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第35話 オレのばあちゃん
しおりを挟む先生の病院についた。
看護師さんが迎えてくれて、オレ達を、ばあちゃんのいる部屋に通してくれると、「先生、すぐ呼んできますね」と離れていった。ばあちゃんは点滴をして、静かに寝てる。思っていたよりは、静かな空間。
「ばあちゃん、ごめん、一人にして……」
ばあちゃんのベッドの隣にあった椅子に座ったら、思わずそう漏れた。
……どうしよう、このまま、死んじゃったら。
不安で、再び漏れた言葉に、慎吾が、「縁起でもない。先生に話、聞くのが先だろ」と言った。
「うん……」
頷いたところに、すみません、と芽衣の声が聞こえて、慎吾が入り口に迎えにいった。少しして、環も一緒に入ってくる。
「……何で、倒れちゃったの?」
「まだ聞けてない。今、先生を呼びに行ってくれてる」
芽衣の言葉に、慎吾が答える。
「……まだ、大丈夫、だよね、めぐばあちゃん……」
「だから。縁起でもないから。先生に聞くまで、言うなって」
慎吾がオレに言ったのと、同じセリフを口にする。
でも、多分、いつもよりも、慎吾にも余裕がないのは、分かる。
「……碧くん、あの……」
「?」
「今、私、家に寄って、これ、持ってきたの。これ、めぐばあちゃんに預かってたんだけど……もう渡す」
「……? 何?」
渡された紙袋を見ると、数冊のノート。何だろうと開くと、料理のレシピのノートだった。
たくさんたくさんの料理が、細かく、書いてある。
「何、これ……」
「生きてる間は、直接教えてあげたいし。なんか形見みたいに思われそうで、今は碧くんには渡せないのって言われて……もしもの時に渡してほしいのって」
そう言った芽衣に、「だから縁起が悪いこと言うなって。まだ、その時じゃないから」と、慎吾が言うと。芽衣が、違うの、と首を振った。
ぼろ、と芽衣が涙をあふれさせた。
「私すごく嫌だったの、これ、持ってるの。だから、碧くんに渡しちゃう。目が覚めたら、めぐばあちゃんに、ありがとうって言ってもらいたいし、直接教えてって言ってほしいから」
「芽衣ちゃん……」
環が、ぽんぽん、と芽衣の背中を叩いてる。
慎吾は、「ああ。なるほど――――そうだってさ」と、最後、オレに視線を向けて、苦笑する。
「……ありがと、芽衣。うん。よかった。もしもの時に渡されるんじゃなくて。――――目がさめたら。お礼言うし。直接教えてって、言うから」
言った瞬間、不意に、熱いものが浮かんで、それがすう、と、頬を伝って零れ落ちた。
うわ。……泣いてる? オレ。
……ああ、もう朝から、最悪だったな、今日。
「あーあ……もう芽衣も、碧も、泣くの早すぎ……って環も泣いてるし」
呆れたように言う慎吾だって、すっかり、声がおかしい。
「つか。慎吾もじゃん……」
「……つか。……全員泣くから、もらい泣きだし」
ぷい、と顔を背ける慎吾に、「何それ……素直に泣けよなもう……」と突っ込んだ、その時。
「あお、くん……?」
ばあちゃんの声がして、オレ達は一斉にばあちゃんを見つめる。
「……あれれ? ……どうしたの……泣いちゃって……」
困ったみたいに笑う、ばあちゃん。
「ばあちゃん……」
そこに、先生が入ってきて、一番にばあちゃんに目を向けた。
「ああ、めぐさん、気付いた? 良かった」
先生がそう言って、ばあちゃんの元に近づく。オレ達が、静かに様子を見守っていると。
「ほんと良かった。でも、ダメだよ、完全に、水分不足。熱中症だよ」
「あ、そう、なんだ。……すみません、迷惑かけて」
そう言ったばあちゃんに、先生が、呆れたように首を振る。
「迷惑とかじゃなくて。もう。……碧、もっと、ちゃんと水分取らせて……って、死ぬほど泣いてんな……」
先生が、オレ達の顔を見て、呆れたように固まった後、思い切り苦笑してる。
「え、待って……熱中症……?」
ついていけないオレに、先生が頷いた。
「熱中症。……甘く見るなよ、命にかかわる症状だ」
「――――」
「勘違いしてるみたいだが、今回倒れたのは、病気のせいじゃない。……というか、余命宣告もまだ先だ。そんな今日明日亡くなったりはしないし、最近のめぐさんは、体調が良くて、かなり元気だよ。余命も伸びるだろうって、思ってる」
「――――」
オレ達は、返事もできないまま、先生の話を、ただ聞いている。
「お前がずっと一緒に居るのがいいのかもな。気持ちが安定して、免疫が上がってるんだと思う」
「――――っ」
なんか力が抜けて。
がたん、とイスから転げ落ちたオレ。しりもちをついて、そのまま、立てない。
碧くん、と芽衣と環がしゃがむ。慎吾が、苦笑いで、手を差し出した。
「しっかりしろよ。ほら。泣くなって」
「つか。皆、すごい泣いてるし……」
慎吾に言い返すと。
「そんなの、しょうがねえだろ。オレ達のばあちゃんだ」
「そうだよ。そうだよ」
「だよね」
慎吾と芽衣と環。
「……ていうか、オレのばあちゃんだし」
そう言うと、皆、クスクス笑う。
……皆それぞれ、鼻をすすりながら、だけど。
オレは、立てた膝に、顔を埋めて、はあ、と震える息を、吐いた。
「――――こないだした検査結果が来てて、今日見てたんだが、信じられないほど良好でな……明日往診に行ったら、伝えようと思ってたのに、倒れたとか聞いて、こっちが驚いた」
「……それ、分かったらすぐ言ってよ。マジで」
顔を上げて、涙目で睨むと、先生は、ふ、と笑った。
「めぐさんには、少し入院してもらう。今日はもう帰れ。大丈夫だから」
先生の言葉に、まだ、ジト目で見つめてるオレに、先生が笑った。
「大丈夫。オレがちゃんと見てるから。今日は帰れ」
そう言われても立ち上がれないオレに、「ほら、碧」と、慎吾がもう一度手を差し出した。
「ん」
慎吾の手を握って、立ち上がる。
「ばあちゃん。今日は、帰る。明日またお見舞いにくる」
そう言ってから。
さっき受け取った、ノートを、見せる。
「これ、ありがと。……見ながらまた教えて」
あれ? という顔で、芽衣を見たばあちゃんは、ふ、と笑んで。
「芽衣ちゃん、ありがと……うん。そうだね。直接、教えるね」
と笑った。
「じゃあ、帰る」
「うん。ごめんね。家、よろしくね」
「任せて」
「あ、オレもお邪魔しまーす」
「あ、私もー」
「オレもー」
またまた、慎吾と芽衣と環。
「飲まずにいられないよなー? 碧」
「美味しいおつまみ作って、碧くん」
「オレ、こないだ食べた、碧くんのだし巻き食べたい」
「はいはい……」
返事をしながら振り返って、ばあちゃんの手に触れる。
「明日ね」
「うん」
ばあちゃんが、微笑む。
オレ達は、家に帰って、心配してた人達に、大丈夫だったと伝えて、ポメ子を返してもらった後。
遅くまで、騒いで、笑って、たくさん飲んで。そのまま、和室で雑魚寝。
まあ、芽衣はさすがに、家に寝に帰ったけど。
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