「四半世紀の恋に、今夜決着を」

星井 悠里

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第11話 けじめに向けて

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 昨日は愛梨さんと飲んで、ある種の覚悟を決めた。 
 おかげで、いい気分で帰って。お風呂から出たらすぐ眠ってしまった。

 朝、目覚まし時計で目を覚ます。
 朝のルーティン。いつも通りの準備をして、電車で十五分の通勤。
 会社も、いつも通り。綺麗なオフィスに、凛とした秘書課の空気。

 入社してからずっと一緒。これが私の普通。とても無難な毎日。

 ――退屈な気もするけど、心を乱されることもない、安心な日々。
 刺激的な毎日って、良いのかもしれないけど……私はちょっと怖いかな……。

「おはようございます」

 あ。愛梨さん、よかった。来た。
 いつもより遅いなと思ってた。

「おはよう。昨日はありがとぅ、付き合ってくれて」
「寝坊でした……」
「あは。ごめんね」
「先輩は今日もいつも通り、涼しい感じですね」

 褒めてるのか、なんなのか。でも苦笑してるから、褒めてるってだけでもなさそうだけど。それ以上は聞かなかった。

「先輩、今日お昼になったら、エステに電話して予約しましょうね」
「あ、うん。そうだね」
「ジムのほうも」
「うん」

 始業のチャイムが静かに鳴った。
 またいつも通り。適度に忙しくて、あっという間に過ぎていく時間が、始まった――。



 翌日金曜日の終業後。
 愛梨さんにエステに連れてきてもらった。エレベーターを降りて、綺麗な扉を開けると、中はとても静かだった。

 すごく湿度のある、空間。良い香りのアロマに包まれていた。
 愛梨さんが居なかったら、すごく緊張したかもと思う。というか居てもドキドキしてる。

 受付で愛梨さんが名前を言うと、綺麗な受付の人が、私に視線を向けて、微笑んだ。
 愛梨さんは先に呼ばれて、「じゃああとでね、先輩」と離れていった。

 カルテに必要なことを書いて、それから、いろいろなプランの説明をされた。
 むくみ解消、マッサージ、フェイスライン。気になるところを伝えて、目標は三か月後に設定した。

「三か月は、すごくいい期間だと思います。最初の一か月で体の中の土台を作ります。この時期は、ご自宅で整えることの方が多いです」
「そうなんですか……」
「はい、水分、睡眠、食生活の改善ですね。サロンでは、リンパマッサージなどを週一回か、二週に一回程度です」
「なるほど……」
「二か月目に、サロンに通っていただいて、痩身、むくみ、たるみなどを撃退します。姿勢改善やボディラインを整えていくので週に二回か三回、ですね」

 もう、うんうんと、頷くしかない。

「そして三か月目は仕上げに入ります。全身を仕上げるとともに、フェイシャルとデコルテ――美容院で髪のダメージをケアしていただくのもいいかと思います。三か月後、目に見える大きな効果を出せると思いますよ」

 自信を持った綺麗な笑顔。
 ――細かい説明を目で追いながら。
 なんだかできそうな気がしてきた。

「頑張ってみます」
「はい。木内さま。今もとてもお綺麗なのですが、それでも見違えると思いますよ」
「よろしくお願いします」

 愛梨さんからの紹介者特典と、今キャンペーンで初回三回は無料らしいけど、トータルで、結構する。
 ……んん。安くなっても結構高い。

 ――でも。

 思えば、デートとかもしてないし、飲み会も行かなくなってるし、そういえば、あんまりお金を使ってない私。

 今ここで使わなくて、何のために働いているんだろう、という気分になってきた。
 人生で、もしかして、いま、かなり重要なところな気がするもんね。

 契約書に名前を書いて、意気込んでいる私に、受付の人は、私をまた別の部屋に案内してくれた。

 柔らかい照明が綺麗な部屋で、エステティシャンの人が迎えてくれたんだけど……。
 わーこの人もめちゃくちゃ綺麗。

 ただ美人、というだけじゃなくて、丁寧に整えた感のある美しさ。
 ……こうなれるのかなと、ドキドキ。

「こちらでこのガウンにお着替えください。ネックレスなどは全部外して、こちらの箱にどうぞ。全部ロッカーに入れて頂いて、鍵をかけてから、手首にはめてくださいね」

 肌ざわりのいい、ガウンを羽織って着替えてから、ベッドの部屋に案内された。
 横たわると、温かいタオルが全身に掛けられた。

 落ち着くBGMが流れている。
 いい匂い。
 ――なんかここに居るだけで、ちょっと綺麗になる気がする。

「今日は、軽くリンパを流しますね。ゆっくりなさっていてくださいね」

 柔らかい、落ち着いた声に、はい、と静かに応える。
 オイルが塗られて、ふくらはぎを流していく。

 わー……気持ちいい。
 強く揉みしだかれるのかと思いきや、少し圧を掛けながら、そっと流していく感じ。

 なんだか、たまっていたものが流れていく気がする――。



 終わってみると、なんだか全身がぽかぽか。
 家での生活について、いろいろ説明を受けて、受付の部屋に戻ると、愛梨さんがソファから立ち上がった。

「先輩、お疲れ様です」
「あ、ごめんね、お待たせ」
「どうでしたか?」
「……めちゃくちゃ良かった」
「ですよねー」

 お店を出て、愛梨さんと食事を食べに行く。

「甘い物とかジャンクフードは控えてだって。ビタミンとミネラルかぁ……」
「ねー、意識変えるだけでもちがいますよね。楽しみですね、三か月後!」
「うん。そうだね。ありがと、頑張るね」
「あとはジムで泳ぎましょうね~!」

 楽しそうに言う愛梨さんに頷きながらも、

「愛梨さんて、いつも行ってるの?」
「たまに、ですね」
「なんだか、ほんとに偉い」


 このすっきりした見た目は、若いだけじゃなくて、いろいろ努力でなってるんだなぁ、と感心してしまった。



 ――綺麗になって、けじめをつける。という決意が。
 なんだか、形になっていくような感覚。

 


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