「四半世紀の恋に、今夜決着を」

星井 悠里

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第33話 窓

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 店を出て、電車で地元に帰ってきた。今日は蒼真も実家に泊まるらしい。

「蒼真とこの道歩くの――久しぶりだね」
「ああ」

 小学校の前をとおりかかる。

「――夜の学校って、こわいよね」
「そうだな。お化け、相変わらず苦手?」
「得意な人、いるの?」
「さあ。どうだろ」

 くすくす笑い合う。

「懐かしいね、この道」
「そうだな。毎日一緒に通ってたよな……」

 蒼真が、ふ、と瞳を細めて笑う。

「あの頃、楽しかったなぁ……」
「小学生のとき?」
「うん。……だって、中学になったら、蒼真がモテ始めちゃって」
「――なんかあれも、いろいろごめん」
「ううん。断れなかったのが悪いし。……ていうかね、蒼真がモテてるのは、嬉しかったよ」
「嬉しかった?」
「うん。なんか……幼馴染がめっちゃモテてるって、最初は、ちょっと……誇らしかった? 私の幼なじみ、カッコいいよね、みたいな……」

 なにそれ、と蒼真が笑う。

「ああ、でも――オレも分かるかも。彩葉を好きな奴がいると……分かるって思ったし」
「……誰? そんな人、いたんだ」
「居たけど。……まあ秘密」
「今さら聞いても、何も思わないよ?」
「意識されても嫌だから」
「しないよ? ……まあいいけど。べつに聞かなくても」

 肩を竦めて、二人で少しだけ笑い合う。
 ――だんだん家までの距離が短くなっていく。

 あと少し。
 蒼真と話せるの。


 私は、ふ、と息をついた。


「蒼真と話せてよかった」
「――うん」
「連絡、するね」
「……ああ。オレも、する」

 ふふ、と笑って、それきり、少し黙る。


「……彩葉の、好きな奴って、どんな感じ?」
「え?」
「……好きな奴いるって、言ってたって聞いた」

 あ、さっきのあの会話かぁ……。

「……どんな感じ……難しいな」

 なんだか、泣きたくなって、俯いた。

「蒼真の好きな、人は?」
「――ん?」
「好きな人いるって、連絡先断ったって聞いたけど」
「ああ、それか……」

 蒼真は、苦笑して、小さく頷いた。


「――ずっと、好きな人だよ」

 優しい言い方に、私は、俯く。

 そっか。ずっと。
 分かってたけど――私ではないな。ずっと、な訳ないし。


「うまくいくと、いいね。ていうか、うまくいくよ、きっと。蒼真なら」
「……だといいね」
「うん。頑張ってね。応援、してる」
「……ん」

 ――家が、見えてきた。
 私たちの、家。

 辿り着いて、立ち止まる。
 蒼真は持ってくれていた荷物を返してくれる。

「重いのにずっと、ありがとう」
「ぜんぜん 大丈夫。じゃあ――おやすみ」
「うん」
「彩葉、明日は?」
「……東京に、帰ろうと思ってる」

 本当は、金曜の分も、火曜までお休みを貰ってるけど。
 ――もう、今回の用は、果たしたから。

 告白はしなかったけど――友達には、戻れた、みたいだし。


「そっか。帰る時間きまったら、教えて」
「うん。分かった。じゃあ、ね、蒼真」
「おやすみ、彩葉」

 笑顔で見つめ合って、私たちは、別れた。
 インターホンを鳴らして家に入って、お父さんとお母さんに迎え入れられた。

「おかえりー彩葉ー」
「久しぶりだねー」

 めちゃくちゃ歓迎されて、しばらく話した後。
 
「今日、朝から仕事だったから、疲れちゃった。シャワー浴びて寝るね」

 名残惜しそうな二人だったけど。昼過ぎまでは居るから、と言って、解放してもらうことになった。

「お布団干してあるからね」
「うん。ありがと。着替えたりしてくるから、寝てていいよ」
「うん。お休み、彩葉」

 二人と別れて、部屋に戻る。
 電気をつけて、荷物を置いて、目に入ったのは、カーテンのしまった、窓。

 閉めっぱなしだった、この窓。
 重い何かが胸にのしかかる。

 ずっとずっと、閉ざしてたけど――蒼真の窓は、あいてたんだろうか。

 
 どっどっと鼓動がうるさい。
 そっ、と、少しだけカーテンを開いて、外を見た。
 蒼真の窓のカーテンも、しまっていた。電気はもれてるから、今、蒼真はそこにいる。


 ――あの頃。
 私も閉めてたけど。蒼真も、閉めていたのかな……。

 私から閉ざした窓だったけど。その後、蒼真のほうも、しまっていたのかも。

 怖くて見られなかっただけ。
 蒼真の窓が閉まっているのを見たくなかった。

 確認してしまったら、
 ――蒼真が誰かと、そういう時間を過ごしてるかもって思ってしまうから。

  ほんと。しょうがないな。


 あ。そうだ。ボールペン……。
 結局渡せなかった。

 鞄のところに戻って、紙袋を取り出した。
 中に、綺麗に包装された箱が入ってる。


 ここ、開けて――蒼真を呼んで。
 渡そうかな。

 窓に近づいて、そっと、カーテンを開けた。レースのカーテンも開いて息を吐いた。

 蒼真の窓は、しまったまま。

 私が開けても。しまったままだ。
 そう思ったら――不意に耐えられなくなった。


「……っ」

 ぼろっと、涙が溢れ落ちた。
 急に、溢れて、つぎつぎ、零れ落ちていく。


 きっと――あの頃も、蒼真の方も、しまってたんだ。

 そうだよね。
 ずっと私たちの、窓は、しまりっぱなしで。
 これからも、あくことは、ないんだ。

 ぽたぽたぽた。

 彼氏にうわきされたって。別れたって。泣かなかったのに。

 なんでこんなに、泣いてるんだろう、私。
 ごし、と涙を拭った瞬間。

 突然。蒼真のカーテンが、しゃっ、と開いた。

 号泣したまま、目が合ってしまった。


 さすがに、涙は一気に止まった。


 慌ててカーテンを閉めようとした時。


「彩葉!」

 蒼真の声がして、窓が開いた。

「閉めないで、窓、開けて」

 どうしようもなくて、私は、もう一度涙を拭くと、おそるおそる、窓を開けた。




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