。

「詳しい話を聞かせて。どんな感じだったか憶えているかな」
「は、は、はい。二晩連続で同じ時間にお越しなられました」
「二晩連続で同じ時間?」
「最初に来られたとき、お婆さんはなにも食べずに、何度も骨付きチキンをナイフで刺していましたが、二日目は、おふたりとも完食されました」
「最初に訪れたときに……刺した?」
「はい。『ナイフは時間をかけ、ゆっくりゆっくり刺さるんだ。きっと奴は痛みで、もがき苦しんで死ぬだろう』そう言っていました」

 紅く頬を染める少年をよそに、七美は鼻の下へと指を持っていく。
 瞳を閉じ、しばらく考えたあと、おもむろに全員へと向きなおった。

「たしかに呪いは遅効性ちこうせいとは言われているが……。ねぇ、じ……じゃなく高橋さん。ここ数日、ほかに刺傷事件なんて起きていますか」

 照れている少年を、ぬいぐるみたいに抱き上げ、老刑事へと尋ねる。
 仲良さそうなふたりを前に、三倉の口から歯ぎしりがもれた。

「うーむ。わしの管轄内では麦仲だけじゃ。それより、『じ』ってなんぞい――」

 ひと口、ふた口でハンバーガーを食べおわった高橋は、包みをポケットにねじ込む。
 いつも『じ』と言いかける理由を聞かれたが、七美は軽く流した。

「そんなことより、もう一度、麦仲の検視結果を聞かせてくださいませんか」
「司法解剖によると、刺されたことによる失血死と出とったな。それも一撃目で致命傷になったみたいじゃ――」
 
 高橋は死亡推定時刻や、凶器となったナイフの刃渡りに殺傷部の深さ。
 争った形跡や、胃の内容物などなど、こと細かに手帳を捲りながら答えた。

「……そうですか……。何度も刺したのではなく、一撃で仕留めたのですか……」

 七美は少年を解放してあげると、ベッドへと戻っていく。
 包みを開けただけのハンバーガーを手に取ると、大木場に渡してあげた。

「ねぇ、高橋さん、昨晩は平良を張っていましたよね。彼女は家にいましたか」
「張り込み班からは、ずっと自宅におったと聞いておるぞい。どこも出ておりゃせん」
「平良に直接、『吉野木と面識があったか』なんて聞くことは可能でしょうか?」
「うーむ。平良にはちゃんとしたアリバイがあり、容疑者から外れておるからのぉ――」

 本件と関係のない質問は、取り調べの混乱を招いてしまううえ、当事者への権利侵害とも捉えかねないとのこと。
 高橋は渋い表情を浮かべ、警察と言えども、なんでも聞いていいわけではないと述べた。

「それでは平良と吉野木の関係を、もっと深く掘ってもらえますか。もうひとり実行犯が隠れているかも知れません」
「となると、十三人目がおるのか?」
「まだわかりません。でもそうでなければ辻褄つじつまが合いません」

 いろんな状況が思い浮かぶも、それらはあくまで想像の範囲でしかない。
 とりあえず指示を受けた高橋は、スマートフォンを取り出すと、小声で電話を掛けはじめた。

「隊長。私たちは今後、どうすればいいでしょうか」
「待機は退屈なので、僕らにも仕事が欲しいっすよ」

 脳筋バディが質問してくるが、七美は手作りの相関図に目をやったまま動かない。
 まだまだ情報が必要であり、今はまだ方向性が定まらなかった。

「いたずらに動くのは得策じゃないからね。事務所で筋トレでもしていてちょうだい」

 ふたりの顔を交互に見て、七美は微笑む。
 すると、恐る恐る手を上げた小柄な美少年が妙なことを言った。

「あの……、二回目に来店されたときですが、吉野木さんは昼過ぎから、ずっと店の前で平良さんを待っていました。傘もささず、雨の降るなかを八時間近くも」
「待っていた? そんな長い時間、雨に打たれたままで?」
「はい。顔色も悪く、どこか怖がっている感じでした」

