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第22話 七年分の
しおりを挟む翌日、会社がノー残業デーだったので、予約していた美容院に行った。駅近くの落ち着いた雰囲気のお店。
迎えてくれるのはいつもの美容師の小林さん。男の人なんだけど、すごく雰囲気が柔らかくて話しやすい。黒いエプロンの下に、淡いグレーのシャツ。清潔で、信頼感がある。
「少しだけ明るくしたいんです」
小林さんに伝える自分の声が、なんだかいつもよりもだいぶ明るい。
なんだろ。
吹っ切って前に進むって、決めたからかな?
会社に勤めてからずっと通ってるので、私の仕事とかも知ってる小林さんは微笑んで、カラーの見本を渡してくれる。
「珍しいですね。いつもは落ち着いた色にされるのに」
「少しだけ、雰囲気変えたくて」
「会社は大丈夫です?」
「たぶん。少し明るいくらいなら、平気です」
「似合うと思います。任せてください、綺麗に色入れますね」
「お願いします」
ほんの少しだけ、今までと違う自分になってみたかった。
カラーを決めて、まず髪の毛を切りながら、小林さんは言った。
「木内さん、こんなこと言って平気かな、と思うんですけど……」
「なんですか?」
「ちょっと、思うことを言ってもいいですか?」
「はい」
なんだろう、と思いながら頷くと。
「変な意味じゃなくて――すごく綺麗になりましたよね」
「え。そうですか?」
「肌つやも良いですし、ぱっとみた感じで、そう思います」
「わー。嬉しいです。実は、エステに行ったり、ジムに行ったりして」
「入ってこられた時に、おっ、と思いました」
小林さんはそう言って笑ってから、ふと手を止めて、私を鏡越しに見た。
「じゃあ、あれですね。ここは、仕上げなんですね?」
「あ。はい……そんな感じ、です」
気合入りすぎかなと少し照れて、頷くと、小林さんはにっこりと笑った。
「僕もますます気合入りました。過去一、綺麗にしますね」
「あ、はい。お願いします」
ふふ、と笑って、頷いた。
傷んでるところは少し切ってもらって、丁寧にカラーリングをしてもらう。
いつもはまとめていることが多いけれど、伸ばすと、背中の真ん中くらいまではある。
――蒼真が。
彩葉の髪は、綺麗だよなー、て。
子供の頃に言ってくれた言葉で。
それはそれは素直に。
……切ろうとも思わずに、ずっと伸ばしてきた。
すべてが終わって、巻いていたケープが取り外された。
「どうですか?」
小林さんが、なんだか得意げ。
鏡越しに見る自分の髪は、ライトを浴びて、なんだかとても綺麗に輝いて見える。
「ありがとうございます」
「自分の中でも、かなり上出来な仕上がりです」
ふふ、と笑って、小林さんがそんな風に言ってくれる。
特に詳しいことは何も伝えていないのに、「頑張って!」と謎の応援をされながら、送り出された。
週末の同窓会が近いせいか、なんとなく落ち着かなかった。
髪を綺麗にした勢いで、私は、そのまま百貨店に寄った。文具売り場に向かう。
小林さんの「頑張って!」という声が、まだ耳に残っている。
「――」
蒼真に。
誕生日プレゼントと。あの時の、お礼を選ぼう。
同じものって芸がないかなと思いながらも、今の好みも知らないし。
塾の先生なら、ボールペンは使うよね。
どうせなら、長く使えるもの――。
色んなのを見て回ったけれど、どれも少し違う気がした。
蒼真に誕生日プレゼントを選ぶのは、久しぶり。
でもあの頃と同じで、全然決まらない。
少しでも気に入ってくれるものがいいって、思うのは、今も同じだった。
変わらない自分の気持ちに、苦笑してしまいそうになる。
その時、ふと目に入った、ボールペン。
光を抑えた綺麗な黒に、金のライン。スリムで持ちやすいし、なめらかで書きやすい。
思ってたより高いけど――七年分と、あのペンセットのお礼。
どうかどうか。
渡せますように。
紙袋の中の小さな箱が、すごくすごく大事に想える。
昔の自分が、少しずつ遠のいていくような。
でも、どこか近づいていってるような気もして――。
不思議な気分だった。
◆◇◆
翌日、木曜日。
今日を終えたら、明日には実家へ。明後日が、同窓会。
なんだかもう朝から、そわそわ落ち着かない。
「せんぱーい!! おはようございます!」
愛梨さんがめちゃくちゃ元気に現れた。
「わー、めっちゃ綺麗、先輩! 色も綺麗~」
愛梨さんは、声は小さめだけど、きゃあきゃあ楽しそうだ。
「エステも完璧に終わったし! 美容院も行ったし、もう完璧ですね! あっそうだ、先輩、洋服は? どんなの着るんですか?」
楽しそうに聞いてくる愛梨さんに、くすくす笑ってしまう。
話しておいてよかった。
このワクワクとそわそわが、分かってくれる人が居るって。
ありがたいし、楽しい。
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