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5度目の世界で
王都のバザー・前編
しおりを挟むバザー当日、私は王都の教会で長椅子に座ってピューラと子供達を待っていた。
傍らには子供達と食べるお昼ご飯の入ったバスケット。 中身はサンドイッチで、シンプルな卵サンドやハムレタスサンドを多く詰めている。 主に沢山食べるワイリーを想定して用意したものだ。
前日からジークにからかわれる原因となった時のような気分の高揚は抑えられず、結果として少し寝不足ではあるものの早起きしてお昼ご飯を作って、約束の時間より1時間も早くから皆を待っていた。
自分の事ながらなんとも浮かれトンチキな事だと思う。 ジークに知れたら、またからかわれてしまうだろう。
今日は遊びに来た、というのも間違いではないけれど、根本はピューラから頼まれた、子供達の引率がメインの目的なのだ。 子供達5人から目を離さないようにしっかり見ている事が、今日の私の仕事である。
「あら、ラナちゃんおはよう。 ふふ、今日はいつもよりずっと早いのね」
聞き覚えのある声に振り向けば、そこにはいつも声をかけてくれるご婦人、ケリーさんの姿があった。 ケリーさんはなぜか、楽しそうに笑顔を浮かべている。
「ケリーさん、おはようございます。 ……あの、どうかしましたか?」
「いえいえ、こんなにも早くからラナちゃんが楽しそうな顔して誰かを待っているみたいだから、好い人でも待っているのかと思ってねぇ」
言われて、一瞬何の事かと首を傾げて、しかしすぐに何を言われたのか意味を理解して、なぜか浮かんだ先日のジークのからかいを思い出した。
「ちっ、違います! 何を言うんですかケリーさん!」
「あらあら、婆はお節介だったかしらねぇ」
違うそうじゃない、と弁明したいが熱を帯び始めた頰につられて思考も上手く回らない。
なぜこんなにも最近からかわれる事が多いのか。 浮かれているからか、浮かれているからいけないのか。
「け、ケリーさんこそお早いですねっ! バザーにはまだ早いのに」
強引な話の方向転換にケリーさんはニコニコと笑顔を崩さず楽しそうにしている。
さすがに強引すぎた気しかしないが、ここでさらに言い訳を重ねてもさらに勘違いを深めそうなだけなので私からは何も言えない。
「婆はいつも通り、教会にいようかと思ってねぇ。 バザーが始まったら教会も人で溢れるから先に席を取っておこうと早く来たのよ。 バザーのお祭り騒ぎは活気があっていいのだけれど、この老体には少ししんどくてねぇ。 神様に祈りを捧げながら、雰囲気だけ楽しむ事にするわ。 去年までなら可愛い孫娘と一緒に屋台を見て回っていたんだけれどねぇ」
ちょうどラナちゃんくらいの年頃なんだけどねぇ、とケリーさんの孫娘話が始まり、子供達を待つ間暇をしていた私としてもケリーさんと話をできるのは嬉しいので、話に花が咲く。
ケリーさんの話には思ったよりも共感できる箇所が多く、曰く小さい頃は手のかかる子だったとか、やんちゃで元気な子だったから追いかけっこをよくせがまれて次の日には体の節々が痛かったとか。
つい最近までの孤児院に居る時の時間を思い返して、同じように(主にワイリーに)追いかけっこをせがまれて子供達の体力は限りが無いと感じたり、追いかけっこの次の日にはまともに歩けないくらい全身が痛かったり、子供達に学問を教えていて皆頑張って勉強してくれる事が嬉しかったり、私もそんな出来事を話した。
「おーいラナねぇー!」
話の途中に届いた元気な声に、私はパッと振り向く。
そこには大手を振ってこちらに駆けてくるワイリーと、その後を追ってくるエルマ。 さらにその先にはいつもの修道服を着たピューラと、手を繋いでいるダイとアン兄妹、そして子供達の中で一番大人びた雰囲気のヤーラもいる。
「まあワイリーくん、おはよう。 朝から元気いっぱいね。 エルマちゃんも、おはよう」
「おうラナ姉! おはよう!」
「おはようございます、ラナさん。 ……もうっ、ワイリーのバカ! いきなりはしっていかないでよ」
「えー、だってラナ姉といっしょならそとでられるんだそ? はやくそとでてあそびたいじゃん!」
目をキラキラさせてはしゃぐワイリーと、頬を紅潮させて勝手に一人で突っ走るワイリーに文句を言うエルマ。 この図式はもはや様式美で、さらにエルマの気持ちも知っている私としてはとても微笑ましい。
他の子やピューラとしても、いつもの事なので2人のやり取りを流して、こちらにやって来る。
「ラナさん、おはようございます。 今日はこの子たちの事を、よろしくお願いしますね」
「よろしくおねがいします」
「「よろしくおねがいしまーす!」」
「ええ、私の方こそよろしくね。 それじゃあみんな、行きましょうか」
子供達を連れて教会を出る。
その前に、ついさっきまで談笑していたケリーさんに挨拶を。
「ケリーさん、今日はこれで失礼させていただきますね。 でもまた今度、今日の話の続きをしましょう」
「ええ、こんな婆の話に付き合ってくれてありがとうねぇ、またラナちゃんとお話できるの楽しみにしているわ。 それとね、ラナちゃんが前よりもいい笑顔をするようになって婆は嬉しいわぁ」
「っ! はいっ! ではまた、ケリーさん」
「ええ、またねぇ。 楽しんでいらっしゃいねぇ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
教会でケリーさんとピューラと別れて、子供達5人を連れ立って歩くのは、まず大通り。 人の通りも多いし、出店を出しやすい広場もあるので、ここに一番出店が集中する。
そもそも始まりは、教会が各家庭から不用品を集めてリサイクル品を手頃な価格で販売していたのが起こりなのだが、そこに周辺の商店や料理屋が乗っかり、次第に規模も大きくなっていき、今のようなお祭り騒ぎにまで発展したとの事らしい。 と事前に調べた情報で知った。
「おー、すっげぇたくさんひとがいる!」
所感としては、私もワイリーと同意見だ。 辺りを見回せばとにかく人、人、人の大群である。
話に聞いて想像していた、良家の社交パーティー程度の規模など遥かに凌駕する人の群れはまさしく圧巻の一言に尽きる。
「みんな、はぐれないように気をつけて見て回りましょう」
「……ラナさん」
「なあに、エルマちゃん」
問い返すと、エルマは私の手を掴んでギュッと握る。 どうしたのかと思えば、エルマは上目遣いに真っ赤なリンゴのように染まった頰で必死そうに訴えてきた。
「て、てっ! つないだほうがはぐれずにすむとおもう。 だめ?」
「っ~~~!!! もちろん、いいよ!」
あ~~もう、なんて可愛らしいのかしら!
思わず弛緩する頰を自制しようと思っても上手くいかない。 だって、とてもエルマが可愛いのだもの。
「わ、ワイリーも、てをつなご? ここでまいごになったらたいへんだし…」
思った通り、自然にワイリーと手を繋ぐための口実作りだった。
そのエルマの可愛らしい作戦に、私としては乗っかる他にない。 お節介にならない程度に協力してあげたいし、可愛い妹みたいなエルマには幸せになってもらいたいもの。
恥ずかしさのあまり、ワイリーに手を差し出しながらそっぽをツーンと向くエルマは顔が真っ赤だ。 そっぽを向いた先が私の方だからとてもよく分かる。
まあ仕方ないわよね、恥ずかしいものね。 とエルマに同情しつつ、ワイリーはどうするのかと内心ドキドキしながら動向を見守る。
「わかったー。 じゃあおれ、ラナ姉のはんたいのて~」
そう言って、ワイリーは差し出されたエルマの手をスルーして、なぜかバスケットを下げている私の手を取る。
ちょっと待ちなさいワイリーくん、貴方はそれでいいの!? せっかく勇気を出してエルマちゃんが手を繋いでって言ってたのに、少しは意を汲んであげて!!
