32 / 36
第31話 好きは好き
しおりを挟む深呼吸を繰り返していると、だいぶ落ち着いてきた。
――帰らないと。遥香が心配するかも。
最後にひとつ息をついて、トイレを出る。手を洗いながら鏡の前で、自分の顔を見つめる。
綺麗になった、か……。
そう。この日のために、頑張ったもんね。
なんか――何であんなに……頑張ったんだろう、私。
振られるために?
一番綺麗な状態でさよならするため?
――なんか……よく分かんなくなってきちゃったな……。
苦笑がもれて、一度俯く。そのまま、鏡は見ずに、トイレを出ようとしたら、勢いよく誰かが入ってきた。
「あ、彩葉」
「遥香?」
「よかった」
私を見て、ホッとした顔をして、遥香は笑った。
「彩葉、ちょっとだけ付き合って」
「ん? うん。いいよ」
二人で上の階へ移動し、吹き抜けの前のベンチに腰かけた。
下階の噴水が、照明を反射してきらきらしていた。
「懐かしいな。結婚式以来だから」
「うん。そうだよね。懐かしいね」
ふふ、と二人で笑い合う。
「――あのね、彩葉。さっき話、聞いてて思ったの」
「うん?」
「昔、蒼真くんのこと好きなの? って、彩葉に聞いたこと、あったでしょ」
「うん」
「彩葉は、多分気づいてなかったよね。幼なじみでいられればいいって感じだったし。高校入ってさ。彩葉に彼氏ができた時は、私、なんでー?って思ったけど、なんかそれを聞くのは違う気がして……聞かなかったの」
遥香が苦笑する。
「彩葉と蒼真くんが不自然に離れた時も……聞けばよかった」
「――」
遥香がうーん、と考えている。
「さっきの話だと……彩葉はモテてたっぽくて……蒼真くんが、彩葉を大事にしてたのも、皆知ってたっぽくて。
だから、女の子たちって、彩葉に頼んでたのかなって思っちゃって。彩葉へのけん制っていうかさ……」
胸の奥が、なんとなく、きゅ、とした。
「なんか、遠回りしたよね、色々……なんか私もそういうの、気が利かなくてごめんね」
「そんなこと……」
「……皆はさ、中学の時にくらべて、彩葉のこと綺麗になったって言ってたけど」
遥香はくすくす笑いながら私を見つめる。
「お正月に会った時より、今日すっごく綺麗だと思うんだ~」
「――」
「蒼真くんに会うから、でしょ? 頑張ったよね、彩葉」
なにか言い返そうとしたけど――結局言えなくて、俯いた。
「……うん。頑張った」
認めた瞬間、びっくりするほど、きゅ、と切なくなって――ぽろ、と涙が、こぼれおちた。
「バカみたいに……頑張ったんだけど……」
「うんうん」
「……蒼真、好きな人がいるって聞いて――そんなの当たり前だって、思うのに……」
「うんうん」
「……っ……」
俯いた私の腕を、遥香がぎゅ、と掴んだ。
「彩葉の、今好きな人って、蒼真くん?」
「――好きな人……」
その言葉に、改めて悩む。
好きな人って、言っていいんだろうか。
こんなに長いこと会ってなくて――その間、他の人とも付き合ってたし。
なのに、今さら、好きな人、なんて。
「……わかんなくて」
そう答えた私に、遥香は、「しょうがないなあ」と、優しく微笑んだ。
「今、好きなら好き、でいいと思うよ」
その言葉が胸にすとんと落ちてきて、私はまばたきを繰り返して、遥香を見つめてしまう。
「今日ね、二次会はあるけど、自由参加だから。私はまた彩葉には会えるからさ」
ふふ、と遥香は笑う。
「二次会の幹事は、佐藤くんがやってくれることになってるから、蒼真くんも出なくてもいいんだ」
「――遥香……」
「あっそうだ! カードは送ったけど直接言ってなかった」
そう言って、遥香は、私の手をぎゅ、と握った。
「彩葉、お誕生日、おめでとう。二十五歳になった記念にさ、素直に話しておいでよ。ね?」
「――」
「それにね、私ね、思うんだけど……蒼真くんに幹事に誘われたのって、私が幹事すれば、彩葉も来るって思ったからかな~って思ってるんだ」
「ぇ」
「絶対そうだよ~だって、私、幹事って柄じゃないし。……蒼真くんの好きな人は、しらないけどさ。少なくとも、蒼真くんは、彩葉に会いたかったと思うよ。だって、お迎えも、止めたのに行っちゃったくらいだもん」
「……止めたの?」
「そう。まだ着替えてないって言ってたから」
「……ほんと。最初、ちーんってなってた」
二人で見つめ合って、同時に、ふふ、と苦笑してしまった。
「頑張って、話しておいでよ」
「――うん」
その後、落ち着いてから、会場に戻って、また皆と話した。
楽しくて懐かしい時間は気づけばもう、終わりに近づいていて。
先生の近況で盛り上がっていた時――蒼真が再び、マイクを取った。
「話は尽きないと思いますが――そろそろ時間になります。よかったら、クラスでの連絡グループを作って、また交流を深めましょう。
この後、二次会に行く人は、佐藤と赤城のところに行ってください。
先生、締めの挨拶をお願いします」
蒼真からマイクを受け取った先生は、笑顔で会場を見渡して、一拍置いた。
「えー、みんな、短い時間だったけど、本当に楽しかった。ありがとう」
先生の声は、あの頃と変わらない。
「皆が二十五歳という節目を迎えて、家庭や仕事、それぞれの場所で立派な大人になっていて……先生は嬉しいです。
これからの人生、色んなことがあると思います。そういう時こそ友人や仲間を思い出してほしい。今日の再会が、明日からの力になるといいね。今日はありがとう。また会いましょう」
先生の挨拶が終わって、大きな拍手が起こった。
皆がそれぞれ挨拶を交わしながら、会場を出て行き、二次会の皆は幹事の二人のもとに集まっていく。
皆と別れの挨拶を交わしながら、蒼真を、誘わなきゃ……と思っていたとき。
「彩葉」
後ろから呼ばれて、振り向くと、蒼真が立っていた。
「彩葉、あのさ」
じっと見つめられる。言葉の続きが来るまでの一秒が、なんだかすごく、長く感じる。
「嫌じゃ無かったら――二人で誕生日祝い、しないか?」
「誕生日……?」
「昔よく二人で誕生会してたろ? 二十五歳。節目にさ。一緒に、祝おう?」
返事が出来ないまま、見つめ合って数秒。
「――うん」
