学内格差と超能力

小鳥頼人

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1巻 学内格差編

第10話 ②

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    ★

「1科は早くも四人がリタイアしたよ。これで人数は30対19になった」
「早ぇなぁオイ。まぁそれでも人数はこっちの方が多い。想定の範囲内よ」
「辻堂君、君はまだ動き出さないのか?」
「能ある鷹は爪を隠すっつーだろ? 余裕があるうちは俺の出る幕はねぇぜ、ヒャハハ」
「…………頭隠して尻隠さずの間違いじゃないの」
「あぁ? 安部ぇ、文句があんなら堂々と言えよ?」
「レベルが高いかませ犬だなぁと思っただけだから気にしないでくれ」

    ★

「2科Cへようこそ」
「谷田じゃねーか。探索させてもらうぜ?」
「好きにしろよ」
「抵抗しないのか? それはそれで都合がいいか。お前ら探すぞ!」

(……乗り込んできた人数は七人か。作戦がどこまで上手く行くかだな)

    ☆

「これは――またずいぶんと凝った仕掛けだこと」
 1科Cに入った俺たちを出迎えたのはこれまたとんでもない仕掛けだった。
「うーん、さすがにこれを進むのは厳しいね」
 また派手なことを……視界に広がっているのは、即席で作られた深さ50センチほどのプールと、その先にはびっしりと置かれた画鋲ロードだ。床が見えないくらいの量がある。
 プールは壁と簡易板で水を閉じ込めることで成り立っており、その範囲は教室の左右の壁にまで及んでいる。
 …………後始末はどうするつもりだ。
「おおお? クソ2科のお出ましだぜ? 果たしてここまで来れるかな?」
 画鋲軍の奥には棚で首から下をガードしている1科男子たちがいる。
 プールに入らないと先に進めない。しかしプールに入るとシールが剥がれる懸念がある。
 また水圧で上履きが脱げ、それを拾うには屈むなりしなければならないけど、その際に水を浴びたシールが剥がれる危険性もある。
 脱げた上履きを諦めてプールを突破したとしても、次の画鋲ロードで足止めとなる。
 はじめから上履きを片手で持ってプールを進む手段もあるけど、もし相手が太一の水鉄砲のような飛び道具を使用してきたら、片手が塞がった状態ではひとたまりもない。
「宏彰、一旦退こうか」
「そうするしかないかぁ」
 一旦1科Cから出た。あれを正面突破するのは無理だ。
「どうする? あれじゃさっきみたいな挑発は効かないよ」
 向こうは大胆な仕掛けの先で棚ガードに守られているのだ。
「大丈夫。乗り込む方法なら彼らが残してくれていたからね」
 マジか。俺は全然気がつかなかったぞ。あの教室のどこから……?
「今の教室、窓が開いてたんだよ」
「そんなところまで見てたのか。全然意識してなかったよ」
 太一の観察力に改めて驚かされる。
「窓の鍵が閉まってた1科Bに対してCは開いていた。つまり、Bの窓の外から移動すれば」
「Cに潜入できるって寸法か。けど、窓の外からの移動なんて簡単じゃないでしょ?」
「窓の外、BとCの間は単なる直線の足場だから注意して歩けば平気さ」
 この学園の窓の外には申し訳程度の足場があり、隣の教室との間にははりもないので障害もなく徒歩だけで移動できるとのこと。
「2科B、Cで罠を仕掛けた時に窓の外を確認したらそんな構造だったから、1科側も同様の造りになっているはず」
「窓の外の構造なんて意識したことなかったよ。普通に学園生活してる分には窓から外に出る機会もないし」
 とはいえ、それならいつでも簡単に乗り込めそうだ。
「よし。彼らを一丁、嵌めてあげようじゃないの。宏彰、力を貸してくれ」

