夢見草

もなか

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「最近、あの礼室はずっと閉じてるよな。誰が閉関してるんだ?」

その日の修練を終えて、皆が水場で汗を流すなか、1人の門弟が口を開いた。

「もう10日以上は経っているだろう。でも人の出入りは全くない」

「本当に人がいるのか?」

「もう死んでいるんじゃないか?」

「あの部屋に何かを隠しているとか?」

「隠すって一体何を?」

他の者も気になっていたのか、その話題に食いついた。そして特に深くは考えず、皆が思い思いのことを口にする。
水場からその全貌は見えない礼室だが、普段は換気のために少し入口が空いていたり、またある時は掃除の者が入ったりしていた。大体掃除をしているのは本家の人間や古参の門弟など限られた人間だけだったので、ここにいる門弟たちは近寄ったことすらなかった。

「なんだお前知らないのか。中にいるのは我らが桂家の次期当主、空海くうかいさんの姉君だぞ」

そこに門弟の1人が得意げにそう言った。

「姉君?そんなものがいたのか?」 
 
「そうだとも。名前は桂深夜かつらしんや。年は空海さんの1つ上らしい。正真正銘、桂空海の血の繋がった実の姉上だよ」

「姉がいるのに次期当主は空海さんで決まりなのか?この家では女当主も珍しくはないだろう」

「なんでも、継承権を放棄しているらしい。女性だし、権力に興味はないってことだろ」

桂家は過去に、女性の当主が何人か存在する。これは呪術百家のなかでは珍しいほうであり、特に名門ともなれば、男系継承を基本としているところがほとんどである。

「まあ空海さんの力は異質だからな。あれと比べられたくはないだろうな」

「いやいや。聞くところによれば相当な実力者だって話だ。聞いたことないか? 桂の双骨、龍虎、悪童......まあ言われ方は色々だがこれは2人のことを指すらしい。空海さんのすごさはよく知っているが、並べて名前が上げられる姉君も相当な御仁であるとみて間違いないだろう。それに、あの人が今までどこにいたのか......知ったら絶対に驚くぞ」

「どこにいたって言うんだよ?」

「早く言えよ!」

その場にいた門弟たちは完全にこの話題に興味津々になり、水場は大盛り上がりになった。
元々は先輩たちが話していたことを小耳に挟んだ程度だったが、自分に注目が集まったことに気を良くしたその門弟は、芝居がかった口調でさらに続けた。

「なんとあの.......鏑木家だ!」

その言葉に、門弟たちは顔を見合わせた。

呪術界には大小数えきれないほど多くの家門が存在する。だが頂点には、絶対的な存在として君臨する家門がある。それが、鏑木家だ。
門弟の数から勢力、土地、呪具と、何を取っても他の家門を上回り、対抗できるものなどいない。そのため、鏑木家に仕えるということは呪術師にとって最高の名誉であるといわれている。

しかし、それならばなぜ。

「でもどうしてこっちにいるんだ?休暇中か? 里帰りか?」

呪術師として最高の所に登り詰めておいて、一体何があったというのか。

「空海さんがいるし、継承権を放棄してるなら、家を継ぐために戻ったということもないだろう。婚姻が決まったとか?」

「それならせっかく鏑木家に行ったのだから鏑木家の人間を選ぶだろう。実際、女の呪術師はが目的だという者も多いと聞く。例え傍系でも鏑木家に取り入りたいってもんだ」

「確かにそうだな。実際、鏑木家直系の鏑木史暮かぶらぎしぐれ真朝まあさ征太郎せいたろうはまだ誰も婚姻を結んでいないからな。あれほどの家柄だとそれに釣り合う相手もなかなか見つからないんだろうな」

「長男の史暮は次期当主の最有力候補だからな。どの家も自分の娘を嫁がせたいだろうよ。小さい家門ならばなおさらのことだ。娘が鏑木家の当主に嫁いだとなれば、それだけで名門の仲間入りだろう」

「鏑木征太郎のほうは愛人を多く囲っているという話だ。そのなかで寵愛を受けるのは簡単じゃないだろうな」

「いや待て。実際それが原因なのかもしれないぞ」

1人の門弟が閃いた、という顔で声を上げた。

「どういうことだ?」

門弟は下卑た笑みを浮かべ、続ける。

「その愛人のなかでの戦いに負けたのかもしれない。痴情のもつれで鏑木家にはいられなくなったってことだ!」

「確かに、そんな理由だと恥ずかしくて外には出てこられないな」

「煩悩を鎮めるために閉関しているんじゃないか? はははっ!」

どっ、と激しい笑い声が響き渡った。

「少し声を抑えましょう.....そういう話は大きな声でするものではありません」

さすがに良心が働いたのか、そのなかの1人が小声で嗜めた。

しかし、大笑いしていた数人は全く気にかけない様子だった。
当然だ。この場において常識的な発言はむしろ不興を買う。
彼らは、自分たちの好奇心を満たすことしか考えていないのだ。
そして彼らの興味の対象が、たまたま、1人の女だった。それが桂深夜だ。

彼らは桂家に来てから1年と経たない新入りの呪術師たちだった。
彼女のことを少しでも知る者なら、彼らの発言がいかに命知らずであるかを理解出来ただろう。
だが、彼らは知らない。桂深夜がどのような人物であるかを。彼女の実力を。彼女がどれほど聡明で美しく、そして苛烈であるかを。
今の彼らにとっては、桂深夜はただの噂話であり、それを逸脱した妄想の中にしか存在しない。
彼女が噂よりも遥かに恐ろしいということを、彼らはのちに知ることになる。しかし今は、彼らの抱く好奇心のほうが強かったので、その話題はそれからしばらく続いた。

半刻後に、大きくなりすぎた話し声を聞いた先輩の門弟が叱りつけ、ようやくその場は解散したのだった。
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