学内格差と超能力

小鳥頼人

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1巻 学内格差編

第9話 ③

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    ☆

「ただいまー。もう兄さん! お釣りはくれるって言ってたけど、一万円じゃ全然足りなかったよ――って、二人してパソコンとにらめっこしてどうしたの?」
 あれから特に話すこともなくなったので、在りし日の満さんが作ったチャットツールをプログラムも含めて見せてもらっていた。
 俺もちょうどチャットツールを作っている最中だけど、それとはまるでモノが違う。
 必要な機能のみを実装し、余計な機能は一切省いてリソースに優しい仕様となっており、機能不足の恐れもオーバースペックの心配もない完璧な出来映えだった。
「おーい二人ともー。こっちの世界に戻っておいでー」
 と、急に目の前にひらひらと舞う謎の物体が――
 って、星川さんの掌か。
「星川さん、おかえりなさい」
 いやいやいや、おかえりなさいって。ここは俺の家じゃないだろうバカか俺は!
「ただいま。へぇ、プログラムかぁ。兄さん、最近はやってなかったよね」
「まぁね。人生の後輩に俺のスキルを伝授していたんだ」
 星川さんは満さんの影響で少しだけプログラミングを知ってると話してたっけ。
「買い物お疲れ」
 満さんは微笑んで妹を労ったけど、
「で、一万円じゃ全然足りなかったんだけど?」
 星川さんは冷ややかな視線を兄に送りつけている。
「分かった分かった、不足分は払うよ。合計金額はいくらだった?」
 満さんは妹の視線など意に介さず不足金を計算しようとしている。
「一万六千円。ほら、レシート見てよ」
「はははは。本当に全然足りてないじゃないか。敵もなかなかやりおるな」
 レシートを受け取った満さんは愉快そうに笑った。無邪気な反応だ。
「見えない敵と戦ってても不毛だよ」
 星川さんらしからぬ冷たい視線で兄を一瞥している。
 こんな星川さんも新鮮味があっていいなぁ。あの視線がこちらに向いたらビビるけど。
「一万円持ってくるから待ってて。それまでの間若い者同士でよしなに楽しんでくれ」
 そう言い残して満さんはリビングから出ていってしまった。
「若い者同士って、兄さんは私と四つしか違わないんだけどね」
 ほ、星川さんとリビングで二人きり……。
 満さんもいるとはいえ、一つ屋根の下でのシチュエーションではそわそわして視線がスイムしてしまう。
「と、ところで、おつかいは何を頼まれたの?」
 できるだけ挙動不審を隠しつつ口を開いたつもりでいたけど、
「なんか緊張してない?」
 速攻で見透かされてしまった。
「わ、私まで緊張してきちゃうじゃない……」
 お互い頬を赤く染めて俯いてしまう。
「え、えっとね。新作のゲームとか、ブルーレイとか、漫画とかだよ。普段は買い物なんか頼まないのに今日はどうしたんだろう」
 現実に存在してはいけないものについて話し合うために追い出したんだよ。あと星川家の裏事情も詳しく教えていただきました。
 ――とは死んでも言えない。
「ふ、普段は頼まれないんだ?」
「全然だよ。兄さんはニートではあっても引きこもりではないから」
 ニートでギャルゲーマスターを目指しているから勝手に引きこもりだと思っていたけど、満さんは案外アクティブらしい。
「今はそこまででもないけど、数ヶ月前まではほぼ毎日朝から晩まで家を空けてたっけ。どこで何をしていたのか、何度訪ねても一切教えてくれなかったけどね。大方満喫あたりだろうけど」
「そ、そうなんだ。まぁ、一日中家で引きこもっているよりは健康的じゃないかな」
「そうだね、あはは……」
 ………………。
 か、会話が続かない!
 俺の対女性トークスキルは白帯同然。会話を盛り上げる術など知らない。
 星川さんははっとした表情で、
「に! 兄さん遅いねぇ!」
 兄の帰還が遅いことを気にしている。彼女も気まずいのだろう、満さんに早く戻ってきてほしいようだ。
「そ、そうだね! カップラーメンだったら麺が伸びちゃってるよね!」
「ホントホント。一万円札取ってくるだけなのにねー!」
 満さんがリビングを出ていってから結構時間が経った――
 ――いや、実際はそんなに経っていない。
 気まずい雰囲気がそう錯覚させているのだ。ある種のヘイスト効果だ。
「すまない、少し遅れた。ほら、一万円」
 俺と星川さんの気持ちが落ち着く前に満さんがリビングに戻ってきた。
「そうそう、予報通りだと夜から雨が降るから高坂君は帰り支度をはじめた方がいいよ」
 窓から見える夕時の空は濃い灰色だ。もちろんそれは雨雲によるもので。
「そうですね、そろそろおいとまします。今日はありがとうございました」
「家まで連れてきておいて何もできなくてごめんね」
 満さんが星川さんをおつかいに頼むイベントが予定外の出来事だったから仕方ない。それに結果的には満さんと色々話せてよかった。
「せめて駅まで送るね――あれっ? 傘が一本しかないじゃん」
 星川さんに倣って傘立てに視線を移すと、傘が寂しげに一本だけ立っていた。
 確かに妙だな。俺がお邪魔した時には結構本数があったはずだけど。
「なら仕方がないね。雨が降ったらその時は大人しく相合傘で歩きなよ」
「に、兄さん!」
 満さんの言葉に星川さんの顔が赤く染まる。
「ご、ごめんね。私との相合傘で我慢してね」
「大丈夫だよ。ほら、折り畳み傘を持ってきてるから」
 備えあれば憂いなし。ふっふっふ、俺の判断は正し――
 ……ん?
 なぜ二人ともがっかりした顔で俺を見るの?
「そ、そうなの。なら大丈夫だね。じゃあ送っていくね」
「お願いするよ。お邪魔しました」
 こうして新鮮な時間をたっぷりと味わった星川さんとのデートも終わりを告げる。

