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第22話 胸に迫る
しおりを挟む夕方、ポメ子の散歩を終えて帰った時。
ばあちゃんが隣の家から出てきたところだった。マスクをしてる。
「あれ、どうしたの?」
「みいちゃんが、お熱がひどいみたいで。マスクして見にきてって言われたから」
苦笑しながらばあちゃんはマスクを外した。
みいちゃん。ああ、こないだばあちゃんと折り紙を折ってた子か。
「いつもの小児科の先生が、法事で明日まで休みなんだって」
「小児科、他にはないの?」
「そう。車やバスで、三十分のところに、大きな病院はあるんだけど、あんなに熱があるから、辛いかなーって言ってて。とりあえず熱さましはあるし、他に症状がないから、様子見ててね」
「そっか」
「まあ子供はよく高い熱、出すものだけどね」
「何度なの?」
「三十九度六分」
ばあちゃんの言葉に、オレと慎吾は顔を見合わせた。
「結構高いね。病院、車で連れてってあげてもいいけど」
慎吾が言うと、ばあちゃんが「うーん」と唸る。
「でもママさんは、今は落ち着いてるから寝かせといてあげようかなって。まあ、よく熱出す子だから」
少し頷きながら言うばあちゃんに、慎吾が「飲みに行くの今日じゃない方がいい?」と言うと、ばあちゃんは、いいよいいよ、行っておいで、と笑う。
とりあえず行くか、ということになって、先にばあちゃんと夕飯。
それを片付けてから、オレと慎吾は玄関で靴を履いて、ばあちゃんとポメ子を振り返った。
「ポメ子は自由にさせとくね。先に寝てるかも」
「うん。鍵貰ったし、寝ててね」
「ポメ子、よろしく、ばあちゃん」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
行きは、十八時台最終のバスに乗って、駅の方へ。温泉街の方は栄えてて、色んな店があるらしい。帰りはタクシーで帰ろうってことになった。
少し遅れてきたバス、一番うしろに座った。
「昨日も思ったけど……すげー夕日、綺麗」
「確かに。向こうとは違うよな、空の広さが全然違うから」
「ん」
ぼー、と、夕日が沈んでく様を見ていると。
隣の慎吾も、特に喋らない。
……こいつらに会ったのって、小二以来だから……七歳とか?
二十年振りじゃんか……。
なのになんか――――……変なの、オレ。
芽衣とも環とも慎吾とも、覚えてなかったたくさんの人達とも。
すごくまともに、話してる気がする。
聞いてる振り、感じない振り。人に伝わらない言語で、少しだけ吐き出して。
あんなに毎日、何も感じずに、生きてたのに。
夕日なんかが、やけに胸に、迫ってくる。
「――――いいとこ、だな」
ん? とオレを見てから、慎吾が、はは、と笑う。
「そうだろ」
と、一言だけ返ってきた。
次第に建物が増えて、車が増えて、人が増えて。
おお、そんな遠くないところに、少し栄えた明るいところが。と、これはこれでちょっとほっとする。都会の繁華街に比べたらまだまだだが、なんにしろ、明るい。
バスを降りると、慎吾の後を歩いて、五分位。
「町の人達の行きつけの居酒屋があってさ。ここ、うまいんだよ」
「ふーん。たしかにうまそう」
外のメニューを見ながら中にはいり、四人掛けのテーブル席に座った。意外と広い。
とりあえず生を頼んで、お通しで来た前菜を食べる。
「あ、うまい」
「だろ」
お通しがうまい店って、期待大。
「っても、飯食ったからなあ。軽いもんにする?」
「明太バターのポテト、食いたい」
「全然軽くねーじゃん」
慎吾が笑う。
「ばあちゃんに合わせて、野菜多めのさっぱりメニューだったし。オレは白米とか抜いてきた」
「あ、食べてなかったのか」
「だって居酒屋、食べたいじゃんか」
「じゃあ、好きに食え」
笑う慎吾に頷いて、メニューを吟味していると。
「あれ」
慎吾が変な声を出した。視線の方向を振り返って見ると、カウンターに一人。
「何?」
「……和史くん? ……じゃないか」
「和史くんって……先生の?」
「んー……違うかな」
と言った瞬間。慎吾が変な感じで首を曲げてるから気づかれたのか、その男が振り返った。
「…… って、マジで和史くんじゃん」
「あ。ああ、慎吾か……」
あんまり見つかりたくなかったのでは、と思う表情。
オレは思わず苦笑していたのだけれど。
突然、ふっと気づいて、「あ」と声が漏れた。ん? と慎吾がオレを見る。
――――嘘みたいだけど、この人、もしかして。
「あの……オレ、あなたに、バス停聞きました、よね……?」
「――――……」
何のことだろうと首を傾げたその人は、少しして、はっと気づいた顔をした。
「あ。あの時の」
「ですよね」
お互い苦笑、してしまう。
て言うか、この人。
オレがここに来た日、駅で会った人じゃん!
どういうこと? と不思議そうな慎吾に、来た初日に駅で目が合って、バス停を聞いたことを話す。
「え、初日に? つか、そこから、和史くん、何してたの?」
不可思議そうな顔の慎吾に、もうソッチ行って良い? と、聞いてくる。
四人掛けの席なので……オレと視線を合わせた慎吾はオレの隣に移動してきて、「どうぞ」と言った。
店員に移動することを伝えながら、飲み物と小鉢を持って、オレと慎吾の前に座る。
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