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第15話 遠い日々に
しおりを挟むなにか言わなきゃ。
遥香が変に思う。
そう思った瞬間。むこうから、子どもの泣き声が聞こえてきた。
『あっ、ごめん、彩葉、また今度掛けなおす』
「あ、うん」
『ごめんね』
慌ただしく、切られた電話。
子どもの声が――耳に残る。優衣ちゃん、だっけ。女の子の名前。
遥香にはもう、家族があるんだもんなぁ。
お互いが一番仲良し、とかの頃とは違うんだよね。そうやって大人になっていくんだと思うけど。
私は、ちゃんと、大人になれているんだろうか。
なんだか、ひとりで、昔に縛り付けられているような気も、する。
……楽しかったなぁ、あの頃。
って。
いくら楽しかった、と思ったとはいえ、ほんと私ってば。何泣いてるんだか。
危なかった。なんか――あの葉書が届いてから、私の涙腺が、弱すぎる。
「――はぁ……」
敢えて、声を出して息を吐くと、私はそのまま後ろに倒れて、ベッドに仰向けになった。
蒼真と遥香と三人で――ほんと楽しかったな。あの頃。
私が蒼真と離れてから、居られなくなっちゃったけど。
そっか、私も寂しかったけど、遥香も、寂しいって思ってたんだな。……知らなかった。
スマホを頭の横に置いて、そのまま両腕を、目の上に重ねた。
蒼真は、本当に、記憶があるところにはもうすでに、最初から隣にいた。
幼稚園の送り迎え。いつも一緒に歩いてた。手を繋いで。
帰ってからも、庭や、どっちかの家で一緒に遊んでた。
小学生になったら、お互い部屋が出来て、窓を隔てて向こう側に蒼真の部屋の窓があった。
いつも、お互い窓を開けて、しょっちゅう喋ってた。
毎日朝、起きたら窓を開けて、おはようって言い合ったし。寝る前、おやすみって言ってた。
兄妹、みたいだったかな、あの頃は。
高学年になると、蒼真も私も、その窓から行き来できるようになった。小学生の脚でも一歩で普通に渡れるくらい近かったから。
お母さんたちには危ないからやめなさいって怒られて、玄関からが基本だったけど――蒼真が、こんなとこから落ちる訳がないって言って、よく渡ってきた。
宿題したり、漫画読んだり、おやつ食べたり。
その窓は――私にとって、蒼真と私の心が通じる、入り口みたいなものだった。
ずっと近くで蒼真と繋がってる、大切な場所。
中学になって、蒼真がどんどん目立つようになって。
でも、家に帰れば昔と同じように窓越しに話せたから、私はそれだけで安心してた。
ただ、蒼真は私の部屋に渡ってこなくなった。
女の子の部屋だから、なんて、ちょっと照れながら言ってたけど。
なんとなくその意味は、分かったけど、すこし寂しかった。
それでも、勉強してる時は、カーテンは開けて、一緒に頑張った。
お互い見張りあって、サボったら分かるように、なんて言って。
たまに、お菓子、交換したり、息抜きして。
勉強は大変だったけど、楽しかった。
私が、蒼真と同じ高校に入れたの、絶対、そのおかげだったと思ってる。
あの頃は、勉強も未来も――なんだか、全部まっすぐだった。
ただ蒼真と笑っていたいだけで、あの窓を、開けていた。
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