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外伝 辺境のど田舎の日常
辺境のど田舎の洗礼
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次の日から、ヘラは領地の手伝いをする、という。その日は、領地の視察と、禁則地周辺の整備となっていた。
「どこまで歩くの!!」
「だから、馬で行ったほうがいい、と言ったのに」
屋敷を出て随分経つのに、まだ禁則地に到着しないほどの遠出に、ヘラは早速、挫けそうになった。
「義兄上、置いていきますよー」
さらに遠くで、アーサーの義兄リブロが膝をついて、動けなくなっていた。普段から、こういう肉体労働をしないから、リブロ、筋肉も体力もない。だから、その体もだらしない。
ヘラだけでなく、足手まといのリブロもいるから、いつもより作業は遅れている。アーサーはそれでも、笑顔である。こうなることはわかっていたから、すでに、先に指示を送っているのだ。
「ご、ごめんなさい、こんなことになるなんて」
「手伝ってくれる、という、その言葉は嬉しいです。キロン、馬、呼んでください」
「わかった」
笑顔で慰めるアーサー。それに、ヘラは安堵して、表情を綻ばせる。
騙されてるな、ヘラ。昨夜は、アーサー、無茶苦茶、不機嫌で、もう、ヘラのことを悪く言ってたんだ。予定より作業が遅れるから、今日も荒れるな。
しばらくすると、馬二頭がやってきた。途中、動けないリブロを拾い上げ、アーサーの元にやってきた。
「乗ってください」
「アーサーも一緒に」
「馬に乗る時は、いつもキロンと一緒でしたから、乗り方、知らないんです」
「だったら、わたくしと一緒に」
「キロン、あっちの馬に乗りましょう。農耕馬だから、三人でも大丈夫でしょう」
笑顔で拒否するアーサー。一緒に乗ればいいのだが、アーサーは、まだ、俺以外のぬくもりを気持ち悪く感じるんだ。
ヘラ、差し出した手を引っ込め、どうにか笑顔をたもった。アーサーの笑顔の裏の拒絶に気づいたのだろう。
俺はアーサーを前に、だらしなく動けないリブロを後ろに置いて、馬を走らせた。
「お、落ちるぅー」
「落ちたくなかったら、しがみついていろ」
落ちないけど。リブロが情けない声を出すから、俺はあえて、妖精が支えていることを黙っていた。もっと怖がれ。そうすれば、アーサーの気も少しは晴れるだろう。
アーサーはヘラが馬で後ろに着いてきているから、俺の胸に背中を預けて甘えた。
「長期休暇中は、これで移動しよう」
「アーサー、無理しすぎだ。また、痩せてきた」
しっかり食べてはいるんだ。しかし、時々、こっそりと吐いているのを俺は知っている。
「倒れたら、キロンに食べさせてもらう」
「仕方ないな」
口移しだ。それを想像したのか、アーサーは女の顔を見せた。それを垣間見て、俺は衝動を動かした。
ヘラとリブロのせいで、禁則地周辺に到着する頃には、もう、昼食時となっていた。
「遅くなってしまって、すみません」
「いいんですよ、アーサー様。せっかく婚約者がいるのですから、作業、休まれてもいいですよ」
領主代行は、笑顔でアーサーの遅れを許した。
そして、領主代行は孫でもあるリブロを馬から引きずり落とした。
「何するんだよ!!」
「さっさと動け!! ただ馬に乗って移動した程度で、だらしない」
「途中までは歩いたんだよ!!」
「アーサー様も同じだ!! アーサー様と同じ体術と剣術の教師に鍛えられているはずなんだが、この差はなんだ」
「う、うるさい!! 俺は、頭を使うんだ!!!」
「だったら、夜の会議にも参加してもらおう。今週、アーサー様と領地の会議を行うんだ。お前も参加しろ」
「いいだろう。その日は、こんな作業しないからな」
「するに決まっているだろう!! アーサー様はしてるんだ。二歳年上のお前がするのは当然だろう!!!」
「そ、そんなぁ」