 太一は1科Cに立てこもっている男子集団をリタイアさせるために使う道具を取りに2科の本部へと向かった。
 …………これ、手帳探しゲームだよね? いつの間にか相手の人数を減らすルールにすり替わってる気がするんだけど。手段が目的になってない?
 準備中の太一を待つ間、できることをしておきたいと考えた俺は1科Aの様子を伺うべく1科Aの扉を勢いよく開けた――
「いたっ!?」
 ――瞬間に、俺の頭に鈍い痛みが走った。
「ふはは! また一匹バカが釣れたぞ!」
「今だ! ヤツのシールを剥がせ!」
 痛みで頭を押さえる俺に、数人の1科男子が襲いかかってきた。
「いててて、この――ってあれ?」
 頭にじんじんくる痛みに耐えつつ臨戦態勢に入った俺の手を何者かが取り、教室の外に引っ張り出す。
(新手か!?)
 警戒しながら向けた視線の先には、2科のジャージを着た生徒、中澤なかざわ君がいた。
「扉押さえて!」
 中澤君に従って1科男子たちが追いかけてこないよう二人で扉を押さえる。
「この扉には細工がしてあって、開けると糸に吊るされたタライが下がってくる仕組みになってるんだ。逆に閉めればタライは上がる」
 鈍い衝撃の正体はタライか。バラエティ番組の舞台装置かよ。
「ちっ、扉を押さえてやがる……! 追撃できないな」
 1科男子の憎々しげな舌打ちが聞こえてくる。
「この手口でさっき突入した2科二人のシールが剥がされた」
 中澤君がドアを押さえながら状況を説明してくれた。
「無駄に体力を使っても疲れるだけだ。諦めるぞ」
 どうやら向こうは諦めたようだ。
 俺は中澤君に1科BとCの状況を説明した。
「なら僕は2科教室の様子を見に行くよ。高坂君は引き続き1科教室をお願い」
「了解。2科側も新しい罠があるかもしれないから気をつけてね」
 ひとまず太一と落ち合う予定の1科Bに戻るとしよう。
 太一はもう戻ってきてるかな?
 スケートリンク場と化した1科Bの扉を開けると一人の生徒がいた。
 しかし太一ではなく、俺もよく知る女子生徒が教室の廊下側に立って、窓から見える夕焼け雲を眺めていた。

「高坂さん。ようやくお会いできました」
「――遠藤、さん」

 俺の訪問に気づいてこちらを振り向いたその子は艶やかな巻き髪に、純白の色をかたどった肌はうるおいを蓄えており、俺を見据える瞳は真珠のように輝いていて思わず惹き込まれそうになった。
 滑りに滑ってそこまで辿り着いたの? なぜそこまでして窓側へ?
 という疑問が湧いてるけど今はそんな些細なことを気にしている場合じゃない。
「遠藤さんが参戦したのは意外だったよ。実は2科のこと、よく思ってなかったんだね」
 この争いは学科同士の対決だ。それに参戦しているということは、そういうことだろう。
「高坂さんは1科を敵視しているのですか?」
 眼前にいる争いの場には到底そぐわない女子生徒は俺の嘆きを無視して問うてきた。
 力のこもった瞳からは不安な気持ちとともに真実が知りたい、という想いが溢れ出ている。
「多少……はね」
 俺を含め2科の面々は幾度となく1科の連中からこき下ろされているのだ。そりゃ敵視もするよ。
「けれど許せないのは1科自体じゃなくて、辻堂みたいな奴らだよ」
 1科の肩書きを持つ全員を憎んでいるわけではない。2科を蔑んでくる連中だけだ。その連中の数が少数ではないのが残念なところだけど。
 それでも高沢君や星川さん、遠藤さん、豊原先輩と学科の肩書きなんて関係なく分け隔てなく接してくれる人たちだっている。俺としてはその人たちとは敵対したくない。
 だけど彼らがこの戦いに参戦し、2科の勝利を阻むならば対決するしかないわけで。
「そう、ですか……たとえ憎しみはなかったとしても――」
 遠藤さんを満足させる回答ではなかったようで、彼女の表情は依然として曇っている。
「私は1科で高坂さんは2科です。この壁は決して越えられなくて、私と高坂さんの距離もずっと離れたままなのでしょうか……?」
 彼女の瞳は悲しげに揺れている。不謹慎だけどすごく綺麗だ。
 学科同士の距離。それは今の俺と遠藤さんの物理的な距離と同じなのかもしれない。ぱっと見は近いけど、お互い歩み寄るにはたくさんの障害を乗り越えなければならない。この教室で言うならば、ワックスまみれの床が障害そのものだ。
「私は学科関係なく高坂さん個人と、もっと、もっと仲良くなりたい。それは……いけないことなのでしょうか?」
「俺は今、遠藤さんと立場上は敵対の形で向かい合ってる」
 この戦いは1科対2科の勝負事だから。
「でも『1科』って理由だけで遠藤さんと壁を作りはしないよ」
 そんなことをしたら2科を見下す1科生徒と同等になってしまう。
「俺も、学科関係なくこれからも遠藤さんと良好な関係でありたい」
「――――っ」
 俺の言葉を聞いた遠藤さんは目を見開いた。
 こんな争い、できればしたくはなかった。
 けどこうでもしないと2科の待遇は変わらないし、来年度以降に入学してくる2科の新入生にも同じ思いをさせてしまう。
「高坂さん、私……」
 俺の方へと一歩踏み出した遠藤さんは、