見つめ合ったまま、頷くと。
蒼真は、一瞬黙って――それから、ん、とだけ頷いた。
「……皆と挨拶して、荷物、受け取ったら、三階の吹き抜けのところに噴水が見えるベンチがあるんだ。そこで待ってて」
「うん」
「先生とか見送ってから行くから。少し待たせちゃうかもだけど」
「……待てるよ」
いくらでも。
待てるよ。
素直にそう思えて、胸が温かくなる。
頷いた私に、蒼真は小さく笑って、「ありがと」と言った。
160
あなたにおすすめの小説
両片思いの幼馴染
kouta
BL
密かに恋をしていた幼馴染から自分が嫌われていることを知って距離を取ろうとする受けと受けの突然の変化に気づいて苛々が止まらない攻めの両片思いから始まる物語。
くっついた後も色々とすれ違いながら最終的にはいつもイチャイチャしています。
めちゃくちゃハッピーエンドです。
好きな人の好きな人
ぽぽ
恋愛
"私には何年も思い続ける初恋相手がいる。"
初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。
恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。
そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。
先輩のことが好きなのに、
未希かずは(Miki)
BL
生徒会長・鷹取要(たかとりかなめ)に憧れる上川陽汰(かみかわはるた)。密かに募る想いが通じて無事、恋人に。二人だけの秘密の恋は甘くて幸せ。だけど、少しずつ要との距離が開いていく。
何で? 先輩は僕のこと嫌いになったの?
切なさと純粋さが交錯する、青春の恋物語。
《美形✕平凡》のすれ違いの恋になります。
要(高3)生徒会長。スパダリだけど……。
陽汰(高2)書記。泣き虫だけど一生懸命。
夏目秋良(高2)副会長。陽汰の幼馴染。
5/30日に少しだけ順番を変えたりしました。内容は変わっていませんが、読み途中の方にはご迷惑をおかけしました。
✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-
設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt
夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや
出張に行くようになって……あまりいい気はしないから
やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀
気にし過ぎだと一笑に伏された。
それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない
言わんこっちゃないという結果になっていて
私は逃走したよ……。
あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン?
ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
初回公開日時 2019.01.25 22:29
初回完結日時 2019.08.16 21:21
再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結
❦イラストは有償画像になります。
2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載
思わせぶりには騙されない。
ぽぽ
恋愛
「もう好きなのやめる」
恋愛経験ゼロの地味な女、小森陸。
そんな陸と仲良くなったのは、社内でも圧倒的人気を誇る“思わせぶりな男”加藤隼人。
加藤に片思いをするが、自分には脈が一切ないことを知った陸は、恋心を手放す決意をする。
自分磨きを始め、新しい恋を探し始めたそのとき、自分に興味ないと思っていた後輩から距離を縮められ…
毎週金曜日の夜に更新します。その他の曜日は不定期です。
【書籍化決定】憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜
降魔 鬼灯
恋愛
コミカライズ化決定しました。
ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。
幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。
月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。
お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。
しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。
よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう!
誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は?
全十話。一日2回更新
7月31日完結予定
【完結】それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ずっと憧れていた蓮見馨に勢いで告白してしまう。
するとまさかのOK。夢みたいな日々が始まった……はずだった。
だけど、ある出来事をきっかけに二人の関係はあっけなく終わる。
過去を忘れるために転校した凪は、もう二度と馨と会うことはないと思っていた。
ところが、ひょんなことから再会してしまう。
しかも、久しぶりに会った馨はどこか様子が違っていた。
「今度は、もう離さないから」
「お願いだから、僕にもう近づかないで…」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる