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初めまして?
しおりを挟む響生が出て行って、10分。
――――……もう。いいかな。
堪えていた息を解くと同時に、涙が、零れ落ちた。
「……っ」
唇を噛みしめて、俯く。
響生の、バカ。
結婚してから番うのが、家の決まりだとか、しきたりがどうのとか言ってたお父さんに、怒られろ、バカ響生。
そんなの聞かず、番ってれば、良かった。
そしたら、こんなことにはなんなかった、のかな……。
違うか。
結局、響生にとってオレは、こんなことで別れようって言えるくらいの存在だったってことだ。
しょうがない。
その程度だった、てこと。
……じゃあ何で、声掛けたんだよ。好きだとか言って。結婚しようなんて。
オレ、ずっと、断ってたのに。
どうしても、翠がいい、なんて。
何で、言ったんだ。
心の中は、思っても仕方ないことばかり。
響生に聞いたってどうしようもないことで……ましてや自分の中で言ったって本当に意味がない。
もう、どうにもならない。
まず、必要なことを、考えよう。
そういうのは、慣れてる。
生きていくのに、必要なことをまず考える。
来週末には、今んとこ出なきゃ。
ふと、出るのをやめるか、せめて延ばしてくれないかなと思ったけど、挨拶した時の大家さんの反応を思い出す。
若いΩの一人暮らしを心配してたみたいで。
事故があっても困るし、実は少し心配してたの、でもいい人が見つかって出ていけるなら良かった。そんな風に、言われて、もう今更なくなりましたと戻してもらうのも申し訳なくて、できないよね……。職場もそんな感じだった。雇ってはくれたけど、オレのヒートとか、やっぱり迷惑そうで。仲が良かったベータの同僚が送別会を開いてくれたけど……うん、戻るのは、無理。
とにかくまず仕事かな。
住み込みの仕事とかあるといいけど。Ωがオッケイなとこなんて、あるんだろうか。前探した時は無かった。新しい求人、見に行こうかな。
とりあえず。来週末まで一週間ちょっと。少しなら貯金があるし出ても少しの間はどこかに泊まれる。
とにかく仕事探そう。
あ。……その間に、ヒートが来ないと良いけど。時期的には、そろそろかな。
ため息をつきそうになった時。
「こんにちは」
不意に頭上からふってきた、声。
俯いて、無理無理、現実的な問題を考えていたオレの前。
響生がいなくなったその席に、誰かが座った。
「…………?」
誰?
思わず顔を上げてしまったら、その人は、驚いた顔で数秒固まった。その表情で、自分が泣いてたのを思い出した。
ぼんやりした視界にうつるのは。
スーツ姿の、超イケメン。
一目で絶対αだ。そう思う。
見るからに、高そうなスーツ。高そうな時計。
なんで、こんな人が、オレの目の前に、座るんだろ……誰?
ていうかさ。オレ、泣いてるんだけどな……。
「良かったら」
差し出された、綺麗にアイロンの掛けられたハンカチ。
「とりあえず涙を拭いてくれないと、話、できないから」
にこ、と笑ってそんな風に言う。
少しだけハンカチを見つめる。
よく見るブランド。
これなら返してと言われても買えるかな、なんて思いながら、涙を拭いた。
なんだか色々警戒しながら。
……この人と、オレ、何を話すんだろう。
ていうか……一人にしてほしい。
「ティッシュも使う?」
よく見るブランドのハンカチとは違って、何だかすごく高そうなティッシュ。
ティッシュ高そうなんて、初めて思った。
ティッシュはさすがに返せとは言われないかな、と思いながら、借りることにした。
鼻をかんで、少しすっきり。
ふ、と息をついて、顔を上げた。
多分この人、話さないとどいてくれなそう。
……αって、そういう人、多いよな。全部、自分の思い通りになると思っている人達。
もう完全な偏見で考えながら、目の前の人を見ると、名刺を差し出された。
「初めまして」
仕方なく、受け取る。
――――……あ。
この近くにある、なんか、変わった形をした、洒落た建物の会社だ。
デザインとかゲームとか……看板に書いてあった。毎日その前を通って、仕事に行ってた。
そこの……社長。若そうなのに。……家族から受け継いだ会社か、お金を出してもらった会社か。αのお坊ちゃん社長ってかんじかな。
「この会社、知ってる?」
「……はい。前を通ってました」
……いくつくらいだろ。落ち着いて見えるけど、もしかして、少し上、くらいかな。
声、若い。一度聞いたら忘れない感じの、いい意味で特徴的な、涼しげな声。
このルックスと声と社長。……ますます何の用だろうと警戒心がむくむくと。
「あの」
「うん」
「……今、ちょっと……あんまり、話してる余裕、ないんですけど」
「ああ……そうだよね。――――話は、全部聞こえてた」
何だかとても言いづらそうに、少し眉を顰めて言う。
気遣うような雰囲気に、少しだけ印象が、変わる。怪しいとか怖いとかが、少しだけ落ち着く。
「……あ、そう、ですか」
近くに座ってたのかな。
あんまり周りの人を見る習慣ないから。気付かなかった。
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