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第1章「最悪な夜の、夢みたいな」
3.一人のお酒
しおりを挟む歩きながら、何とか泣き止んで、深呼吸をしてから店に入った。
春樹とあの店で食事をした後にいつも寄った、雰囲気の良いバー。
個室もテーブル席もあるけど、いつもカウンターで少しだけ飲んだ。
もうここも、きっと来ないだろうなと思って。
美味しいカクテルがあるお店だったから、最後に、と思って寄った。
他のお店は知らないから一人で入るのは躊躇われて。
ここなら、よく来てたし、たまに女性一人のお客さんも居たし、一人でも落ち着けることも知ってる。
マスターは、とても気さくで、笑顔が素敵。
お酒を作るのも手慣れていて、いつも、見惚れてしまう。
そっとドアを開けた私を見て、あ、いらっしゃいませ、と笑ってくれたから、私のことは覚えていてくれてるみたいで。……多分、いつもは、春樹と来てるのも覚えてそう。
今日は一人なのかなって思ったんだろうけど。もちろん事情なんか聞いては来ない。「おひとりですか?」と言われて頷くと、奥のカウンター席に通してくれた。店内、テーブル席には結構お客さんがいるけれど、両隣には誰も居ない。良かった。落ち着ける。
一杯目は一番好きなお酒を頼んだ。やっぱり、美味しい。
グラスの中の綺麗な色の液体を目に映しながら、
ぼんやり、思い出すのは、楽しかった頃のこと。
こんなに綺麗な子が、オレと付き合ってくれるなんて、って言ってたのになぁ、とか。……我ながら、未練がましい。
声を聞いてるだけで、幸せって。
何も話さなくても、安心するって。
電話するのも手を繋ぐのも、ドキドキして緊張するって言ってたのに。
ため息が、零れる。
二杯。三杯。美味しい。
いつから――――……好きじゃなくなってたんだろ。
琴葉が大事だから迷った、なんて。
……ひどいセリフだよね。
大事だったら、そんなこと、考えないでしょ。
大事じゃないから、迷ったんだろうし。
なのに。
大事だって思ってたって、ガードしたんだよね。
大事じゃなくなってたくせに。
四杯目。美味しい。
ちょっと……ん、結構、顔、熱い、けど。
「――」
さっきまで、胸元にあったリングがない。
知らずに何となく、触るのが癖になってたみたいで。
今触ろうとして、ない、と一瞬焦った。
――さっき、外したのに。
二年間、つけていた感覚が、完全にそのままで。
――切ないって、こういうこと、だよね。
胸が痛い。
小さく、ため息が漏れた。
指輪は、結構早くに貰っていた。
あのまま、母校に欠員が出なかったなら。違う高校の先生同士で、もう少し早く結婚してたかも。
貰って、親に挨拶を、とか言ってた頃に、一緒に母校の教師になれて。落ち着いたらなんて言ってる内に、あっという間に二年。
でも正直、もらった二十四才の時は、まだ早いかななんて思っていた。
先生になってすぐに結婚とか、ちょっと考えられなくて。春樹は、約束ってことで受け取ってと、言ってくれてた。
二十六になって……去年一年、担任として全うして。そろそろ良いかなってことで、いよいよ結婚に向けて動き出す、と、思っていた。
春樹が、迷ってたとか。
全然気づかなかった。
「――――……」
でもな。ほんとに気づいてなかった、かなあ……私。
ほんとうに何も気づいてなかったかと言われたら。
何となくは、察知していたのかも、しれない。
会話が途切れるとか。
無言になって、それが少し、気になるとか。
そういえばと、思わなくもない。
――社会準備室に行った時、少しだけ、気まずそうな時があった気がする。
池田先生は、顔、可愛いし。背も小さいし、細くて、いかにも守ってあげたいタイプ。
まあ、確かに心配も微妙にあったんだけど……。でも、ちょっと油断してたのかも……。
見た目と中身に結構なギャップがあって。男の人の前だと可愛くなるタイプなのを、女の先生たちは皆知ってたから。でも、大学を出たばかりの、二十二才の若い女の子にブツブツ言うのもなんだかなという認識があって、優しい大人な先生たちは、敢えて誰もそこには突っ込んでいない。
ていうかさっきも思ったんだけど。もしかして男の先生達って……春樹も、ほんとに知らないのかな? 裏を知ってても、好きなのかなあ……いや、やっぱり知らないのかも。
こうなってみると。
多分、「可愛くて、オレが守ってあげなきゃ」とか、思ってるんだろうなあという気がする。うん。
……で、私は、それに、負けた、と。
あの子、私と春樹が付き合ってる事、早くから知ってたのに。
……春樹があまりに早くに、バレてたのに。
それをばらさないでくれる所が良い子だなあとか。春樹、言ってたなあ、そう言えば。
春樹ってば、バカだなぁ……。
ほんと、バカ……。
――でも、私もバカなのかも。
気になってたのに、気のせいって事にして。
そんな訳ないって、無理やり信じてしまった。
少しだけ、ちらっと不安もよぎったのに、それについて、確かめることもしなかった。
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