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破滅-四人目
バラを想う人
学校も卒業して、店のほうも、本格的に中に入って、色々と学んでいた。親父もいい歳だから、楽をさせたかった。ちょっと重い商品を持ち上げるのが、辛そうだった。
ルキエルは、時々、親父の店に立ち寄るようになった。見習い魔法使いハガルとは、仲良くしている姿を見かけた。
「ルキエルの友達は俺だけじゃなかったんだな」
「友達、いっぱいいたっていいだろう」
「俺は、ルキエルの一番の友達でいたい」
不貞腐れた。ルキエル、俺の前では、見習い魔法使いの話を一切しない。適当な世間話をするぐらいだ。
「いつになったら、見習い魔法使いハガルを紹介してくれるんだ?」
「は? どうして?」
「俺は許嫁を紹介した」
「お前、許嫁とハガルは別だろう!! だいたい、紹介する以前に、勝手に会えばいいだろう!!!」
「いっつも、ハガルと仲良く歩いてるよな。俺とは、外で遊んでくれないのに」
「お前はいつも、店の手伝いで忙しそうだから」
「誘ってくれれば、行くよ!!」
「別に、いいけど」
「………やっぱ、やめる」
「どうして!?」
俺はハガルに嫉妬していた。それは、友達という立場を取られた気になっていた。
別に、友達に順位なんてない。ルキエルは、友達なら、平等に付き合ってくれるのだ。だけど、俺は一番に扱ってほしかった。
「もうそろそろ、俺も遊んでられないけどな。ハガルももうそろそろ、一人前の魔法使いになるんだって」
「へー、そうなんだー、詳しいねー」
「もう、帰る」
「待って待って!!」
いざ、ルキエルが帰るというと、俺は止める。
「お前、態度悪いよ。何が気に食わないんだよ」
「俺のルキエルがハガルに取られたから」
「お前のじゃないよ!!」
「俺が先に友達になったのにー」
「………今度、一緒に買い物に行こう」
「よし、明日にしよう」
「いきなりは無理だ。いい日付が決まったら、連絡する。じゃあな」
「あー」
無情にも、ルキエルは帰って行った。どうせ、この後は、見習い魔法使いとどっかの店に行くんだろうな。
「ルキエル様は帰ってしまったか」
しばらくして、親父がやってきた。
「ルキエルに用事があったの? だったら、呼び戻すけど」
「いや、もう、十分にお願いした。もういい」
「?」
親父は、よく、ルキエルと二人で話していた。俺が学校から店に行くと、すぐに親父はハガルから離れた。
俺がいない所で、親父とハガル、どんな話をしているのか、ちょっと気になっていた。だけど、わざわざ聞き出すのも、親父にも嫉妬しているみたいで、恥ずかしいから、俺は気にしないようにしていた。
だが、今日は、おかしな言い方だから、気になった。
「なあ、親父、ルキエルとは、何を話してんだ?」
「そりゃ、世間話だよ。あとは、そうだな、恩返しをしたい、とお願いしている」
「恩返しって」
「いいか、お前は何もするな。僕がやる」
何か思いつめた顔をする親父。最近、親父の様子がおかしかった。
それは、王都の貧民街もだ。
ルキエルの姉リンネットは、本当に色々とやらかした。俺だけに頼っていれば良かったんだ。だけど、俺が許嫁を紹介してから、リンネットは俺を遠ざけた。
別に、俺とリンネットには、恋愛感情はない。リンネットは、ただ、頼りになる人として俺を見ていた。罪の意識に苛まれ、俺に縋ったのだ。俺はただ、口先だけでリンネットを慰め、出来ることは手伝った。
だけど、リンネットは俺を頼らなくなった。いつの間にか、腕っぷしの強そうな彼氏を作った。それも、すぐに別れて、の繰り返しだ。
リンネットの我儘に耐えられなかったのだろう。そう思った。
俺は相変わらず、王都の貧民街に足を運んでいた。別に、リンネットを手伝わなくても、俺は好きで王都の貧民街に行く。
そして、俺は、ルキエルの兄ライホーンから、衝撃的な話を聞く。
「最近は、俺、リンネット様に呼ばれてないけど、さすがに、リンネット様の手伝いをやめさせたのか?」
どう見ても、リンネットは精神的に追い詰められていた。蹂躙されたルキエルの後始末をするのは、リンネットを苦しめるだけだ。毎回、俺が後始末している側で、リンネットは吐いていた。
ライホーンから、ルキエルの父親を説得したのだろう、そう思った。
「ロイドも、あの作業に加わってる」
「な、それは」
いつの間にか、人手が増えていたのだ。
「リンネットは、人を使って、やらせている。腕っぷしのある男に後始末をさせているんだ」
「何、バカなことやってるんだ!?」
あんなもの、表沙汰にするもんじゃない。
