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第18話 音が消えた
しおりを挟む私が飯田くんと別れたことは、そんなに広まらなかった。付き合った時、大騒ぎになってごめんねって言ってくれてた飯田くんなので、多分、広めなかったんだと思う。
高三の夏休み。
七月は、部活の、最後の大会だった。負けたところで引退が決まる。
練習が忙しくて、帰ったらすぐ寝る、みたいな日々で。
その頃は蒼真とは、用がある時は、窓を叩いて呼んで、話すくらいはしていたんだけれど。
別れたことを蒼真に言うのがなんとなく憂鬱で、後回しにして、部活と勉強に明け暮れていた。
大会の第一試合の日だった。
私はなんと、熱を出して、欠席になった。――負けたら最後の大会なのに。
皆は、「勝つから、寝てな」って言ってくれて。
皆が勝ってくれるのを祈りながら寝ていた時だった。
「こっちの窓は何が見え――」
蒼真の側の窓が開くと同時に、そんな声が聞こえた。
女の子の声。蒼真の部屋から。
「あ、なんだ、すぐおうちだった」
ふふ、と笑ってる。
――あぁ、蒼真の、彼女か……。
「――」
窓からベッドは見えないので、静かにしていれば、ここにいるのは、バレない。
でも、なんだか一気に具合が悪くなった気がして、ふ、と目をつむった時。
「暑いから、閉めなよ」
蒼真の声が、聞こえた。――いつも通りの優しい声に、胸が痛んだ。
蒼真は、誰にでも、優しい。
私に話すのが優しいのは、別に私だからじゃない。
いつも、誰にでも優しくて。
ふたりきりの彼女になら――当然だよね、もっと優しく、するよね。
「ねね、蒼真先輩、こっち来てください」
「ん?」
――ああもう。
窓薄いんだな。全部聞こえるし。蒼真、早く窓、閉めて。
蒼真と彼女の会話なんて、全然、聞きたくないから……。
真夏なのでタオルケットしかない。分厚い布団があったら、その中に隠れたいくらいなのに。
そう思った時、だった。
「ねえ、先輩。――キス、してもいい?」
そんな言葉に目を開けた。
瞬きもできず。――静かな時が流れて。
それから。彼女が。
ふふ、と――嬉しそうに。照れたみたいに。笑う声が、聞こえた。
何があったかは、容易に。
嫌でも、悟るしかなかった。
「――っ……」
ベッドに寝たまま。
止める間もなく、涙が零れて、目の横を伝って落ちていった。
私は、両手を重ねて、口を塞いだ。
声も息も――何もかも、押し殺したくて。
「――ほら、窓、しめるよ。そっち、座って」
「はーい」
そんな会話が聞こえてきて――窓が閉まる音と。多分レースのカーテンの、閉まる音。
声は、途切れた。
なにもかも、すべての音が、世界から、消えたみたいだった。
私は、ベッドの上で起き上がって、膝を抱える。
最後になるかもしれない部活の大会にも、行けなくて。
蒼真と彼女の――あんなシーンを、聞いて。
こんなことで泣いて、バカみたい。
ひとしきり泣いて。
また上がった熱に、そのまま倒れて、しばらく眠って。
目が覚めた時、お母さんが私を覗いていた。
「ずっと寝てたの? 大丈夫? ご飯食べる?」
「ううん……今、いらない。おかあさん……」
「ん?」
「……カーテン、閉めて」
そう言ったら、お母さんは、はいはい、とカーテンを閉めてくれた。
「何も食べてないと薬も飲めないし。何か作ってくるから待ってて」
「……うん」
お母さんが出て行って、私は、寝たまま少し動いて、カーテンを、見上げた。
「――」
蒼真とずっと、繋がっていてくれた窓。
――もう二度と、開けたくないと思う日がくるなんて。
思わなかった。
もう、涙は出なかった。
でもなんだか――泣くより。
痛い気がした。
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