2 / 5
つづき
しおりを挟むやって来たというよりも、仕事から帰宅すると「おかえり」と言って、鼻歌を口ずさみながら膝を抱えて小さく座っていた。
まるで葵に迎え入れられたように、自然で、あまり驚きはしなかった。
「あぁ、なんか来たんだ」そんなことしか思わなかった。
追い出すという考えもなく、一昨年に借りた阿佐ヶ谷のアパートの風に、もうすでに彼は溶け込んでいたように見えた。
初めて言葉を交わした時の事は、良く覚えている。
「葵って言います。ふらふらしてたら、何だかここにたどり着きました。綾女って素敵な名前だね。綾女ちゃんって、呼んでもいい?」
そうやって私たちの生活は始まった。
葵が何故、私のところを選んだのかは分からなかったけれど、ふらふらして私のところにたどり着いたのなら、そういう事なのだと思った。
「何、考えてるの」
眠気が交じった甘ったるい声で私に顔を向ける。
「葵が来た日のこと。雨が降りそうだなって思ってたら、雨じゃなくて葵が来たんだよね。しかもいきなり住んじゃうんだもん。変な話だなって」
ふぅんっと言って、また睡魔と格闘しているようだ。
窓越しに外を見ると、近所の菊池さんが目付きの悪いパグを連れて、ゆっくりと散歩をしているのが見えた。
夜になってもう少し涼しくなったら、一緒に散歩に行こう。昼間とは違って、もう夜の公園はすっかり落ち着いた静寂を保ってくれている。
「綾女ちゃん、お腹すいたよ」
ようやくちゃんと目が覚めたのか、葵はゆっくりと起き上った。
横目で時計を見ると、六時を過ぎた辺りを針は指している。
少し時間が早い気もするけれど、夕食の支度をするために台所へと身体を向ける。
ずっと膝枕をしていてあげていたせいで、足が痺れて畳の跡が赤くくっきりと着いていた。
「葵、何食べたい?」
「ん、何でも」
大きいあくびをしながら、猫背の背中を無理やり伸ばす。
「また何でもいいの?」
返事の代わりに首をこくんと上下させている。
ほぼ毎日、食事の準備の時に葵はこんな感じに何でもと言う。
「でた。いつもの何でも」
言ってしまえば彼はうちの居候だ。
何でもいいが一番困るのだけれど、私は形だけのため息を付き、頭の中で葵が喜びそうな献立を考えた。
台所の食器はいつの間にか、葵専用のものが出来ていた。
ジャガイモが大量にあるし、冷凍庫に作り置きのハンバーグも丁度二つ眠っている。
今日はレモン仕立てのポテトサラダと、ハンバーグを焼こう。
それにトマトの和風ソースを作れば完璧。後、葵に内緒に昨晩作って置いたプリンもある。
私は葵に弱いのだ。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる