簡単に聖女に魅了されるような男は、捨てて差し上げます。~植物魔法でスローライフを満喫する~

Ria★2巻発売中『簡単に聖女に魅了〜』

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2巻

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   第一章 新たな出会い


 緑豊かなルラーネ国の南に位置する、ミズーリ領。その領地の一角にある森の中で、私が生活を始めてそろそろ三月みつきが経とうとしていた。これまで、メルティアナ・ミズーリ伯爵令嬢として過ごしてきた私に、一人で生活が出来るのか不安がなかったと言えば嘘になる。けれど、それ以上に期待に満ち溢れていた。

「リコリス、今日もお手伝いをお願い出来るかしら?」

 私の問いに、任せてと言わんばかりに胸を張ったリコリスは元気よく頷いた。浄化魔法を掛けて綺麗にしてあげると、次々と皮むき機にオレンジを入れていく。
 リコリスは、私が一人で寂しくないようにと、フェルナンドお兄様が友人に依頼して作ってくれたリス型の魔道具だ。
 今日も一緒に朝から作業場に向かい、薬の調合をしている。魔力が乱れないように慎重かつ丁寧に流し込みながら調合すると、品質の高い薬を作ることが出来る。この品質の高さが、私の薬師くすしとしての誇りだ。
 植物魔法を使えることが薬の品質を上げる一因になっているため、この能力には本当に感謝している。それに、薬の品質を上げるだけでなく植物の成長促進、成分の解析や分解、抽出も出来るため、品種改良にも適していた。森で生活するにあたってこんなに便利な魔法はない。
 この三ヶ月間は、とても充実した日々だった。
 薬師くすしの仕事をこなす中、リコリスや森の畑で出会った子ウサギ三匹、そしてリス達と一緒に朝の散歩。そして、コーヒーショップの看板娘であるモカさんというお友達も出来、毎日が楽しい。
 王立学園に在学中は、友達を作ることが出来なかったから、モカさんと友達になれた時は涙が零れそうなほど嬉しかった。初めてのお出掛けの前は気持ちがたかぶって、何度もリコリスに話しかけていたのを覚えている。この時、モカさんが選んでくれた私のエメラルド色の瞳と同じ色のリボン。今日も、これで腰まで伸びた長いプラチナブロンドの髪を後ろで結っている。
 そんなことを思い返しながら、私は植物魔法で薬草から苦み成分を取り除くと、ゆっくりと魔力を注ぎ込み調合する。この繊細な魔力操作が薬の品質を上げてくれるのだ。学園から帰って植物魔法の練習をしていた日々が懐かしい。

「……みんなは今頃どうしているのかしらね」

 二年間の学園生活では、婚約者を失い、幼馴染おさななじみの護衛騎士も失ってしまった。第二王子であるアルフォンス様の婚約者になりたいユトグル公爵令嬢や、他の令嬢達からも敵視されてしまい、友達を作ることも出来ず……心身共に疲弊していた。
 そして、卒業パーティーの日、親しくしてくれていたアルフォンス様が聖女様と抱き合う姿を見て……私の周りには誰もいなくなったと思った。落ち込んだ私は、しばらく一人でいたい、そうすれば傷付くことも心を乱されることもなく、静かに過ごせるのではないかと考え、森でのスローライフを選んだのだ。
 しかし、私の新しい護衛騎士であるトーリから彼らの現状を聞いた時、どうして話し合うことをせず逃げてしまったのかと後悔した。あの時の私は、あれで良かったのだと思っていた。何も知らなかったから……ううん、そんなの言い訳ね。結局、私は彼らに何も聞かず、歩み寄る努力をしなかった。自分が傷付かないようにと切り捨てて、きちんとした人間関係を築くことが出来なかった。
 それが今は、たった数ヶ月でお友達が出来て、薬師くすしとしての仕事も順調に進んでいる。ここは私にとって何物にも代えがたい大切な場所になったのだ。
 この場所を失うことのないように、人に誠実に、素直に気持ちを伝えられるようになりたい。そんな風に私を変えてくれたトーリやモカさん、私を支えてくれるみんなには本当に感謝している。
 気付くと仕事の手が止まっていた私を、リコリスが不思議そうに首を傾げながら見上げていた。

