10 / 139
5度目の世界で
ワーカホリック・エリーナ
「そういえばエリーナ嬢。 あの噂は聞いているかい?」
生徒会の仕事の合間、ジークが世間話をしに声をかけてきた。
最近は早朝、昼の間に生徒会の仕事を片付けて放課後には参加しないというのが習慣付いているが、それでもやはり捌ききれない量の仕事を教師から押し付けられることもある。
そうした場合は早朝から昼、そして放課後も生徒会に残って作業をこなさなければならない。
当然、この場にはジークとライアスを含めた他の生徒会メンバーも居るのだが、基本的に放課後は居らず、またよくない噂がある私に話しかける者はそう居ない。 しかし、その中でもなぜかやたらとジークはこうして私に声をかけてくる。 それも、仕事の話ではなくてこうした世間話を主にして。
以前は私からガツガツと仕事も手に付かないほどに話しかけていたから疎まれていたし、すぐにライアスが跳んで来て私と言い争った挙句、私が生徒会から追い出されるといった風だった。
それが、なぜか今はジークの方から頻繁に声をかけられているのだ。 以前までの私だったら有頂天になっていただろうが、今の私はジークを警戒している。
あれほど嫌っていた相手に積極的に話しかけるのだから、それなりの理由が有ると考えて間違いはないだろう。
加えて、先程からジークと話をする私をずっと睨みつけているライアスの様子から察するに、おそらくジークの独断による行動。
ジークの動機が掴めずに内心困惑する。 それを知ってか知らずかジークはなおも話を続けている。
「キリエル男爵家には、男爵と使用人との間に産まれて、その後に生き別れた娘がいたらしい。 その令嬢が最近、男爵家に引き取られたらしくてね。 近いうちにこの学園に通うことになる」
「………そうですか」
話を聞いて、真っ先に浮かんだのはあの令嬢だった。
そうか、もうそんな時期だったのか。
あの令嬢は、学園に来てすぐに平民上がりだということを他の令嬢らに詰られていた。
その時の私はジークしか見えていなかったから関わるどころか、視界に入れてもきっと認識さえもしていなかっただろう。
しかし、それがジークとあの令嬢が知り合ってからは、親しげに笑い合うその様に嫉妬して、率先して排除しようと画策した。
その後は、もう語るまでもない。
「その噂がどうかなさいましたか?」
「いやなに、特別その令嬢が気になるというわけではないのだけどね。 ただ世間話程度に話してみただけだ」
なぜそんな話を私にするのかと思わないでもないが、よく考えれば教師達に編入生を押し付けられる事もあるかもしれなかった。 それでも生徒会長が気にするほどの問題でもないのだけれど。
察するに、出会う前から既にジークはあの令嬢に惹かれていたという事だろうか。
運命が作用して、引力のように引き合って出会い、恋をして、そして結ばれる。
私の付け入る隙なんて初めから存在しなかったのではないか。 だって、この頃から既にジークには想い人と呼べるものが既に心の中に居たのだろうから。
「ところで殿下。 その令嬢について、こんな噂もご存知ですか?」
だったら、私もその手伝いをしよう。
結ばれるべき運命の2人を、降りかかる災厄から護り、そして円満な未来を築けるように微力を尽くそう。
それこそが私の贖罪となるならば。
そして幸せに満ちた2人の物語の端役でだっていいから、そこに居たと記憶に残っていてさえくれれば、それだけでも十分だ。
「どんな噂だ?」
「何人かの令嬢が、庶民上がりだというキリエル嬢を吊るし上げようと画策しているらしいという話です」
眉根を寄せて不快そうにするジーク。 そういえば彼は、一度目と二度目で私がしたような陰湿で悪虐な行いを嫌う人間だった。
「それは、穏やかではないな」
「ええ。 何人かの令嬢には既に目星を付けてその動向を把握していますが、万が一ということもあります。 ですから、殿下自らが学園に来たばかりのキリエル嬢に付き添ってはいかがでしょうか。 さすがに、王太子殿下の庇護下にあるかもしれないという者を害する愚かな輩はいないでしょうから」
ちなみに、今話したことは真実を練り込んだ嘘だ。
実際にあの令嬢は吊るし上げをくらうし、編入を果たしていない現段階でさえ多数の令嬢に目を付けられていることも事実。 ただ、情報の元が噂などではなく自らの記憶なのだ。
1度目と2度目の記憶から、確かに私はあの令嬢を虐めていた者達の名前を把握している。 だが、その動向までもは手を付けていない。 手を付ける必要すらも感じていない。
それに、ジークの庇護下にあれば手を出せないと言ったが、女の陰湿さはそんなことではどうにもならない。 むしろジークに特別扱いをされている庶民上がりの下級貴族令嬢として余計に反感を持たれるのだ。
かつてあの令嬢を虐め抜いた私だから、令嬢らの気持ちも、どんな陰湿な手を使うかも、よく知っている。
その理不尽な子供の癇癪のような令嬢らの怒りを避けるには、ただ屈するしかない。 それが、力無き者が貴族社会で生きる残るための術なのだ。
