次元トランジット 〜時空を超えた先にあるもの〜

柿村 呼波

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第1章 繰り返す女

繰り返す_2

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 この店はこのパラレルワールドにおけるディメンションである。ここはパラレルワールドの中でもと呼ばれる場所なので余程の用事がない限り九条は入ってこない。九条が存在するのは真実の時を刻み進める現実世界だから。

宇宙の中でバグのようなこの次元では神崎が九条の代わりをしている。客として来た罪人たちはあのモノクロで色を感じられない世界で神崎に会ったことなど全く覚えていないようだ。もちろん神崎の言葉など右から左に抜けて行ったのだろう。

ほんの少し前、この世界に来る直前に神崎は彼女にこう言ったのだ。

「君がこれまでどんな罪を犯したのか、もしも本当に自分自身と向き合うことができたら、これから行く場所から解放されるかもしれない」

神崎が慈悲だと言って告げたこんな大切な言葉。それさえ彼女の心には響かず残らなかった。それに彼女は決して自分が罪人だとは思っていなのだ。そして罪人だと認めることも未来永劫決してないのだ。

そんな彼女が何よりも叶えたいのは己の醜い欲望だけのようだ。叶うことなどないとも知らずに。しかしその醜い欲望を必死に何度も何度も追いかけられるこの世界は、彼女にとってはある意とても幸せな世界なのかもしれない。己の願いは必ず叶うと信じているから。

 神崎はこれから先延々と続く罪の輪廻の世界で生きていく彼女を見据えた。すぐに金の話をするその態度に呆れながらも神崎は彼女に質問することにした。

「あんたは何をしに過去へ行きたいんだ」

「別に、お金を払えばいいじゃないですか。言わなければ過去へは行けないのですか」
『お金を払うんだからいいじゃない、いくらでも払ってやるわよ』

上から目線や横柄な態度は全く改善されることはなかった。生きていく次元が変わったところで中身の変化は期待できないようだ。

「いや、別に言わなくてもいい」

『じゃあ、そんなこと言わなくていいじゃない。早く過去へ行かせなさいよ』鮫島李花の心の声が聞こえる神崎は、心底呆れた顔をして告げた。神崎は九条とは違い直ぐに顔に出してしまうのだ。

「あんたの左側にある扉を開けたから今ならそこから過去へ行ける。行く気があるなら急いだほうがいい。いつまでも開けておく気はないからな」

間髪入れずに左を見て鮫島李花は扉を確認した。

「何なの、私は客よ」
『何なのこの人』

文句は言うが礼は言わずに扉を通って過去へ行ってしまった。それはもうあっさりと、まるで逃亡者のような素早さだった。彼女にとって人から何かしてもらうと言うことは、王様が貢物を受け取るように至極当たり前のことのようだ。


 この場所へ来てからの罪人鮫島李花の態度から彼女は自分がパラレルワールドへ来てしまったことに全く気付いていない。それにこの世界に送られた理由を理解する可能性も限りなくゼロに近い。限りなくではなく既にゼロになってしまった。今後の行動からそれがマイナスになりこれ以上罪を重ねないことを祈るだけだ。

そしてそれに自分自身で気付かなければ何度も何度も何度も何度も同じことを繰り返していく。

それはまるで対象範囲に該当する答えが無いから正解を導き出せない数式のように。終わりの見えないエンドループやせっかく条件分岐してもまた初めからやり直しで元に戻って繰り返すばかりといった具合に。おそらく彼女は半永久的に正解に辿り着くことは無いのだろう。



 鮫島李花のあまりに利己的で身勝手な心の声にゲンナリした神崎はまた溜息をついた。

「帰り方とか何にも話してないけどまあいいや。どうせ強制的に移動させられるから問題ないだろう」

誰に聞かせるわけでもないのにそんなことを口にしていた。この世界には次元監視者は存在しない。現在とは切り離され繋がることのない並行世界だからだ。

鮫島梨花は知らない。その扉を潜ったが最後、余程のことが無い限りある一定の時間を繰り返すことしかできないことを。神崎と出会ってしまった時点で新しい未来を作る輪から外れた存在になってしまったことを、彼女は知らない。

それは知ろうとする気持ちさえ持たない己のせいなのだということも、彼女は知らない。

無知は身を滅ぼし、そしてそれが命取りになるとも知らずに彼女はそれを何度でも繰り返す。
決して終わることのないこの世界で。
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