「ふぅ、彼は女心を全く理解してないな。男性不信のあいつが家に招いた時点で、彼に特別な感情を抱いているのは明白だろうに。しょうがない、傘を元に戻すか」

    ☆

「今日はありがとうね」
 湿気に覆われた住宅街を二人並んで歩いていると、星川さんが会話の口火を切った。
「こちらこそありがとう」
 非日常を味わった気分だよ――色々な意味で。
「最後にお見苦しい兄と絡ませちゃってごめんね」
「そんなことは――とても優秀なお兄さんだったよ」
「そっか……優秀、ではあるんだよね……」
 星川さんの横顔は憂いを帯びている。
 が、すぐに笑顔を作って、
「次は高坂君が本当に行きたいところに連れていってほしいな」
 また遊んでいいと言ってくれたことに心が温かくなる。星川さんの頬はほんのり赤みを帯びているように見えるのはきっと見間違いだろう。
 ……が、行きたい場所がアニメショップとはとても言えない。
 なんだかんだ趣味嗜好は全然違う気がするので、そこまで踏み込む勇気が出ない。辻堂に突っかかる勇気とはベクトルが違う。
「高坂君」
 星川さんが複雑そうな表情でこちらに視線を向けてきた。
「その……私も1科だから表立っては言えないけど、勝負頑張ってね」
「……ありがとう、星川さん」
「――ところでさ」
 彼女は決心に燃えているかのような瞳で続ける。
「私に今日の指示を出した人のことなんだけど――」
「辻堂がどうかしたの?」

 …………。
 嘘だろ…………?
 それが事実なら、俺は…………。

 星川さんと歩きながらきたる時に備えねばと改めて感じた。
 遊びはこれで終わりだ。
 俺たち2科が1科に勝利できるのか、GW明けにこの目で確かめることになる。

 結局、俺が帰宅するまで雨は降らなかった。

    ★

 その夜――――
「やっぱり……ダメだよね。一生懸命な人を出し抜いちゃいけない」
 そんなことをすれば、私も頑張る人をわらう一人になってしまう。
 自分が散々の当たりにしてきた苦痛を、今度は自分が誰かに与えてしまう。
 高坂君の話をメモしたノートを引き出しにしまって――っと。
「高坂君、どうしてあんなにも2科のために頑張るんだろう……」
 1科と2科で仲がよくないのは知っている。一部の心ない1科の人たちが2科の陰口を叩いている光景も見たことがある。
 けれど私にはそれ以上の詳細は存じ上げない。
「考えても分からないや」
 学科同士の対決が荒れた展開とならないよう祈りながらベッドに入った。
「今日は――」
 今日はすごく楽しかったな。
「…………高坂君……」
 …………あぁもう、高坂君のことが気になって眠れないよ~!
 彼のことを考えると、なんだか心が温かくなる。彼のことが頭から離れない。
 なんなの、これ。

 こんな気持ち初めてで、どうしたらいいか分からないよ……。
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