自殺橋

木枝

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エピローグ

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 その客を見た瞬間に、こいつぁ録でもねぇ事に巻き込まれたと思った。
 瞼は重く閉じかかっているようなのに、中の目玉はギラギラとぎらついている。まるで焦点はあっていないのに、ちゃんとこちらに近づいてくる。

 俺は前にも似たような奴を見た。
 ちょうど目の前にいるような、如何にも人が良さそうでお行儀の良い兄ちゃん。ほら、今も俺が目の前で煙草を吸ってダラダラしてるのに、品良く一例して座るんだ。なのに、どこか猟奇的に見えるのは…… そうだ、失う事に何の執着もねぇんだ……こいつ等は。

「いつまでなら待てる?」
「いくらでも」

 俺は容赦なく3日でけりがついた依頼を、1ヶ月かかったと吹っ掛けた。30万だ。普通抗議するだろ、たったこれだけの事にそんなに時間をかけて何て低能なんだと蔑まれてもおかしくない。けども奴は、奴等は何の執着も無く金を渡して、探し人の訃報に笑みを浮かべて去っていく。

 なんて薄気味悪いんだ。
 俺は依頼が「終わった」という感覚がしなかった。燕下したものが、また喉にねっとりと張り付いているような…… 自分のせいで何かが始まってしまったような気がしてならなかった。

 俺は嫌な予感がして後をつけた。

 情報を得る為に女性と深い仲になり、得られるものがないと分かればゴミのように捨てる奴。
 今回の依頼人のように、意図的に会社が苦しくなるようなネタを掴んで陥れようとする奴。
 ここからの流れは人それぞれだったが―― どちらに転んでも、一貫して言えることは、どちらも彼女の報復へと繋がるところで寒気がした。

 加藤美咲。
 会社で除け者にされ唯一の心の拠り所にしていた男に金を貸したまま失踪。数多の愛の言葉を囁かれていた彼女は人が信じられなくなり鬱病に罹り自殺した。

 彼女はふるいにかける。この自殺橋で、最終列車を降りてまで追いかけてくる優しく不安定な人間を。そして、吊り橋効果で急速に距離を縮めた後、突き放す。
 声をかけたほとんどがそのままうやむやで終わるが、まれに、こういうしつこいのがひっかかる。

 こんな胡散臭い人探しを大手に頼むことの出来ないアイツ等は、こぞって俺のところにやってくる。
 それなら俺が依頼人たちに何も教えなきゃ良かった話なのだけれど、一回仕入れた情報でもう一儲けできるなんて上手い話はないだろう。今回依頼を受けた時ももう証拠は揃っていたが、働かずして5万円を頂いた。
 ……けれど、奴らを尾行し始めてから、胸糞悪くて仕方がねぇんだ。

 他人の不幸でおまんま食うのはもう沢山だ。
 こっちまで病気になっちまう。いつもならここでもう一度「元カレを探してほしい」と頼まれ、ほぼ情報材料がないからと10万を超える額を請求するところだが…… もういい。

 これ以上奴を野放しにしていたら、また不幸な人間が増えちまう。


「お前さん」


 だから今回のは、俺のケジメだ。


























 後日、アイツからまた連絡があった。
 教えて欲しいことがあると言う。

「……この後に及んでまだ知りたいことがあるのか」

「はい」


「私の他の加藤さんとお知り合いになった方々って、今どうしてますか?」

「どうしてって…… 目が覚めて普通に暮らしているが」


 相手は、そうですか、とも何とも言わない。
 訝しげに思って受話器の向こうに聞き耳を立てると、何か、カタカタカタと変な音がする。それが人の声だと気づくのに、そう時間はかからなかった。


「アハハハハハハハハハッ!! ああ、良かった。ではまだ、誰もそこへはいって居ないのですね! 」


 俺は一方的に受話器を切った。
 鳥肌が止まらない。煙草を同時に2個咥える。味がしなかった。



 後日。
 1人の男が、自殺橋で飛び降り自殺した。


 それ以来、俺のところに依頼人が来たことは無い。
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