けれど、ジークとあの令嬢が結ばれるにはそれではいけない。
逆境があってこそ、恋は愛になる。
周囲の妨害こそが、より強い絆を結び、2人の愛を育む潤いとなる。
だから、ジークとあの令嬢には少し頑張ってもらわなければならない。
全ては、2人の物語のハッピーエンドのために。
「キリエル嬢については既に先生から資料をいただいております。 3日後には学園に編入してくるらしいので、その日には殿下にキリエル嬢の案内をお願いします」
「……3日後とは、また急だな」
「申し訳ありません。 ここ最近の激務から、殿下へ報告することをすっかりと忘れておりました」
今の生徒会はちょうど繁忙期。
学園は近いうちに一週間ほどの休暇に入るため、その間の施設管理の引き継ぎと、備品の不足や破損故障などの修理業者への依頼、そして休暇後のイベント企画の前倒し業務。 他にも通常業務である学園生の風紀管理や雑事、教師への活動報告書の纏めetc…。
紙切れ一枚で知らされた令嬢1人の編入など、いちいち覚えていられるほど暇ではない。 知らせの用紙も積まれた書類のどこかに紛れていることであろう。
「まあ、仕方がないか。 エリーナ嬢はいつも早朝から来て作業をしてくれているほど多くの仕事をこなしているのだから、物事の一つや二つ見落としがあってもおかしくはない。 エリーナ嬢も休める時にはしっかりと休め。 君はただでさえ、他の誰よりも過剰に働いているのだから」
「いえ、これくらいどうということはありません。 私は副会長としての使命を全うしているだけですので」
私の言葉に、ジークは少しムッとしたように眉を寄せた。
「だからと言って、物事には限度があるぞ。 それで無理をして倒れては元も子もない」
このジークの言葉には妙に実感が籠っているのだが、その理由を私は知っている。
ジークは王太子で、国王陛下から公務や日常業務を任せられることがあるのだが、それと生徒会の繁忙期の重なった時に一度、過労で倒れたことがあった。
その時は丸1日意識を失ったままで、倒れて2日目に目を覚ましたのだが、疲労でまた倒れてはと大事をとって3日ほど休暇をとっていた。
あの時はジークも顔面蒼白でどう見ても病人といった風体だったのだ。 当時、それでも構わずジークに突っ込んで行った過去の私を呪いたい。
「殿下は公務もございましょう。 対して私は生徒会の仕事くらいのもの。 ですから、多少の無理は問題ありません。 私が倒れたとしても代わりは居ますので、殿下に心配いただくことは何もございませんわ」
「臣民を守るのも王族の務めだ。 だから、多少などと誤魔化しながら無理をする君を見過ごしはしない。 わかったら、今書いている資料を寄越せ。 どうせまた、俺の仕事を掻っ攫っているのだろう。 君は働き過ぎなんだよ、暫くの間は生徒会を休んでいろ」
「臣民を守るのが王族の務めであるならば、尚のこと私をお使いくださいませ。 この学園はいわば、アリステル王国の縮図。 国民とは一般の生徒であり、生徒会に所属する私達は為政者です。 ならば、この身を削ってでも民のため、そして民を導く王族のために働くのが務めです。 だからどうか、私などお気になさらないよう」
私とジークの意見は平行線。
片や働き過ぎだから休めと言い、片や使えるだけ使い潰せと言う。
ワーカホリックを上司に咎められている形だが、私としてはワーカホリックのつもりはない。 ただ、働いていた方が気が楽なのだ。
譲る気もないし、できれば放っておいてほしいのだけれど、ジークも譲る気はないのだろう。
さてどう言いくるめたものかと思案していると、怒鳴り声が割り込んできた。
「ユースクリフ嬢! 君はジーク様がこうまで言っているというのに、それを聞けないと言うのか!? 至極傲慢、不敬ではないか!!」
ジークと話す私をずっと睨んでいたところから察するに、これまで辛うじてといった具合に留まっていたらしいライアスが、感情が爆発したのか私を責め立てる。
ライアスの怒りより、ジーク第一主義の彼がよくもここまで耐えていられたものだと私は少しだけ感心した。 ジークに関連する事柄で暴走しやすい彼は、ジークの命令で自制心でも鍛えているのだろうか。
そんな見当違いな考察をする私の耳にはライアスの言葉などまともに入ってこないのだけれど、気付いた時には私よりも頭一つ分ほど背の高い彼がいつの間にか近くで私を見下しながら怒鳴り散らしていたのは少し驚いた。
しかし、いくら反論しようとも私以上に話を聞かないライアスにはまさしく蛇足で、だからこのまま静観して、怒りによって沸いたライアスの頭が冷めるのを待つのがいい。
「おいライアス! 令嬢に怒鳴りかかるとはどういうつもりだと何度も言っているだろう! 頭を冷やしてこい。 そしていい加減、君は自制というものを身に付けろ!」
静観を決め込み、この後は今まさに遅れている業務をどう取り返そうかと考えていたところに、なぜかジークが私とライアスの間に入って、ライアスを怒鳴っていた。
