「今日でやめます」*ライト文芸大賞奨励賞

星井 悠里

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第16話 たった三箱

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 ポメと慎吾もすっかり落ち着いて、縁側に座っている。

「なんか急にあっつくなったよなー」

 慎吾が、青空を見上げてそう言う。

「……つかお前、昨日のかっこ、ひどすぎないか?」

 比べてしまうと、差がひどすぎて、思わずもう一度しみじみ言ってしまった。

「ん? そう? ちょっと頼まれて作ってたものがなかなかうまくいかなくてさ。すげー集中して数日過ごしてたから」
「……その犬、昨日居た?」
「居なかった。根詰める時は、ペットショップに頼んでる」
「ペットショップなんてあるのか?」

 思わず驚いて言ったら、慎吾は「バカにしてるだろ」とジロリとオレを見た後で。

「犬飼う人も多いし。ネコも。年寄りも多いし。前はばあちゃんに頼んじゃってたんだけど……今は散歩とか頼めないから」

 ポメを撫でながら慎吾が視線を落とした。

「……知ってんだな」
「つか、皆知ってるよ。詳しいことまで聞いてないけど。ばあちゃんは隠してないし。……その時が来るまで、楽しく居ようねって、言われたし」

 そっか、と頷いて、少し黙ったところに、ばあちゃんがアイスコーヒーを淹れて、持ってきてくれた。

「しんちゃん、今日は朝から活動してたの?」
「うん。つか、渡辺さん、朝一からシャワー直しに来てさー。すげえ早いの。どっかの仕事の前に寄ってくれたらしくて。午前中とか言ってたけど、八時前に来た」
「起きてたの?」
「寝てたに決まってんじゃん」

 オレもばあちゃんも苦笑い。

「ドアガンガンされて、たたき起こされて鍵あけて、直してくれてる間もほとんど寝てたけど、せっかく起きたから、シャワー浴びて、髪切りに行って、ポメ子を迎えにいって、帰ってきた」
「昼ごはんは?」
「食べてきたよ」

 そんな会話を二人がしてるのだけれど、気になるのは。

「ポメ子って言うのか?」
「そう。可愛いだろ」
「安易すぎだけど、まあ可愛い」
「一言多いっつの。いいんだよ、教室に来る人が、すぐ覚えてくれるし」
「へー……」

 と頷きながら。

「陶芸教室の先生なんだよな」
「そーだけど」
「オレ、昨日のカッコだと、客いないと思ってた」
「はー?」
「まあ、今のカッコなら、居るのかなって思ったけど」
「――――別にナリ見てくる訳じゃねえし」

 オレと慎吾の会話を聞いてたばあちゃんが、ふふふ、と笑い出した。

「しんちゃんの教室、女性が多いのよね~リピーターさんがほんと多いって」
「……へー。なるほどね」

 うんうん頷いていると、そこに「こんにちはー」とのどかな声が聞こえてきた。
 この声は、知ってる。

 立ち上がって玄関の方に行くと、案の定、環と芽衣。

「――――仕事中だよな?」

 一応スーツっぽいし。

「暇なの??」

 そう聞くと、二人は、暇じゃないし、と苦笑。

「用があって、ここのそば通ったから、顔見にきたの」
「そっち。縁側の方にばあちゃんいるよ」

 そのまま二人、縁側の方に向かった。オレは中から、戻ろうとして、ふと気付いて台所に寄った。
 ばあちゃんが淹れたコーヒーが残っていたので、氷を入れて、二つ、持って戻る。

「ん」
 差し出すと、「ありがとー」と二人が受け取って、縁側に腰かけた。

「ていうか、慎ちゃん、綺麗になったね」

 あははーと芽衣が笑う。

「昨日と今日、別人みたいだよねー」
「まあ、ここらの人は皆、どっちも知ってるけどね」

 芽衣と環がクスクス笑いながら言って、自分たちの側でしっぽを振ってるポメ子を撫でてる。
 
「ポメ子~可愛い~」

 芽衣に、なでなでされまくり、幸せそうなポメ子。……なんかすげー可愛いな。

「ていうか、慎ちゃん、ここでくつろいでたんだね」
「昨日誰か分かんないって言われたから。でも今日も誰かわかんねーって言われた」
「まあそりゃそうだよね」

 あはは、と芽衣が笑ってオレに、ねー、と同意を求めてくる。

「まあでも今は、小さい頃の面影ある気がする。昨日は無かったけど」
「少しは、覚えてるの?」
「まあ、なんか、偉そうな顔した奴がいたような……程度?」 
「おい」

 突っ込まれてるところに、環が笑いながら、「確かに慎ちゃんは偉そうだったかもー。でも、今はね、陶芸教室の時は、すごく優しいから」と言う。

「当たり前だろ。客商売だし」

 なんて言ってる慎吾に、ふーん、ちゃんと大人になってるんだな……としみじみ言うと。

「どこ目線だよ、お前」

 呆れたように言う慎吾に、他の皆が笑ってる。

 ――――なんか。
 ……こんな風に、誰かに、言いたいこと言って話すの、久々かも……。
 変なの。幼い頃に二年くらい過ごして、それ以来なのに。

 と、その時。
 ピンポーンとまたチャイム。……来客多すぎねぇ? と思いながら玄関に向かうと、今度は、荷物の配達だった。宛先は、オレの名前。
 ああ。オレが送った荷物か。良かった。

 段ボールで三つ。
 一人暮らしで、残ったのは、衣類も含めて、これだけ。
 そう思うと、何だかな、と思う。

 ――――パソコンだけ、出しとくか。ここだと熱くなりそう。
 ガムテープを破って、緩衝材を取り出す。パソコンをテーブルの上に置くと、ばあちゃんが近づいてきた。

「荷物、届いたんだね」
「ん」
「全部出す?」
「後でやるからいいよ」

 そんな会話をしていたら、慎吾も立ち上がってやってくる。
 環と芽衣も、玄関の方に回ってきて、「ごちそうさま」とコップをばあちゃんに渡した。

「碧くんの荷物?」

 芽衣に聞かれて、そう、と答える。

「オレ、手伝ってやろうか? 今日は暇だから」

 慎吾が言うけど、苦笑しながら「そんな無いし。三箱だけだから」と返す。

「三箱しかねえの?」
「そう。あんま残したいもの、無かった。全部捨てた感じ。家具や電気製品が備え付けだったから余計だけど」
「ふうん……」

 なんとなく段ボールの方に行った慎吾が、「これは、なんか、らしいな」と笑う。

「何?」

 顔を上げると、捨てずに入れた包丁のセット。
 ……らしい、か。

「一人暮らしの時は、使わなかった」
「そうなんだ。忙しくて?」
「……まあ、そうかな」


 ばあちゃんが、何も言わずに、慎吾が持ってる包丁セットを見てるのが、少し気になって。
 オレは、慎吾からそれを受け取って、段ボールにしまい、軽く蓋を閉めた。


「後でどこか荷物置かせて、ばあちゃん」
「奥の部屋ならどこでもいいよ」
「うん。ありがと」


 らしい。か。

 もう一度、心のなかでそう、唱えた。




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