COLD LIGHT ~七美と愉快なカプセル探偵たち~

つも谷たく樹

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第七章 人を呪わば穴二つ

 ‐6‐

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 ――同刻。
 三倉と大木場は、被害者の夫に、麦仲が殺害できたかを検証するため現場へと向かっている。
 
 そのくだんの井関翔一朗なる人物は、地主を相手に賃貸物件を建てたり、資材置き場や太陽光発電などの活用法を提案したりと、土地プランナーとして営業活動をしているとのこと。
 
 高橋の情報によると、彼は一週間ほどの出張に出る予定で、麦仲の事件が起きた翌朝一番の新幹線で出立しており、じゅうぶん犯行は可能。 
 
 しかも井関は当夜のアリバイとして「朝が早いので自宅で休んでいた」と、述べているらしいが、妻の幹恵は重篤であり、そもそも親族の証言は認められていない。
 ほかに立証できる者がいない以上、まだ彼の嫌疑けんぎは晴れてはいないと高橋は話していた。

「もしも私の予想通りでしたら、井関のご主人が麦仲を殺したという証拠が必要となるのですが……。むずかしいですよね」
 
 ステアリングを握る三倉は、真剣な眼差しをしている。
 計画的な犯罪であれば、何度もシミュレーションをくり返し、防犯カメラの位置や、現場の下見などを入念におこなっているはず。
 
 完璧に練られたアリバイ工作であったがゆえ、警察の目さえも、かいくぐったはずであり、それを門外漢もんがいかんである警備会社が突き崩すのは至難しなんわざであった。

「ですよね。そもそも僕たちは護衛が仕事っすよ」
「高橋刑事の継続雇用を守るなんて、詭弁きべんもいいところですね」

 大木場の騒がしいバイクとは違い、三倉が愛用しているセダンは、軽やかなエンジン音を立て、国道を走っている。
 助手席に座っている大木場は、今にも雨の降りそうな曇天を見上げ、彼女に質問した。

「あのー、三倉さん。もしも交換殺人が上手くいかなかった場合はどうするのでしょうか」
「上手くいかないとは、どういうことでしょう」
「たとえば今回だと、まず麦仲が殺されましたよね。次いで平良は井関幹恵さんを殺害する番となりますが、警察に行って真実を話すのです。それなら実行した相手だけが逮捕され、自身の目的は達成するっすよね?」
「そうはならないんですよ」
「どうしてなんっすか?」
「刑法六十一条って知っていますか。殺人をそそのかした者は、実行した者と同じ刑を科されるのです。――つまり殺人教唆きょうさも、殺人と同じ罪として扱われるんですよ」
「へー、そうだったんすか……。それなら、よっぽどお互い仲良しでないとむずかしいっすよね」
「そうでございますね。それこそ一蓮托生いちれんたくしょうの心構えでないと、成功しないでしょうね」 
「それにしても三倉さん、法律に詳しいっすね」
「あはっ、じつは隊長の受け売りです。この仕事を始めるにあたり、あれこれと勉強をなさったそうですよ」

 今、必要なのは動機を探ることなのを思い出し、三倉はステアリングを握りなおす。
 大木場もむずかしそうな顔で思案するものの、やはり職業・戦士であるふたりの限界。
 信頼関係以外に、契約を不履行ふりこうにさせない手段が閃かないまま、目的地が見えてきた。
 
 三倉はダッシュボードの時計を確認すると、午後の六時を回ったあたり。これからの夜の街として活気づく時刻となり、まずは現場近くのコインパーキングへとハンドルを切った。

「ひと通りが多いですね」
「でも裏手は寂しいっすよ。こっちから入るっす」

 頭上を見上げつつ、ふたりは細い裏通りへと足を踏み入れる。
 ほとんど利用することのない通路であり、すれ違う人影はまったくない。
 麦仲の殺害された現場に着くと、昨日まであった規制を知らせるテープは剥がされていた。

「この隙間で用を足していたら、背後から襲われたのですね」
「そうみたいっす。それで、あそこの看板に隠れていたはずと隊長は睨んでいるっす」

 大木場の指さす方向には、ところどころ破れていたんだ捨て看板があり、三倉は裏に回ってみた。

「どうでしょう。そちらから見えますか」 

 身長、百五十八センチの彼女なら完全に隠れられる。
 そのうえ破れた穴から路上をうかがえたので、隊長の言った通り、待ち伏せにはうってつけの場所であった。

「まったく見えないっす。でも、もしそこに井関のご主人が隠れていたとしたら……」

 今度は大木場が、三倉の代わりに捨て看板の裏へと行く。
 巨漢の彼だと、思い切りはみ出てしまい。顔だけが宙に浮いていた。

「こんな感じになっちゃうっすよ」
「そうでございました。たしかに井関のご主人も、大木場さんと同じ醜男しこおでしたものね……」
「しこお?」
「荒々しく、たくましい殿方の意味です」
「たくましいだなんて、そんなそんな」

 三倉からお褒めの言葉をもらい、くねくねと照れる筋肉マッチョマン。
 たくましくはあるが荒々しくはなかった。

「さすれば私の見当違いでしょうか……」

 横幅、五十センチ、縦は一メートル六十センチほどの捨て看板。仮に、この裏に巨大な体躯たいくの人物が隠れていたら、なにもせずとも通報されそうではあった。

「ん? あれ? ここが外せるっすね――」

 不思議そうな声をあげ、大木場が前かがみとなる。
 足元には細長い側溝の蓋があるらしく、軽く持ち上げ、壁に立てかけた。

「三倉さん。これでどうっすかね」
「あっ。ぜんぜん見えないです」

 もとの地面より二十センチほど低くなり、巨漢の大木場でも、体を斜めにすれば上手く隠れることができた。

「……となれば、井関のご主人はここで待っていたかも知れないっすね」
「そうですね。無理ではない気がしてきました」
「でもって、麦仲を刺したあとは、どこに逃げるかも大事っすよね」

 クラブからタクシー乗り場へとつづく裏道には、人間の通れそうな隙間が幾つかある。
 どこに抜けられるのか、事前に調べていれば、防犯カメラをすり抜けるのも可能だと考えた。

「しらみつぶしに通路を探索してみましょうか」
「了解っす」 

 まずは手分けして路地の探索をする坂之上アーケードの警備隊員たち。
 すると杖をついた、ひとりの老人がやって来て、ふたりに声を掛けてきた。

「あんたたち、なにしてんの?」
「まこと騒々しくて申しわけありません。先日、ここで起きた事件のシミュレーションをしておりました」
「ああ、あの事件か。もう犯人は捕まったの?」

 老人は杖を壁に立てかけると、やにわに懐から煙草を取り出した。

「それがまだなんっす。お爺さんはこの道をよく通ります? 誰か見てないっすか」

 真っ白い歯を見せ、大木場は爽やかに話しかける。
 とてもではないが殺人事件の捜査をしているように見えない笑顔だった。

「そうさのぉ。夕方になると散歩しているかのぉ」
「じゃあ、そのとき、誰か見なかったっすか? おばあちゃんか、あるいは僕ぐらいの男」

 老人はおいしそうに煙を吐き、目を細める。携帯用の灰皿に煙草を揉み消すと、杖へと手を伸ばした。

「おお、そういえば週末になると見かけるご婦人がおったかな」
「ご婦人?」
「あんたくらいの歳かな」
「私くらいですか?」

 自身たちの調べている以外の人物が唐突に現れ、しかもそれは若い女性だと言う。
 ふたりは顎に手をやり、同じポーズを取ると、しばらくのあいだ見つめ合った。
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