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「そんなに危なそうな目をしていましたか…?」
駅舎に戻り、プラスチックの椅子に腰掛けて、私は引き笑いのまま彼女に聞いた。
彼女の薄い唇が動く。
「していました」
「うっお」
躊躇ひとつ無い断言に、私の肩は右手に持ったたかが350mlのコーンポタージュに引きずられるようにガクンと落ちた。
いや、大丈夫だ。
落ち着け……状況をよく見てみるんだ、これはなかなかいい滑り出しだぞ。
まずはこのまま、相手の事よりも、自分の事をネタにして話を膨らませて行くんだ。そして最終的に彼女から自分の話をして貰う事で溜まった毒を吐き出して頂く。今、『どうして自殺しようとしたんですか』なんか聞いたとして、『何でお前みたいな他人にそんなこと言わなきゃならないんだ』と言われたらどうなる? そこで会話終了だ…… 気まずい空気が流れ、でもそうですかと目を離すわけには行かない。場が持たない息苦しさの中、始発列車の訪れを待つ。何その修羅場。絶対嫌だ、いっそのことその話題に一切触れずに笑える話100連発とかを永遠に繰り広げた――
「で、どうして貴方は私を追いかけて来たんですか?」
「うっほ」
彼女は、薄く微笑んでいる。
背後に灯る切れかけの蛍光灯が彼女を縁取り、その怪しさを際立たせていて、この人解って聞いてんじゃないのという疑惑をより一層濃いものにした。
「いや……そりゃ、はっきり言ってしまうともしや飛び込むつもりなのではと思ったからですが……」
「ですが……?」
私は躊躇に息を飲み込みながらも、先まで出かかった言葉を収める訳にもいかず、言った。
それは、ずっと心の中で突っ掛かっていた事でもあった。
「加藤さんなら、飛び込み、飛び降り、首吊り……どれで死にます?」
加藤さんは微笑のまま絶句していた。
なんか終わった気がしたけれど、聞いてきたそっちが悪いんだからもういいや。
「いや……この渓谷を見ていて思うんですけど、飛び降りるのって相当勇気が居ると思うんですよ。首吊りも同じです、この見ると足がすくんで歩けなくなる高さが下の景色にある限り、到底やれる気がしない。だからよく運転見合せになる理由の殆どが人身事故、飛び込みです。ですがそれ、別にわざわざこんな寒い所で一夜を過ごして、始発にはねられる必要って無くはないですか……?」
加藤さんは、じっと静かにこちらを見ている。
いつの間にか、微笑は何処かへ行っていた、
「だから、この人は本当は死にたいんじゃなくて……誰かに気づいて欲しかっただけなんじゃないかと、止めて欲しかったんじゃないかと、そう……思ったんです」
私はすっと視線を正面に戻した。
老朽化の進んだ木の壁は、ペンキが転々と剥がれていて顔に見えるところが沢山ある。互いに何も喋らない時間の間も当然川は進んでいて、ザアザアという音が流れ続けていた。
沈黙に耐えられなくなった私が加藤さんの顔を盗み見る。
加藤さんは、まだ微笑を消したまま、私をじっと見つめていた。
目と目が合う。
逸らそうにも、もう遅かった。
「……それ、あの一瞬で思ったのですか?」
「えっ?」
「あの自動ドアの扉が開いて、閉まるたったの10秒の間にそう思ったのですか?」
「えっ、と……」
それはどうだろうか……
振り返る。
確かに、それよりも気が付いたら動いていた、と言った方が正しい。そこまで考えて、彼女が何が言いたいのか分かって、赤面した。彼女の顔が意地悪げなそれに転じた。
「もしかして、ソウイチさんは私の先輩ですか?」
ヒィ、という悲鳴も出なかった。
思い出した事は、トラウマ、というよりも汚点だったのだ。
無意識に行動など、かつて自分自身に前科がなければ取れやしない―― そんな類の、恥ずかしい話。
私は頭を抱えて黙り込む。
昔、この場所に憧れた事があった。
だけどいざここに降り立ってみれば、死にたいのに怖くて怖くて死ねなくて、本当は「誰かに心配して欲しかっただけだった」と昔友人に吐露したら、最高に女々しいと言って爆笑された。それがトラウマ過ぎて忘れられない。自分にも一応プライドはある。
でも、まぁいいや。
自分の事からネタにしようと決めたばかりだし。笑って頂けたら、それはそれで儲けものなんじゃないだろうか。
「……中学二年の気の迷いと言う奴ですよ。部活動でね、バレー部に入ったんですけど、田舎の学校で人数が少なかったからヘタクソでも人数合わせで大会に出れたんです。けれどそれでも、仲間はみんな熱心で上手かった。人数が少なくても本気で優勝を目指しているのが分かったから、負けじといつも学校が閉まるまで練習してました。ですが、サーブすらミス率半々で…… これならクラスの運動神経のいい友達をヘルプで呼んできた方がマシだと、私の位置にその日限りの知らない人が入りました。……私より、ずっと役に立っていました。」