「知ってるか? 今の貧民街で、ルキエルのことを知ってる奴はいない。ルキエルを知ってる奴はみんな、親父に殺された。だから、リンネットが連れてくる男どもは、ルキエルが、どこの誰か、知らないんだ」
ルキエルの存在を隠すのは、可能だった。ルキエルはほとんど、あの屋敷に閉じ込められていた。貧民街を歩くこともなくなったのだ。そして、ガキの頃から付き合いのある奴らは、全て、ルキエルの父親が殺した。
そうして、王都の貧民街の支配者の子どもがどこの誰か、という情報を不透明にしたんだ。子どもが五人いるのは多い。逆にいれば、その総数を不透明にすれば、ルキエルの存在は消せる。だって、表に出ることはないのだ。それに、貧民はすぐ死ぬ。人の入れ替わりも激しいから、数年もすれば、ルキエルがいたことは、忘れ去られるし、知っている貧民はいなくなる。
俺は、リンネットの私室に向かった。その日、たまたま、リンネットは私室にいた。
「リンネット様、ルキエルの体を使って、何をやってるんだ!?」
俺の突然の来訪にリンネットは驚くも、俺が責めるようにいうから、すぐに、泣きそうな顔になる。
「アタシ、ただ、もう、アンタには助けてもらってはいけない、と思って、でも、出来なくて、だから、言い寄ってくる男にお願いしたの!! だけど、皆、どんどんと、ルキエルに悪戯するようになって!!!」
「すぐに辞めさせるんだ。次からは、俺がやる」
「知られたくなかったら、と脅されてる。勝手に、ルキエルの体を使って、商売も始められてる」
とんでもないこととなっていた。リンネット、どうしてこう、悪い方にばっかり進むんだ。
綺麗な女だ。皆、リンネットはすごい美女だと勘違いする。見た目や言動がそう勘違いさせるんだ。
実際は、気の小さい、弱い女なんだ。口は悪いが、本当は優しい女なんだ。
ボロボロと泣くリンネット。もう、取返しの付かない所にまできてしまっていた。
「リンネット様、正直に話すんだ。俺も一緒になって、全部、話す」
「イヤよ!! どうせ、また、アタシが悪いって、皆いうのよ!!!」
ずっと、そうなんだろう。
「アタシだって、いい姉になりたかった。だけど、アタシは何も出来ない。なのに、ルキエルは何だって出来る。いつも、威張り散らしている、役立たずな女、と皆、思っているのよ!!」
「それは確かに、そうだな」
「アンタ、こういう時は、違うと言うものでしょう!!」
「事実は変わらない。リンネット様は威張りんぼうの役立たずだ。それが悪いか? もっと威張り散らしていいんだ。リンネット様には、それが許されるんだ」
「ずっと、そう思ってたの!?」
「男が全て、良妻賢母みたいな女が好きなわけじゃない。もっと、自分の価値を理解するんだ。リンネット様、男の扱い、下手すぎるんだよ」
「っ!?」
リンネットは加減がわかっていない。もうちょっと加減すれば、世の男はリンネットに夢中になるんだ。その見た目、体躯には、男を引き寄せる力がある。残念なのは、駆け引きが下手なんだよなー。
「一緒に、謝るから」
「アタシ一人で、どうにかするわよ!!」
「一人で出来ないから、手伝わせたんだろう。もう、あんなこと、やめさせないといけないんだ」
悪循環だ。心底、そう思った。
リンネットの説得だけでは足りない。俺はさっさと屋敷を出た。
そこに、伯爵マクルスが養子を連れてやってきた。
「いつも、ご贔屓いただき、ありがとうございます」
俺はすぐ、伯爵マクルスに頭を下げた。
「ぐっ!?」
何故か、マクルスの養子に首を掴まれて、地面に倒された。そのまま、マクルスの養子が俺の上に圧し掛かる。
俺はそれなりに腕に自信はある。だけど、所詮、授業内だ。命のやり取りをする実践経験がない。この男は、とんでもない経験の持ち主だ。身にまとう空気が違う。
抵抗すら出来なかった。
「義父上、この男と話があります。先に帰っていいですか?」
「お前は、本当に、趣味が悪いな」
伯爵マクルスは、止めなかった。俺は、マクルスの家臣たちに引きずられ、目隠しされて、どこかに連れて行かれた。
気づいたら、どこかの地下牢にいた。拷問に使うような椅子に拘束され、目隠しを外された。目の前には、穏やかな笑顔を貼り付けた、伯爵マクルスの養子が立っていた。
「名前は聞いた。よく義父上が取引に使う店の息子だとか。確か、ダクトというんだな。僕はオクト。これから、穏便に長くお付き合いしたいなら、僕の質問には、慎重に答えろ」
恐怖しかない。地下牢には、生臭さが充満していた。さらに、周囲には、拷問に使うだろう道具が飾られたり、床に転がったりしていた。まだ、古い血がついているものもある。
歯がカチカチとなる。まともに答える自信がなかった。
「お前とリンネットは、付き合ってるのか?」