「ふふっ。仕事中に考え事なんてしていたら駄目よね。集中しなくちゃ」

 そう言うと、リコリスはコクリと頷き、オレンジを皮むき器に入れて作業を再開した。私もリコリスを見習ってちゃんとお仕事しなくちゃね。
 今日は喉飴作りが終わったら何をしよう。お花の品種改良はどうかしら。色鮮やかなお花が人気だけれど、白いお花も注目されているのよね。ただ、綺麗に咲く白いお花の品種は少なく、飾っても見栄えがしない。だから、たまに飾られる程度になってしまっている。
 以前読んだ植物図鑑に、お花が色鮮やかなのは昆虫を引き寄せるためであることが多いと書いてあった。そのせいで白い花が少ないのかもしれない。
 栽培なら人工授粉出来るから昆虫の力を借りる必要がないので、白でも問題ないわよね。問題はどうやって白色にするかだけれど……
 また考え込んでいると、リコリスが私の肩にトンッと乗り、頬にてしっと手を当てた。

「あ、また手が止まっていたわね。お仕事中だからちゃんと集中しなくちゃって思っていたのに、ごめんなさい」

 リコリスはやれやれと言わんばかりに首を横に振りながら、机の上に降りる。そんなリコリスに、ありがとうの気持ちでいたオレンジを口元に持っていく。すると、条件反射のようにぱくりと食いついた。可愛いリコリスの頭を指で撫でながら、一つまた一つとあげ、一個分のオレンジを食べ終わったところで、喉飴作りを再開する。
 予定時間通りに作業を終え、外の空気でも吸おうと作業部屋の扉を開けると、リス達が小屋の前に集合していた。一体何があったのかしら……。リコリスも気になったのか、私の肩から飛び下り小屋へと向かった。
 リス達はリコリスに気付き、一緒に小屋の中へ入っていく。私も様子を見てみようと、掃除する時に入れるよう取り付けてもらった扉をくぐると、みんなが一つの丸太の前に集まっていた。一体何を見て……

「まぁ、可愛いお客様ね。昨夜入り込んでしまったのかしら」

 くり抜かれた丸太の中で、森の妖精と言われるモモンガが体を丸めて眠っていた。もしかしたら、えさを求めてここに来て、そのまま寝てしまったのかもしれない。リス達はまだ冬眠する時期ではないし、小屋も十分広さがあるから、この子が増えても問題はなさそうね。
 人の気配を感じたのか、モモンガが目を開ける。そして、何? と言うように目をきょろきょろさせた。大きな目が可愛い……夜になったら飛んでいる姿を見せてくれるかしら。

「こんにちは、小さなお客様。住処すみかを探してここに来たのかしら?」

 私の言葉に首を傾げたモモンガにリコリスが近付き、話しかける。リコリスは動物と会話出来るのだ。

「リコリス、この子はここに住みたいと言っているかしら?」

 私の問いにリコリスはこくりと頷いた。新しい仲間が増えたわね。えさは何を食べるのかしら。木の実ならたくさんあるけれど……

「何を食べるか知っている? リス達と同じものだったら良いのだけれど」

 するとリコリスは小屋の外にあるどんぐりの木を指さし、コクリと頷いた。それならこの子もえさに困らずに済むわね。

「それじゃ、みんな外に出ましょうか。まだ眠いみたいだわ」

 私とリコリスが先に小屋を出ると、残っていたリス達も外へと駆け出し、木から木へと飛び移る遊びを始めた。

「リコリスも遊んでいらっしゃい。私はこれからどんな花を改良するか、お茶でもしながら考えるわ」

 リコリスはてしっと私の頬に触れると、リス達のもとへ駆けて行った。

「今日はどれを飲もうかしら」

 ずらりと並べられた紅茶缶をしばらく眺めた後、私は癖のないさっぱりした味わいのものを選んだ。そして、パントリーから取ってきたオレンジを紅茶に入れ、最後にミントを添えてオレンジティーにする。