情けない姿を見せるリブロ。領主代行はいくら平民といえども、リブロの祖父である。平民の中で、リサ親子は、唯一、領主代行には逆らえないのだ。
領主代行は鞭の音をわざとたてると、リブロはびしっと立ち上がった。もう、反射だな。リブロ、仕方なく、祖父である領主代行に従った。
「獣使いみたいね」
「ああ、そうですね」
「確かに」
さすが、王都で生活しているヘラは、いい表現をしてくれる。
俺とアーサーは、リブロと領主代行の、このやり取りを見て、どう表現しようか、とバカみたいに話し合っていた。ヘラのお陰で、解決だ。
「ヘラは、私と一緒に作業です。えっと、ヘラは、虫、蛇、大丈夫ですか?」
「………虫? えっと、蚊とか」
「………」
都会っ子あるあるだ。アーサーは笑顔のまま、ヘラを作業場へと連れていく。
「ヘラ、無理するなよ。ここは、危なくはないが、えげつないんだ」
「虫を怖がっていたら、婚約者なんてやってられないよ」
「………」
一応、忠告はした。こういうのは、何を言ったって、経験したことがないから、無駄なんだ。だから、俺は見守ることにした。
「ひぃいいーーーー!!!」
早速、リブロが洗礼を受けていた。とんでもない悲鳴に、作業していた者たちがばばっと動き出した。
「あ、アーサー、そんな、慌てなくても」
アーサーまで動き出した。ヘラは、まさか、アーサーが動くなんて思いもしていなかったから、驚いた。
俺はヘラと一緒に行動した。ほら、ヘラ、今、無防備だ。絶対に危ないよ。
リブロが悲鳴をあげた所には、すでに、領地民が囲んでいた。
「義兄上は、どうですか?」
「典型的な落とし穴です」
「ただの落とし穴ですか?」
「そうです」
「はい、全員、作業に戻しましょう。キロン、義兄上を落とし穴から出して、穴、塞いでおいて」
「わかった」
「それだけ!?」
こんなに慌ただしく、全員がリブロの元に集まったというのに、落とし穴に嵌ったというだけで、誰も心配しないことに、ヘラは驚いた。
「ここでは、よくあることだ。お、今回は深いなー。リブロ、アーサーを怒らせたから、妖精も怒ってるんだなー」
「そうなの!?」
「領地の妖精は、アーサーの味方だからな」
アーサーは妖精憑きではない。だけど、アーサーは領地や禁則地にいる妖精たちに愛されている。だから、アーサーがいる限りは、領地は大豊作なのだ。そこのところ、わかっていないのが、アーサーの父親たち、領地民たちである。
その事実を知っているのは、今は領主代行のみである。昔、アーサーの亡くなった母マイアと領主代行で、収穫量の変化を調べたのだ。そこで、気づいたのが、アーサーが誕生してから、減収がなくなったのだ。それどころか、少しずつだが、収穫量が上がっていったのだ。
今ならわかる。アーサーの生まれ持った、妖精の魔法を壊す力が、小屋に閉じ込められていた俺の力を阻害していたのだ。俺は、アーサーに出会う前までは、小屋に閉じ込められ、散々なことをされていた。それを恨み、禁則地を呪ったのだ。それをアーサーは生まれ持った能力で阻害していたのだろう。
そんなこと、アーサーは知らない。領主代行は、アーサーに何かあるのだろう、と知っているが、あえて、黙っていた。時には、知らないほうがいいこともある。
そして、そんなこと知らないアーサーの家族たちは、アーサーに嫌がらせをして、妖精の可愛らしい悪戯を受けるのだ。
アーサーに命令されたから、仕方なく、リブロを助け出した。リブロ、したたか、尻をうって、そのまま動けないでいる。
「こんなに痛いんじゃ、無理だよ!!」
「また、アーサー様に悪さしたな」
「してないよ!! むしろ、アーサーのせいで、俺の長期休暇は滅茶苦茶だよ!!! 友達と遊ぶ約束したのに、全部、アーサーに却下されたんだからな!!!!」
「当然だろう!! アーサー様が働いているのに、お前が遊ぶなんて、許されるわけがないだろう!!!」
「俺は貴族なんだぞ!!」