よくもそんな、10年以上も前のことをペラペラと喋れるものだ。
視線を落とす。
そこには毛の生えて来なくなった腕と脚があった。必要以上にキツいサーブやレシーブを受け続けて、最終的に疲労骨折にまで行くところまで行ったら生えてこなくなったのだ。だからこれを見る度に、記憶が再生されて上書きを繰り返してきたのだろう。
「合わないなら、部活をやめても良かったんです。だけど私は止められませんでした。悔しかったし、逃げるみたいで嫌だった。意地になってたんでしょうね。けれど……ヘルプで知らない人が入ってくれて、それ以上に安堵していました。ああこれで、失敗した時のあの仲間の目を受けずに済むんだと。後輩が出来てからはそこに劣等感も加わって、卒業まであと2年とか、そんなことばかり考えて過ごしていました。そんな複雑な気持ちで夜な夜な練習していたら、ある日メンバーから言われたんです。お前は、強くなりたいから練習してるんじゃなくて、こんなに僕は頑張ってるんだと言いたくて練習してるんだ」って」
うわー、若いなーと天井を仰ぐ。
今思うと中学のコミュニティ程度人生にそう響かないんだから、周りの目なんか気にせずさっさとキモイで有名なパソコン部にでも入り直した方が余程健全な青春を過ごせたとは思うのだけど、
「だけどその時の自分の中では、とてもとても大きな悩みで、自分が嫌いで嫌いで消えてなくなりたくて、こんなところまで来た事があります。消えて無くなりたいのに、踏み出せないんです。何やってるんだろうと思いましたね…… 一人で震えながら始発を待つ朝は、最高にミジメでした。――こんなに僕は頑張ってるんだと言いたくて練習してるんだ。その一言がまた頭に浮かんできて、誰かに引き留めて貰えるような、ドラマの一シーンにでも憧れていたような自分が……ほんとうに」
気持ち悪くて本当に話したくないエピソードだ。
自然と自嘲に力が入る。
友人連中には口が裂けても言えやしない。
だけど彼女は、それをけなしたりはしなかった。
出した声は消え入りそうなほどにか細くて、明らかに様子の違う態度に声を失う。
彼女は、冷たい手を私の手の甲の上に乗せる。
「……私を、惨めな気持ちにさせないでくれて、ありがとうございます」
顔が、またガッと熱くなる。
その熱は、さっきのものとは少し種類が違う気がした。
駅舎に戻り、プラスチックの椅子に腰掛けて、私は引き笑いのまま彼女に聞いた。
彼女の薄い唇が動く。
「していました」
「うっお」
躊躇ひとつ無い断言に、私の肩は右手に持ったたかが350mlのコーンポタージュに引きずられるようにガクンと落ちた。
いや、大丈夫だ。
落ち着け……状況をよく見てみるんだ、これはなかなかいい滑り出しだぞ。
まずはこのまま、相手の事よりも、自分の事をネタにして話を膨らませて行くんだ。そして最終的に彼女から自分の話をして貰う事で溜まった毒を吐き出して頂く。今、『どうして自殺しようとしたんですか』なんか聞いたとして、『何でお前みたいな他人にそんなこと言わなきゃならないんだ』と言われたらどうなる? そこで会話終了だ…… 気まずい空気が流れ、でもそうですかと目を離すわけには行かない。場が持たない息苦しさの中、始発列車の訪れを待つ。何その修羅場。絶対嫌だ、いっそのことその話題に一切触れずに笑える話100連発とかを永遠に繰り広げた――
「で、どうして貴方は私を追いかけて来たんですか?」
「うっほ」
彼女は、薄く微笑んでいる。
背後に灯る切れかけの蛍光灯が彼女を縁取り、その怪しさを際立たせていて、この人解って聞いてんじゃないのという疑惑をより一層濃いものにした。
「いや……そりゃ、はっきり言ってしまうともしや飛び込むつもりなのではと思ったからですが……」
「ですが……?」
私は躊躇に息を飲み込みながらも、先まで出かかった言葉を収める訳にもいかず、言った。
それは、ずっと心の中で突っ掛かっていた事でもあった。
「加藤さんなら、飛び込み、飛び降り、首吊り……どれで死にます?」
加藤さんは微笑のまま絶句していた。
なんか終わった気がしたけれど、聞いてきたそっちが悪いんだからもういいや。
「いや……この渓谷を見ていて思うんですけど、飛び降りるのって相当勇気が居ると思うんですよ。首吊りも同じです、この見ると足がすくんで歩けなくなる高さが下の景色にある限り、到底やれる気がしない。だからよく運転見合せになる理由の殆どが人身事故、飛び込みです。ですがそれ、別にわざわざこんな寒い所で一夜を過ごして、始発にはねられる必要って無くはないですか……?」
加藤さんは、じっと静かにこちらを見ている。
いつの間にか、微笑は何処かへ行っていた、
