COLD LIGHT ~七美と愉快なカプセル探偵たち~

つも谷たく樹

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第八章 COLD LIGHT

 ‐10‐

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 同刻。砂塵の舞い上がる公園内では、異形いぎょうの人影が向かい合っている。
 大木場の額には玉のような汗が浮かび、対する井関は、なおもしつこく、四股しこを踏むだけだった。

「だいじょうぶですか、大木場さん。膝が震えていませんか」
「む、武者震いっす。ど、どうってことないっす」

 どのアングルからも怯えているのが、ひしひしと伝わってくる。
 これまでの業務上、大木場が対象者に付くだけで脅威となり、誰も手出しをしてこなかった。
 能動的に相手を攻めるのを見たことがなく、やはり自分がやろうと三倉が踏み出した途端、ポーチから着信音が流れる。七美隊長からであった。

『はーい、そっちはどう? 井関はどうなった』

 歌うような、たのしげな声が聞こえてくるも、今はそれどころではない。
 とりあえず無視して切ろうとしたら、大木場から声が掛かった。

「三倉さんは行司をしてください」
「えっ、私が行司ですか?」
「あんちゃん、手加減なんてしねぇがらな」
『なになに、そっちはケンカでもしてるの』

 これまでの会話は手にしているスマートフォン越しにすべて伝わっている。
 廃神社で高橋を待っている七美たちは、やんややんやと歓声をあげていた。

「ええ、そうでございます。大木場さんと井関の対決です。それでは待ったなし。両者とも見合って、見合って」

 力士だったころの血がたぎるのか、井関は重心を下げ、拳を地面につける。
 同じ姿勢となった大木場は、珍しく睨みつける目となった。

「はっけょおい」

 野良猫すらいない夜の公園。水を打ったように静まりかえり、風も止んでいる。
 ただただ荒い、大男どもの呼吸だけが暗闇に溶けていった。

「――のこったっ」

 絶叫に近い掛け声とともに、激しい音を立て、ぶつかり合う。
 お互い勢いよく額から衝突したが、双方、よろめきもせず取っ組み合った。

「のこったのこったー」

 スマートフォンを軍配団扇にして、軽いステップで回る三倉。
 夢だった行司ができ、少しばかりテンションが上がっていた。

『はっけよいって、大木場くん相撲してるの?』
『そうみたいだな』
『大木場さん、がんばって』

 スピーカーとなっているので、七美たちの雑談がもれてくる。
 応答はできず、三倉は三倉で、脇に汗をかきながらジャッジメントしていた。

「ひさびさに本気出すっすよ」
「こんちくしょ、なめでんじゃねぇ」

 大木場は井関のスラックスを掴み、井関は大木場の内脇からジーンズを握っている。
 両者とも同じ体躯であり、せめぎ合いは拮抗している。
 だが経験者の井関は、テクニックがあった。

「おらおら、どしたんだや」

 腕力頼りの大木場は、何度も井関に足を掛けられる。
 しかし天性のバランス感覚で、重心を移動させると、もとの姿勢に戻していった。

『よくわかんないけれど、がんばれよー』
『というか、なんで相撲しているのだ』
『あまり無理しないでくださいねー』

 適当な声援を受け、大木場は張り切る。
 三倉も声を出しそうになったが、行司である以上、片方に肩入れするのはご法度だった。

「まだまだ負けないっすよ」
「こんの若造めがっ」

 投げを狙う井関に対し、力で寄り切ろうとする大木場。
 ともに一瞬の隙を突くため、力を入れたまま動けなくなった。

「のこったのこったー。のこったのこったー。」

 膠着こうちゃく状態のなか、三倉の声が響き、手にしたスマートフォンからは雑談が漏れる。

『なんか食べて帰りましょうか』
『もうファミレスしか開いていないぞ』
『牛丼屋はどうですか? ぼく割引チケット持っていますよ』

 息があがりそうなのは両者ともに同じ。
 しかし、かつては優勝まで果たし、部屋に入門までしていた井関のほうが一枚上手。
 彼が力を入れるたび、一歩、二歩と大木場は退いていった。

『おーい三倉ー。坂之上通りの地下にある、ラーメン屋さんで待ち合わせねー』

 ――お願いだから、あとにして。

 そう心のなかで叫びつつ、三倉は、のこった、のこったとくり返す。
 そんななか、形成有利とみた井関は、大きく首を引くと、大木場の鼻っ柱へ頭突きをかました。

「――うぐっ」

 鈍い音とともに鮮血が舞い、大木場は三歩目の後退を許した。

「こいづ、しぶといんだべ」
「ひぃ、ふぅ、ひぃ、ふぅ」

 大木場は呼吸さえ困難な様子。
 口を大きく開けたまま、つらそうに息を整えていた。

『大木場くん。隊長が奢ってくれるらしいぞ』
『ぼく替え玉の無料チケット持ってますよ』

 夏を控えているにもかかわらず、夜の公園は肌寒い。
 それでも、ふたりの周囲は熱気であふれ、汗の匂いすら漂っている。
 三倉は、のこった、のこったと叫び、それが声援であるかの如く、大木場は耐えつづけていた。

「これで終わりだべさ」

 井関はトドメとばかり、がぶり寄ろうとする。
 大木場の足が伸び、ついに倒されそうになったその刹那せつな。――七美から信じられない言葉が放たれた。

『おーい、大木場。勝ったら三倉がキスしてくれるってさー』
「マジッすかっー」

 耳元で絶叫をあげたので、井関は一瞬だけ怯む。
 その隙を突いた大木場は、逆に大上手を取った。

「うおおおおっ!」

 闇を裂く咆哮ほうこうとともに、大木場の上腕二頭筋が盛り上がる。
 軸がぶれ、重心を失った井関は、派手な土煙を舞わせ、肩口から崩れ落ちた。

「隊長。大木場さんの勝ちです。でも私はそんなこと言った覚えありませんから」
『ごめん、ごめん。井関は大金を持っているし、逃亡の恐れがあるから、すぐに確保しておいてね』
「承知いたしました」

 三倉は待っていましたとばかり、立ち上がろうとする井関に走っていく。
 くるりと背を向け、姿勢を低くすると、躰道においてもっともエキセントリックな打撃技。
 スライディングしながら後ろ足を叩き込む、必殺の卍蹴りを顔面に喰らわせた。

「最初から確保しろと命じていただけたらよかったのに」

 どれだけ体格差があろうとも、このトリッキーな動きは読むのがむずかしい。
 三倉はポーチからハンカチを取り出すと、大木場の鼻を押さえてあげた。

「さすが……モンスターと呼ばれるだけはあるっすね」

 同じように鼻血を流し、井関はノックアウトされている。
 すると三倉は、猫が挨拶をするみたいに大木場の胸へと、おでこを当てた。

「かばっていただき、どうもありがとうございました」
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