公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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5度目の世界で

羞恥心は隠せない



 「王都のバザー、ですか?」

いつも通り、孤児院で子供達に勉強を教えていた休憩中にピューラが世間話として教えてくれた。

「はい。 毎年、この時期に3日ほど王都の教会に呼び出されてバザーのお手伝いに。 それで、いつもお世話になっているのに頼りきりになってしまって申し訳ないのですが、私がお手伝いに駆り出されている間だけでいいので子供達の面倒をお願いできませんか?」

聞くと毎年この時期は、子供達を置いて行くわけにもいかないので一緒に連れて王都に行くらしいが、ピューラがお手伝いに駆り出されている間は子供達の面倒を見ている暇もなく、教会で借りている部屋で留守番をさせているらしい。

「あの子達も大きくなってきたし、ワイリーなんかはいつも外に出て遊びたいって言っていまして。 なので、ラナさんにあの子達の引率役になっていただきたいのです」

「なるほど、でしたら構いませんよ。 せっかく王都に行くのにお留守番だけでは子供達も可哀想ですし」

「本当にありがとうございます、ラナさん! 実はワイリーがこっそり抜け出して遊びに出ようと他の子達に話していたみたいで困っていたのですけど、助かりました」

ああ、ワイリーなら確かにやりそう。 むしろ今まで留守番から抜け出そうとしなかったのが意外だと苦笑が浮かぶ。
それと同時に、そう思えるほどこの場所の皆の事がわかるほど触れ合えている事に心が暖かくなるのを感じた。

「では、当日は私から子供達を迎えに行きますね。 あ、それとご飯はどうしましょう? お昼は子供達を一旦帰した方がいいですか?」

「それについてはご心配なく。 これでも少しは蓄えもありますから、当日は子供達にお小遣いをあげるつもりですので、出店ででも食べさせてやってください。 当日はあの子達をよろしくお願いしますね、ラナさん」

「はい、任せてください」


   ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


前述のやりとりがつい先週の事。
そして今日は、王都でのバザーを明日に控えた週末。
学園内は貴族の子息ばかりで、王都のバザーなんて庶民のイベントに騒ぐ者はいない。
話題の共有も無く、しかし普段から単独行動気味で生徒会の仕事一辺倒だった私は、自覚できるほどに浮かれきって、誰もいない廊下で鼻歌にのせて小さくステップを踏むほどにご機嫌だった。
まあ、だからこその油断というのもあるもので、

「おや、エリーナ嬢。 だいぶご機嫌なようだけど、何かいい事でもあったのか?」

「か、会長……」

浮かれきっている間抜けな姿を、よりにもよってジークに見られるとは迂闊だった。
いつも共に行動しているライアスが一緒にいないだけまだマシなのだけれど、恥ずかしいところを見られていたのには変わりない。 というよりも一体どこから出てきたのか、この人は。

「すぐそこの倉庫として扱ってる教室に用があってね。 それで、用が済んだから帰ろうと思ったら歌いながらスキップをしている珍しく明るい表情の君がいたんだ。 一瞬、別人かと見紛うほどだったよ」

しかも浮かれきっているところを始終見られていた。 

「……その事は、忘れてくださいませ。 周りに誰もいないと思って、油断していただけなのです……っ!」

なんとか平静を装ってクールにあろうとするものの、さっきから顔が熱い。
という事は、羞恥心を刺激されて顔が紅潮しているという事で、つまりまあ、いくら態度を装っていてもジークには内心がバレバレというわけである。 おのれ人体構造め。