「アーサー様だって貴族だ!!!」
「俺は長男だ。俺が子爵になるんだ!!! だから、アーサーが働くのは当然なんだよ!!!」
「跡継ぎは、アーサー様だ!!」
口で言ってもわからないから、とうとう、領主代行は鞭をふるった。
「ちくしょー!! お祖父様、覚えていろよ!!! 俺が爵位を引き継いだら、あんたは追放だ!!!」
リブロ、また、口答えして、鞭で痛い目にあった。
そんな光景を離れた所で見ていたヘラは呆れた。
「片親が平民の分際で、生意気な」
「ヘラも、やっぱり貴族ですよね」
ヘラがリブロを見下すのを見て、聞いて、アーサーは驚いた。
「貴族の学校に通えばわかる。片親が平民の子どもは、扱いは平民だ。いくら、片親が貴族と言ったって、成人すれば、貴族とは縁が切られる。それまでに、どうにか、貴族との繋がりを得ようと必死になるが、だいたいは、孤立する。リブロのように、両親ともに貴族の子が友達になるのは、珍しい話だ」
「ふーん」
「友達かどうかは、わからないけど。友達の顔をして、搾取する奴だっている」
そういうものをヘラは学校に通って、見ているのだろう。だから、リブロがいう友達は、友達ではない、とヘラは思っているようだ。
まだ、そういう世間を知らないアーサーにとって、ヘラのこの話は、ためになった。
「ヘラ、学校の話、もっと教えてください。もっと知りたいです」
「じゃあ、夜は同じ部屋で過ごしましょう」
「ヘラも貴族の学校に通うようになったんです。そこは、しっかりと距離をとりましょう」
「あ、そ、そう。で、でも、あそこ、出るんだよね」
ヘラは子爵家の事情から、別館で泊まることになったのだが、別館の噂を知っているから、怖がった。
「ああ、幽霊ですか。あんなの、いませんよ。いたって、妖精の悪戯です」
「でも、夜になんか、物音が」
「古いですからね。大丈夫ですよ」
「きょ、今日は、一緒に」
「じゃあ、今日は、別館で休もう。キロン、準備するように、指示をお願いします」
「わかった」
笑顔で婚約者のお願いを聞き入れるアーサー。だけど、ヘラと同じ部屋で就寝する気はこれっぽっちもない。
物腰柔らかく、常に笑顔のアーサーだけど、ヘラ、それなりに違和感を感じていた。
俺がアーサーと出会う前から、アーサーとヘラは同じ部屋で寝泊りは普通にしていたんだ。それは、俺がアーサーの側から離れなくなってからも続いていた。二人が、三人になっただけだ。
ヘラは、それが続くと普通に思っていた。しかし、アーサーはもう、ヘラと同じ部屋で就寝はしない。
アーサーが側に置くのは、俺だけだ。
その事実を知るのは、今日の就寝時だ。俺は当然のように、その夜も、アーサーと一緒に就寝することとなっている。
その日の作業は、日がまだ高い所で終わった。
「う、ううう、蛇がー」
ヘラ、泣きながら、アーサーに縋りついた。ヘラは全身、泥だらけで、枯草がついて、と悲惨なこととなっていた。
「可哀想に。アーサー、こんな所に婚約者を連れて来るなんて、酷い奴だな!!」
「ヘラが行くというからですよ。止めたのに」
リブロがここぞと責めるが、アーサーは悪くないので、平然としている。
リブロが落とし穴に落ちた後、次はヘラの番だ、とばかりに、連続して、落とし穴に落ちたのだ。ヘラ、運動神経は立派らしく、穴も浅かったから、見事、着地したんだが、そこは、蛇がうようよといたのだ。ヘラ、可愛い悲鳴をあげて、大変なこととなったのだ。
「今回は大量ですよ、アーサー様」
「蛇、美味しいですよね。皮は何かに使えるから、綺麗に剥いでください」
「わかりました。今日はご馳走です。婚約者様、ありがとうございます!!」
その場にいた領地民たちが、酷い目にあった。ヘラにお礼をいった。それを聞いたヘラは、信じられない、と表情を強張らせた。
「義兄上にもいくかと思ったのですが、落とし穴だけだなんて、期待外れでした」
「本当に、とことん、役立たずな孫ですみません」
