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つづき
しおりを挟むベランダにだらんと足を延ばしている葵に目を向ける。
菊池さんちの、これまた目付きの悪い猫が、隣で丸くなっていた。
いつだったか、仕事から帰って来た日に葵が猫と仲良くお喋りしているように見えた。
ちゃんと、言葉が通じているのだと思ったことがある。
葵が片手で猫を撫でながら、また鼻歌を奏でているのが台所にまで夕方の風と優しく届く。
いつも葵はなにか歌っている。
本当にそれは「何か」で、私は何のメロディーなのかも分からなかったし、何となくそれを聞くのが習慣にもなっていた。
冷凍のハンバーグをオリーブオイルで焼くと、鼻をくすぐる香ばしい匂いがたちまち広がった。
実家にいたころ、母は決して料理上手ではなかったが、何故かハンバーグだけは美味しかった。
懐かしい夕飯時の香りがする。
いつの間にか私の後ろに来た葵は、じっとフライパンの中で生き返っていく丸いハンバーグに目を向けて、微かに目を輝かせていた。
「僕、結構この待ってる時間好きかも」
そうご機嫌で言われると、私も嬉しくなって葵のまねをして少し歌ってみる。
葵のように、滑らかに歌ってみたかったけれど、何だか気恥ずかしくてすぐに止めてしまう。
きっと彼は心の声が、そのまま自然と口元を楽器にして出てくるのだろう。
「もう出来るから、お箸と麦茶出しておいて」
冷蔵庫を開けても、プリンはチルド室の奥に隠してあるので、見つかることはない。
お皿にさっとバランスよく盛り付けてから、お気に入りのテーブルクロスの上にお皿を並べる。
今日も葵の大好物ばかりだ。
「いただきます」
声が重なって、美味しい時間が始まる。
私は調理で熱くなった身体のために、麦茶を口に運び、葵は最初にポテトサラダに箸を運ばせる。
葵のアーモンド形の目が下に垂れて、ほころんだ。
優しい顔だといつも思う。
「うん、美味しい」
葵はどんどんおかずとご飯を交互に口に運んでいく。
華奢な身体付きで、葵は私と比べると随分骨っぽい割に、本当に良く食べる。
それを見ているのが爽快で、いつもの何でも良いは「何でも美味しい」という事を、私はちゃあんと分かっていた。
葵と食べるご飯の味は、優しく満ち足りた味がする。
そして葵が笑うと、少し高い声が気持ち良く響く。
鮮やかな笑顔になる。
「今週からまた仕事大変なんだよね」
口にハンバーグのソースを付けながら、葵が子供のように「また?大変だぁ」と心配そうに私の顔を覗き込む。
「指名がたて続いてて、有難いんだけど。
火曜日は少し遅くなるから、待っててもいいんだけど、適当に何か食べててもいいからね。バイトの子に研修をしなくちゃいけないの」
そう言えば、さっきまで葵と遊んでいた菊池さんちの猫はどこかへ行ってしまったようだ。
鈴の音がどこからも転がってこないので、きっと住処に帰って行ったのだろう。
つまらなそうな顔をして、葵は口に付いていたソースを拭った。
「昼間暇だったら見に来ればいいじゃない。葵は猫とも犬とも仲が良いから、見てるだけでも楽しいと思うよ」
半年くらい前に葵と一緒に、私が働いているペットサロンへ行ったことがある。
「彼氏ですか」と後輩のバイトの子に聞かれた時に、何と言ったら良いか分からなかったので、笑って誤魔化した事を思い出した。
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