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2巻
2-3
しおりを挟む「お嬢様、お呼びでしょうか」
「……影って、耳もいいのね」
「大して距離も離れておりませんので、この程度であれば聞き取れます」
「そうなのね。えっと……」
呼びかけてみたけれど、特に用があったわけじゃなかったわ。好奇心で思わず声を掛けてしまっただけで。
「あの、レンは甘いものは好きかしら?」
咄嗟に変なことを聞いてしまった。でも、もしレンが甘いもの好きであれば、私が作ったパウンドケーキを試食してもらったり、一緒にお茶を楽しんだり出来るかもしれない。
「甘いものですか? 特に嫌いということはありません」
「そう、それなら良かったわ。今からお茶を飲もうと思うのだけど、一緒にどうかしら?」
お茶に誘われると思っていなかったのか、一瞬レンの瞳が動揺に揺れた。顔合わせの時は最後に薄く微笑んだだけで、基本的に表情の変化が見られなかっただけに、このちょっとした変化が面白い。
「しかし……今は職務中ですので……」
「私の護衛でしょう?」
「はい」
もう少しレンのことを知りたいという好奇心が湧き、私は粘ってみることにした。
「家の周辺に結界を張っているし、隠れないで普通に側で護衛するのは駄目なのかしら?」
「潜んでいる方が、相手が油断しているところを仕留められるという利点があります。それと……お嬢様に気付かれることなく、片付けることも出来ますので」
片付ける……結界の側に来た外敵を、私に知られずに始末するということね。
「そう、仕事中だものね。でも、我儘を言って申し訳ないのだけれど……今日は一緒にお茶を飲んでくれると嬉しいわ」
「……主人の望みとあれば、何なりと」
こんな言い方は少しズルいわよね。そう思いながらも、私はレンを家へと招き入れる。
「ありがとう。じゃあ、これからお茶の準備をするわね」
「それでは、少しの間お邪魔致します」
家の中に入っても立ったままでいるレンにソファーに座るように言うと、背もたれに寄り掛かることなく綺麗な姿勢のまま座った。少し居心地が悪そうだけど、これから徐々に打ち解けていけたらいいな。
準備したお湯をトレイで運ぼうとしたところで、ソファーに座っていたレンがさっと立ち上がり私の側へやって来た。
「お嬢様、そちらは私が運ばせていただきます」
「私でも運べるわよ?」
「そうかもしれませんが、万が一火傷でもされては大変ですので。それと、お嬢様は伯爵令嬢です。もう少し人を使うことを覚えるべきです」
人を使う……今まで使用人に世話をされてきた人生だったけれど、今は出来ることは自分でしていきたいと思っているのよね。
「それは、レンを使えということかしら? でも、あなたの仕事は私の護衛や情報収集であって、お茶を運んだりすることではないわ。だから、これは私が持って行ってもおかしくはないでしょう?」
「……確かに私の仕事かと言われれば違いますが、お仕えする者が私だけであれば率先してすべきことです。さぁ、トレイをこちらへ」
レンはそう言って私の持っていたトレイの下に手を添え、渡すように促す。ジッと私を見つめる彼の目が、「ほら早く」と言っているようだった。
普段隠しているのがもったいないほど美形なレンの顔。整った顔立ちであるがゆえに、あえて隠して面倒ごとを避けているとか? そういうことも考えられるわね。
そんなどうでもいいことを考えながら、私はレンを見つめ返す。それでも彼が一向に手を引く気配がないため、仕方なくトレイを渡した。
「ありがとう。テーブルまでお願いね。お茶は私が淹れようと思っているけれど……さすがに、レンはお茶は淹れられないわよね?」
「お嬢様の影に任命された時に、お茶の淹れ方も学びましたので問題ありません」
私の影に任命されて、どうしてお茶を淹れる練習をするの? それもお兄様からの指示なのかしら? 普段姿を見せないのだから、影が私にお茶を淹れる機会なんてないわよね? んんー?