「――――きゃっ」
「遠藤さんっ!!」

 ワックスの床を踏んでしまい、転倒しそうになった。
 幸い、滑り込んだ俺が身体を支えることができたけど――
「おわっ!?」
 結局二人して床に転倒してしまった。ワックスの力ってすげぇ。
「いたた……あっ! す、すみません!」
 遠藤さんから四つん這いで迫られているようなシチュエーションになっていた。
「う、うん。ぶ、無事でなによりだよ」
 甘い吐息がかかるほどにお互いの顔の距離が近い。
「高坂さんは、こうやっていつも私を助けてくれますね」
「そ、そんな、たまたまだよ……」
 眼前から見た遠藤さんの瞳はよりいっそう澄んでいて美しい。俺の顔に微かにかかっている髪はとても柔らかく、優しい匂いがする。瑞々しい果実みたいな唇は俺の欲求をたぎらせにくる。
 寸秒、見つめ合い――――
「そ、そろそろ仕切り直そう」
「あっ――い、今、離れますね!」
 遠藤さんの顔が離れていく。
 少し残念だという感情が湧いてしまう自分を呪いたい。
「ごめんなさい。お怪我はありませんか?」
「だ、大丈夫だよ」
 ツルツルの床からなんとか立ち上がった遠藤さんは手を差し出し、俺は礼を言ってその手を取った。
 小さく柔らかい手を通して遠藤さんの温もりが伝わってくる。
 俺たちはツルツルと滑りながら教室の入り口まで戻った。
「さてと……ジャージが汚れてしまいました」
 遠藤さんはジャージについた埃をはたく。
「あ、そんなことしたら――」
 俺が言い終えるより早く、遠藤さんのジャージからシールがひらひらと落ちていった。
「シールが剥がれてしまいました。リタイアです」
 リタイアになったにも関わらず、遠藤さんの表情には一寸の影もない。
「まさか、俺の真意を聞くためだけに参戦したの?」
「ふふっ、どうでしょうか? ――あ、そうです」
 遠藤さんはいたずらっ子のように微笑むとポケットから何やら取り出した。
「これを受け取ってください」
 彼女の手に乗っているのはお守りだった。
「いいの?」
 遠藤さんからお守りを受け取る。
 中に何かが入っているようで、お守りに触れると固い感触を感じ取ることができた。
「これが高坂さんを助けてくれると思いますので」
「ありがとう。でも俺は敵なんだよ?」
 敵に塩を送ると1科が不利になるのでは?
「私は1科女子のコミュニティにしか入ってなくて、今回の勝負の話を聞くまでは2科の現状を知りませんでした。お互い色々あるようですね……」
 遠藤さんは学園でも箱入り扱いだったから、これまで学科間のあれこれを耳に入れる機会がなかったんだろうな。
 俺や辻堂がこんな騒動を起こさなければ、遠藤さんの中でこの学園は綺麗なままでいられたのかな。
「ですが、私は2科に悪いイメージはありませんし、争うつもりも毛頭ないですから」
 俺の心咎めなど知る由もない遠藤さんは優しく微笑んだ。
「高坂さんの熱い思いをこの大舞台で披露しちゃってください!」
 遠藤さんは「頑張ってください」と言って会釈をし、教室から出ていったのだった。
「そう言われたら何が何でも勝つしかないよな……!」
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