「どういう意味だよ!!」
そして、あれから落とし穴に落ちまくったリブロは役立たず扱いされた。酷い目にあったというのに、誰も心配していない。それどころか、リブロのこと、使えないな、と見ていた。
「アーサー様、禁則地の入口に、イノシシがありましたよ!!」
「それは、皆さんで分けてください。私は、蛇の肉がいいです。今日の晩は、蛇の蒸し焼きかなー」
「食べるの!?」
よりによって蛇が食卓にあがると聞いて、ヘラは真っ青になった。イノシシが良かったんだな。その気持ちはわかる。誰だって、イノシシがいい。
「アーサー、貴族なんだから、もっといい物を我が家で食べるものだぞ!!」
「これだから、何も知らない奴らは、イノシシを選ぶ。イノシシは、食べるまで、手間がかかるんですよ。その点、蛇は皮さえ綺麗に剥げば、焼くだけで食べられます。鶏肉みたいに美味しいですよ」
「でも、蛇だし」
「すぐ食べなくても」
「虫よりはいいでしょう。虫だって食べられますよ」
「ひぃ!!」
都会っ子のヘラは、想像すら出来ないが、虫と聞いて、悲鳴をあげた。
そう、虫だって、普通に食卓にあがるのだ。辺境では貴重な栄養源である。
「ふ、普通に畜産だってやってるじゃない!!」
「あれは、外用です。お陰で、我が領地は、色々と優遇してもらっていますよ。あんな借金を抱えていても、爵位返上までいかなかったのは、その優遇措置のお陰です。辺境の食糧庫は、簡単に破産してもらっては、辺境が困るのですから」
「………」
普通に畜産で増やされている牛やブタを遠目に見て、沈黙するヘラ。誰だって、あっちのほうがいいんだ。別に、領地民だって、普通に食べる。
「やっぱり、野生の肉は美味しいですよ。ヘラ、これを機に、蜂の子も食べてみましょう。確か、ハチミツ漬けにしたのが残っているはずです」
だけど、アーサーは自然で勝ち抜いた肉のほうが好きだから、畜産で得た肉は、食卓には上げさせなかった。
ヘラ、早々に、後悔し始めた。のどかな田舎を想像してたんだな。都会っ子あるあるだ。
「どこまで歩くの!!」
「だから、馬で行ったほうがいい、と言ったのに」
屋敷を出て随分経つのに、まだ禁則地に到着しないほどの遠出に、ヘラは早速、挫けそうになった。
「義兄上、置いていきますよー」
さらに遠くで、アーサーの義兄リブロが膝をついて、動けなくなっていた。普段から、こういう肉体労働をしないから、リブロ、筋肉も体力もない。だから、その体もだらしない。
ヘラだけでなく、足手まといのリブロもいるから、いつもより作業は遅れている。アーサーはそれでも、笑顔である。こうなることはわかっていたから、すでに、先に指示を送っているのだ。
「ご、ごめんなさい、こんなことになるなんて」
「手伝ってくれる、という、その言葉は嬉しいです。キロン、馬、呼んでください」
「わかった」
笑顔で慰めるアーサー。それに、ヘラは安堵して、表情を綻ばせる。
騙されてるな、ヘラ。昨夜は、アーサー、無茶苦茶、不機嫌で、もう、ヘラのことを悪く言ってたんだ。予定より作業が遅れるから、今日も荒れるな。
しばらくすると、馬二頭がやってきた。途中、動けないリブロを拾い上げ、アーサーの元にやってきた。
「乗ってください」
「アーサーも一緒に」
「馬に乗る時は、いつもキロンと一緒でしたから、乗り方、知らないんです」
「だったら、わたくしと一緒に」
「キロン、あっちの馬に乗りましょう。農耕馬だから、三人でも大丈夫でしょう」
笑顔で拒否するアーサー。一緒に乗ればいいのだが、アーサーは、まだ、俺以外のぬくもりを気持ち悪く感じるんだ。
ヘラ、差し出した手を引っ込め、どうにか笑顔をたもった。アーサーの笑顔の裏の拒絶に気づいたのだろう。
俺はアーサーを前に、だらしなく動けないリブロを後ろに置いて、馬を走らせた。
「お、落ちるぅー」
「落ちたくなかったら、しがみついていろ」
落ちないけど。リブロが情けない声を出すから、俺はあえて、妖精が支えていることを黙っていた。もっと怖がれ。そうすれば、アーサーの気も少しは晴れるだろう。
アーサーはヘラが馬で後ろに着いてきているから、俺の胸に背中を預けて甘えた。
「長期休暇中は、これで移動しよう」
「アーサー、無理しすぎだ。また、痩せてきた」
しっかり食べてはいるんだ。しかし、時々、こっそりと吐いているのを俺は知っている。
「倒れたら、キロンに食べさせてもらう」
「仕方ないな」
口移しだ。それを想像したのか、アーサーは女の顔を見せた。それを垣間見て、俺は衝動を動かした。
ヘラとリブロのせいで、禁則地周辺に到着する頃には、もう、昼食時となっていた。
「遅くなってしまって、すみません」
「いいんですよ、アーサー様。せっかく婚約者がいるのですから、作業、休まれてもいいですよ」
領主代行は、笑顔でアーサーの遅れを許した。
そして、領主代行は孫でもあるリブロを馬から引きずり落とした。
「何するんだよ!!」
「さっさと動け!! ただ馬に乗って移動した程度で、だらしない」
「途中までは歩いたんだよ!!」
「アーサー様も同じだ!! アーサー様と同じ体術と剣術の教師に鍛えられているはずなんだが、この差はなんだ」
「う、うるさい!! 俺は、頭を使うんだ!!!」
「だったら、夜の会議にも参加してもらおう。今週、アーサー様と領地の会議を行うんだ。お前も参加しろ」
「いいだろう。その日は、こんな作業しないからな」
「するに決まっているだろう!! アーサー様はしてるんだ。二歳年上のお前がするのは当然だろう!!!」
「そ、そんなぁ」
情けない姿を見せるリブロ。領主代行はいくら平民といえども、リブロの祖父である。平民の中で、リサ親子は、唯一、領主代行には逆らえないのだ。
領主代行は鞭の音をわざとたてると、リブロはびしっと立ち上がった。もう、反射だな。リブロ、仕方なく、祖父である領主代行に従った。
「獣使いみたいね」
「ああ、そうですね」
「確かに」
さすが、王都で生活しているヘラは、いい表現をしてくれる。
俺とアーサーは、リブロと領主代行の、このやり取りを見て、どう表現しようか、とバカみたいに話し合っていた。ヘラのお陰で、解決だ。
「ヘラは、私と一緒に作業です。えっと、ヘラは、虫、蛇、大丈夫ですか?」
「………虫? えっと、蚊とか」
「………」
都会っ子あるあるだ。アーサーは笑顔のまま、ヘラを作業場へと連れていく。
「ヘラ、無理するなよ。ここは、危なくはないが、えげつないんだ」
「虫を怖がっていたら、婚約者なんてやってられないよ」
「………」
一応、忠告はした。こういうのは、何を言ったって、経験したことがないから、無駄なんだ。だから、俺は見守ることにした。
「ひぃいいーーーー!!!」
早速、リブロが洗礼を受けていた。とんでもない悲鳴に、作業していた者たちがばばっと動き出した。
「あ、アーサー、そんな、慌てなくても」
アーサーまで動き出した。ヘラは、まさか、アーサーが動くなんて思いもしていなかったから、驚いた。
俺はヘラと一緒に行動した。ほら、ヘラ、今、無防備だ。絶対に危ないよ。
リブロが悲鳴をあげた所には、すでに、領地民が囲んでいた。
「義兄上は、どうですか?」
「典型的な落とし穴です」
「ただの落とし穴ですか?」
「そうです」
「はい、全員、作業に戻しましょう。キロン、義兄上を落とし穴から出して、穴、塞いでおいて」
「わかった」
「それだけ!?」
こんなに慌ただしく、全員がリブロの元に集まったというのに、落とし穴に嵌ったというだけで、誰も心配しないことに、ヘラは驚いた。
「ここでは、よくあることだ。お、今回は深いなー。リブロ、アーサーを怒らせたから、妖精も怒ってるんだなー」
「そうなの!?」
「領地の妖精は、アーサーの味方だからな」
アーサーは妖精憑きではない。だけど、アーサーは領地や禁則地にいる妖精たちに愛されている。だから、アーサーがいる限りは、領地は大豊作なのだ。そこのところ、わかっていないのが、アーサーの父親たち、領地民たちである。
その事実を知っているのは、今は領主代行のみである。昔、アーサーの亡くなった母マイアと領主代行で、収穫量の変化を調べたのだ。そこで、気づいたのが、アーサーが誕生してから、減収がなくなったのだ。それどころか、少しずつだが、収穫量が上がっていったのだ。
今ならわかる。アーサーの生まれ持った、妖精の魔法を壊す力が、小屋に閉じ込められていた俺の力を阻害していたのだ。俺は、アーサーに出会う前までは、小屋に閉じ込められ、散々なことをされていた。それを恨み、禁則地を呪ったのだ。それをアーサーは生まれ持った能力で阻害していたのだろう。
そんなこと、アーサーは知らない。領主代行は、アーサーに何かあるのだろう、と知っているが、あえて、黙っていた。時には、知らないほうがいいこともある。
そして、そんなこと知らないアーサーの家族たちは、アーサーに嫌がらせをして、妖精の可愛らしい悪戯を受けるのだ。
アーサーに命令されたから、仕方なく、リブロを助け出した。リブロ、したたか、尻をうって、そのまま動けないでいる。
「こんなに痛いんじゃ、無理だよ!!」
「また、アーサー様に悪さしたな」
「してないよ!! むしろ、アーサーのせいで、俺の長期休暇は滅茶苦茶だよ!!! 友達と遊ぶ約束したのに、全部、アーサーに却下されたんだからな!!!!」
「当然だろう!! アーサー様が働いているのに、お前が遊ぶなんて、許されるわけがないだろう!!!」
「俺は貴族なんだぞ!!」
「アーサー様だって貴族だ!!!」
「俺は長男だ。俺が子爵になるんだ!!! だから、アーサーが働くのは当然なんだよ!!!」
「跡継ぎは、アーサー様だ!!」
口で言ってもわからないから、とうとう、領主代行は鞭をふるった。
「ちくしょー!! お祖父様、覚えていろよ!!! 俺が爵位を引き継いだら、あんたは追放だ!!!」
リブロ、また、口答えして、鞭で痛い目にあった。
そんな光景を離れた所で見ていたヘラは呆れた。
「片親が平民の分際で、生意気な」
「ヘラも、やっぱり貴族ですよね」
ヘラがリブロを見下すのを見て、聞いて、アーサーは驚いた。
「貴族の学校に通えばわかる。片親が平民の子どもは、扱いは平民だ。いくら、片親が貴族と言ったって、成人すれば、貴族とは縁が切られる。それまでに、どうにか、貴族との繋がりを得ようと必死になるが、だいたいは、孤立する。リブロのように、両親ともに貴族の子が友達になるのは、珍しい話だ」
「ふーん」
「友達かどうかは、わからないけど。友達の顔をして、搾取する奴だっている」
そういうものをヘラは学校に通って、見ているのだろう。だから、リブロがいう友達は、友達ではない、とヘラは思っているようだ。
まだ、そういう世間を知らないアーサーにとって、ヘラのこの話は、ためになった。
「ヘラ、学校の話、もっと教えてください。もっと知りたいです」
「じゃあ、夜は同じ部屋で過ごしましょう」
「ヘラも貴族の学校に通うようになったんです。そこは、しっかりと距離をとりましょう」
「あ、そ、そう。で、でも、あそこ、出るんだよね」
ヘラは子爵家の事情から、別館で泊まることになったのだが、別館の噂を知っているから、怖がった。
「ああ、幽霊ですか。あんなの、いませんよ。いたって、妖精の悪戯です」
「でも、夜になんか、物音が」
「古いですからね。大丈夫ですよ」
「きょ、今日は、一緒に」
「じゃあ、今日は、別館で休もう。キロン、準備するように、指示をお願いします」
「わかった」
笑顔で婚約者のお願いを聞き入れるアーサー。だけど、ヘラと同じ部屋で就寝する気はこれっぽっちもない。
物腰柔らかく、常に笑顔のアーサーだけど、ヘラ、それなりに違和感を感じていた。