「あの、よく分からないのだけど……影って、お茶を淹れるお仕事もするのかしら?」
「基本的にはしません。今回はお嬢様が使用人を付けずに森で生活されるとのことでしたので、そのような機会があるかもしれないと思い、学びました」
「そうなのね……ありがとう。それなら、私からお茶に誘っておいて申し訳ないけれど、レンのお茶を楽しませてもらってもいいかしら?」
レンがどんな風にお茶を淹れるのか気になるわ。ちょっと図々しいお願いになっちゃったけれど、私のために練習してくれたならいいわよね?
「そこは申し訳ないと仰らずに、私に指示していただければいいのですよ」
「ふふっ。それじゃ、お茶の用意をお願いね」
「畏まりました。お嬢様」
ティーセットをテーブルの上に準備すると、レンはカップを湯通しして温め出した。その間にパウンドケーキをカットし、お皿に分けていく。手際が良いわ……。本当にちゃんと淹れ方を習ってきたのね。それにしても、黒尽くめの大人の男性がお茶を淹れているのは、何だか不思議な光景だわ。
「お嬢様、準備が整いました。どうぞお召し上がりください」
「ありがとう。私のメイドに淹れてもらっているようだわ」
一口紅茶を飲むと良い香りが広がる。私専属のメイドが淹れてくれたものと変わりなくて、とても驚いた。きっと何度も何度も練習したのよね。影に必要な仕事じゃないのに。
「レン。あなた、お茶を淹れるのが上手なのね。私がいつも邸で飲んでいたのと同じ味がするわ」
「私はお嬢様専属の影ですので、お口に合うよう、お嬢様のメイドに淹れ方を教えていただきました」
「いつの間に……。そんなことをしていたなんて、全く知らなかったわ」
「使用人たるもの、主人に不便を感じさせないよう仕事をこなすことこそが喜びです。お嬢様がお知りになる必要もない瑣末なことですよ」
レンは表情を変えず、こんなことは驚くようなことでもないとばかりに言ってのけた。我が家の使用人は総じて忠誠心が強いのよね。とても誇らしいことだわ。
「そうなのね。本当に、我が家の使用人は優秀で助かるわ」
「そう思っていただけると、皆喜びます」
……何だろう。レンは影っていうよりも、執事みたいな感じがするわね。見た目は影なのだけど、所作や話し方は丁寧だし、おまけにお茶まで淹れられるし。
そんなことを考えながら、レンがパウンドケーキを口に入れるのを見つめる。咀嚼後に薄く目を細めたのを見て、彼は甘いものが好きなのかもしれないと思った。
それから少し話をし、レンが小さい頃から影としての訓練を受けていたことを教えてもらった。影になるには、幼少の頃から訓練を重ねるらしい。危険な仕事だし、どんな状況でも対応出来るようにならなければ生き残れない。そのため、一人前になるまでに何年もの月日を要すると言っていた。私には想像がつかない世界だ。
小さい時なんて、自分の身を守るためだけに防御魔法の特訓をし、あとは植物を育てたり刺繍をしたりして気楽に過ごしていた。彼の幼少期を思うと胸が苦しくなるが、過ぎたことを私がどうこう言っても仕方がない。これから少しずつでも楽しいと思えることが増えてくれると嬉しいな。
襲撃事件から一月、大人しく森の中でお薬を作ったり刺繍をしたりして過ごしていると、お兄様から連絡が来た。
『犯人を取り調べたところ、通りすがりの馬車を襲った、ただの金銭目当てだったよ。もう心配はいらないから、街へ行っても大丈夫だよ』
え? 通りすがりの犯行なの? 本当に?
