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◇2人の関係
「野矢蒼くん」*優月
しおりを挟む4限の後、家に寄って画材を取って、電車で絵の教室にやって来た。
――――……何度も何度も、絵を描く手が、止まる。
ぼーーーー、としていたら。
「優月、調子悪いのか?」
急に後ろから声を掛けられて、驚いて振り返る。
「蒼くん、来れたんだ」
「ん。仕事終わったから」
「そっか。お疲れ様」
オレの絵の先生は、小学生2年生の時からずっと、野矢 久先生。もう今は、70歳越えのおじいちゃん。元々資産家で、有名な芸術家。広い自宅の敷地内の、離れの家を絵の教室に開放してくれている。
近所の子供達も来るし、結構な遠くから習いに来てる大人も居る。
オレの実家からは、駅3つ離れていて、小さい頃は母と電車で。途中からは一人で自転車で通った。
野矢蒼くんは、久先生の一人息子で、30才。メインの仕事はカメラマン。絵描きでもあり、個展を開く時は、どちらも一緒に発表してる。
オレが7歳で、高校生だった蒼くんがお絵描き教室を手伝ってる時に出会った。呼び方はその時から今も変わらず、「蒼くん」のまま。
好きな事を自由にしてるからなのか、すごく若く見える。
20代前半とか言われても通じちゃうような気もする。
でも、スーツを着てまじめな顔してると、見るからにすごく仕事のできそうな、大人の良い男、にも見える。誰もがイケメンだと認識するんだろうなとは、思う。思うのだけれど……。
「今日は何のお仕事だったの?」
「今日は写真集の撮影。モデルさん、超美人だった」
「へえそうなんだ」
答えてると、蒼くんは、ふ、と笑って、オレを見下ろした。
良い男、なんだけど。
……中身は、いたずらっ子みたいな……。
オレの前に居る蒼くんは……正直、会った高校生の頃と、あんまり変わらない気がする。小学生のオレをからかって、笑って、ちょっと意地悪して、でもちょっと優しい。あの頃とあまり変わってない、気がする……。
「で、さっき、何でぼーっとしてたんだよ?」
「――――んー……オレ、今ね」
「うん」
「人生で最大の、考え事があるんだよね……色々悩んでるんだよ」
言うと、一瞬黙って、それから、ぷっと蒼くんが笑い出した。
「何それ。おもしれーな。内容、言ってみな?」
「……おもしれーってなんだよー」
「あー、嘘嘘。……って面白れぇけど。 聞いてやるよ?」
クスクス笑ってる蒼くんを、じ、と睨む。その視線をものともせずスルーして、外から戻ってきた先生に「あ、父さん、あと優月だけ?」と聞いた。そうだよ、と先生が頷くと。
「優月は任せて、休んでいいよ」
そう言って笑う。先生がオレに視線を向けて。
「今日はずっとぼうっとしてたけど。大丈夫?」
「大丈夫。オレが今から、全部聞くから」
オレのかわりに、蒼くんが答えると、先生は、ふ、と笑って。
「じゃあまた来週ね、優月」
「ありがとうございました」
オレが笑いながらそう言うと、ぽんぽん、とオレの肩を叩いて、先生は部屋を出て行った。
「で?」
蒼くんは椅子をオレの隣に置いて、まっすぐ、見つめてきた。
「……オレ、蒼くんに全部話すとか、言ってないじゃん」
「は? ……話さず帰れると思ってんのか?」
「……っ」
「無駄な抵抗してないで話しな。つかお前、オレに悩んでるとか言った時点で、内容話さないなんて選択肢無いから」
……確かに。蒼くんに言った時点で、そうなるって、分かるべきだった。
……オレってほんと、迂闊……。
はー、とため息をつきながら、目の前の良い男を見つめる。
あ。そうだ。
……蒼くんも、昔から超モテてたっけ。
モテる人の意見、聞きたいかも……。
「蒼くん」
「ん?」
「オレ、超真剣に聞くからね?」
「ああ」
「からかわないでよ?」
「……ああ」
変な間があったけれど、じっと、見つめて、思い切って聞いてみた。
「……蒼くん、セフレって、居る? 居た??」
「――――…………」
質問後。数秒…いや、十数秒後。
ぶは、と笑い出して。
蒼くんはかなり長いこと、肩を揺すって、笑い続けた。
「……も、蒼くんとは話さない……」
「ごめんごめん――――……ってか、だって笑うだろ」
「なんでだよう」
「だってお前、未経験からの急にセフレって……」
「……っ」
「何? 恋人は嫌だけど、セフレなら良いって言われたの?」
再びヒーヒー笑い出しながら、そう聞いてくる。
……この姿を、蒼くんを、イケメン写真家だの芸術家だの言ってもてはやしてる人達に、見せてやりたい……。くそー。 この人のこういうとこ、ほんとに高校生から変わらないぞー……。
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