 七美は鼻の下を触り、そうなるに至った経緯けいいをイメージしてみる。
 やがて導きだされた答えは、お互いに殺害したい対象者を交換し合う方法。『エクスチェンジ・マーダー』だった。

「みんな。この仮説を聞いてほしい――」

 ベッドから立ち上がり、先ほど構築された推理を全員に披露する。
 まだ穴だらけであるも、これまでの状況からかんがみて、もっとも違和感のない組み立て方だった。

「平良は何者かと組んで交換殺人をしようと、まずは自身の復讐相手である麦仲を殺害してもらった――」

 ペンのキャップを口で取ると、『平良』『麦仲』と模造紙に書き込んだ。

「交換殺人なので次は平良が殺害をする番となっていたが、彼女は自分の手を汚さず、吉野木を代理人として使った――」
 
 まずは殺害する相手の行動パターンを分析するのは自明の理で、麦仲を張り込んでいるうち、同じように殺意を抱いている者の存在。吉野木誠一を知ったと推測した。

「おそらく吉野木に対しは、『麦仲を殺す代わりに、本来は自分が手をくだす相手である、井関幹恵を殺してくれ』と依頼をした。もしも断れば、『おまえも呪い殺す』そんなふうに脅したのではないでしょうか――」

 悪天候のなか、ひたすら待っている状況を思えば、なにかに怯えているのがうかがえる。
 平良の名前の下には『吉野木』と書き、直線で結んだ。

「そして吉野木は、平良の代わりに井関幹恵を襲ったものの、失敗したうえに自身は事故死をしてしまった」

 さらに横には『井関』の名が連なることで、新たな人物相関図が完成をした。

「ナナちゃんよ。もしその推理が当たっとったら、誰が平良との交換に応じたのじゃ?」

 七美はメモ帳の上にペンを転がすと、窓際まで歩く。
 そっとガラス戸を開けると、淡い栗色した、やわらかな髪が風に踊った。

「聞き出そうにも吉野木は亡くなりましたし、被害者の幹恵さんも重篤じゅうとくなのですよね。平良に聞くのもむずかしいのであれば、やはり周りの状況を徹底的に洗ってみるしかありません」

 凛々しい眼差しを全員に向け、七美がうなずく。
 するとその瞬間、高橋のスーツから刑事ドラマのオープニング曲が流れた。

「すまぬ。部下からじゃ」

 今度は室内にあるトイレに駆け込むと、小用を足しながら受けた。

「ちょっと、あたしの縄張りでマーキングしないでよ」
「もしもし。あー、そうか。えっ、なんと、わしも行くのか?」

 大きな声を出し、なにやら会話をしている。
 水を流したあと、なんとなく背中を丸めて出てきた。

「どうしたの?」
「昨晩、発生した事件の捜査班からじゃ――」

 高橋によると、被害者の身内が病院に到着したものの、はたして、どう伝えていいのかと参ってしまい、老刑事に助けを求めてきたとの話だった。

「そんなわけで、ちょいとばかしロビーに行ってくるぞい。まだ若手の捜査員で、被害者家族の対応は荷が重いみたいじゃ」

 そんな彼自身、大きく肩を落とすと、ため息混じりにスマートフォンをしまう。
 しょぼくれたように両手をポケットに入れ、重そうな足取りで病室を出ていった。

「それでは私は、水溜さんにも仕事の経過もお知らせしたいので、様子を見て参ります」
「僕も付き合うっす。万引き犯逮捕の武勇伝を聞かせてもらいたいっす」

 脳筋コンビも部屋を出ていき、残ったのは昨日と同様、小柄な少年店員とふたりだけになる。
 七美を横目で見つつ、もじもじとしていた、ぼくちゃんであったが、意を決したように口を開いた。

「――あの、聞いてください」
「ん? どうしたの」

 またしても頭を撫でる七美。
 華奢な美少年は顔を赤らめ、うつむいてしまった。

「いえ……。なんでも……ありません」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...