「お兄様、犯人は馬車に女性が乗っていると分かっていて、引きずり出すように言っていたと思うのですが」
『あぁ、メルが買い物をして馬車に乗り込むのが見えたみたいでね。女性だとは知っていたが、それが誰かということまでは分からなかったと言っていたよ。だから、メルを狙った犯行じゃない』
私を狙ったわけじゃないと聞いてホッとした。それにしても、そんな無差別に襲撃するなんて……でも、他の人が被害を受けた時のことを考えると、襲われたのが護衛のいる私で良かったのかもしれない。
「そうでしたか……。やっぱり、護衛付きで馬車に乗っていれば目立ってしまいますよね」
『こればかりは仕方がない。護衛を外すことは出来ないから』
「えぇ、それは分かっていますわ。今回は運が悪かったと思うことにしますね」
『それでいいよ。この後、少しレンと話をしたいから、メルは席を外してもらえるかい?』
私がいると話せないことなのかしら。お仕事の話かもしれないわね。
「分かりました。では、私はお庭でリス達と遊んでいますね」
『リコリスもレンも側にいないから、結界内から出ないようにね』
「はい、今日はご連絡ありがとうございました」
そう言って、私はレンと入れ替わるようにして庭へと出る。すると、リス達は思い思いに木々の間を飛び回り、うさちゃん達は草を食べては寝転んでと自由を満喫していた。
マジックバッグに入れておいた苺とりんごを取り出して、庭に置いてあるテーブルの上に並べると、テーブルを囲むように彼らが集まり出す。勝手に食べないところを見ると、リコリスが普段からしっかりと教えているのだろう。
「さぁ、どうぞ召し上がれ」
私の声掛けで一斉に飛び付き、静かな森の中にりんごを齧る音がしゃりしゃりと響く。苺を食べて真っ赤になったリス達を綺麗にしてあげたり、水を入れ替えてあげたりしていると、レンが家から出てきた。お兄様との仕事の話は済んだとのことで、すぐに森の中へと消えていってしまった。ゆっくりお茶でもしていけばいいのに。
間章 犯人の正体と、期待する処罰(フェルナンド視点)
執務室で書類を片付けているとリコリスから緊急事態の信号が届き、思わず席を立った。メルの周辺で何かあったらしい……だが、ここからではすぐに駆け付けることが出来ない。私が動くより護衛や影達に任せた方が確実だろう。仕方なくトーリからの報告を待つが、どうにも落ち着かない。
今頃メルがどれほど怖い思いをしているかと想像する。あの子を森へ送ったのは間違いだったかもしれない。私の側にいた方が幸せだったのではないだろうか。庭に小屋を建てて周りを木で囲えば、擬似的に森で生活しているような空間を作ることが出来たのでは……
報告が来るまで仕事にならず、ただただ静かに待っていると、トーリに渡していた通信機から連絡が届いた。
『フェルナンド様、ご報告がござ――』
「話せ」
やっと連絡が来たことに安堵しながらも状況を早く把握したくて、被せるように言う。
『はっ、本日メルティアナ様が馬車で移動中に、二十人ほどの破落戸に襲撃されました』
襲撃を受けた? 二十人とは多いな……。狙いは何だ? メルが伯爵令嬢と知っての行動か?
