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第19話 結局
しおりを挟むその日から私は、帰ったらすぐに窓とカーテンを閉めるようになった。
恋人同士なんだから、そういうのも当たり前って、分かっているのに。あの窓を開けることができなかった。
あの日出られなかった試合は、皆が勝ち進んでくれて、そのおかげで次の試合は出られたし、部活は満足して引退できた。
でも――苦い思い出だった。
私はそれから、憧れていた東京の大学を目指して、本格的に勉強を始めた。
カーテンはずっとしめたまま。蒼真に会って聞かれても、「勉強してるから」と言って、ごまかした。
そのまま冬も越して、春になって。
高校の卒業式のことを覚えている。蒼真に、話しかけられた。
「東京に行くんだろ――なんで、言わねえの」
……なんだか、すごく寂しそうだった。でも、気付かない振りをした。
「ごめんね……誰かに聞いてると思って……合格してから、準備、忙しくて」
「聞いてたよ。聞いてたけど――オレは、お前に言ってほしかった」
こんなに胸が痛いことって、あるだろうか。と、思った。
でも、それもこれも――全部。
「それは――ごめんね。でも」
「――」
「私たち――ただの幼なじみ、でしょ」
――嫌な言い方をした。
自己嫌悪に潰されそうになったけど、胸の中で、言い訳をした。
私が隣にいるのに。あんなことした蒼真のせいだもん。なんて自分をかばった。
好きとも言わず。人からのラブレターを橋渡しなんてしてたくせに、
ちゃんと好きって言って頑張った彼女とのことを、勝手に嫌悪して、意味の分からない自分に、蓋をした。
蒼真がなんて答えたかも、覚えてない。
その後、何枚か――皆と撮った写真は残ってる。でも、見ていない。
蒼真は地元の大学へ、私は東京へ。
家を出て、上京する朝――お母さんが蒼真のお母さんに声をかけて。蒼真も、家から、出てきてくれた。
「これ、やる」
「――」
「元気でな」
じっと見つめられる。
ありがと、と頷いた。
物心ついてずっと側にあった笑顔が。
――もう、なくなるんだって。
自分の選択だけど。辛かった。
最初の頃は、たまに電話が来た。
「こっち帰ったら、顔出せよ」
電話越しに言われても、笑って誤魔化した。
「バイト忙しくて」
「まあ、そうだろうけど」
本当は会いたかった。
でも、会えばまた傷つく気がして。
自分から距離を作ったまま。
そのうち、電話も来なくなって。
そのまま。働きだしてからは、連絡も、取っていない。
自然なのかもしれない。幼なじみとずっと一緒にいなきゃいけないってことはないし。男と女でもあるし。連絡を取らなくなるのも普通なのかも。蒼真の方は、別に気にもしてないかもしれない。
今思えば、逃げるように選んだ進路だった。
それでも、必死で勉強して、行きたかった大学に受かって、通えた。
そのことは、良かったと思ってる。
でも。
あのとき閉めた窓の。
閉ざした光景を。
いまも、心の奥ふかくで、覚えている。
そのまま逃げてきたせいで。
今の部屋のカーテンを開けるだけでも、開けられなかったカーテンの記憶が、深い深いところで、ちく、と少しだけ痛む。
そのうち無くなるだろうと思っていたのに、今も、まだ、残ってる。
あのときの自分に、教えてあげたい。あんな終わり方じゃだめだったんだよって。
ちゃんと、恋だって、認めれば良かった。
あんなに、蒼真のことばかりだったのに。
振られるのが怖くても、仲の良い幼なじみでいられなくなるのが、怖くても。
素直に認めて、伝えれば良かった。蒼真なら、きっと、ちゃんと聞いて、答えてくれたのに。
ケリもつけずに、最大限に好きだったまま別れたせいで。
その時の想いが、忘れられない。
ちゃんと想いを伝えずに、離れたから。
だから、こんなに何年も――
忘れた振りをして、他の人を好きになろうとしても。
いつも、知らないうちに比べて――。
毎日毎日、「普通」の毎日。
別に哀しくないよ。普通だから。
さみしくもないよ。そう思ってた。
私が電話すると、楽しそうに話してくれる人も居たし。デートしようって言ってくれる人もいる。友達もいるよ。だから、寂しいはず、ないんだって、思おうとしてきた。
普通に楽しいはずなのに。
いないのは、ただ一人。
蒼真だけ、なのに。
「――」
立ち上がって、棚の、一番上の引き出しを開けた。
蒼真があの時くれた、可愛いボールペンとシャーペンのセット。もったいなくて使えなくて、ずっとしまってある。
「彩葉へ。
東京まで行くんだから、勉強、頑張れよ。
体に気をつけろよ。
連絡しろよ。 川森蒼真」
ついていたカードも、そのまま。
カードの名前と――目の前に置いてある、同窓会の葉書の名前。
特徴が同じだな、と思って。ふ、と微かに笑みが浮かぶ。
蒼真の名前を、親指で、そっと、辿った。
結局私、今まで生きてきて――
蒼真よりも、好きになれた人が、いないんだ。
私は、唇を噛みしめて。
ケースから、ボールペンを取り出した。
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