次元トランジット 〜時空を超えた先にあるもの〜

柿村 呼波

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第1章 繰り返す女

管理人

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 パラレルワールドでの仕事を終えた神崎英人は久し振りに現在へと繋がる次元の扉を開いていた。

「面倒くさいけど会いに行ってやるか、一応報告してやらないと……  黙っていると後でうるさいし……」

言葉とは裏腹に笑顔で独り言を呟きながら青く光る扉を潜るとすぐに目的の場所へ到着した。

突然姿を現した神崎に九条がお決まりの苦言を呈した。

「いつも言っているだろう、連絡してから来いって。少しは学んでくれよ」

そんなの常識だろう、とまでは言えず九条薫は珍しく呆れた顔をして神崎に声をかけた。言葉ではそういうが神崎に見せるその顔は確実に彼が来たことを喜んでいるように見える。それはテーブルに今用意されたばかりのハーブティーを見ても一目瞭然だった。神崎が来るのが待っていられなかったと言わんばかりだ。

それを見た神崎も本当は嬉しいのに口から出てくる言葉は素直ではない。

「いいじゃないか、お前以外誰もいないんだから」

神崎は『連絡しなくたって来るのは分かるくせに、いつも細かいことにまでうるさいよ九条は』なんて思っていた。

この二人はお互い心を読まれないようにしているので普段はお互いの心の声は聞こえない。
聞けないこともないのだが、その為に無駄に労力を使いたくない二人はある意味似たもの同士なのだ。

「最近そうでもないんだ、次元管理をする新しい人間が増えたから。まぁ神崎が私以外の人間にも会いたいのなら話は別だけど」

「いや、それは困る。次からは連絡するよう努力する、ていうかお前が俺の方に来てくれればいいんじゃないか。これからそうしないか、そいつも帰ってくるんだし」

神崎が指さした先にはあるのは九条の掌にある浄化されても少し曇りの残る綺麗なドッグタグだった。

『努力するなんて言っているようでは無理だな』と九条は神崎にこの世の常識と言われる事を期待するのをやめた。

「まぁ、タグが帰って来れば分かるけど私もそんなに暇じゃないのでね」

九条はカウンターの上にタグを載せた。そのタグを見つめながら九条は神崎に訊ねた。

「結局彼女、最後のチャンスも無駄にしたってことか。タグの持ち主だった人を今度はどこに行かせたのかな」

「別に俺が行かせる訳じゃないからな、分かってるくせに変な言い方しないでくれないか。俺が道を繋いだのは ”偽りの世界” だったよ。でも多分そこからまた ”無限輪廻” に行ったんじゃないかな、罪人は何にも気が付かないから」

「そうみたいだね」

そう言うと帰ってきたタグを手のひらに載せて眺めた。

「このタグ可哀想にちょっと燻んじゃったなぁ。念入りにクリーニングして綺麗にしてあげないとね。それとありがとう、幹彦くんの奥さんに危害が及ぶ前に動いてくれて。本当に良かったよ、うちの店のためにも」

「まぁ、犯罪者に対する慈悲ってやつ? っていうよりそうしないとお前の店のソムリエは俺のところに怒鳴り込んでくるだろ、もうあんなのは二度と御免だから。あいついつも無表情なくせに弟の事になるとまるで人が変わってその後何をするか分からないからな……」

「あぁ……  覚えていたのか…… ありがとう……  いや、御愁傷様」

「いゃぁ……  どういたしまして……」

『俺だって自分の身は守りたいからな』と思う神崎。
『私も無駄な騒動には関わりたくないよ』と九条も心の安寧のために無理やり記憶の奥底に沈めていたはずの場面を思い出してしまった。

二人はこう思った。
『『本城秀徳を怒らせてはいけない。普段真面目な奴ほどキレるとヤバい』』

そんなところで気の合う二人は昔のことを思い出していた。過去や未来へ行ってまで罪を犯す人間が少し減少傾向にあった頃、神崎はこちらの世界へ寄ってはレストラン・ブルーローズで食事をしていた。

でもある時何故かレストラン・ブルーローズが忙しい時に限って過去や未来へ監視対象が行くことがあった、店長であり次元監視者でもある天ヶ瀬は九条の指示で次元監視者の仕事を優先している。

そんなことを知らない本城秀徳はちょうどその時ブルーローズの個室で食事をしていた神崎と九条の所に文句と言う名のクレームをつけに来たのだ。神崎はとばっちりを受けただけで元凶は九条なのに。理由はどうあれそれを思い出した二人は遠い目をして身震いするのだった。

それに本城秀徳にとって今回被害にあった弟の幹彦は目の中に入れても痛くない良質のコンタクトレンズのような存在だ。もしも九条が口を滑らせて神崎の監視下でその嫁に何かあったと分かったら、今度は何をされるかわかったものでは無い。あんなことは二度とあってはならない。それにあれは怒鳴り込みとなどという可愛らしいものではなかったのだった。

 二人はテーブルにあったハーブティーを飲んで沈んだ心を落ち着かせた。用意されていたのがカモミールだったのは偶然では無いだろう。カモミールには高い鎮静作用があり、心をリラックスさえる効果もある。

二人は一旦気を取り直しタグを見て話を戻した。

「九条、あの女自分の犯した罪に気がつくと思うか?」

「無理だから無限輪廻に行ったんでしょ。この世の浄化のためには仕方ないのだから」

「お前、昔から変わらないのな」

「それはお互い様でしょ。それに変わっちゃいけないことだって有るんだからさ」

「まぁそうだけどな……」

「あっ そうそう 報告それだけだったら、もうそろそろ帰った方がいいと思うよ? 誰か来る前に」
「なんで疑問系なんだよ、ここに誰か来るような奴いるのか? いるんなら今度そいつのこと教えろよな。でもまぁそうだなそろそろ帰るか、じゃあまたな」

「うん、またね」

簡単な挨拶を済ませるとあっさり神崎英人は彼の管轄する世界へと帰っていった。パラレルワールドの管理人はさながら地獄の閻魔かサタンのような存在でありつつ地蔵菩薩やはたまたエバを誘惑した蛇の様な存在でもある。

天使では無いのだろうが、妖精のような気まぐれな存在ではあるようだ。要は罪を犯したものにとっては裁きを与える存在で彼がどのように見えるのかはその人次第なのだ。

しかし、それぞれの世界に化身と呼ばれる存在があるようにこの二人の関係は表裏一体なのである。この世界の均衡を保つためにもお互い無くてはならない存在であり、そしてお互いが良き理解者なのである。

 パラレルワールドで神崎に会ってしまった者はその後二度と九条に会えなくなる。そのことを当事者たちは知る由もない。余程のことが起きない限り、パラレルワールドから罪人が帰ってくることはないのだから。

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