「それで、もちろんメルには一つの傷も付いていないだろうね?」
『はい。馬車から出ずに結界を張っていただきましたので、男達の姿を見ることもありませんでした』
良かった……。メルに怪我がないと分かった瞬間、体から力が抜け、背もたれに寄り掛かる。祈るように握り締めていた手にじんわりと汗をかいていることに気付き、ハンカチでさっと拭う。こんな自分の状態にも気付かないとは……どれだけ余裕がなかったんだか。
怪我がなかったことが一番だが、破落戸の姿を見ずに済んだのも幸いだ。メルにはなるべく綺麗なものだけを見て、楽しく過ごしてほしい。
「そうか、それなら良かった。護衛達の中に怪我をした者はいなかったかな?」
『かすり傷程度ですので問題ございません。男達は三人生かし、残りは処分しました。現在、ラルフを見張りに付けて牢に捕らえております』
ラルフは侯爵家の三男であり、私とメルの幼馴染だ。燃え上がるような赤い髪に、意志の強そうな凜々しい赤い瞳。顔立ちの良さもあって派手に見えるが、メルを一筋に想い、他の女性に心が揺らぐことはなかった。
彼はメルの側にいたいと我が家で護衛騎士として勤めることを望み、メルが学園へ通う間の護衛を任せていたが……聖女に惑わされたせいで職務放棄してしまい、その任を外れることになった。だが、メルなしで生きてはいけないという彼の気持ちを酌んで、メルの視界に入らないという約束で今回護衛の一人としたのだ。
「そう。何が目的なのか、しっかりと取り調べること。ただの強盗なのか、メルを狙っていたのかで、今後の対応が違ってくるからね」
『肝に銘じます。それと、偶然通り掛かった青年が加勢してくださいました。メルティアナ様が納品をしているコーヒーショップの次男で、ルディという者です』
コーヒーショップを手伝っている青年か。剣の腕が立つとは意外だな。メルを助けてもらったのならば、是非お礼をしなければならない。我が家から礼状と共に謝礼金を渡そう。
「分かった。では、そちらに執事のセバスを向かわせるから、着いたら案内を頼むよ」
『畏まりました』
「メルの様子はどうかな? 相手の目的がはっきりするまでは、家から出ないでほしいところなのだが……」
メルには窮屈な思いをさせてしまうが、仕方ない。もしメルが狙いだった場合、また襲撃される恐れがある。はっきり分かるまでは、結界内にいるのが一番だろう。
『襲撃自体を目にしていないということもあり、そこまで怖がっていらっしゃる様子はございませんが、少し緊張はされているようでした』
「そうか……。せっかく癒されに森に行っているというのに、こんなことに巻き込まれて可哀想に。しばらくは家から出られないから、気が紛れるようにお菓子などを適度に差し入れしておいてほしい」
『畏まりました。少しでもお心を慰められれば良いのですが』
「そうだね。早く解決出来るように、吉報を待っているよ」
『これから取り掛かりますので、情報が取れ次第すぐにご連絡致します』
「ありがとう。じゃ、よろしく頼むよ」
『はい、失礼致します』
その後メルに連絡を取ると、トーリの報告通り、怖がっているというような状態ではなかった。だが、しなくてもいい辛い思いをしてしまったのは事実だ。犯人達には、しっかりと報いを受けてもらおう。
犯人達の口を割るのに数日掛かるかもしれないと思っていると、驚いたことにその日のうちにトーリから連絡があり、目的が判明した。
「ご苦労様。随分と早く口を割ったようだね」
『三人残しておりましたので。順番に拷問をしていけば、目の前の恐怖から逃れようと誰かしら口を割るものです』
やはり我が家の護衛は優秀だ。どうすれば奴らが口を割るのかよく分かっている。彼らの仕事に感心しながら報告を聞いていると、まさかの犯人に驚いた。
「……ユトグル公爵令嬢が黒幕とはね。自分のところの騎士を使わなかったことを考えると、公爵家ではなく、令嬢の独断か」
本当に呆れる。いくら公爵令嬢といえど、こんなことをしたらただでは済まない。それすら分からないとは……はぁ、溜息しか出ないな。
『恐らく仰る通りだと思います。公爵家の騎士が二十人で襲撃してきた場合、我々では持ち堪えることは出来なかったでしょう。破落戸相手だったのは不幸中の幸いでした』
