「四半世紀の恋に、今夜決着を」

星井 悠里

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第17話 言葉に出来ない気持ち

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 翌朝、飯田くんに、伝えようと決めていた。
 でも、もう全部が遅かった。

 教室に入った瞬間、空気のざわめきで、もう分かった。
 ――昨日のこと、もう皆、知ってるんだ。

「彩葉~! 飯田と付き合うんだって? おめでと~!」
「仲良しだったもんね~」

 私が、答えられなくても、皆、盛り上がってて、全然気にしない。

「おはよ」
「飯田くん……おはよう……」
「ごめんね、嬉しくて昨日帰り一緒だった奴に話したら、なんかすげー広まっちゃってて……オレもちょっとびっくりしてるんだけど」
「……あ、うん……」
「ても、祝ってくれてるから。嬉しいね」

 飯田くんの、嬉しそうな笑顔に。
 何も言えなくて。

 私は、小さく頷いた。

「え、うそ、そうなの?」

 知らなかった子たちまでが、教室に入ってくると、どんどん知っていく。

 違うって、言おうと思ってたのに。
 みんなが嬉しそうで、飯田くんも、照れたように笑っていて。
 あの状態で、私には、もう、何も言うことは、できなくて。

 笑い声と好奇心。皆の楽しそうな会話に巻き込まれて――どう返事してたかもよく覚えてない。

 ただ、友達からって言ったはずなのに、気づけば「彼氏」になっていた。

 告白をちゃんと考えずに答えてしまった罪悪感もあって、飯田くんにも、何も言えなくて。
 どうしたらいいか分からなかった。

 それでも日々は過ぎていって、いつのまにか付き合ってる空気ができていく。

 明るくて元気な飯田くんだから、私みたいな静かめな子、きっとすぐつまらなくなるよねなんて、そんなことにも期待したけど。
 
 なぜか、飯田くんはすごく優しいままで。家の近くまで送ってくれたり。
 すごく「いい彼氏」だったのだと思う。友達は皆、「いいなぁ」なんて言ってて。

 私も、何かが違うのは分かっていたのに。

 ――このまま、好きになれたらいいなとすら、思っていた気がする。


 しばらくした、ある朝。登校すると。
 飯田くんと私が付き合った時以上に、教室や廊下がざわついていた。

 蒼真に――彼女が出来た。後輩の、女の子だって。
 テニス部の、可愛い子、だった。

 その夜、こん、と窓が叩かれた。
 窓を開くと、蒼真が、窓枠に寄りかかりながら、「よ」と笑った。

「彩葉、オレの話、聞いた?」
「うん。……大騒ぎだったし」

 そう答えると、蒼真は肩を竦めた。

「だよな。すごい騒ぎになって驚いたけど。まあ、彩葉と飯田の時もそうだったけど。皆、暇だな」
「うん。そうだね」

 ……蒼真も、飯田くんも、女子に人気があるからだよ。あと、蒼真の彼女も、モテる子らしくて、それで余計らしいけど。他の子たちが付き合っても、そこまで騒ぎにはならないし。

「オレもさ、誰かに好かれて――好きになりたいと思ったんだ」
「うん」
「なんか、あの子、めちゃくちゃ好きだって言ってくれるからさ……」

 穏やかな、声。
 
「うん……」

 頷くことしか、出来なかった。
 良かったねって――言えなかった。蒼真はあの時、言ってくれたのに。


 私には「彼氏」がいるのに。
 蒼真に彼女ができるのが、明確に、嫌だと感じた。

 そんなこと思っちゃいけないのに。
 
 その子は、蒼真にちゃんと「めちゃくちゃ好き」って言ってる。
 すごいな。偉いな……。

 色んな気持ちがぐちゃぐちゃで。


 その夜は、眠れなかったのを、覚えている。



 そして――三年の夏休みの前日。
 私は、飯田くんに、お別れを伝えた。

 騒がれたくなくて、夏休みの前日の放課後に呼び出した。
 なんども、ごめんね、しか言えなくて。

 飯田くんは、優しくて。
 友達で、なんて言ってくれて――。

 泣きそうだったけど、私が泣くのは違うと思って、堪えた。


 遥香が待っててくれて――遥香の前でだけ、少し、泣いた。


 自分でも何の涙か、分からなかった。






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