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外伝 王都の休日
秘密の告白
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この手紙を手にしたのは、誰かな? もし、領地民なら、どうか、妖精憑きキロンに届けてほしい。この手紙は、キロンに宛てた手紙だ。読んではいけない。
キロン、元気にしているだろうか。この手紙を君が読んでいるということは、僕は死んだんだな。
僕は、一族を道連れにしてでも、アーサー様に、キロンに、償わなければならない。僕たち一族のせいで、キロンは百年近くも小屋で虐待を受け、アーサー様はリサによって不幸となった。
リサという女を作ったのは、僕の父だ。僕の父は、先祖が子爵であったことに、野望を抱いていた。いつか、本物の子爵になってやる、と考えていたのだ。そんな時に、妖精憑きが誕生した。
父が言っていた。何かが囁いたんだ、と。妖精憑きを小屋に閉じ込めろ、と何かに言われたんだとか。そして、それから、妖精憑きを虐待するようになった。
僕は父の教育を受けたが、きちんと、貴族の学校にも通った。幼い子供ならばともかく、貴族の学校を卒業した僕は、父のやったことがとんでもないことだと知ったんだ。妖精憑きを虐待することで、辺境の食糧庫はどんどんと貧しくなっている、と僕は父に訴えた。ところが、そういうと、突然、大金が舞い込んでくる。
結局、この好転と転落の繰り返しで、僕は妖精憑きを小屋から解放出来なかった。
その間に、子爵は借金を抱えたことから、王都から辺境に移り住むこととなった。この事が、父の野望に火をつけたのだ。
先祖は同じだ。父は子爵家を乗っ取ろうと企んだ。そして誕生したのが、リサだ。
リサは、赤ん坊の頃から綺麗だった。成長すれば、目を瞠るほどの美しさに、早々に、子爵の手がついたんだ。リサは、最初、先代子爵の愛人だった。
リサに先代子爵が手をつけたことで、父は子爵家を乗っ取れると確信したんだ。それからは、リサは好き放題だ。僕たちが叱ったって、父がリサを庇った。
そして、年頃となった子爵様が、リサに恋をした。当然だ。こんなど田舎でも、貴族の学校でも、リサほど美しい娘はいない。こうして、子爵様とリサが結婚して、父の野望である子爵家乗っ取りが現実になるかに見えた。
その野望が叶わなかったのは、領地の借金が膨大だったからだ。父は、領地代行を僕に押し付けたため、現状を知らなかった。せっせと、リサを使って、先代と子爵様を誘惑して、としていた。
領地がそのころには、もう、取返しのつかないほどの借金を抱えていたというのに。
そして、男爵が借金の証文を持って、乗っ取りにやってきた。父はリサを使って、男爵を誘惑しようとしたが、逆にリサを殴り、父を杖で打ちのめした。その時の傷が原因で、父は死んだ。身の程をわきまえない末路を見たと思ったよ。
だが、この頃には、リサは妊娠していた。子爵様はマイア様と強制的に結婚させられたが、白い結婚を貫いた。マイア様は綺麗だが、どうしても、貴族的な気位の高さが、子爵様の鼻についたのだろう。
こうして、リサは子爵様の愛人となり、子を二人産み落とした。亡くなった父の野望通り、このまま、子爵家はリサが乗っ取るかに見えた。
そこに誕生したのが、アーサー様だ。アーサー様の誕生に、私も、最初は悔しさを感じた。子爵様は正直、尊敬できるような方ではなかった。僕でいいじゃないか、と思ったほどだ。
それも、マイア様の教育を受けたアーサー様を見て、接して、思い知らされた。あれこそが、貴族だと思った。父の野望は、バカなことだと思い知らされた。
だが、父の妄執により、子爵家の乗っ取りを諦めなかったリサは、やりたい放題だ。その悪賢さで、僕の跡継ぎまで味方につけて、アーサー様を虐待したと知った時は、死ぬ覚悟をした。
それを救ってくれたのが、アーサー様だ。僕が土下座して、謝罪して、息子たちの助命を願った。アーサー様は許してくれた。そして、僕は覚悟を決めた。
リサを落ちるところまで落とすために、命をかけよう。
アーサー様を見ていれば、わかります。アーサー様は、子爵様、リサ親子を貶めようと機会を伺っている、と。だから、僕は命をかけて、リサを本当の犯罪者にしたててやろう、と考えた。
僕の跡継ぎは、結局、また、アーサー様を裏切った。反省した、と言っていたが、同じことをした。僕一人で済ましたかったが、僕の跡継ぎが内乱でアーサー様の敵となった時、一族郎党道連れにすると決めました。
リサを見てみなさい。リサは、反省しない。好き勝手して、何もかも、人のせいにする。
だから、僕は、一族郎党、道連れにするために、夜食に睡眠薬をいれることにした。
リサもリブロもエリザも追い込まれていた。あれらは、本当によく似た親子だ。反省しないし、口だけだ。実際には、大したことなんて、何も出来ないんだ。