「だから、この人は本当は死にたいんじゃなくて……誰かに気づいて欲しかっただけなんじゃないかと、止めて欲しかったんじゃないかと、そう……思ったんです」
私はすっと視線を正面に戻した。
老朽化の進んだ木の壁は、ペンキが転々と剥がれていて顔に見えるところが沢山ある。互いに何も喋らない時間の間も当然川は進んでいて、ザアザアという音が流れ続けていた。
沈黙に耐えられなくなった私が加藤さんの顔を盗み見る。
加藤さんは、まだ微笑を消したまま、私をじっと見つめていた。
目と目が合う。
逸らそうにも、もう遅かった。
「……それ、あの一瞬で思ったのですか?」
「えっ?」
「あの自動ドアの扉が開いて、閉まるたったの10秒の間にそう思ったのですか?」
「えっ、と……」
それはどうだろうか……
振り返る。
確かに、それよりも気が付いたら動いていた、と言った方が正しい。そこまで考えて、彼女が何が言いたいのか分かって、赤面した。彼女の顔が意地悪げなそれに転じた。
「もしかして、ソウイチさんは私の先輩ですか?」
ヒィ、という悲鳴も出なかった。
思い出した事は、トラウマ、というよりも汚点だったのだ。
無意識に行動など、かつて自分自身に前科がなければ取れやしない―― そんな類の、恥ずかしい話。
私は頭を抱えて黙り込む。
昔、この場所に憧れた事があった。
だけどいざここに降り立ってみれば、死にたいのに怖くて怖くて死ねなくて、本当は「誰かに心配して欲しかっただけだった」と昔友人に吐露したら、最高に女々しいと言って爆笑された。それがトラウマ過ぎて忘れられない。自分にも一応プライドはある。
でも、まぁいいや。
自分の事からネタにしようと決めたばかりだし。笑って頂けたら、それはそれで儲けものなんじゃないだろうか。
「……中学二年の気の迷いと言う奴ですよ。部活動でね、バレー部に入ったんですけど、田舎の学校で人数が少なかったからヘタクソでも人数合わせで大会に出れたんです。けれどそれでも、仲間はみんな熱心で上手かった。人数が少なくても本気で優勝を目指しているのが分かったから、負けじといつも学校が閉まるまで練習してました。ですが、サーブすらミス率半々で…… これならクラスの運動神経のいい友達をヘルプで呼んできた方がマシだと、私の位置にその日限りの知らない人が入りました。……私より、ずっと役に立っていました。」
よくもそんな、10年以上も前のことをペラペラと喋れるものだ。
視線を落とす。
そこには毛の生えて来なくなった腕と脚があった。必要以上にキツいサーブやレシーブを受け続けて、最終的に疲労骨折にまで行くところまで行ったら生えてこなくなったのだ。だからこれを見る度に、記憶が再生されて上書きを繰り返してきたのだろう。
「合わないなら、部活をやめても良かったんです。だけど私は止められませんでした。悔しかったし、逃げるみたいで嫌だった。意地になってたんでしょうね。けれど……ヘルプで知らない人が入ってくれて、それ以上に安堵していました。ああこれで、失敗した時のあの仲間の目を受けずに済むんだと。後輩が出来てからはそこに劣等感も加わって、卒業まであと2年とか、そんなことばかり考えて過ごしていました。そんな複雑な気持ちで夜な夜な練習していたら、ある日メンバーから言われたんです。お前は、強くなりたいから練習してるんじゃなくて、こんなに僕は頑張ってるんだと言いたくて練習してるんだ」って」
うわー、若いなーと天井を仰ぐ。
今思うと中学のコミュニティ程度人生にそう響かないんだから、周りの目なんか気にせずさっさとキモイで有名なパソコン部にでも入り直した方が余程健全な青春を過ごせたとは思うのだけど、
「だけどその時の自分の中では、とてもとても大きな悩みで、自分が嫌いで嫌いで消えてなくなりたくて、こんなところまで来た事があります。消えて無くなりたいのに、踏み出せないんです。何やってるんだろうと思いましたね…… 一人で震えながら始発を待つ朝は、最高にミジメでした。――こんなに僕は頑張ってるんだと言いたくて練習してるんだ。その一言がまた頭に浮かんできて、誰かに引き留めて貰えるような、ドラマの一シーンにでも憧れていたような自分が……ほんとうに」
気持ち悪くて本当に話したくないエピソードだ。
自然と自嘲に力が入る。
友人連中には口が裂けても言えやしない。
だけど彼女は、それをけなしたりはしなかった。
出した声は消え入りそうなほどにか細くて、明らかに様子の違う態度に声を失う。
彼女は、冷たい手を私の手の甲の上に乗せる。
「……私を、惨めな気持ちにさせないでくれて、ありがとうございます」
顔が、またガッと熱くなる。
その熱は、さっきのものとは少し種類が違う気がした。
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