「桜の樹の下で、笑えたら」

悠里

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第一章

10.

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 リビングを出て、階段を上って部屋に。

 一緒に合格して。また三年間、一緒だねって笑った。
 あの時、私達には何の不安もなくて。これからの三年間の学校生活。期待しか、無くて。
 ただただ、笑顔、だった。

 その笑顔が、冷たくなった、悠斗の顔に、すり替わる。
  

 ――――……悠斗……。

 階段を上りながら、勝手に、溢れていく涙。
 部屋に入って、ドアを閉めて。ドアに背を寄りかからせて。俯く。

 どうしよう。
 ――――……もうどうしたらいいんだろう。

 こんなに、悠斗が、私の中に居るのに。
 毎日何をしても、何を見ても、悠斗が浮かぶ。

 もう泣きたくない。そう思うけど。

 自分の中にある後悔が、いつも襲ってくる。

 ――――……大好きだって、伝えておけばよかった。
 今まであんなにあんなに一緒に居たのに。いつでも、言えたのに。

 どうして。伝えなかったのかな。
 どうして。

 大好きだって、言いたかった。


 寂しさが、日常に、無理やりに埋められていくのと逆に。
 伝えなかった、後悔が、どんどん大きくなっていくみたいで。

 涙がどんどん溢れて落ちて行ったその時。

 
「成仏できない」

 不意に昨日の言葉が浮かんだ。

 はっとして。息をのんで。
 ――――……そしたら少し。涙が引いた気がした。

 正直、成仏するとかしないとか。
 ……縛り付けるとか。完全に、信じてる訳でもない。

 亡くなったら消えるだけ、という考え方だってあるし。
 ……地獄や天国に行くとか。
 ――――……生まれ変わるとか。色々、説があるし。

 だけど、ちらっと。
 成仏できるできない、とかの説が本当だったとした時。
 
 成仏なんかしてほしくない。
 霊でもいいから会いたい。て思う、私も居るんだけど。

 でも。
 そんなの、ほんとに良いの? 私が泣いてるせいで、成仏できないで、悠斗がさまようなんて。

 そう考えると……良い訳ないって、思う。
 悲しんでるのが、良くないってことは……分かってる。

 ――――……きゅ、と唇を噛んで。
 何度か瞬きをしてから、息を止めた。涙を拭いて。

 息が震えるけれど、なんとか、また、深呼吸をした。



 ◇ ◇ ◇ ◇


 通学路を歩き始めて、わりとすぐの所で、彩が待っていてくれた。彩の家も待ち合わせ場所も、もっと先なんだけど……私の家の側で、待っててくれたんだと、悟る。
 悠斗のお葬式で放心状態だった私の前で、泣きながら、私の手を握ってくれてた彩。それ以来、久しぶりに、顔を見る。

「心春、おはよ」
「……うん、おはよ」

 何とか笑顔で言うと。
 彩は、ん、と少し笑んで。それ以上、何も、言えないみたいで。

「――――……心春……」
「わ」

 ぎゅー、と抱き締められた。


「……彩? 何。苦しい、よ……」
「――――……うん。そだね」

「苦しい、てば」
「……うん」

 彩は離してくれなくて。
 私も、本気で離してほしいわけじゃなくて。


 高校の入学式の朝。人が通る道路で。
 二人でしばらく。

 ――――……泣くなんて。

「……むりしないでね。心春」
「……うん」

「寂しいのは……私も……分かるからね」


 ……彩にとっても、悠斗は幼馴染で。一緒に遊んでた友達で。
 私がずっと好きだったのを、ずっと知ってて、応援してくれて。だから、絡むことも多くて。

 彩の気持ちも痛い程分かって。うん、と頷いた。


「いこ、心春」
「……ん」

 腕を組まれて。
 二人で、高校までの道を歩く。


 心配してくれる人達が、周りに居て。
 皆優しくて。一緒に悲しんでくれて。


 私は、恵まれてると――――……思う。


 ……だから、生きていかなきゃいけないんだって。
 ――――……。



 生きていかなきゃ。いかなきゃ。
 ……いかなきゃいけないなんて、言葉が出てしまう。


「同じクラスだといいね、心春」

 きっと努めて明るく、彩が、笑顔で言ってくれる。


「うん」
「きっと同じクラスだよ。小中、同じクラス、多かったし!」
「うん。そだね」

 私も笑顔で、返す。
 悠斗とは。一年違うだけだったなあ。ずっと。ずっと一緒だった。


「楽しいクラスだと良いね」

 自分の中に引き込まれそうになった時。彩の明るい声で、引き戻された。


「うん、そうだね」

 
 この高校に合格したのは、彩と私とよく知らない男子2人と……悠斗、の5人だけ。

 ……彩が居てくれたら、明るいクラスになる気がする。

 元気で明るくて、優しい、彩。
 一緒だといいな。


 さっきまで一緒に泣いちゃったのを、吹き飛ばすみたいに、明るく振る舞う彩と。
 学校への道を、歩いた。





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