アーサー様は意図的に、リサ親子を追い詰めていった。口だけだが、追い詰められたら、何かをしてやろうと考えるものだ。
この手紙が回収されず、読まれているということは、僕は死んだということだね。一族郎党ではないかもしれない。一族郎党道連れにするつもりで、僕はリサを鞭打ち、孫であるリブロとエリザに厳しいことを言ってやった。
亡くなったマイア様と、アーサー様を称え、リサとリブロ、エリザを蔑んだ。
そして、僕は死んで、リサ親子は犯罪奴隷として、厳しい処分を受けたのだろう。そうであればいい、と思っている。
キロン、お前は悪くない。アーサー様と同じだ。お前は、悪くないんだ。
僕が頼んだ買い物のことは、忘れなさい。
別邸と本邸の秘密のことも、忘れなさい。
この手紙も、読んだら、燃やしなさい。
そして、アーサー様と一緒に、この領地を出るんだ。いつまでも、こんな領地に縛られてはいけない。お前は自由だ。
アーサー様は、こんな狭い領地に縛られていい人ではない。もっと広い世界に出て行く人だ。アーサー様がまだ、領地に縛られているようなら、キロンが、連れ出しなさい。
教皇長フーリードの手配で、お忍びで、男爵家の屋敷に行くことが出来た。レオナ義母上にバレたら、叱られちゃうな。
でも、どうしても、男爵家の屋敷に行って、見たかった。
男爵家の屋敷の近くには、離れが作られていた。案内されて入ってみれば、母アーシャが過去に身に着けた衣服や、持ち物が保管されていた。その中には、父キロンが気まぐれに書いたというスケッチブックが棚に並んでいた。僕は、それが見たくて、わざわざ、ここにお忍びで来たんだ。
スケッチブックを開けば、単色だけど、まるで生きているかのような絵が描き散らされていた。
父キロンは、母アーシャと出会ってからずっと、フーリードの薦めで、絵を描いていた。描かれた絵のほとんどは母アーシャだ。
力の強い妖精憑きは才能が化け物だという。父キロンは、かなり強い妖精憑きだったらしく、絵の才能も高かった。単色でありながらも、母アーシャは生きているかのように見えた。
「母上」
僕にそっくりだという母アーシャ。だけど、父が描く母は、女の子だ。成長していって、それも、女の顔を見せていく。
「あ、フローラもいますね。フローラ、こんな子どもだったんだ」
「フローラは、伯爵家の仕来りで、一か月ほど、アーシャ様が育った領地で、農業体験をしたそうです。その時に描かれたものですね」
「知らない女性がいますね」
「ヘリオスです」
「女性に見えるのですが」
「その頃、アーシャ様は男アーサーと偽っていました。ヘリオスは、アーシャ様の婚約者となるために、女ヘラと偽っていました」
「へー」
僕はスケッチブックに描かれた幼いヘリオスと、後ろで苦い顔をしている護衛ヘリオスを見比べた。面影すらないね。
「すごいなー。母上への父上の執着が見えます。とても、浮気者とは思えませんね」
父キロンには、とんでもない数の子と孫、ひ孫が存在するのだ。過去の親子鑑定を見せられた時は、呆れた。母アーシャが誕生するよりも前の話なんだが、その数が膨大なのだ。経過を聞くと、僕は何とも言えない。父キロンだけが悪いわけではない。だけど、母と僕にとって、父は悪い。
父は悪く、最低最悪だと思うのだけど、このスケッチブックを見ると、許してしまいたくなる。父は母だけを見ているとわかるほど、母アーシャを綺麗に描いている。
「うーん、見つからないわー」
使用人と一緒に、先代男爵夫人が、母アーシャが残した持ち物の中から、何かを探していた。
「一緒に探しましょうか?」
「いえ、探すというほどのものでもないのよ。アーシャは、そこまで物持ちじゃないの。だから、逆になくなるはずがないのに」
確かに、箱一つの中身を広げているが、それは、大した量ではない。
「母上、服も物も、最低限しか、持っていなかったんですね」
「どうかしらー。ほら、屋敷を筆頭魔法使い様が燃やしてしまったから。あの燃えてしまった屋敷には、それなりにあったかもしれないわね」
「………」
筆頭魔法使いティーレットが、母アーシャを王都に連れて行くために、子爵家の本邸を消し炭にしたのだ。結局、母は父と一緒に、どこかに出奔してしまい、そのまま、帝国のどこかで亡くなったという話だ。
「それなのに、どうして、父上のスケッチブックは残っているのですか?」
母アーシャと出会ってから描かれ続けているスケッチブックの数は膨大だ。大事だったはずだ。
「アーシャが我が家で保護されてから、キロンが送ってくれたのよ。元は別邸に保管されていたものなんだけど、リサ親子が何かするといけないから、と保管を依頼してきたの。それから、ずっと、我が家で預かっていて、そのままよ」
「あれ、僕?」
最後のほうには、母アーシャと赤ん坊が描かれていた。しかも、妖精たちまで一緒だ。知らない妖精だなー。
