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第31話 好きは好き
しおりを挟む深呼吸を繰り返していると、だいぶ落ち着いてきた。
――帰らないと。遥香が心配するかも。
最後にひとつ息をついて、トイレを出る。手を洗いながら鏡の前で、自分の顔を見つめる。
綺麗になった、か……。
そう。この日のために、頑張ったもんね。
なんか――何であんなに……頑張ったんだろう、私。
振られるために?
一番綺麗な状態でさよならするため?
――なんか……よく分かんなくなってきちゃったな……。
苦笑がもれて、一度俯く。そのまま、鏡は見ずに、トイレを出ようとしたら、勢いよく誰かが入ってきた。
「あ、彩葉」
「遥香?」
「よかった」
私を見て、ホッとした顔をして、遥香は笑った。
「彩葉、ちょっとだけ付き合って」
「ん? うん。いいよ」
二人で上の階へ移動し、吹き抜けの前のベンチに腰かけた。
下階の噴水が、照明を反射してきらきらしていた。
「懐かしいな。結婚式以来だから」
「うん。そうだよね。懐かしいね」
ふふ、と二人で笑い合う。
「――あのね、彩葉。さっき話、聞いてて思ったの」
「うん?」
「昔、蒼真くんのこと好きなの? って、彩葉に聞いたこと、あったでしょ」
「うん」
「彩葉は、多分気づいてなかったよね。幼なじみでいられればいいって感じだったし。高校入ってさ。彩葉に彼氏ができた時は、私、なんでー?って思ったけど、なんかそれを聞くのは違う気がして……聞かなかったの」
遥香が苦笑する。
「彩葉と蒼真くんが不自然に離れた時も……聞けばよかった」
「――」
遥香がうーん、と考えている。
「さっきの話だと……彩葉はモテてたっぽくて……蒼真くんが、彩葉を大事にしてたのも、皆知ってたっぽくて。
だから、女の子たちって、彩葉に頼んでたのかなって思っちゃって。彩葉へのけん制っていうかさ……」
胸の奥が、なんとなく、きゅ、とした。
「なんか、遠回りしたよね、色々……なんか私もそういうの、気が利かなくてごめんね」
「そんなこと……」
「……皆はさ、中学の時にくらべて、彩葉のこと綺麗になったって言ってたけど」
遥香はくすくす笑いながら私を見つめる。
「お正月に会った時より、今日すっごく綺麗だと思うんだ~」
「――」
「蒼真くんに会うから、でしょ? 頑張ったよね、彩葉」
なにか言い返そうとしたけど――結局言えなくて、俯いた。
「……うん。頑張った」
認めた瞬間、びっくりするほど、きゅ、と切なくなって――ぽろ、と涙が、こぼれおちた。
「バカみたいに……頑張ったんだけど……」
「うんうん」
「……蒼真、好きな人がいるって聞いて――そんなの当たり前だって、思うのに……」
「うんうん」
「……っ……」
俯いた私の腕を、遥香がぎゅ、と掴んだ。
「彩葉の、今好きな人って、蒼真くん?」
「――好きな人……」
その言葉に、改めて悩む。
好きな人って、言っていいんだろうか。
こんなに長いこと会ってなくて――その間、他の人とも付き合ってたし。
なのに、今さら、好きな人、なんて。
「……わかんなくて」
そう答えた私に、遥香は、「しょうがないなあ」と、優しく微笑んだ。
「今、好きなら好き、でいいと思うよ」
その言葉が胸にすとんと落ちてきて、私はまばたきを繰り返して、遥香を見つめてしまう。
「今日ね、二次会はあるけど、自由参加だから。私はまた彩葉には会えるからさ」
ふふ、と遥香は笑う。
「二次会の幹事は、佐藤くんがやってくれることになってるから、蒼真くんも出なくてもいいんだ」
「――遥香……」
「あっそうだ! カードは送ったけど直接言ってなかった」
そう言って、遥香は、私の手をぎゅ、と握った。
「彩葉、お誕生日、おめでとう。二十五歳になった記念にさ、素直に話しておいでよ。ね?」
「――」
「それにね、私ね、思うんだけど……蒼真くんに幹事に誘われたのって、私が幹事すれば、彩葉も来るって思ったからかな~って思ってるんだ」
「ぇ」
「絶対そうだよ~だって、私、幹事って柄じゃないし。……蒼真くんの好きな人は、しらないけどさ。少なくとも、蒼真くんは、彩葉に会いたかったと思うよ。だって、お迎えも、止めたのに行っちゃったくらいだもん」
「……止めたの?」
「そう。まだ着替えてないって言ってたから」
「……ほんと。最初、ちーんってなってた」
二人で見つめ合って、同時に、ふふ、と苦笑してしまった。
「頑張って、話しておいでよ」
「――うん」
その後、落ち着いてから、会場に戻って、また皆と話した。
楽しくて懐かしい時間は気づけばもう、終わりに近づいていて。
先生の近況で盛り上がっていた時――蒼真が再び、マイクを取った。
「話は尽きないと思いますが――そろそろ時間になります。よかったら、クラスでの連絡グループを作って、また交流を深めましょう。
この後、二次会に行く人は、佐藤と赤城のところに行ってください。
先生、締めの挨拶をお願いします」
蒼真からマイクを受け取った先生は、笑顔で会場を見渡して、一拍置いた。
「えー、みんな、短い時間だったけど、本当に楽しかった。ありがとう」
先生の声は、あの頃と変わらない。
「皆が二十五歳という節目を迎えて、家庭や仕事、それぞれの場所で立派な大人になっていて……先生は嬉しいです。
これからの人生、色んなことがあると思います。そういう時こそ友人や仲間を思い出してほしい。今日の再会が、明日からの力になるといいね。今日はありがとう。また会いましょう」
先生の挨拶が終わって、大きな拍手が起こった。
皆がそれぞれ挨拶を交わしながら、会場を出て行き、二次会の皆は幹事の二人のもとに集まっていく。
皆と別れの挨拶を交わしながら、蒼真を、誘わなきゃ……と思っていたとき。
「彩葉」
後ろから呼ばれて、振り向くと、蒼真が立っていた。
「彩葉、あのさ」
じっと見つめられる。言葉の続きが来るまでの一秒が、なんだかすごく、長く感じる。
「嫌じゃ無かったら――二人で誕生日祝い、しないか?」
「誕生日……?」
「昔よく二人で誕生会してたろ? 二十五歳。節目にさ。一緒に、祝おう?」
返事が出来ないまま、見つめ合って数秒。
「――うん」
見つめ合ったまま、頷くと。
蒼真は、一瞬黙って――それから、ん、とだけ頷いた。
「……皆と挨拶して、荷物、受け取ったら、三階の吹き抜けのところに噴水が見えるベンチがあるんだ。そこで待ってて」
「うん」
「先生とか見送ってから行くから。少し待たせちゃうかもだけど」
「……待てるよ」
いくらでも。
待てるよ。
素直にそう思えて、胸が温かくなる。
頷いた私に、蒼真は小さく笑って、「ありがと」と言った。
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