「見た目も綺麗で気分が上がるわね。オレンジの甘い香りが本当に良いわ」

 私はソファーに座り紅茶を一口飲み、植物図鑑をめくっていく。どの花を白く改良しようかしら……主役になれるような大輪の花がいいかしらね。

「あっ、これ……モカさんと遊びに行った時に食べたケーキのバラだわ」

 モカさんお気に入りのカフェは、大輪のバラが咲いているようなケーキを提供していた。真っ赤なバラで、とても豪華な雰囲気だったのを覚えている。この図鑑のバラは赤色とピンク色しかないけれど、白くしても素敵なんじゃないかしら。
 まずは、切り花を植物魔法で色素を抜いてみよう。他にも色んな種類の花を購入して、それぞれ色素を抜いてどれが素敵か選ぶのも良いかもしれないわね。
 あのバラは高価で街では売っていなそうなので、トーリに伯爵邸で利用している花屋へ依頼してもらいましょう。
 本当はそういう手配も自分でしたいのだけど……伯爵令嬢が直接店と取り引きするのは印象が良くないらしい。お兄様達に迷惑を掛けたくないから、そういったことはいつもトーリにお願いしている。

「とりあえず、五種類くらいリストアップしておけば良いかしら。これと、あとこれも……うーん、これもいいわね」

 後でリストをトーリに渡すことにし、そろそろお昼の準備をしましょう。この前アップルパイを作った時に生地を多めに用意したので、それを使ってシチューのパイ包みを作ることにした。ホワイトシチューは私でも簡単に作れる料理なので気に入っている。

「ふふっ、ナイフの使い方も慣れたものね」

 伯爵令嬢として過ごしてきた私には一人で生活する能力がなかったため、半月のスローライフ準備期間中にメイド達や料理人達に色んなことを教わった。ジャガイモの皮きでは何度も指を切ってしまって、みんなを心配させたっけ。私が指を切った瞬間の彼らの青ざめた顔はすさまじかった。すぐに治癒魔法を使って治したから、最後の方なんて血が出るよりも早く治癒魔法を掛けていたのよね。数ヶ月前のことなのに、懐かしく感じるわ。
 パンは街で買って来たものがあるから、それで大丈夫だけど……パンとシチューだけでは物足りないわね。サラダと果物も添えればいいかしら。
 オーブンでパイ包みを焼いている間に、先ほど考えていた白いお花をどう改良しようか考える。切り花から色素を抜いて白くはするけれど、それだと毎回植物魔法を使うしかない。種から育てても白くなるように改良しないといけないわね。
 無色に近い成分以外は色が付かないように改良すれば大丈夫かしら。

「あの大輪のバラはモカさんが好きだったから、白いものをプレゼントしたいわ。あっ、それなら、そのお花を飾って我が家でお茶会なんてするのもいいわね」

 せっかくだから、お茶会用に可愛いガゼボを建てても良さそうだ。一人でお茶を飲む時の気分転換にもなるかもしれない。家のすぐ側ではなくて、少し離れた木々に囲まれたところに作って特別な空間にしてみよう。
 家からガゼボまでの道はレンガを敷いて、両側には小花をたくさん植えて……素敵! ガゼボの建築はリス達の小屋を作ってくれた業者さんにお願いするとして、植物やお花を植えたりレンガの道を作ったりするのは私がやってみたいわ。
 オーブンが鳴り、テーブルにパイ包みを並べるも、頭の中はもうガゼボ一色で、早く取り掛かりたくてささっと食べ終えてしまった。
 私は外に出て、リコリスを呼んでお兄様に通信をつないでもらう。徐々にリコリスの瞳の色が赤く染まっていき、お兄様の声が聞こえてきた。通信が出来るだけでなく、小さな体で敵に向かっていってくれるリコリスは、可愛くて優秀な子だ。初めて熊に襲われた時はひやりとしたが、まさかリコリスに毒が備わっているとは思わず、とても驚いたことを覚えている。

「お兄様、今よろしいですか?」
『あぁ、お茶を飲んでいただけだから大丈夫だよ。どうかしたかな?』

 顔は見えないけれど、私と同じエメラルドの瞳にプラチナブロンドの、知的で優しい笑顔を思い出す。そのうるわしい顔立ちに加えて次期伯爵という立場もあり、令嬢達からの求婚が殺到していると聞いているが、今はお父様から仕事を教えてもらうことを優先しているらしく、まだ誰とも婚約していない。

「ガゼボとレンガの道を作りたいので、家を建ててくれた方達にまた依頼したいのです」
『分かった。こちらで手配しておくよ。デザインは決まっているのかな?』
「頭の中でイメージは出来ているので、紙に描き出すだけですわ」
『それじゃ、描き終えたらこちらに送ってほしい。依頼する時に彼らに渡しておくよ』
「ありがとうございます!」