「居場所はわからなかったけど、送ってくれたのよ」
「僕のことも、見てくれてたんだ」
最後の二冊だけだけど、僕が描かれているのは、嬉しい。
「あーん、見つからないわー。どうしよう」
「何が見つからないのですか?」
「アーシャの指輪よ。出店で売られている、安い指輪なんだけど、アーシャは大事にしていて、いつかは取りに行くから、と言っていたのよ」
「指輪って、これですか?」
僕は、スケッチブックに描かれている単色の指輪を先代男爵夫人に開いて見せた。指輪二つが、母アーシャの指につけられていたり、赤ん坊の僕が握っていたりしていた。
「そう、これよ!! でも、返していないわ。もしかして、同じ物を買ったのかしら」
「こっそりと持って行ったのかもしれないよ。ほら、父上はフーリードよりも強い妖精憑きだ。ティーレットだって、勝てなかったと聞いてる」
「そんなに強い妖精憑きなの!?」
「らしいね。僕は赤ん坊の頃だから、父上のこと、覚えていないけど」
ティーレットがいうには、父キロンは、とても強い妖精憑きだという。筆頭魔法使いであるティーレットでも勝てなかった、と言っていた。
負けてもいないけど。
記憶にない父キロン。姿絵すら存在しない。父は、母アーシャのことばかり描いて、父自身の姿は残さなかった。
あるのは、口伝のみである。
ともかく、綺麗な男だった。口は悪いが、アーシャ一筋で、いつも、側にいた。
一年間、母アーシャが家族の裏切りにより、小屋に閉じ込められた時も、父キロンは側から離れず、妖精憑きの力を悪用せず、体を張って、アーシャを守ったという。
それほどの強い想いを持っていながら、母アーシャと出会う前までは、たくさんの男たち、女たちを惑わし、子、孫、ひ孫まで誕生させた。そのことは、母アーシャが生きている間だけでなく、死後まで、言われ続けることとなった。
「母上は、結局、男爵家の皆さんのことは、認識出来なかったのですね」
話では聞いている。気狂いとなった母の精神を戻すために、神が祝福を与えたのだ。しかし、神の祝福が壊されるといけないので、母アーシャを愛した男爵家の存在自体、感じることも出来なくしたという。
「それが、最後は、思い出したみたいよ。アーレイが教えてくれたわ」
「神の祝福が解けたのかな?」
「子爵家のお家騒動の終結のために、夫が現場に連れて行かれたのだけど、アーシャは夫のことを認識していたと聞いてるわ。何かしたのかもしれないわね」
「神の祝福を打ち破るようなことを母上がしたのかな? それとも、父上がやったのかな?」
「ただの人の目にはわからないことが起こったのですよ」
わからないことは全て、それで済ますのが、ただの人である。
だけど、妖精憑きでもある僕は気になる。現場に関わっていた妖精憑きは、教皇長フーリードと筆頭魔法使いティーレット、賢者ラシフ、父キロンの四人だ。
「フーリードが最後に見た母上は、どうしていましたか?」
どうしても聞きたかった。僕は、父のことも、母のことも、全て知りたい。知って、僕だけの父と母だと言いたい。
フーリードは、少し考えこんだ。
「あの時、アーシャに施されていた神の祝福が破裂したことは確かです。あまりのことに、現場を見に行ったのですが、女帝レオナ様が暴れるアーシャを拘束して、大変なことになってましたね」
「気狂いを起こしてた?」
「アーシャには、何か秘密があったと思います。その秘密をキロンが隠していました。私が知っていることといえば、それだけです」
「わかりました」
フーリードでさえ、母アーシャの秘密は教えてもらえなかったのだろう。知っていれば、神の祝福を吹き飛ばしたのは母だとわかるはずだ。
父キロンは、僕にだけ手紙を残してくれた。他の腹違いの兄姉たちには、何も残さなかった。
父の手紙には、母の秘密が書かれていた。母は、生まれついての妖精殺しだという。その能力は、僕も引き継ぐはずだったが、父の力で、能力は消されたという。
父は、僕にだけ、秘密を教えてくれた。誰にも言っていない、という。僕だけが特別だから、教えてくれる、と手紙に書いてあった。
これを読んでるアーサーは、何歳だ? アーシャは、生きた歳までの手紙をアーサー宛に残していたな。きっと、それよりは上の年齢だと思ってる。
本当は、俺は、秘密を墓場まで持っていくつもりだった。だけど、アーサーにだけ、こっそり教えてやる。いいか、誰にも教えるなよ。このことを知っているのは、俺と、手紙を読んでるアーサーだけだ。俺の愛人、子、孫、ひ孫と勝手に言ってる奴らすら知らない。実は、アーシャにも教えていない秘密だ。
実は、俺は、帝国を滅ぼす試練と言われる凶星の申し子なんだ。俺は、妖精に言われるままに、領地を恨み、妖精を恨み、禁則地を百年近くかけて呪って、滅ぼそうとしたんだ。禁則地が滅ぶと、帝国にある聖域は機能しなくなるんだ。知ってたか?
