「今日でやめます」*ライト文芸大賞奨励賞

星井 悠里

文字の大きさ
7 / 39

第6話 手を合わせる

しおりを挟む


「着きましたよ」

 池藤さんが車をとめて、そう言った。
 言われるまでもなく、さすがに近所の風景は覚えてたから着いたのは分かった。
 なんか、ドキドキしてて、話せなかっただけ。

 ……ばあちゃん、どんな感じなんだろう。

 車を降りて、ばあちゃんちを見る。
 昔の家を増改築して、住みやすくしたっていうのは聞いてた。

 門を開くと、引き戸の玄関。鍵はかかっていなかった。

「ばあちゃん」

 呼んで、応答がないので、玄関に荷物を置いた。目の前にリビングがある。広い土間が続いていて、そのまま左に回ると和室があって掘りごたつみたいになってるテーブルが見える。昔のままなら、ここにたくさん人が来てるんだろうけど。今は、家の中は静かだ。右奥の方にキッチンが見える。多分その奥が風呂とかかな。左奥の方に廊下があるから、寝室とかはあっちかな。見上げた天井は高い。

「ばあちゃん?」

 もう一度呼んだ時、「めぐばあちゃん、庭にいますよー」と池藤さんの声がした。
 玄関から出て、庭の方に回ると、「碧くん」と呼ばれて、ばあちゃんが姿を見せた。

 ばあちゃん――――……。

 とりあえず、見た感じは元気そうで。ほっとした。
 良かった。寝たきりみたいになってないかと、考えないようにはしてたけど、やっぱり心配だったから。

「碧くんーまあまあ、大きくなって……」

 子供じゃないんだから、と苦笑したけど。
 
 ばあちゃんは、背が低め。多分、百五十無いかな。
 それでも、子供の時は当然オレの方が小さくて、よくおんぶしてもらったっけ。

 高校の時に会ってはいるのだけど、小さい頃の記憶の方が強いのかもしれない。「百七十はあるからね」と言うと、「まあまあ大きいわねー」とまた笑う。
 コロコロ笑う、優しい感じ。変わってなくて、心底、ほっとした。

「今ね、キュウリを収穫してたのよ。ちょっと待ってて。家に入って座ってて?」
「キュウリ?」
「そぅ。庭に野菜を育ててて」

 ああ。そういえば、そうだっけ。
 ……なんか色々一緒に収穫したなぁ、と一気に記憶がよみがえってきた。

「オレも一緒にとる?」

 そう言うと、ばあちゃんはにっこり笑った。
 その様子をなんだかニコニコ見守っていた、池藤さんと若槻さんは「じゃあ仕事に戻るから」と言った。

「ありがとうございました。助かりました」
「いえいえ。また夜に」

 夜に??

 若槻さんの言葉に聞き返す間もなく、二人は足早に庭から出て行って、車に乗り込んで走り去っていた。


 近所って言ってたからな。通りかかる、とか??
 少し不思議に思いながらも、オレはばあちゃん呼ばれて、畑の方に。

 それでもうすっかり、その言葉についても、忘れてしまった。



 昼は、ばあちゃんが作ってくれていたおにぎりと、採ったばかりのキュウリに味噌をつけて食べた。
 縁側で。ばあちゃんと、並んで、緑茶を飲みながら。


 なんだか知らないが。ただのおにぎりとキュウリなのに。
 ……めちゃくちゃうまい。ナニコレ。


 急須で入れた熱い緑茶は、久しぶりに飲んだ。
 ペットボトルで買う時に、飲むことはあったけど、なんだか、まったくの別物みたい。


 ……縁側だからもあるかな?


「ごちそうじゃなくてごめんね、夜はたくさん作るから」

 そんな風にばあちゃんは言ってるけど。


「いや。……すっげー美味しい」


 そう言ったら、ばあちゃんは、ふ、とオレを見て。
 ふんわりと笑った。


 ――――ああ、ばあちゃん、変わってないなぁ。

 ある年までいくと、あんまり変わんないんだろうか。
 高校生ん時に見た感じと、あんまり変わってないような。


「ごちそうさまでした」


 なんとなく、手を合わせていた。

 一人暮らしをしてから、適当な一人の食事に、手を合わせたことが無かったことに、今、気付いた。

 なんとなく。
 今は、手を合わせたくなった。




 


しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

おにぎり食堂『そよかぜ』

如月つばさ
ライト文芸
観光地からそれほど離れていない田舎。 山の麓のその村は、見渡す限り田んぼと畑ばかりの景色。 そんな中に、ひっそりと営業している食堂があります。 おにぎり食堂「そよかぜ」。 店主・桜井ハルと、看板犬ぽんすけ。そこへ辿り着いた人々との物語。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。 行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。 「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた! 聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。 「君は俺の宝だ」 冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。 これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...