俺がアーサーと出会う前から、アーサーとヘラは同じ部屋で寝泊りは普通にしていたんだ。それは、俺がアーサーの側から離れなくなってからも続いていた。二人が、三人になっただけだ。
ヘラは、それが続くと普通に思っていた。しかし、アーサーはもう、ヘラと同じ部屋で就寝はしない。
アーサーが側に置くのは、俺だけだ。
その事実を知るのは、今日の就寝時だ。俺は当然のように、その夜も、アーサーと一緒に就寝することとなっている。
その日の作業は、日がまだ高い所で終わった。
「う、ううう、蛇がー」
ヘラ、泣きながら、アーサーに縋りついた。ヘラは全身、泥だらけで、枯草がついて、と悲惨なこととなっていた。
「可哀想に。アーサー、こんな所に婚約者を連れて来るなんて、酷い奴だな!!」
「ヘラが行くというからですよ。止めたのに」
リブロがここぞと責めるが、アーサーは悪くないので、平然としている。
リブロが落とし穴に落ちた後、次はヘラの番だ、とばかりに、連続して、落とし穴に落ちたのだ。ヘラ、運動神経は立派らしく、穴も浅かったから、見事、着地したんだが、そこは、蛇がうようよといたのだ。ヘラ、可愛い悲鳴をあげて、大変なこととなったのだ。
「今回は大量ですよ、アーサー様」
「蛇、美味しいですよね。皮は何かに使えるから、綺麗に剥いでください」
「わかりました。今日はご馳走です。婚約者様、ありがとうございます!!」
その場にいた領地民たちが、酷い目にあった。ヘラにお礼をいった。それを聞いたヘラは、信じられない、と表情を強張らせた。
「義兄上にもいくかと思ったのですが、落とし穴だけだなんて、期待外れでした」
「本当に、とことん、役立たずな孫ですみません」
「どういう意味だよ!!」
そして、あれから落とし穴に落ちまくったリブロは役立たず扱いされた。酷い目にあったというのに、誰も心配していない。それどころか、リブロのこと、使えないな、と見ていた。
「アーサー様、禁則地の入口に、イノシシがありましたよ!!」
「それは、皆さんで分けてください。私は、蛇の肉がいいです。今日の晩は、蛇の蒸し焼きかなー」
「食べるの!?」
よりによって蛇が食卓にあがると聞いて、ヘラは真っ青になった。イノシシが良かったんだな。その気持ちはわかる。誰だって、イノシシがいい。
「アーサー、貴族なんだから、もっといい物を我が家で食べるものだぞ!!」
「これだから、何も知らない奴らは、イノシシを選ぶ。イノシシは、食べるまで、手間がかかるんですよ。その点、蛇は皮さえ綺麗に剥げば、焼くだけで食べられます。鶏肉みたいに美味しいですよ」
「でも、蛇だし」
「すぐ食べなくても」
「虫よりはいいでしょう。虫だって食べられますよ」
「ひぃ!!」
都会っ子のヘラは、想像すら出来ないが、虫と聞いて、悲鳴をあげた。
そう、虫だって、普通に食卓にあがるのだ。辺境では貴重な栄養源である。
「ふ、普通に畜産だってやってるじゃない!!」
「あれは、外用です。お陰で、我が領地は、色々と優遇してもらっていますよ。あんな借金を抱えていても、爵位返上までいかなかったのは、その優遇措置のお陰です。辺境の食糧庫は、簡単に破産してもらっては、辺境が困るのですから」
「………」
普通に畜産で増やされている牛やブタを遠目に見て、沈黙するヘラ。誰だって、あっちのほうがいいんだ。別に、領地民だって、普通に食べる。
「やっぱり、野生の肉は美味しいですよ。ヘラ、これを機に、蜂の子も食べてみましょう。確か、ハチミツ漬けにしたのが残っているはずです」
だけど、アーサーは自然で勝ち抜いた肉のほうが好きだから、畜産で得た肉は、食卓には上げさせなかった。
ヘラ、早々に、後悔し始めた。のどかな田舎を想像してたんだな。都会っ子あるあるだ。
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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