 お兄様と通信を終えると、すぐに万年筆を手に取り、ガゼボのイメージ画を描く。形は六角形で、屋根は深い赤、柱は白、はりの部分には植物を彫刻してもらって……。あれもこれもと追加していたら、気付けば絵以外の余白はイメージを伝える文字で埋め尽くされていた。
 彫刻を入れると、金額も時間も掛かりそうだから、モカさんをお招きするのは少し後になりそうね。
 お金に関しては……伯爵家のお小遣いから出そう。ここでの生活では出来るだけ自分の力でと思っていたけれど、さすがに今の収入だけでガゼボを建てるのは難しいため、今回だけは特別だ。

「さてと、まずはガゼボを建てる場所を決めて、木を移動させなければいけないわね」

 私が立ち上がると、それに合わせてリコリスが肩にトンッと飛び乗った。小さくて可愛い護衛をひと撫でし、外に出る。
 森に囲まれて周囲の建物が見えない場所にしたいから……うーん、五十メートルくらい離れていれば良いかしらね。
 そんなことを考えつつ、私は森へ向かいながら植物魔法を展開する。ガゼボへのアプローチを作るため、木や草花達に道をあけてもらうのだ。

「さぁ、左右に道をあけて」

 そう私がお願いをすると、光を帯びた木々がみしみしと音を立てながら左右に移動し、目の前に道が出来ていく。木の根ででこぼこした部分は今は歩きにくいけれど、レンガを埋める時に綺麗に整地しましょう。とりあえず、先まで進んで場所を決めなければ。

「まっすぐの道だと、アプローチから家が見えてしまうから……途中で道を曲げれば、木が目隠しになっていいかもしれないわね」

 ここでカーブして右側に行ってみよう。そこから少し歩くと、なんと湖を見つけた。いつも散歩をしている方向とは違うので、湖があるなんてこれまで気付かなかった。ここにガゼボを建てることに決めましょう。
 ガゼボの半分が湖にせり出しているというのはどうかしら。湖の上でお茶をしているような感じがして良い気がするわ。
 ガゼボを建てる位置を決めた私は、その周囲にマジックバッグから取り出した種を落とした。そして、水をいて植物魔法を展開すると、辺り一面に小さくて可愛い花が咲く。その美しさに目を奪われていると、ぴちゃんと魚が跳ねる音が聞こえた。
 湖の中をのぞき込んでみると、元気に泳ぎ回っている魚達がいて、思わず連れて帰りたいと思ってしまった。

「駄目駄目。連れて帰っても育てる場所がないわ。ここに来た時の楽しみにしましょう」

 ガゼボを建てる場所を確保出来たので、今日は家に帰ってゆっくり刺繍ししゅうでもして過ごそう。


 三日後には、リストアップした花が届いた。真っ赤なバラを手に取り見つめていると、ふと誰かに似ている気がした。この豪華な雰囲気は……そうだ、ユトグル公爵令嬢だ。学園時代の同級生で、大きく巻いた綺麗なブロンドを手で払いながら話す姿が脳裏に浮かぶ。少し困った人ではあったけれど、貴族らしい美しい令嬢だった。いつも自信に満ち溢れていて……そこは少し羨ましかったわね。
 彼女が今、目の前にいたら、「こんなに素敵なのに白くするなんて、あなた頭がおかしいのではなくて?」と言いそうだわ。脳内で想像した彼女の再現度が高く、思わず笑いが零れた。今頃彼女は何をしているのかしらね。

「さてと、早く作業に取り掛かりましょう」

 花を花瓶に入れ、作業机の上に一列に並べると、植物魔法を展開した。花達がキラキラと光り出し、花瓶から浮かび上がる。さらに『解析』を使い、不要な色素成分を『抽出』する。すると、色が消え去り、光が収束すると同時に花は花瓶の中へ落ちた。
 花は五種類用意したけれど、やっぱり白バラが一番素敵ね。真っ赤なバラは華やかで自信に満ち溢れているユトグル公爵令嬢にとても似合っていると思ったけれど、白くなったバラはそうではなかった。色が変わるだけでイメージがこんなに違うなんて、驚きだ。

「清らかという言葉がぴったりの花だわ。それでいてバラの華やかさも兼ね揃えていて、最高ね。種の品種改良はやっぱりこのバラにしましょう」

 その後は、花と一緒に取り寄せた種を『解析』し、色素の情報を取り除くことで、成長過程で色素が溜まらないように『調整』した。

「さあ、ちゃんと白いバラが咲くか確認しなくちゃね」

 外に出て土に種を蒔くと、水を与えて植物魔法を展開した。バラは見る見るうちに成長し、つぼみをつけていく。そうして咲いた花の色は、白だった。

「良かった、成功ね! 本当に植物魔法はすごくて、失敗する気がしないわね」

 モカさんとお茶会をするまでに、種を量産しておこう。初めてお披露目するのはモカさんにと思っているので、お兄様にもまだ内緒だ。今からお茶会が待ち遠しいわ。


 それから二月ふたつきほど経ち、ガゼボとアプローチが完成した。やはり、彫刻で時間を取られてしまったが、それだけ待った甲斐あって希望通りの仕上がりになっていた。
 屋根も落ち着いた色合いの赤で、いつもながら私のイメージをしっかりと再現してくれる業者の方には感謝しかない。
 私はさっそくガゼボに結界を張り、中に入った。湖側に座ると、透き通った水面から魚達が泳いでいるのが見える。少し手を伸ばせば水に触れるのも気持ちがいい。

「夏場は、ここに来るだけで涼しくなりそうね」

 そうつぶやくと、突然リコリスが湖に飛び込んだ。

「えっ!? リコリス!?」

 慌てて湖の中をのぞき込むと、なんとリコリスは魚と一緒に泳いでいた……。リコリス、あなた防水仕様だったのね。本当に驚かされてばかりだ。ホッとした私は、リコリスが遊んでいる間にテーブルセッティングをすることにした。
 明日はモカさんとここでお茶会をするから、今から準備をしておくのだ。白いテーブルの上には、薄いピンク色のレースのテーブルクロスを掛け、品種改良した白バラを飾った。白バラのブーケも作ったので、これはモカさんに持ち帰ってもらう予定だ。
 モカさんにプレゼントした後は、お兄様にも贈ってやしきに飾ってもらいましょう。お兄様が気に入って商品になると判断したら、このバラも領地の特産品として売りに出せるかもしれない。
 準備が整い、そろそろ帰ろうかとリコリスを呼ぶと、すごい勢いで水から飛び出てきた。しかも……前脚には魚を一匹つかんでいた。

「リコリス……その魚はどうするのかしら?」

 私が尋ねると、リコリスはお土産だと言わんばかりに、ぴちぴちと跳ねる魚を私の方に差し出した。

「えっと、そうね、気持ちは嬉しいけれど、お魚さんは湖に帰してあげましょう?」

 リコリスは、どうして? と言うように首を傾げたが、素直に魚をぽいっと湖に戻してくれた。観賞用としてなのか食用としてなのか分からなかったけれど、どちらにしても可哀想だわ。
 体を震わせて水を飛ばし、ぼさぼさになったリコリスに浄化魔法を掛け、手で綺麗に毛並みを整えた後、帰路についた。


 翌日、トーリに先導され、モカさんが馬に乗ってやって来た。トーリは体が大きく鍛えているが、顔立ちが優しいため人に威圧感を与えない。それに茶色の短髪で黒に近い瞳という落ち着いた色合いなので、街で周囲の目を引き過ぎることがないと思い、モカさんのお迎えをお願いしたのだ。
 それにしても、モカさんはトーリの後ろに相乗りしてくると思っていたから驚いた。

「メルちゃん、ご招待ありがとう」
「いらっしゃいませ。遠いところ、ありがとうございます」

 森の中だからだろう、モカさんはヒールのある靴ではなく、ブーツを履いていた。スカートは足首が隠れるくらいの長さのため、馬に乗ってもスカートがめくれずに済んだのかもしれない。白のシャツにネイビーのスカートがさわやかで、モカさんにとても似合っていた。

「実はモカさんにプレゼントを用意しているんです。これなのだけれど……」

 そう言って一つの種を手渡した。私が改良した、まだ誰も見たことがない品種だ。

「えっと、種?」

 これがプレゼントなの? と不思議そうに首を傾げたモカさんに、驚いてくれるといいなと思いながら、それを家の前の地面に投げるように言った。

「これでいいの?」
「はい、それでは見ていてくださいね」

 土の上に落ちた種に水を掛け、私は植物魔法を展開する。芽が生え、一気に育っていくとつぼみをつけた。つぼみの状態で一度成長を止め、モカさんを振り返ると、彼女は目を見開き固まっていた。