「それで、そんな油断をしてしまうほど浮かれていたエリーナ嬢はいったい何に浮かれていたのかな? よければ俺にも聞かせてくれると」

「私用ですのでどうかご容赦を。 ただ、誓って悪事に関わるような事ではありませんのでご心配なさらずに」

「そんな疑いは持っていないが……。 ならば仕方ないね、追求はよしておこう」

若干引き気味にジークは追求の矛を収めてくれたが、今の発言のどこかに引かれる要素が含まれていただろうか?
そう少し考えて、思い至った。
そういえば、2度目の世界ではジークに似たような追求を受けた事があったのだった。
「何か隠し事などないか? よければ教えてくれると嬉しいんだが」と。
その時の私は既にサリーを虐めていて、1度目の世界よりももっと陰湿に手を下していて、ジークは日々被害を受け続けるサリーに同情し、そして疑いの目を私に向けた。
私は、ジークの追及に対して「悪事に関わるような事はしておりません」と答えた。 当然、サリー虐めの首謀者は私なのだからこの言葉はは嘘であった。
だから、ジークからの追求には、つい身の潔白を主張したくなってしまう。 あの時とは違って、今の私は本当に罪など犯していないと。

思えば、あの時のジークは私が虐めの首謀者であると気付いていたのではないか。 気付いていて、私に自供してほしかったのではないか。
だってサリーが来るまでは、私は、自惚れでなければジークの友人のような距離感にあったと思うのだ。 ジークは、友人の過ちに、私の罪に気付いてほしかったのではないか。

「……ありがとうございます。 それでは、私はこれで失礼します」

思い至った可能性に、涙腺が少し緩んだ。 
粗相に粗相を重ねるわけにもいかないのでグッとこらえ、そして感謝を述べる。
この感謝の言葉は、あの時のジークにも向けられたものだ。 たとえあの時に実を結ばなくても、ジークの心遣いは確実に今の私を救ってくれた。
ただの絶望ではなかった。 
ただの孤独ではなかった。
愚かな私が、視野狭窄に陥って大事な物を取り零しただけだった。
ああまったく、恥ずかしいったらありはしない。 
「愛されないエリーナ」だなんて思い込み、挙句毒杯だなんて自業自得で間抜けなものである。
第2の世界は、そんな間抜け女の末路を描いたお話だった訳だ。 思い至れば、なんて救いのなく、しょうもない。

過去は現在への礎であり、決して覆らない決定された事象でしかない。 
しかし、そこから学び、活かし、もう過つ事の無いように考えは改められる。 過去の解釈が真実と異なろうとも、正しいと感じた道を進むための導にはなるのだ。
5度目の世界越しに気付いた真実っぽい真実に、恥ずかしいながらも胸のすく思いでもあった。
あんな間抜け女にはもうならないと、今度こそ間違わないように物語を完成させるのだと決意を新たにできた。
今感じている羞恥はその副産物としてでも受け入れよう。

「ところでエリーナ嬢。 今度暇な時にでも君の歌を聞かせてもらえるかな? なかなか上手だったから、もっとじっくり聴きたいな」

「……っ! もうっ、お戯れはおやめくださいませっ!!」

決意を新たに奮起しているところに、恥に羞恥の上塗りをしてくるジークの茶化しで、余計顔が熱くなる。 
というか、恥ずかしすぎて無理である。 私は早々にその場から急いで退散した。 
人気の無い廊下の曲がり角まで来て、壁に背を預けて両頬を手で覆う。

熱い、熱い。 

血の色とまでいかずとも、今の私の顔はトマトのように真っ赤なのだろう。
本当に、なんて恥ずかしい。
ジークに歌を聞かれた事も、浮かれてスキップしているのを見られた事も、歌を聴きたいなんてからかわれた事も。
……でも、ただ思う。
あの時のような後ろめたい羞恥ではなく、ただ純粋な恥ずかしさは、思ったよりも心地の良いものではあるのだと。 倒錯的な意味合いではなく、仄暗い感情を内包しない純粋な感情だからだ。
同時に、サリーへの嫉妬という後ろめたい感情が無いという事は、つまり私はまだ間違えていないという事でもある。 私は、前に進めているのだ。

「そうよね。 あの時とは違うの。 私は、何もしていないもの。 ジーク様とサリー嬢の関係を応援して、そして」

浮かぶのは、領地にいる孤児院の子供たちの笑顔。 
今週末は王都でバザーがある。
子供達と回るそれは、私にとっての癒しと祝福の時間。

「そうだ、お昼ご飯にお弁当を作っていきましょう。 みんな喜んでくれたらいいなぁ」

何を作って行こうかと、いたずらを企む子供のように胸を弾ませるのだった。


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