「今日でやめます」*ライト文芸大賞奨励賞

星井 悠里

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エピローグ

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 翌日。

 まだ横で、慎吾と環が寝てる時。目が覚めたオレは、ばあちゃんのノートをじっと見ていた。いつ、書いてくれてたのか。きっと、ずっと昔から、オレのために書き綴ってきてくれたんだろうと思うと、丁寧に書かれた文字に、色んな思いがこみ上げてくる。しばらく見つめてから、静かにノートを閉じると、スマホを手に取って、庭に出た。

 父さんの番号。
 何度か鳴って、つながった。

「もしもし、父さん?」
『碧? どうした?』

「……あのさ。今オレ、ばあちゃんのとこに、来てる」
『――――』

「……仕事やめて、ばあちゃんちに来た」

 そう言うと父さんは、少し黙った。
 絶対に、叱られると思って言った。オレの仕事に興味は無かったと思うけど、父さんの薦める仕事をやらずに、務めた仕事まで、やめるとか。許さないだろうなと思ったのだけれど。
 意外にも、静かだった。だから、話を続けた。

「オレさ、父さん……外交官が嫌だった訳じゃない。……ただ、オレ、料理が好きだった」
『……そうか』
「ホームページを作る仕事も、実は、好きだったみたいで。好きなこと、頑張ってやりたいって……今更だけど、思ってるから」

 否定されてもなんでも。父さんにちゃんと言うって思って電話したので、とにかく言い切った。
 何を言われる覚悟も、していた。でも。

「オレも、お前の夢を分かろうとも、しなかった。……悪かったと思ってる。母さんにも伝えておく。行くまで、ばあちゃんを頼む』
「――――分かった」

 拍子抜けするような反応に、驚きながら、頷いたら。
 父さんが、笑った気配。

『……ばあちゃんからも、聞いた』
「え?」
『……電話が来たんだ。碧のこと、色々聞いていたけど……』
「――――」

『お前が、そんな風に、自分のことをはっきり言うのは、初めて聞いた。……もう少ししたら、帰るから。話そう』

 うん、と、オレが頷くと。電話が、切れた。
 こんな電話を父さんにして――――こんな穏やかに話せるとか。

 ……ばあちゃんの電話があったとしても。
 最後の言葉は――――少しは、認めてくれたのだろうか。


 縁側に腰かけて、はー、とため息をついた。
 多分これは、最初の一歩だろうけど。……ちゃんと踏み出した大事なものだと、思う。




 その日。環と芽衣は祭りが終わって、短い夏休みが始まったらしく、朝から温泉に行くことになった。
 というのも。芽衣が朝から。

「ねー今日、温泉行こ? 地元の癒し。水着で混浴あるから。それからばあちゃんのお見舞い、いこう」

 もう行く気満々なので、即決まり。慎吾の車で、向かった。

 広い温泉。気持ち良くて、ぬるいお湯につかっていると、カラフルな壁。
 その中の一つに、黄色く塗られた壁が見えた。それを見ていたら、ふと、思い出した。

 あれ、何なんだろうなあ、と思いながら。
 なんとなく、ぼんやりと。横で、お湯に浸かってる三人に、そのことを話しはじめた。

「なんか全然分かんないんだけどさ。不思議な記憶っていうか……浮かぶことが、あってさ」
「……ん??」

 皆が、不思議そうにオレを見つめて、聞いてる。

 こんな曖昧なこと。
 誰にも話さずに来たけど。

 ――――なんとなくこいつらなら、聞いてくれそうな気がして。
 オレは、ゆっくりと、話した。


「目の前が全部、黄色でさ。すごく綺麗で、嬉しいんだけど……でも、すぐになんだか、すごく怖くなって……それで、その後また、安心するような、変な感じで。これが思い出なのかすら、よく分かんなくて……黄色が好きなような、なんか怖くて嫌いなような……全然意味が分かんないわけ。たまーに、ふっと、浮かぶんだけど……」

 ……って、話したからって、どうなるってこともないんだけど、と思いながら言い終えた。
 すると、興味深そうに聞いていた三人が顔を見合わせて、ふ、と笑い出した。

「……? 何?」

 オレが不思議そうにすればするほど。クスクス笑う三人。

「何だよ??」 ちょっとムッとして、そう言うと。
「今日はこの後ばあちゃんのお見舞いだからさ。明日、いいとこにつれてってやるよ。それまで、内緒な」と慎吾が言う。

 ……何が内緒なんだか。笑ってる意味も、内緒の意味も、全然分からない。
 でも、オレは、頷いた。この話をした上で、連れてってくれる「いいとこ」ってなんだろ。と、不思議に思いながらも。楽しみに思えたから。
 