よくわからない状況に、ライアス様はあれでも我慢した方ですよと茶々を入れて現実逃避しそうになったけれど、ジークに苦言を呈されたライアスが悔しげに「申し訳ありませんでした」と生徒会室を去る光景に、現実へと引き戻された。
そして、その時には既に遅く、ジークが私に向かって頭を下げた後だった。
「すまない。 以前の朝の件もだが、従者の暴走を止められなかった俺のせいだ」
「いえ、そのようなことはありませんからお顔をお上げください。 人がいる前で、王族が頭を下げるべきではありません」
しかしジークは私の言葉を聞き入れず、10秒ほど頭を下げたままで、その間どうしたものかと考えている最中に漸く顔を上げた。
「本当にすまないな。 ライアスも、俺を思ってのことなのだろうが、時々行き過ぎてしまう。 それを嗜めるのも主の務めなのだがな」
「いえ。 今回は私も少々意固地になり過ぎました。 殿下には御心遣いいただいたというのに、申し訳ありませんでした」
今度は私が謝罪として深く頭を下げる。
そしてジークの「もういい」という声が聞こえてから数秒は頭を下げたままで謝罪の意を表明し、それから頭をあげた。
「殿下におかれましては私に暫くの間休めと仰いましたが、すぐにという訳にはまいりません。 私の仕事を誰かに引き継いでからでなくてはトラブルが起きた時の対処不全や業務への支障に繋がりますので、私が休んでいる間の業務までをどなたかに引き継いでからとしていただけませんでしょうか」
「ああ、それで構わない。 引き継ぎは書記にさせておけ」
「はい。 では、すぐにでも取りかからせていただきます」
それから、その日から丸3日かかった引き継ぎは無事に終わり、私は一週間にも及ぶ休暇を得ることとなってしまうのだった。
あなたにおすすめの小説
「私に愛まで望むとは、強欲な女め」と罵られたレオノール妃の白い結婚
きぬがやあきら
恋愛
「私に愛まで望むな。褒賞に王子を求めておいて、強欲が過ぎると言っている」
新婚初夜に訪れた寝室で、レオノールはクラウディオ王子に白い結婚を宣言される。
それもそのはず。
2人の間に愛はないーーどころか、この結婚はレオノールが魔王討伐の褒美にと国王に要求したものだった。
でも、王子を望んだレオノールにもそれなりの理由がある。
美しく気高いクラウディオ王子を欲しいと願った気持ちは本物だ。
だからいくら冷遇されようが、嫌がらせを受けようが心は揺るがない。
どこまでも逞しく、軽薄そうでいて賢い。どこか憎めない魅力を持ったレオノールに、やがてクラウディオの心は……。
すれ違い、拗れる2人に愛は生まれるのか?
焦ったい恋と陰謀+バトルのラブファンタジー。
公爵家の養女は静かに爪を研ぐ 〜元々私のものですので、全て返していただきます〜
しましまにゃんこ
恋愛
リヴィエール公爵家に養女として引き取られた少女、アリサ・リヴィエール。
彼女は華やかな公爵家の嫡子マリアとは対照的に、家でも学園でもひっそりと息を潜めて生きていた。
養女とは言っても、成人と同時に修道院へ入ることが決まっており、アリサに残された時間は僅かだった。
アリサはただ静かに耐えていた。
——すべてを取り戻す、その時まで。
実は彼女こそが、前公爵が遺した真の娘であり、水の加護を持つリヴィエール公爵家の正統なる後継者だった。不当に奪い取られた地位と立場。
アリサは静かに時を待つ。
一方、王太子リュシアン・ルミエールは、傲慢な婚約者マリアに違和感を抱きつつ、公爵家に隠された不正の匂いを嗅ぎ取っていく。
やがて二人の思惑は重なり、運命の卒業パーティーが幕を開ける。
奪われた名前も、地位も、誇りも——
元々、私のものなので。まとめて返してもらいます。
静かに爪を研いできた養女の、逆転ざまぁと溺愛ロマンス。
完結保証&毎日2話もしくは3話更新。
最終話まで予約投稿済み。
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。
しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。
それを指示したのは、妹であるエライザであった。
姉が幸せになることを憎んだのだ。
容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、
顔が醜いことから蔑まされてきた自分。
やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。
しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。
幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。
もう二度と死なない。
そう、心に決めて。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです