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5度目の世界で
私にできること
「リンゴ5個を一つの箱に入れて、その箱が他に二つあります。 じゃあ、全ての箱に入っているリンゴを合わせたら何個のリンゴがあるでしょうか」
子供達の前に立ち、教えた事の簡単な予習として問題を一つ出す。
「えっと……りんごが5こで、それが3こあって」
「はいはい! 8こ!」
「兄さん兄さん、わかりません」
「えっとね、りんごがね」
「ふぅ……」
子供達は思い思いに、紙面に問題を書き込んで解いていく。
様々に教えた事を噛み砕いていってくれるので手がかからず、しかし間違った事を覚えられても仕方がないので間違っている箇所は指摘する。 ……とりあえず、ワイリーはもう少し踏み込んで考えてほしい。
「みんな、わからない所はないかな? ワイリー君はちゃんと教えるから、ペンを握って」
「えー、なんでー? とけてんじゃん」
「うんうん、答えを出すために考たのは偉いね。 でも答えを間違えてるから、何がダメだったのか私と考えようね」
私はワイリーの机の前に椅子を置いて、同じ目線でワイリーに教えたばかりのかけ算について再びどうしてそうなるのかを教える。
どうやら学ぶ事にあまり興味が無さげなワイリーは、分かっているのか分かっていないのか、私が指示するやり方をただなぞっているように見えた。
「ワイリー、ちゃんとやりなよ」
教え方が悪いのかと落ち込みかけた時、今問題を解き終えたエルマがワイリーに言った。
「でもさー、べんきょうってつまんねーんだもん! なーなーラナ姉、そとであそぼー」
「でも、かずかぞえるときにいっこいっこかぞえなくてよくなるよ。 ラナさんがいってたけど、ぬったハンカチを50まいずつはこにいれたら、さいごにまとまてかぞえるときにはやくおわるって」
やる気のないワイリーを諭すエルマだが、それでもワイリーの態度に変わりはなく、大した効果はなさそうだ。
「あっ、そうだ。 今日もまたおやつを持ってきたから、終わったらみんなで食べようか。 頭が疲れた時には甘いものよ」
「まじでっ!? やったぁ、ラナ姉きょうはなになに?」
あまりにもワイリーのやる気が無いので、仕方なく餌で釣ることにした。
ちなみに、これが本当によく釣れる。 ピューラに言って、ワイリーがおやつに釣られて誘拐されないように気をつけさせないといけないくらい。
「で・もっ! お勉強の後のおやつは、頑張った子だけだからね! ワイリー君もちゃんとやらないと、おやつ抜きだよ」
「がんばる! やるっ!」
なお、こう言えばちょろ……素直なワイリーは従順になるので可愛いものである。
ついでに、他の子の相手もしないといけないからとエルマに頼んでワイリーの勉強を見てもらっているのは私からエルマへのちょっとしたサポートのつもりだ。
こういった感じで、子供達への教育は概ね良好に進んでいる。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
授業の最後の方で子供達に課したちょっとしたテストの採点を済ませて、私はようやく一息つくことができた。
子供達には、算数以外にも国語や一般常識なども教えている。
中でも出来が良いのは、子供達の中では一番落ち着いた雰囲気でありながらエルマとワイリーより一つ歳下のヤーラだ。
聞くところによると、ヤーラは元々商人のところにいた事もあるらしく、ある程度の教養はあるとの事。
次に出来がいいのが真面目に授業を受けているエルマで、さらに次がお互いに分からないところを助け合って学力を伸ばしている兄妹のダイとアン、ビリがやる気の無いワイリーだった。
もっとも、今日のように物で釣ったりエルマにマンツーマンで対応してもらってたりすればたとえ牛歩の如くであろうともいつかは身に付けてくれるだろう。
ああした和気藹々とした勉強風景を、私は羨ましく思う。
幼い頃は友人などおらず、教師に教えられる事をただ粛々とこなしていた。 それも、遅れた分を取り戻すために、多くを一遍に。
私の教育が遅れたのは、今は亡き母によっての事だった。
当時も冷え切っていた夫婦仲は、母が私を産んでから余計に悪化したと聞く。 子を孕ませて産ませるという義務を果たした父は、別邸に押し込んだ母の元に通うことが無くなったのだ。
そして、父に執着している母はいつまでも訪れる事のない父を求めて狂乱し、ある時には幻覚でも見えているのではとばかりに独り言に耽り、またある時には2人分の茶を淹れてたった1人でお茶会をしていた。
やがて、これまで見向きもしなかった私に、私が6歳になった頃から『父と同じ目の色をしている』というだけで執着を始めた。 元からおかしかった母が輪を掛けておかしくなったのも、この頃からだった。