そんな思いとは裏腹に、ワイリーは無邪気に握った私の手ごとブンブン振っている。 ちょっと待って、バスケットの中身がグチャグチャになるからやめて。
そして反対の手を握るエルマは、文字通り握っているだけだった。 力強く、握っているだけだった。 痛いし跡になるから今すぐやめてね。 あと、子供の力って意外と強い。
「兄さん兄さん、てをつなぎましょう!」
「うん、まいごになったらたいへんだから、てをつながないとね!」
「じゃあわたしはアンちゃんと、てをつなごうかな。 ほらアンちゃん、あっちとおそろいだよー」
「じゃあアンがふたりのおねえさんです! ふたりとも、かってにどっかいっちゃだめですよ!」
あっちの3人は和やかで羨ましい。
お願いだからワイリーに私を隔てて絶賛不機嫌なエルマの乙女心に少しでも気付いてくれればと思わないでもないけれど、8歳の子供にそんな気遣いを求めるのもどうかと思うので今回は私が不機嫌エルマの機嫌とりに尽力した。 具体的に言うと、頰をぷっくりさせているエルマにこっそりと手持ちの飴玉(いちご味)をあげてなだめすかした。
そうしてエルマが落ち着いてから、私達は改めてバザーを見て回る。 子供達はピューラにいくらかお小遣いをもらっているので、一通り出店を見て回ってそれぞれ欲しい物を買っていた。
ワイリーは出店の串焼きをたくさん。
ヤーラは小さなアクセサリーを。
ダイとアンはそれぞれ別々に焼き菓子とフルーツを買って分け合っていた。
そしてエルマはバザーで売りに出されていた本を数冊買って「まだぜんぶよめないから、こんどラナさんによんでもらう」と少しは機嫌も直ったようだ。
大通りの出店を堪能し、人混みに辟易してきた私達は広場に出た。 時刻はちょうどお昼時で、なるべく人の少ない場所を見つけてお昼ご飯をいただく事にした。
「みんな、サンドイッチを作ってきたからたくさん食べてね」
「おー、なんだこれ、ぐちゃぐちゃ~!」
「それはさっきワイリーくんが私の手を引っ張って振り回したからです! 本当はもっと綺麗に作ってたんだからね?」
最初にワイリーが私の手を振り回した時に案の定中身はシェイクされて形が崩れていたり中身の具が散っていたりと散々だ。
「まあまあ、ワイリーはあとでしっかりおこっておきますからそこまでで。 それよりもはやくたべましょう、おなかすきましたから」
ヤーラが仲介してくれて、ワイリーの頭を一つペシリと叩いて話はそこまで。 続きのお説教は帰ってからヤーラがするのだろうか、ヤーラはワイリーより年下のはずなのだけど。
少し気にはなるが、それはそれとして確かにお腹も空いた。
なので私達はいつもの教会での食事前のように胸の前で両手を組んで食事の挨拶をする。
「いだいなるわれらがしゅよ、おめぐみをわけあたえてくださることにかんしゃいたします」
「「「「かんしゃいたします」」」」
「感謝いたします」
なぜかヤーラが主導での挨拶だったけれど、そこは子供達の中で一番しっかりしているからだろう。 ……孤児院での子供達間のヒエラルキーとかあったりするのだろうか。
少し考えたが、まあ気にする事もないと思い直して、組んだ両手を解いて少し形の崩れたタマゴサンドに手を伸ばす。
その時、不意に聞いたことのある声がしてきた。
「あれ、ひょっとして君は」
もしやと思って振り向くと、普通に考えてこの場に居るはずのない、さらに言うとこの場に相応しくない人物、ジークがいた。
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