「今日でやめます」*ライト文芸大賞奨励賞

星井 悠里

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第7話 生きている色

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 オレは気になっていることを、聞くことにして、ばあちゃんに視線を向けた。


「ばあちゃん。……病気のこと、聞いていい?」

 ばあちゃんは、オレを見て、ふ、と笑った。

「まだ大丈夫。ただもう手術とかはしないで……緩和ケアって知ってる?」
「……ん」
「自宅で、穏やかに暮らしたいなと、思ってて」
「そ、か」

 病名は、はっきり言わない。……言いたくないのかなと思って、それ以上聞けない。どうしようかなと、思っていると。


「碧くんは、お仕事、お休みしてきてくれたの?」

 そう聞かれて、ばあちゃんを見つめ返す。


「ごめん、あの……会社、辞めてきた」

 そう言うと、ばあちゃんは、オレを少しびっくりした顔で、見つめる。
 そりゃびっくりするよな、と思っていると。

「どうして、ごめんなんて謝るの?」

「――――……」


 あ、驚いたのは、そっち??


「いやなんか……仕事やめた、とか。あんまり社会人として、良くないかなと……」
「ああ……」

 ばあちゃんはクスクス笑った。


「確かに一日でやめたのは社会人としてはどうかなぁって思うけど……ばあちゃん的には。孫がすごく優しくて、幸せだよね」

「――――……」


 ばあちゃんの言葉に、何とも言えない気持になる。
 ちょっ……と待て。何で泣きそう? 全然意味分かんねぇな。

 ごまかしながら、お茶を飲む。
 ばあちゃんはオレの内心には気づかず、「ありがとうね、碧くん」とニコニコしてる。

 ん、と頷いて、オレはお茶を飲み干した。


「オレ、片付けるよ」

 短く言って、ばあちゃんの皿も一緒に持って、立ち上がる。

「お茶飲んで座ってて」
「あら。いいの?」
「いいよ」

 流しに皿を置いて、水を出して洗い始める。


 何で泣きそうになったんだろう。



 会社を辞めてきたこと、多分オレは少し、後ろめたい。父さんに言うのとか、すげー嫌だと思ってるし。
 でもばあちゃんには、何も責められなくて。
 ……孫が優しくて。とか。幸せとか。
 ありがとう、とか。

 別にそんな大きなことじゃない。


 それでもなんか。
 ……。



 優しいとか。
 言われたの、いつ以来かな。


 オレ、優しくなんかないしな……。

 冷めて、何も感じない感じで生きてきたような気がするし。

 飲みに行って騒ぐとかは昔はしてたけど、そういうのにもなんか疲れて、ほとんど行かなくなってた。
 恋愛とかも、面倒で、しなくなってたし。

 仕事も、技術さえ磨けば、生きていける感じだったし。



 泣きたくなったのなんか。
 いつ以来だろ。


 優しいとか、幸せとか、ありがとうとか。


 別に欲しても無かったのに。
 よく分かんねえな……。


 こんな気持ちになるの、何年ぶりだろ。




「碧くん、ありがと」
  
 洗い終えたところにばあちゃんがやってきてそう言った。
 うん、と頷くと、ばあちゃんがなぜか腕まくりを始める。


「? もう終わったよ?」

「うん。ちょっとね。今から忙しいの。手伝ってくれる?」
「忙しい?? 手伝うって何を?」

 何をするんだろう、と首を傾げると。
 ばあちゃんは、ふふ、と楽しそうに笑った。


「畑から野菜を色々とってきてくれる?」
「ん、どれ?」

「収穫できそうなのは、全部、かな」
「結構ありそうだったけど? 全部とっちゃっていいの?」
「うん」

 誰かにあげるのかな、と思いながら、畑に向かう。


 さっき使ったハサミで色々収穫しながら、ふと、真っ青な空に気づいて、仰いだ。


 昨日会社を辞めなければ、オレは今日も、パソコンに向かって、先輩からの雑音を聞きながら、ただ画面の中で、アルファベットのコードをいじってた。



「――――……眩しいな……」



 生きてる瑞々しい赤や緑を手にしたまま、
 何だか、青が、染みわたっていくみたいな気がする。 







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