俺は、妖精が大嫌いだ。妖精のせいで、家族に捨てられ、小屋に閉じ込められ、酷い目にあっていた。だから、妖精の安息地とも呼ばれる禁則地を滅ぼして、妖精を困らせてやろう、と考えたんだ。
そんな悪い俺を退治したのが、お前の母アーシャだ。アーシャは、見た目は普通の人だが、妖精殺しなんだ。妖精の良い魔法も悪い魔法も届かない、特別な人なんだ。アーシャは、妖精殺しで、俺を小屋に閉じ込めた妖精封じを壊し、俺の呪いを吹き飛ばしてしまったんだ。
アーシャは、意識して妖精殺しの力を使ったわけではない。そういう体質なんだ。
禁則地を呪った俺は、ただの人にとっては、領地民に虐待された憐れな妖精憑きに見えたんだな。俺の悪行は誰にも知られることなく、俺はアーシャに保護された。それから、俺はアーシャを一生懸命、口説いた。
俺との約束を守って、俺のために行動して、俺のために言葉を重ねてくれたのは、アーシャだけだ。
だから、俺はアーシャから離れなかった。そのせいで、アーシャは、不幸になった。
凶星の申し子は、そこにいるだけで、運命を捻じ曲げるんだ。俺がアーシャの側にいるから、アーシャは不幸になっていった。俺は、さっさと離れて、死ぬべきだった。
だけど、アーシャは俺がいないと、死んでしまう。アーシャの妖精殺しの体質は、妖精を狂わせる毒に侵されているだけなんだ。何もしないと死んでしまうから、妖精憑きの寿命を奪って、アーシャは生き続けていただけなんだ。
俺は、他の妖精憑きの寿命が必要なくなるほど、アーシャの中を俺の寿命で満たした。そうして、アーシャを生かした。
俺がいなくなっても、アーシャは生きていける。神殿に行けば、妖精憑きはいっぱいだ。そこで寿命を奪えばいい。何度も、そう思った。だけど、俺はアーシャの全てが欲しかったから、不幸になっても、アーシャから離れられなかった。
ごめんな、俺のせいで、アーサーは一人にさせてしまった。俺が父親じゃなかったら、きっと、お前はアーシャと、別の父親と、穏やかな一生を過ごしていたかもしれない。
アーシャには、最後まで、俺が凶星の申し子だとは、言えなかった。
もしかしたら、アーサーは結婚しているか? だったら、絶対に女を怒らせるな。女は怒ると、本当に怖いんだ。
アーシャには、神の祝福が施されていた。あれは、俺でも解除出来なかったんだ。そのまま、神の祝福によって、歪んだままかに思われていた。
子爵家のお家騒動の時、とうとう、アーシャは怒りを爆発させたんだ。その時、妖精殺しの力が発動したんだろう。神の祝福まで吹き飛ばしたんだ。ただの人には見えないが、妖精憑きには見える現象だ。遠くまで、神の祝福が破裂する音が響き渡ったんだ。
女は怒ると、とんでもない力を発揮する。その瞬間を俺は目の当たりにした。
女が怒った時は、ともかく、言い訳もせず、謝るんだ。言い訳なんて、しちゃダメだ。謝って、許してもらえ。その女が、愛して妻にした女なら、猶更だ。大事にしろ。
お前の父親は最低最悪だ。生まれは凶星の申し子だし、母親と出会う前までは、浮気者な妖精憑きだ。だけど、お前の母親はすごい女だ。帝国最強の妖精憑きである筆頭魔法使いティーレットでさえ、俺には勝てなかった。なのに、お前の母親は俺に勝った上、俺の寿命を奪って、たった数年で俺を殺したんだ。誰も出来ることじゃない。お前の母親は、帝国を救った、すごい女なんだ。
だけど、その事は、俺とお前だけの秘密だ。誰にもいうなよ。女帝にだって、内緒だ。
アーシャはただ、俺と一緒に生きて、俺と一緒に死んだだけだ。アーシャは、生きようと思えば、生きれたんだ。他の妖精憑きの寿命を奪えば、今も、息子の側に立っていただろう。なのに、アーシャは純粋に、俺のために、死んだ。俺と違って、アーシャは浮気しない。生涯、俺のものでいてくれた。アーサーのことを捨てたんじゃない。俺の過去にしがみつく女たち、子、孫を見て、アーシャは学んだんだ。
アーサーの父親も、アーシャの夫も、アーシャの妖精憑きも、俺だけだ。
俺は、アーシャには、俺のことを秘密にした。ついでに、アーサー、お前のこともだ。お前、本当は、誕生すら出来なかったんだぞ。アーシャには、腹の中にいる胎児を育てる力が備わっていなかった。だから、俺が寿命を捧げて、育てたんだ。アーシャが、普通の子であってほしい、と願ったから、お前に引き継がれるはずだった妖精殺しの体質もなくすために、寿命を捧げた。アーシャを生かすために、アーサーをただの人に誕生させるために、俺は、四百年もあった寿命を全部使った。後悔していない。俺は、死んだほうがいい存在だ。この寿命をアーシャとアーサーのために使えて、良かった。
なのに、お前、妖精憑きとして誕生しちゃうから、驚いた。禁則地で育てたからかな。
この手紙は、禁則地の妖精に預けた。いつか、アーサーが辺境の領地にやってきた時、届けてもらうように、頼んだ。その時は、貴族になってるか、それとも、皇族として視察に来てるのか。
贅沢は言わない。ただ、元気であればいい。俺もアーシャも、お前の幸福を神と妖精、聖域に祈っている。
キロン、元気にしているだろうか。この手紙を君が読んでいるということは、僕は死んだんだな。
僕は、一族を道連れにしてでも、アーサー様に、キロンに、償わなければならない。僕たち一族のせいで、キロンは百年近くも小屋で虐待を受け、アーサー様はリサによって不幸となった。
リサという女を作ったのは、僕の父だ。僕の父は、先祖が子爵であったことに、野望を抱いていた。いつか、本物の子爵になってやる、と考えていたのだ。そんな時に、妖精憑きが誕生した。
父が言っていた。何かが囁いたんだ、と。妖精憑きを小屋に閉じ込めろ、と何かに言われたんだとか。そして、それから、妖精憑きを虐待するようになった。
僕は父の教育を受けたが、きちんと、貴族の学校にも通った。幼い子供ならばともかく、貴族の学校を卒業した僕は、父のやったことがとんでもないことだと知ったんだ。妖精憑きを虐待することで、辺境の食糧庫はどんどんと貧しくなっている、と僕は父に訴えた。ところが、そういうと、突然、大金が舞い込んでくる。
結局、この好転と転落の繰り返しで、僕は妖精憑きを小屋から解放出来なかった。
その間に、子爵は借金を抱えたことから、王都から辺境に移り住むこととなった。この事が、父の野望に火をつけたのだ。
先祖は同じだ。父は子爵家を乗っ取ろうと企んだ。そして誕生したのが、リサだ。
リサは、赤ん坊の頃から綺麗だった。成長すれば、目を瞠るほどの美しさに、早々に、子爵の手がついたんだ。リサは、最初、先代子爵の愛人だった。
リサに先代子爵が手をつけたことで、父は子爵家を乗っ取れると確信したんだ。それからは、リサは好き放題だ。僕たちが叱ったって、父がリサを庇った。
そして、年頃となった子爵様が、リサに恋をした。当然だ。こんなど田舎でも、貴族の学校でも、リサほど美しい娘はいない。こうして、子爵様とリサが結婚して、父の野望である子爵家乗っ取りが現実になるかに見えた。
その野望が叶わなかったのは、領地の借金が膨大だったからだ。父は、領地代行を僕に押し付けたため、現状を知らなかった。せっせと、リサを使って、先代と子爵様を誘惑して、としていた。
領地がそのころには、もう、取返しのつかないほどの借金を抱えていたというのに。
そして、男爵が借金の証文を持って、乗っ取りにやってきた。父はリサを使って、男爵を誘惑しようとしたが、逆にリサを殴り、父を杖で打ちのめした。その時の傷が原因で、父は死んだ。身の程をわきまえない末路を見たと思ったよ。
だが、この頃には、リサは妊娠していた。子爵様はマイア様と強制的に結婚させられたが、白い結婚を貫いた。マイア様は綺麗だが、どうしても、貴族的な気位の高さが、子爵様の鼻についたのだろう。
こうして、リサは子爵様の愛人となり、子を二人産み落とした。亡くなった父の野望通り、このまま、子爵家はリサが乗っ取るかに見えた。
そこに誕生したのが、アーサー様だ。アーサー様の誕生に、私も、最初は悔しさを感じた。子爵様は正直、尊敬できるような方ではなかった。僕でいいじゃないか、と思ったほどだ。
それも、マイア様の教育を受けたアーサー様を見て、接して、思い知らされた。あれこそが、貴族だと思った。父の野望は、バカなことだと思い知らされた。
だが、父の妄執により、子爵家の乗っ取りを諦めなかったリサは、やりたい放題だ。その悪賢さで、僕の跡継ぎまで味方につけて、アーサー様を虐待したと知った時は、死ぬ覚悟をした。
それを救ってくれたのが、アーサー様だ。僕が土下座して、謝罪して、息子たちの助命を願った。アーサー様は許してくれた。そして、僕は覚悟を決めた。
リサを落ちるところまで落とすために、命をかけよう。
アーサー様を見ていれば、わかります。アーサー様は、子爵様、リサ親子を貶めようと機会を伺っている、と。だから、僕は命をかけて、リサを本当の犯罪者にしたててやろう、と考えた。
僕の跡継ぎは、結局、また、アーサー様を裏切った。反省した、と言っていたが、同じことをした。僕一人で済ましたかったが、僕の跡継ぎが内乱でアーサー様の敵となった時、一族郎党道連れにすると決めました。
リサを見てみなさい。リサは、反省しない。好き勝手して、何もかも、人のせいにする。
だから、僕は、一族郎党、道連れにするために、夜食に睡眠薬をいれることにした。
リサもリブロもエリザも追い込まれていた。あれらは、本当によく似た親子だ。反省しないし、口だけだ。実際には、大したことなんて、何も出来ないんだ。
アーサー様は意図的に、リサ親子を追い詰めていった。口だけだが、追い詰められたら、何かをしてやろうと考えるものだ。