 その後、見舞いに行くと、ばあちゃんは、大分回復していた。二、三日で退院できるという。
 オレが「待ってるね」と言うと、ばあちゃんはにっこり笑った。見舞いの帰り、また皆で一緒にばあちゃんの家に戻った。
 そのまま、翌朝。車で少し遠出。大分走ってから、運転席の慎吾がオレをチラッと振り返った。

「なぁ碧、ここから、目つむってて」と言われる。なんで? と聞くと。
「感動するもん、見せてやるから」と。

 そう言われたら仕方なくて、言うことを聞いて、目をつむっていると、どこかに車が停車した。
 車を降りて、しばらくまっすぐ。環が、誘導してくれる。

「いいよ。目ぇ、開けて?」

 慎吾の声に、目を開けると、眩しくて、一瞬、目を細めた。
 目の前に広がったのは、一面の、ひまわり畑。


 うわ。

 ……すげー。一面の、黄色、だ。



「これでしょ、碧くん?」

 芽衣がわくわくした顔で聞いてくる。

「綺麗な黄色で、怖くて……」
「……綺麗だけど……怖くないだろ?」

「ふふ。しゃがんで、下に来てみて?」

 そう言われて、ひまわり畑の下にしゃがんでみる。

「ひまわり畑の下は、まっくらで、こわいよね? 小さい子供にとっては、さ?」

 意味ありげに言う、芽衣に、「――――何それ??」と、オレが首を傾げると。環がクスクス笑う。

「碧くん、ほんとに覚えてないんだね」

 何をだろう、と考えていると。

「昔ね、夏休みに、皆でここに遊びにきたことあるんだよ。そしたら、碧くん、下に入って、奥の方で。すっごい大泣きしちゃったの」
「――――」

「で、泣いたお前を、ばあちゃんが探し出して、おんぶしてあげてさ」
「――――」

 芽衣に続いて、慎吾にも言われてる内に。

 ――――なんだか、記憶が、繋がっていく。


 目の前に。
 一面のひまわり。
 
 綺麗で、嬉しくて。
 急に怖くなって。


 ――――安心したのは、ばあちゃんの背中か。
 あのほっとして、あたたかかった記憶は。



 ふ、と笑いが零れた。



「……思い出した、かも……」


 泣いてたオレを、見つけ出してくれた、ばあちゃんの、笑顔も。



 三人はクスクス笑って、オレを見つめる。


「私たち、毎年、ひまわりが咲くと、この話してたもんねー」
「そうそう」
「碧の中で、そんな訳わかんないぼんやりになってたとか。面白いなー?」

 クスクス笑われながら、ひまわり畑を歩く。


「めぐばあちゃんはさ、おんぶで寝ちゃった碧くんのこと思うと、可愛くて、もうそれだけでいいんだよねって、言ってたんだよねー。どこにいても、何しててもいいって。すごくない?」

 ふふ、と笑う芽衣の、そんな言葉に、胸が、熱くなる。


「……ちょっとオレ、中入ってくる」
「迷子んなって、泣くなよー?」
「泣かねーよ」


 ひまわりの背は、高くて、その下は、暗い。


 ああ、これか。
 怖くなって、しゃがんで、泣いてた。



「碧くん」

 今は顔が見える。

 ばあちゃんの笑顔だ。


 ――――抱っこしてひっぱりだしてもらって、安心して、泣いたっけ。
 おんぶされた背中は、あったかかった。



「碧ー?」


 慎吾の呼ぶ声がする。


 上を見ると、青空だ。
 立ち上がれば、辛うじて、ひまわりの向こうが見える。



 暗かった思い出が。

 綺麗な黄色と、ほっとした気持ちで、輝くみたいな、不思議な気分。






 今日でやめます。と言って、こっちに来た。



 あの日、何をやめたんだろ。



 いろんなことをやめて。
 いろんなことをはじめた。




 青い空と、眩しい太陽、白い雲。
 一面の元気な、ひまわりの黄色。







 今日も明日も絶対、良い日にしよう。
 そう、思った。












★ Fin  ★















ここまでお読みくださった方。ありがとうございました( ノД`)

最後の方、全部最後まで書いてから分けて投稿しようとしてたら、
数話ギリギリになってしまいましたが、書きたいことは詰め詰めして、
なんとか、大賞期間内に完結マークを付けられました。

今回は書き終えることを目標としてましたので。
なのにライト文芸ジャンルで一位にもなれて( ノД`) 
思い残すことは……
もすこし推敲したいなというそれだけです…(^^💦
頑張ります。

とにもかくにも。
お読みくださったみなさま、感謝です(*'ω'*)✨精進します✨。
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