全くだ。公爵家の騎士二十人に対して我が家の護衛五人では、メルを守ることは出来なかっただろう。今回は令嬢が愚かで助かった。
「そうだね。ユトグル公爵がそんなことを許すとは思えないから、あり得ない話で済んで良かった。それにしても、ユトグル公爵令嬢も浅はかな……。本人は上手くいくと高を括っていたのだろうが」
『高位貴族の令嬢ですので、少し傲慢なところはありましたが、まさか学園を卒業してからこのような行動を起こされるとは思いもしませんでした』
「はぁ……。彼女は第二王子殿下の婚約者の座を狙っているからね。未だに婚約者を決めない殿下に対して苛立ちを募らせて、その矛先がメルに向かったのだろう。困った人だ」
『この先どうされますか?』
……どうしたものか。無駄に爵位が高いから動きにくい。私から公爵家へ働きかけるよりも、第二王子殿下に動いてもらうのが良いだろう。
「この件については、第二王子殿下に動いていただくようお願いしよう。殿下が原因でもあるわけだしね。ただ、慰謝料はしっかりと請求させていただこう」
恐らく秘密裏に処理され、慰謝料という名の口止め料が支払われるはずだ。公爵自身は領民から慕われ、しっかりとした領地経営をされているだけに、今回の失態は隠し通すだろう。
さて、殿下はメルのためにしっかりと働いてくれるかな。欲を言えば、こうなる前に公爵令嬢にしっかりと釘を刺しておくなど、何かしらの対策を講じていてほしかったが……
そもそも、殿下は女性について勉強が少し足りていないようだ。特に、彼女のように高い地位を持ち自分に自信がある女性は、恋愛で思い通りにいかなかった場合、その憤りを男性ではなく、相手の女性の方に向けてしまう。
さぁ、殿下。これをどう処理するか、拝見させていただきますよ。
間章 過去の行動への後悔と償い(アルフォンス視点)
仕事に没頭するあまり、仕事が早く片付き休みが増えてしまう。今日も朝から時間を持て余して、読書をしていると、フェルナンド殿から手紙が届いた。内容を確認してみると、手紙では詳しく話せないが、メルについて重要な話があるとのことだった。メルに何かあったのかと心配になり、すぐに返事を出し、その日のうちに会う約束を取り付けた。
「よく来てくれた。掛けてくれ」
フェルナンド殿にソファーをすすめ、私も対面に座る。
「殿下、本日は急なお願いを聞いていただき、ありがとうございます」
「いや、メルについて重要な話なら、何よりも優先したい」
「そう言っていただき安心致しました」
どうやら人に聞かれていい話ではなさそうなので、使用人を部屋から下げる。そして紅茶を一口飲み、気持ちを落ち着かせた。一体どのような話なのだろうか……
「それで、話というのは?」
「実は……先日、メルが破落戸達に襲撃されました」
「なっ!? 今、襲撃と言ったのか!? メルは!! メルは無事なのか!?」
バンッ! 予想だにしていなかった話に、礼儀も忘れ大きな音を立ててテーブルに手をつき、フェルナンド殿に詰め寄る。
「はい。メルは馬車に乗ったままで犯人達を見ることもなく、護衛が対処致しましたので、かすり傷一つ負っていません」
「そうか……」
メルに何事もなかったと知り安堵すると共に、体に入っていた力が抜けてゆっくりとソファーの背にもたれた。それにしても、何故メルがそんなことに……。改めて姿勢を正し、フェルナンド殿に話の続きを促す。
「それで、ただ襲われたと言いに来たわけではないのだろう?」
「はい。破落戸に、メルの襲撃を依頼した者がおりました」
「行きずりの犯行ではなく、メルが狙われたのだな。私に話すということは、相手は貴族か」
「高位貴族で、メルに敵意を持っている令嬢――と言えば、誰だか殿下も想像がつくのではありませんか?」
令嬢……? まさか……いや、そんなこと……違うと思いたかった。犯人を思ってのことではなく、私のせいでメルが危害を加えられたと信じたくなかったのだ。
「まさか、ユトグル公爵令嬢かっ!?」
「あぁ、やはりお分かりのようですね」
彼女は学園にいた頃から何かとメルに絡む傾向があったから……だが、まさかメルの襲撃を依頼するほどとは。そういえば、先日王宮の回廊で出くわした時も、私が未だに婚約者を決めないのはメルが原因かと聞いてきた。あの時のやりとりがきっかけとなって、今回の騒動に発展したのか……なんてことだ……