この手紙が回収されず、読まれているということは、僕は死んだということだね。一族郎党ではないかもしれない。一族郎党道連れにするつもりで、僕はリサを鞭打ち、孫であるリブロとエリザに厳しいことを言ってやった。
亡くなったマイア様と、アーサー様を称え、リサとリブロ、エリザを蔑んだ。
そして、僕は死んで、リサ親子は犯罪奴隷として、厳しい処分を受けたのだろう。そうであればいい、と思っている。
キロン、お前は悪くない。アーサー様と同じだ。お前は、悪くないんだ。
僕が頼んだ買い物のことは、忘れなさい。
別邸と本邸の秘密のことも、忘れなさい。
この手紙も、読んだら、燃やしなさい。
そして、アーサー様と一緒に、この領地を出るんだ。いつまでも、こんな領地に縛られてはいけない。お前は自由だ。
アーサー様は、こんな狭い領地に縛られていい人ではない。もっと広い世界に出て行く人だ。アーサー様がまだ、領地に縛られているようなら、キロンが、連れ出しなさい。
教皇長フーリードの手配で、お忍びで、男爵家の屋敷に行くことが出来た。レオナ義母上にバレたら、叱られちゃうな。
でも、どうしても、男爵家の屋敷に行って、見たかった。
男爵家の屋敷の近くには、離れが作られていた。案内されて入ってみれば、母アーシャが過去に身に着けた衣服や、持ち物が保管されていた。その中には、父キロンが気まぐれに書いたというスケッチブックが棚に並んでいた。僕は、それが見たくて、わざわざ、ここにお忍びで来たんだ。
スケッチブックを開けば、単色だけど、まるで生きているかのような絵が描き散らされていた。
父キロンは、母アーシャと出会ってからずっと、フーリードの薦めで、絵を描いていた。描かれた絵のほとんどは母アーシャだ。
力の強い妖精憑きは才能が化け物だという。父キロンは、かなり強い妖精憑きだったらしく、絵の才能も高かった。単色でありながらも、母アーシャは生きているかのように見えた。
「母上」
僕にそっくりだという母アーシャ。だけど、父が描く母は、女の子だ。成長していって、それも、女の顔を見せていく。
「あ、フローラもいますね。フローラ、こんな子どもだったんだ」
「フローラは、伯爵家の仕来りで、一か月ほど、アーシャ様が育った領地で、農業体験をしたそうです。その時に描かれたものですね」
「知らない女性がいますね」
「ヘリオスです」
「女性に見えるのですが」
「その頃、アーシャ様は男アーサーと偽っていました。ヘリオスは、アーシャ様の婚約者となるために、女ヘラと偽っていました」
「へー」
僕はスケッチブックに描かれた幼いヘリオスと、後ろで苦い顔をしている護衛ヘリオスを見比べた。面影すらないね。
「すごいなー。母上への父上の執着が見えます。とても、浮気者とは思えませんね」
父キロンには、とんでもない数の子と孫、ひ孫が存在するのだ。過去の親子鑑定を見せられた時は、呆れた。母アーシャが誕生するよりも前の話なんだが、その数が膨大なのだ。経過を聞くと、僕は何とも言えない。父キロンだけが悪いわけではない。だけど、母と僕にとって、父は悪い。
父は悪く、最低最悪だと思うのだけど、このスケッチブックを見ると、許してしまいたくなる。父は母だけを見ているとわかるほど、母アーシャを綺麗に描いている。
「うーん、見つからないわー」
使用人と一緒に、先代男爵夫人が、母アーシャが残した持ち物の中から、何かを探していた。
「一緒に探しましょうか?」
「いえ、探すというほどのものでもないのよ。アーシャは、そこまで物持ちじゃないの。だから、逆になくなるはずがないのに」
確かに、箱一つの中身を広げているが、それは、大した量ではない。
「母上、服も物も、最低限しか、持っていなかったんですね」
「どうかしらー。ほら、屋敷を筆頭魔法使い様が燃やしてしまったから。あの燃えてしまった屋敷には、それなりにあったかもしれないわね」
「………」
筆頭魔法使いティーレットが、母アーシャを王都に連れて行くために、子爵家の本邸を消し炭にしたのだ。結局、母は父と一緒に、どこかに出奔してしまい、そのまま、帝国のどこかで亡くなったという話だ。
「それなのに、どうして、父上のスケッチブックは残っているのですか?」
母アーシャと出会ってから描かれ続けているスケッチブックの数は膨大だ。大事だったはずだ。
「アーシャが我が家で保護されてから、キロンが送ってくれたのよ。元は別邸に保管されていたものなんだけど、リサ親子が何かするといけないから、と保管を依頼してきたの。それから、ずっと、我が家で預かっていて、そのままよ」
「あれ、僕?」
最後のほうには、母アーシャと赤ん坊が描かれていた。しかも、妖精たちまで一緒だ。知らない妖精だなー。
「居場所はわからなかったけど、送ってくれたのよ」