「えっ!? 何が起こっているの!? メルちゃんがやっているんだよね?」
「ふふっ、驚いてもらえて良かったです。植物魔法が使えるので、こうやって成長を早めることが出来るんです。でも、本当に見ていただきたいのはここからなんです」

 私が再度成長を促進させると、やがてつぼみから大輪の白バラが顔を出した。

「すごく綺麗……あれ、でもこれって、あのお店のバラに似てるね?」
「気のせいじゃないですよ。一緒に行ったお店のバラです。あの品種では白がなかったので、今回改良してみたんです。いかがですか?」

 そう言いながらウォーターカッターで白バラを切り、モカさんに差し出した。そっと白バラを受け取ったモカさんは、まじまじとそれを見つめる。

「……なんて言っていいか。すご過ぎて……こんな素敵なプレゼントもらったのは初めてだよ! メルちゃん、ありがとう。出来るだけ長く咲くように頑張ってお世話するね」
「喜んでもらえて嬉しいです。今のはモカさんを驚かせたくてしたのですが、本当のプレゼントはこちらなんです」

 私は用意していた白バラのブーケを取り出した。プレゼント用に綺麗にラッピングしたものだ。

「えー!? もう本当に驚かされてばっかりなんだけど!! いいの? 嬉しい……これもすごく綺麗……私がもらっちゃっていいの?」
「モカさんに喜んでほしくて改良したので、受け取っていただけると嬉しいです」
「メルちゃん……ありがとう」

 ブーケを抱き締め、花に顔をうずめるようにしてお礼を言ったモカさんの声は少し震えていた。これだけ喜んでくれるなんて、改良した甲斐があるわね。私はモカさんの背にそっと手を添えて、ガゼボへのアプローチの方へうながす。

「こちらの道の先にガゼボがあるので、景色を眺めながら向かいましょう」
「ガゼボでお茶会なんて、お嬢様になった気分ね」
「今日はたくさんおもてなししますので、是非お嬢様気分を堪能してくださいね」

 いつも仲良くしてくれるモカさんにお礼の意味も込めて招待をしたから、楽しんでもらえたら嬉しい。
 野鳥のさえずりを聞きながら二人で道を進み、曲がった先にガゼボが見えてくる。

「まだ遠いからはっきりしないけど、ここから見ても素敵なのが分かるよ」
「近くで見るともっと素敵なんですよ」
「今日は一体何回驚かされることになるのか楽しみね」

 そう言った後、モカさんの歩く速度が上がる。早くガゼボを見たい気持ちが伝わってきて、私も彼女に合わせて早足になった。

「うわぁ、何これ! 湖にガゼボって、避暑に来た貴族みたい……この柱とかはりとかすご過ぎない? この彫刻も細かくて綺麗だね。もうすごいしか言えないんだけど!」
「ありがとうございます。さぁ、どうぞ座ってください。我が家で贔屓ひいきにしているお店のケーキやお菓子をたくさん用意したので、遠慮なく食べてくださいね」

 貴族のお茶会のように、用意したお菓子も高級品だ。今日だけは特別なものにしたかったのと、月に一度、自分へのご褒美としてあのカフェに行っていたモカさんに、このお茶会もご褒美になればいいと思ったからだ。
 モカさんは席に座ると、鞄を何度も触って気にしていた。鞄がどうかしたのかしら。

「モカさん、どうかしましたか? 何か不都合があれば、言ってくださいね」
「えっと、その……あのね、手ぶらでお邪魔するのもどうかと思って、用意してきたものがあるんだけど、ちょっとメルちゃんの方がすご過ぎて……」
「まぁ、私のために? ありがとうございます。モカさんからいただけるなら何でも嬉しいです」

 気まずそうにしていたモカさんだったが、私の言葉に笑顔を取り戻すと、鞄から容器を取り出した。

「メルちゃんはコーヒー飲めないでしょ? いつもお店ではオレンジジュースだし。だから、店の物をお土産みやげにするんじゃなくて、向かいのパン屋さんで焼き立てパンを買って来たの。保存容器で焼き立ての状態をキープしているから、いつでも美味おいしく食べられるんだよ」

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