「彼女が主犯ということは、原因は私だな」
「恐らく」
「私に不満があるのならば、直接言えばいいものを……何故メルを標的に……」
「ユトグル公爵令嬢は、殿下が婚約者をお決めにならないのはメルのせいだと思い込んでいるのでしょう。それならば、邪魔なメルを片付ければ済む話です。メルさえいなくなれば、殿下は他の令嬢を選ばざるを得ない」
「そんなっ!? それはあまりにも極端ではないか」
「彼女の性格を考えれば、そういう考えに行き着くと予想したまでです。失礼を承知で申し上げますが、殿下がメルを諦めてくださっていれば、このような事態になることは避けられました。兄として、メルの平穏な生活を壊していただきたくはありません」
私がメルを諦めれば……そんなこと……無理だ。メルに出会った時、すでに彼女には婚約者がいた。だが、学園で彼女に会えるだけで嬉しかった。それ以上のことは何も望んでいなかったのに……メルが婚約解消したことで、もしかしたらと希望を持ってしまった。一度諦めた彼女への恋心が大きく燃え上がってしまったのだ。だが、私のエゴでこのような事態を招いてしまい、メルには本当に申し訳ない。
「すまない……。私の考えが甘かったようだ。今回、フェルナンド殿が私に会いに来たのは、相手が公爵令嬢であるがゆえだな」
「はい、さすがに筆頭公爵家のご令嬢ともなると、私も下手に手を出すことが出来ませんので、殿下にお願い出来ないかと思いまして」
「そうか。公爵は人格者だというのに、どうして娘はあのように育ってしまったのか……。今回の件は、私の不徳の致すところだ。こちらで対処させていただく。近いうちに公爵を呼び出して、令嬢への処罰を決めるので、それまで待ってもらえるだろうか?」
「はい。ご連絡をお待ちしております。それでは、本日はこれで失礼致します」
フェルナンド殿が部屋を出ていった後、私は背もたれに寄りかかり溜息を吐いた。
「はぁ……、私のせいか……」
ユトグル公爵令嬢には、相応の罰を受けてもらう。公爵令嬢といえど何をしても許されるわけではないということを、身をもって知ってもらわねば。
すぐにでも罰を決定したいところだが、さすがに相手が公爵令嬢なので、父上に判断を仰がなければならない。夕食は必ず家族でとるため、さっそくこの時に父上に話したいことがあると告げる、すると、食後に談話室へ来るよう言われた。
「父上、お時間を作っていただき、ありがとうございます」
「改まって話があるとは、何事か?」
いつも厳しい眼差しで王としての仕事をこなす父上だが、談話室では一人掛けソファーにゆったりと座り、右手で酒の入ったグラスを回し寛いでいた。仕事が終わったこの時間に話すのは気が引けるが、父上に時間を作ってもらうのはなかなか難しいため、仕方ない。
「実は……ユトグル公爵令嬢が、ミズーリ伯爵令嬢を亡き者にしようと、破落戸を雇い襲撃するという事件が起きました」
私の報告に、父上は手に持っていたグラスをそっとテーブルに置き、手を組み溜息を零した。
「……ミズーリ伯爵令嬢か。アルフォンスが婚約者にと望んでいる者だな」
「はい。そのため、私が婚約者を選ばないのは彼女のせいだと思い込み、排除しようとしたものと考えられます」
「それで……ユトグル公爵令嬢をどうにかしたいと?」
「このまま野放しにするわけにはいきません。彼女は公爵令嬢という立場を、何をしても許されるものだと勘違いしている節があります。しっかりとした罰が必要です」
在学中から令嬢達を侍らせ、女王様の如き振る舞いを見せていた。私がどんなに厳しく接しても態度を改める様子がなかったため、相手にするだけ無駄だと見て見ぬふりをしてしまったのがいけなかったのかもしれない。
王女である私の妹が在籍していれば、公爵令嬢である彼女よりも立場が上のため、ユトグル公爵令嬢もあそこまで尊大な態度は取れなかっただろう。けれど、妹とは年齢が離れていたのでそれも叶わなかった。今更こんなことを考えたところでどうしようもないが……
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