「僕のことも、見てくれてたんだ」
最後の二冊だけだけど、僕が描かれているのは、嬉しい。
「あーん、見つからないわー。どうしよう」
「何が見つからないのですか?」
「アーシャの指輪よ。出店で売られている、安い指輪なんだけど、アーシャは大事にしていて、いつかは取りに行くから、と言っていたのよ」
「指輪って、これですか?」
僕は、スケッチブックに描かれている単色の指輪を先代男爵夫人に開いて見せた。指輪二つが、母アーシャの指につけられていたり、赤ん坊の僕が握っていたりしていた。
「そう、これよ!! でも、返していないわ。もしかして、同じ物を買ったのかしら」
「こっそりと持って行ったのかもしれないよ。ほら、父上はフーリードよりも強い妖精憑きだ。ティーレットだって、勝てなかったと聞いてる」
「そんなに強い妖精憑きなの!?」
「らしいね。僕は赤ん坊の頃だから、父上のこと、覚えていないけど」
ティーレットがいうには、父キロンは、とても強い妖精憑きだという。筆頭魔法使いであるティーレットでも勝てなかった、と言っていた。
負けてもいないけど。
記憶にない父キロン。姿絵すら存在しない。父は、母アーシャのことばかり描いて、父自身の姿は残さなかった。
あるのは、口伝のみである。
ともかく、綺麗な男だった。口は悪いが、アーシャ一筋で、いつも、側にいた。
一年間、母アーシャが家族の裏切りにより、小屋に閉じ込められた時も、父キロンは側から離れず、妖精憑きの力を悪用せず、体を張って、アーシャを守ったという。
それほどの強い想いを持っていながら、母アーシャと出会う前までは、たくさんの男たち、女たちを惑わし、子、孫、ひ孫まで誕生させた。そのことは、母アーシャが生きている間だけでなく、死後まで、言われ続けることとなった。
「母上は、結局、男爵家の皆さんのことは、認識出来なかったのですね」
話では聞いている。気狂いとなった母の精神を戻すために、神が祝福を与えたのだ。しかし、神の祝福が壊されるといけないので、母アーシャを愛した男爵家の存在自体、感じることも出来なくしたという。
「それが、最後は、思い出したみたいよ。アーレイが教えてくれたわ」
「神の祝福が解けたのかな?」
「子爵家のお家騒動の終結のために、夫が現場に連れて行かれたのだけど、アーシャは夫のことを認識していたと聞いてるわ。何かしたのかもしれないわね」
「神の祝福を打ち破るようなことを母上がしたのかな? それとも、父上がやったのかな?」
「ただの人の目にはわからないことが起こったのですよ」
わからないことは全て、それで済ますのが、ただの人である。
だけど、妖精憑きでもある僕は気になる。現場に関わっていた妖精憑きは、教皇長フーリードと筆頭魔法使いティーレット、賢者ラシフ、父キロンの四人だ。
「フーリードが最後に見た母上は、どうしていましたか?」
どうしても聞きたかった。僕は、父のことも、母のことも、全て知りたい。知って、僕だけの父と母だと言いたい。
フーリードは、少し考えこんだ。
「あの時、アーシャに施されていた神の祝福が破裂したことは確かです。あまりのことに、現場を見に行ったのですが、女帝レオナ様が暴れるアーシャを拘束して、大変なことになってましたね」
「気狂いを起こしてた?」
「アーシャには、何か秘密があったと思います。その秘密をキロンが隠していました。私が知っていることといえば、それだけです」
「わかりました」
フーリードでさえ、母アーシャの秘密は教えてもらえなかったのだろう。知っていれば、神の祝福を吹き飛ばしたのは母だとわかるはずだ。
父キロンは、僕にだけ手紙を残してくれた。他の腹違いの兄姉たちには、何も残さなかった。
父の手紙には、母の秘密が書かれていた。母は、生まれついての妖精殺しだという。その能力は、僕も引き継ぐはずだったが、父の力で、能力は消されたという。
父は、僕にだけ、秘密を教えてくれた。誰にも言っていない、という。僕だけが特別だから、教えてくれる、と手紙に書いてあった。
これを読んでるアーサーは、何歳だ? アーシャは、生きた歳までの手紙をアーサー宛に残していたな。きっと、それよりは上の年齢だと思ってる。
本当は、俺は、秘密を墓場まで持っていくつもりだった。だけど、アーサーにだけ、こっそり教えてやる。いいか、誰にも教えるなよ。このことを知っているのは、俺と、手紙を読んでるアーサーだけだ。俺の愛人、子、孫、ひ孫と勝手に言ってる奴らすら知らない。実は、アーシャにも教えていない秘密だ。
実は、俺は、帝国を滅ぼす試練と言われる凶星の申し子なんだ。俺は、妖精に言われるままに、領地を恨み、妖精を恨み、禁則地を百年近くかけて呪って、滅ぼそうとしたんだ。禁則地が滅ぶと、帝国にある聖域は機能しなくなるんだ。知ってたか?
