COLD LIGHT ~七美と愉快なカプセル探偵たち~

つも谷たく樹

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第七章 人を呪わば穴二つ

 ‐7‐

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 小言を言う三倉はおらず、今は体温を計りに来る看護師にさえ警戒していればいい。
 
 優雅に寛ぐ七美の机には、フランスのワインである、シャトー・カノン・ラ・フォレと、それによく合うと定評の鰻の蒲焼が入った重箱がある。
 しかも出前がばれないよう、病院の駐車場で配達員から受け取り、タオルに巻いて部屋に持ち込むといった念の入りようだった。

「お疲れさま……。あたし」

 なにもしていない気もするが、それはいったん横へと置く。
 しばし重量感のある四角い箱を眺めたあと、ウエットティッシュで手を拭った。

「鰻重の、蒸籠せいろに昇る、蒸気かな ――。嗚呼、もう我慢できない」

 かすかに指を震わせ、おごそかに蓋を持ち上げる。
 白い湯気が立ち昇るのと同時に、芳ばしい鰻の香りが部屋中を満たしていった。

「くぅー」

 あまりの快感に、もんどりうって気絶しそうになる。
 つづいて、ぎゅむぎゅむと音を立て、硬く封をされたコルクを抜くと、砂糖と醤油の甘い香りのなかに、濃厚で渋みのある薫香くんこうまで加わった。

「キャー、サイコー」

 厚い雲に覆われた夜空を眺め、まさに極上のひとときを過ごそうとしている。
 いざ両手を合わせ、小気味いい音とともに竹製の箸を割った瞬間、突如としてドアがノックされ、水溜が姿を現した。

「はい、ストープ、七美。三倉から任務を仰せつかった、夕食時になったら様子を見てくれとの伝言だ。器から手を離してくれ」
「ちょっと待って、あんたもういいの」
「普通に歩けるようになった。とにかくストップだ。でないと三倉に言いつける」
「はううぅ」

 ぽろぽろと涙を流して懇願こんがんするも、当然ながら答えは「ノー」
 もちろん意地悪ではなく、水溜も彼女の身体をおもんぱってのことだった。

「栄養があるので鰻重だけならかまわない。でもお酒はバツだ」
「ワインなしで鰻重なんて食べれるわけがないじゃないっ」

 血が流れんばかりの目で睨みつけ、わけのわからない理屈を押し通そうとする七美。
 その勢いたるやナースコールを押し、看護師に加勢してもらいたいほどだった。

「わかっているのか? ここは病院だぞ。アルコールは禁止だろうが」
「消毒用のアルコールがあるじゃない。あれはどうなのよ」

 まるで子どもみたいな反論をしていると、七美のスマートフォンが鳴る。
 このたびの仕掛け人である三倉からの着信メロディだった。

「あはん、あはん。あぇおぇ、うぃうぃ」

 七美はわざとらしい嗚咽おえつをもらし電話に出る。だが、しばらく応答を重ねていくと、急に眉をひそめ、シリアスな面持ちへと変わっていった。

「――何度か現場で女性を見た?」
『そうなんです。暗がりなので、あまり憶えてないとのことですが、私くらいの年齢だったそうです』

 七美は鼻下へと指を這わせ、考え込む。
 やはり重要なことを見落としていたと悟り、これまで構築していた推理をすべて叩き壊した。

「麦仲の跡をつける女……」

 あくまでそんな状況があっただけで、今回の事件に関与しているとは限らない。
 ただ一度だけでなく、幾度かあったという証言は聞き捨てならなかった。

『ところで隊長。お酒は召し上がっていませんよね』
「…………………………むろんだ」

 今まさにバレそうになった、そのとき――。
 またも扉をノックして、やってきた客人がいる。
 なぜか、まだフルーツのかごを抱えたままでいる洋食屋のうつくしい少年だった。

「すいません、お邪魔します七美さん。こちらに、水溜さんは来られていますか」

 いきなりの来訪者に、ふたりはキョトンとしている。
 七美と同じ、淡い栗色の髪をした少年は目に涙を浮かべ、深く、深く、頭を下げた。

「おや、洋食屋の少年ではないか、俺になんか用か」
「すいません。本当は、昼間にお邪魔をしようとしていたのですが」

 視線を落とし、もじもじとしている少年。
 だが意を決したような表情となり、一瞬だけ、両目をつぶった。

「結婚を前提にお付き合いしてください――」

 さながら雪が降ったあとみたいに静まりかえる院内の個室。
 警備隊は石化したようにモノクロ状態になっている。
 しばらくして我に返ると、ふたりは顔を見合わせた。

「今、『結婚を前提に』って言ったわよね?」
「『お付き合い』とも言ったな――」
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