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雪になりきれない雨

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「待てよ」
夕方の少し前、随分とトゲのある声で呼び止められた。
「待ち伏せかい?」
見た事ある顔だ。勿論こうして会うのは初めてだが。
「キミは、シャズ君のお友達だったかな?」
「まーな」

ビトリー君はお喋りだと報告を受けていたが、案外無口だ。下を向いている。
「・・・て・・・れ」
何か呟いた。プライド高く、謝っても頭を下げることを嫌うと聞いていた。報告に問題ありか?

「アイツに、返してやれ・・・」
「何を?言うならさっさと言ってくれないか?僕は君たちと違ってヒマじゃないんだ」
キッとコッチを睨みつけてくる。
「アイツに!リーシュを返してやれ!!」
「クスッ。それだけ言う為にわざわざここで待ち伏せしていたのかい?ヒマなんだね~羨ましいよ」
「そんな事どうでもいい!どうなんだ!」
「・・・キミは僕の怒りに触れた。1つ僕の時間を無駄にした事。2つリーシュを物扱いした事
「な!!それは!」
「あ、今ので増えてしまった。3つ僕の話を遮った事。そして最後の4つ目。キミは僕に頼んでいるんだろ?そんな顔していると命令されているみたいでとても気分が悪いね」
「・・・っ!わ、悪かったよ」

中々言う事を聞かない性格の人間に命令するのは気分が良い。悔しがりながらも言う通り、思う通りに動くのは正解しかないクイズだ。人通りが少ないこの場所でなら存分にクイズができる。
「それだけかい?第一、ボクの婚約者を横から攫っているのはキミたちの方じゃないか。キミ達こそ、ボク達のテリトリーから出て行けよ!!」
「っ・・・!」
シャズは案外手よりも口で勝つタイプだ。普段の口の悪さがこういう時には役に立つ。
あの時は見事に打ち負かされてしまったが、彼の場合はシャズのストッパーとなり、止める方が向いている。
平和主義の熱血お節介は引っ込んでいてほしい。

彼は膝をついて頭を下げた。肩が震えている。
なるほど。プライドが高いのは間違いないが、友情とやらに熱い男という報告は当たっていたみたいだ。
ビトリーはガバッと頭を下げる。
「頼む。何でも言う事聞くから!リーシュを諦めてくれ!一生かかってでも、いい女みつける!だから・・・」
「何でも?一生?どうしてキミがそこまで言うんだよ。関係無いだろ」
「シャズが!・・・シャズ、リーシュと会う前はホントにヤベー奴だったんだよ。笑わないし、喋んねーし、泣かねーし」
「よく聞く話だね」
「ああ、そうだな。・・・昔の話だけどさ、何でアイツ、引き取られてからすぐに施設に戻ったかは知ってるのか?」
「いいや。誰も喋らなかったよ」
「だよな。引き取られて直ぐはみんな普通大人しくしてるもんだよな」
「引き取った家族が全員亡くなっているらしいね。毒でも盛ったんじゃないか?」
「あー、そう考えてんのか」
「違うのかい?」
「・・・引き取ったのは若い夫婦と婆さんの家族だった。婆さんは友達を作るのが何より苦手で、嫌いな奴と関わろうとしたシャズを見抜いて優しかったよ。散歩だー。つってオレらの孤児院近くに来てはよく遊んでもらった。でもな、その婆さん、家族と上手くいってなかったんだよ」
「なるほどね」
「オレらのいた孤児院に通いつめてたのがバレて、関係は益々悪化しちまった。シャズはたまたま婆さんが虐待されてるの見ちまってさ、カッとなって、旦那さんは病院送りだよ」
「当時はまだ子供だろ?」
「ああ、小学校低学年だよ。ヤバすぎだろ?」
「そうだね」
「シャズもボロボロだったから、喧嘩だって処理された。病院から施設に戻ったシャズに、先生達は大抵怖がって近づきもしない。腫物みたいに扱われてたよ。その後、婆さんは亡くなったって聞いた。旦那さんと奥さんは引っ越す事になった。それを聞いてシャズ、反省して、家に行って車を綺麗に洗ったんだ。でも、その車で運転して事故で亡くなった」
「それは疑われるのが当たり前だね」

ビトリーは下を向きながら力なく笑う。
「シャズはただ洗っただけだよ。夫婦は車が好きだったから」
「ふーん。それより、シャズ君はコックよりも格闘家の方が向いているんじゃないかな?」

何も知らないくせに、上部だけで決めつけてシャズの古傷を抉った奴が許せない気持ちがキッと睨ませる。
「アイツ、加減を知らないんだよ!ガキの頃虐待されて育ったから!!痛いってわからないんだよ!」
「感覚が無いんじゃないかい?」
ユージュアルは腕を組んで壁にもたれた。興味無さそうにして段々とイライラしてくる。
「感覚はある!そん時も何本か骨折れてたよ。痛みに耐えすぎて心で痛いって感じられなくなっちまった。自分の事全く大事にしないだけだよ。でも、リーシュと出会ってアイツ変わったよ!穏やかな顔して、スゲ~幸せそうで・・・」

施設に戻ったシャズに優しかったのは園長先生だけだった。その先生に不満を溜め込みすぎるな。嫌だったら嫌だって言っていいと言われて、少しずつ時間をかけてシャズの心の傷を癒やしていったんだ。
それでも古傷はカサブタみたいになって残っていた。触られると強く拒否反応を示すようになり、自分にとって少しでも敵になりそうな人が現れると酷く警戒してしまう。
それはもう人間不信に近い状態だった。

リーシュと出逢ったのはそんな時だ。いつのまにかトゲが取れていき、近寄る事さえしなかったクラスメイトがリーシュとの仲をからかう事が出来るようになったんだ。
なのに、カサブタが剥がれようとしてしまっている。もう少しだけ、せめて以前の環境に戻ってほしい。

いきなり視界が揺れた。
蹴り飛ばされたと気づくのに時間がかかった。
「暑苦しいね?それが友情かい?頼まれてもいないのに?」
「頼まれなきゃ心配しちゃいけねーのかよ!?崖から落ちそうなヤツ助けちゃいけねーって言うのか!?」
上体を起こしながら睨まないように下を向く。頼んでいる身だ。我慢だ。
「泣かないでくれないかい?みっともない。ボクには関係ないよ」
「俺、もうあんなシャズ見てらんねーんだよ!頼む!」
あの頃のシャズに戻ってほしくない。土下座でも何でもする!
「じゃあ見なければいいんじゃないかな?話は終わりだ。君たちに光溢れたリーシュは似合わないよ。じゃあね」
こっちを見ようともしない。ヤバい。このままシャズが・・・!
「ま、待ってくれ!!頼むよ!」
ビトリーは泣きじゃくりながら立ち上がるのも忘れて何とかユージュアルの足首を掴んだ。
ユージュアルはニコリと笑ってビトリーの手を足で払い飛ばした。ビトリーは地面を転がり、ゴミ捨て場でうつ伏せの状態で止まった。
ユージュアルはそのまま歩いて去っていった。

「くっそおおおおおオオオオ!!」
ビトリーはそのままの体制で拳を地面に打ちつけ、いつまでも泣きじゃくっている。その背中には雪になりきれない雨が降り出しはじめていた。
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