俺は、妖精が大嫌いだ。妖精のせいで、家族に捨てられ、小屋に閉じ込められ、酷い目にあっていた。だから、妖精の安息地とも呼ばれる禁則地を滅ぼして、妖精を困らせてやろう、と考えたんだ。
そんな悪い俺を退治したのが、お前の母アーシャだ。アーシャは、見た目は普通の人だが、妖精殺しなんだ。妖精の良い魔法も悪い魔法も届かない、特別な人なんだ。アーシャは、妖精殺しで、俺を小屋に閉じ込めた妖精封じを壊し、俺の呪いを吹き飛ばしてしまったんだ。
アーシャは、意識して妖精殺しの力を使ったわけではない。そういう体質なんだ。
禁則地を呪った俺は、ただの人にとっては、領地民に虐待された憐れな妖精憑きに見えたんだな。俺の悪行は誰にも知られることなく、俺はアーシャに保護された。それから、俺はアーシャを一生懸命、口説いた。
俺との約束を守って、俺のために行動して、俺のために言葉を重ねてくれたのは、アーシャだけだ。
だから、俺はアーシャから離れなかった。そのせいで、アーシャは、不幸になった。
凶星の申し子は、そこにいるだけで、運命を捻じ曲げるんだ。俺がアーシャの側にいるから、アーシャは不幸になっていった。俺は、さっさと離れて、死ぬべきだった。
だけど、アーシャは俺がいないと、死んでしまう。アーシャの妖精殺しの体質は、妖精を狂わせる毒に侵されているだけなんだ。何もしないと死んでしまうから、妖精憑きの寿命を奪って、アーシャは生き続けていただけなんだ。
俺は、他の妖精憑きの寿命が必要なくなるほど、アーシャの中を俺の寿命で満たした。そうして、アーシャを生かした。
俺がいなくなっても、アーシャは生きていける。神殿に行けば、妖精憑きはいっぱいだ。そこで寿命を奪えばいい。何度も、そう思った。だけど、俺はアーシャの全てが欲しかったから、不幸になっても、アーシャから離れられなかった。
ごめんな、俺のせいで、アーサーは一人にさせてしまった。俺が父親じゃなかったら、きっと、お前はアーシャと、別の父親と、穏やかな一生を過ごしていたかもしれない。
アーシャには、最後まで、俺が凶星の申し子だとは、言えなかった。
もしかしたら、アーサーは結婚しているか? だったら、絶対に女を怒らせるな。女は怒ると、本当に怖いんだ。
アーシャには、神の祝福が施されていた。あれは、俺でも解除出来なかったんだ。そのまま、神の祝福によって、歪んだままかに思われていた。
子爵家のお家騒動の時、とうとう、アーシャは怒りを爆発させたんだ。その時、妖精殺しの力が発動したんだろう。神の祝福まで吹き飛ばしたんだ。ただの人には見えないが、妖精憑きには見える現象だ。遠くまで、神の祝福が破裂する音が響き渡ったんだ。
女は怒ると、とんでもない力を発揮する。その瞬間を俺は目の当たりにした。
女が怒った時は、ともかく、言い訳もせず、謝るんだ。言い訳なんて、しちゃダメだ。謝って、許してもらえ。その女が、愛して妻にした女なら、猶更だ。大事にしろ。
お前の父親は最低最悪だ。生まれは凶星の申し子だし、母親と出会う前までは、浮気者な妖精憑きだ。だけど、お前の母親はすごい女だ。帝国最強の妖精憑きである筆頭魔法使いティーレットでさえ、俺には勝てなかった。なのに、お前の母親は俺に勝った上、俺の寿命を奪って、たった数年で俺を殺したんだ。誰も出来ることじゃない。お前の母親は、帝国を救った、すごい女なんだ。
だけど、その事は、俺とお前だけの秘密だ。誰にもいうなよ。女帝にだって、内緒だ。
アーシャはただ、俺と一緒に生きて、俺と一緒に死んだだけだ。アーシャは、生きようと思えば、生きれたんだ。他の妖精憑きの寿命を奪えば、今も、息子の側に立っていただろう。なのに、アーシャは純粋に、俺のために、死んだ。俺と違って、アーシャは浮気しない。生涯、俺のものでいてくれた。アーサーのことを捨てたんじゃない。俺の過去にしがみつく女たち、子、孫を見て、アーシャは学んだんだ。
アーサーの父親も、アーシャの夫も、アーシャの妖精憑きも、俺だけだ。
俺は、アーシャには、俺のことを秘密にした。ついでに、アーサー、お前のこともだ。お前、本当は、誕生すら出来なかったんだぞ。アーシャには、腹の中にいる胎児を育てる力が備わっていなかった。だから、俺が寿命を捧げて、育てたんだ。アーシャが、普通の子であってほしい、と願ったから、お前に引き継がれるはずだった妖精殺しの体質もなくすために、寿命を捧げた。アーシャを生かすために、アーサーをただの人に誕生させるために、俺は、四百年もあった寿命を全部使った。後悔していない。俺は、死んだほうがいい存在だ。この寿命をアーシャとアーサーのために使えて、良かった。
なのに、お前、妖精憑きとして誕生しちゃうから、驚いた。禁則地で育てたからかな。
この手紙は、禁則地の妖精に預けた。いつか、アーサーが辺境の領地にやってきた時、届けてもらうように、頼んだ。その時は、貴族になってるか、それとも、皇族として視察に来てるのか。
贅沢は言わない。ただ、元気であればいい。俺もアーシャも、お前の幸福を神と妖精、聖域に祈っている。
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