母が亡くなるその日まで、私は母の玩具だった。 ただ母が満足するまでその側を離れる事もできず、よく分からないまま母から愛の言葉を囁かれ、女同士であるとはいえキスや、とても子供にさせるべきではない行為までさせられた。
その時点で、私に父の面影を見る母に邪魔されたせいで淑女教育は遅々として進んでおらず、母が亡くなってからは今までの遅れを取り戻すためにハードなスケジュールの元に多くを詰め込んでいった。
加えて、私は器量の良い方ではなく、淑女として必要な教養を得るために徹夜で教本を読み耽り、公爵令嬢として完璧なダンスを披露するために足に胼胝ができ、潰れ、靴に血が刷り込まれるほど練習に励んだ。
他にもマナーや話し方、仕草や表情といった細かい点まで徹底して教育を施され、そして当時母を亡くしたばかりの私もまた父に愛されるためにといつ倒れてもおかしくないほどの内容をこなしていった。
覚えの悪い私を父は蔑んだ。
ようやくできたと思えば、褒められる事も労わる言葉を掛けられる事もなく新しい課題を出された。
そうして私はやがて、父に愛を期待しなくなった。
嫌悪している記憶を思い出して連鎖的に蘇る記憶を心の奥底に封じて、採点し終えた子供達のテスト用紙をしまうと、次は先日の視察の報告書を纏めなければならない。
毎週のように領地に赴くのは、何も子供達と遊ぶ事ばかりが目的ではない。
2日ある休みの1日は子供達と遊び、もう1日は領地の視察をしている。
以前までで上がっていた問題のいくつかは、父に提出した報告書を元に父が着手していったらしく、とうに片付いていた。
領民達に尋ねると、嘆願をしてもいないのに前に 私に話した問題を領主様が解決してくれたと父に対して感謝を述べていた。
しかし、いくら領主であり公爵家当主である父でも、自然の理には早々に解決することは困難なようで、今は最も近くにある湖から水を引くためのダム建設の人員集めと、その湖を利用している村との話し合いをしている段階らしい。
領民にはもう少し不自由な生活をさせてしまうが、私は状況を見て、報告するのみの使いぱしりでしかなく、この一件は既に私の手から離れて父の管轄にあるので、私にはもうどうしようもないのだ。
それよりも、今の私には他に関心が向いていた。
ユースクリフ領は、実に富んでいる。
領民は多く、領土は広く、土地は豊かに肥えている。
王都ほどの華やかさがある場所ではないが、それでも日々を活き活きと過ごす人は多い。
……それでも、それは100%の領民がそうである訳ではない。
平等に皆が富める訳ではなく、中には鍬も振れず、足が動かず、まともに働く事もできない者だっているのだ。
父はそうした者達の生活も保証しているが、当然それは領民達の税から出るもの。 それに対して良い顔をする者は決して多くはない。
怪我で働けなくなった人の他にも、生まれながらに足が動かないなどの障害者の人もいるのだ。
領民達に疎まれながらもなんとか保証金で生活している彼ら。 しかしそれはユースクリフ領が富んでいるからこそ生かされている。
これから先、水源の確保に時間がかかれば当然財源となる農業に影響が出る。
収穫量は減り、それに比例して売り上げも減る。 そうなれば、収税も難しくなり、父が税の還元として行なっている幾つかの慈善事業も停滞する。
そうなったら、まともに働けず、そして備蓄もできない障害者の人達はどう生きればいいのだろうか。
孤児院の子供達だって、多少自給自足はしているが生活保障金に頼っている所が大きい。
これからユースクリフ領が厳しい時期に突入する可能性を考慮すると、何かしらの対策が必要なのは明白だった。
それに、領を視察し、様々な人と交流し、子供達と交流していく中で、この貧富の差をどうにかしたいと私は考えていた。
働く者が富むのは当然だ。 そうでなければ誰も仕事にやる気など持てない。
働かない者が富めないのも当然だ。 お金が欲しかったらまずは斡旋所にでも行って働き口を探しなさいと言いたい。
では、働けない者は?
どうしようもない理由があって働けず、まともに貯蓄もできず、将来の展望に不安を抱くどころか明日はどうなるかすら不明瞭な彼らに、何かをしたい。
最も手っ取り早いのは、彼らにできる仕事を斡旋する事だけれど私にそんなツテは無い。
それに、あまり難しい事もさせられないし、どうしたものか……。
そう思い悩んでいた後日、ピューラから聞いたとある話をきっかけに私は天啓を受けたように、何をすればいいかと思い至った。
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