すぐに、冷静になった。そうか、こいつ、リンネットのことが好きなんだ。顔がもう、そう物語っている。よし、俺は生きて出られる。
「俺はバラよりもユリのほうが好きだ」
「もっと、はっきり言え」
「俺の初恋はルキエルだ」
「おい、茶の準備だ。ルキエルの知り合いだ。丁重に扱え!!」
俺が普通にルキエルの名を出しただけで、扱いが変わった。
一番いい部屋に連れて行かれ、これまたいい茶と菓子が出てきた。我が家でも、ここまでのものは食べたり飲んだりしないな。商品だから。
口にしてみれば、うまかった。
「君の父親の店で取り扱っているものだ。義父上も贔屓にしている」
「初めて口にしました」
「商売人の悪い所だな。商品だからと、口にしたことがないのは、良くない。客に勧めるんだから、きちんと口にするんだ。そうすることで、商品の紹介に色が出る」
「今後、そうします!!」
「それで、ルキエルとはどういう仲なんだ?」
どこまで話していいのかわからなかった。伯爵の養子オクトは、ルキエルと聞いただけで、態度を変えた。
それは、伯爵の家臣たちもだ。ここ、間違えると大変なことになるな。
「オクト様とリンネット様は、どういう関係ですか?」
逆に問い返すと、オクト、お茶を噴き出した。途端、空気が生暖かくなった感じだ。家臣たちは、気を利かせて、部屋から出ていった。
「君とリンネットは、どういう関係なんだ?」
「腐れ縁ですね。俺はルキエルの友達だから、リンネット様にとっては、弟の友達でしょう」
「友達だと!?」
何故か、ルキエルの友達に激しく反応するオクト。
「くそ、僕のことは、友達扱いしない、と言って、平民は友達扱いなんて、おかしい」
そっかー、ルキエル、伯爵の養子オクトとは、距離をとっているんだな。
「俺は、一か月ですが、貧民になりましたから」
「僕は、裸の付き合いだってしてるぞ!!」
「それはそれですごいな。よくもまあ、間違いを起こさない。いや、起こしたのか?」
「起こさないよ!! 僕はルキエルの友達だ。友達相手に、間違いってなんだよ!?」
「俺は起こすな。だから、ルキエルとは絶対に裸の付き合いなんてしない」
「どういう友達だよ!?」
「別に、そういう友達がいたっていいでしょう!! 友達に決まりなんてないんだから!!!」
「………それで、リンネットとは、付き合ってないんだな?」
「無理ですね。俺、リンネット様は圏外なんで」
笑顔で断言する。絶対にリンネットとは間違いは起きない。いつも起きていないからな。
俺の反応に、伯爵の養子オクトは呆れる。
「あんな綺麗な女に欲情しないなんて」
「そこは、好みでしょう。まあ、可哀想だから、ついつい、助けちゃうけど」
「よく、わかっているな」
ちょっと言い過ぎた。だけど、オクトは俺に敵意を向けたりしない。それよりも、リンネットの本質を俺が言ったことに、オクトは何か感じていた。
「どこまで知ってるんだ、リンネットのこと」
「不器用で、何やっても失敗して、強がっているトコ?」
「あの見た目で皆、勘違いするんだ。普通の女がいうと聞き流される言葉も、リンネットがいうと嫌味になる。強気だから、泣き言一つ言えない、可哀想な女だ」
俺はリンネットと接して、リンネットという女をよく知っていた。
だけど、オクトはそんな感じじゃない。リンネットのような女を知っているのだろう。だから、リンネットの本質を見破ったのだ。
「僕としても、リンネットを助けてやりたいが、さすがに、我慢の限界だろう」
何か、起きるのだろう。さすがに、俺の手に余ると感じた。
俺はこの後、丁重に家に帰された。
それからすぐ、王都の貧民街では、大がかりな粛清が起こったという話をルキエルの兄ライホーンから聞いた。
「リンネットを中心にして、内乱を起こそうとしたんだ。結局、親父にバレて、内乱が起こる前に粛清された」
「リンネットはそんな気ないのに。周りが勝手に言っているだけだ」
「リンネットも、無駄に虚勢を張るからな。リンネットは身内だから、手酷い罰だけで許された。リンネットには近づくな。お前はここに来ないほうがいい。もう、狂ってる」
「ルキエルは?」
「もっと酷くなってる。ルキエルな、昔、伯爵様のことを慕ってたんだ。それは、今もだ。だが、伯爵様は、俺たちの母親が好きだったんだ」
「まさか」
「ルキエルは、お袋の身代わりにされてる」
「っ!?」
あの伯爵が、ルキエルを凌辱しているなんて、俺は気持ち悪くなった。もう、ルキエルに対して、何か間違いを起こすことはないだろう。
帰ろうと立ち上がった時、たまたま、伯爵マクルスがやってきた。マクルスは、ルキエルの父親と屋敷の外で話していた。ただの世間話程度な感じだ。
屋敷のドアが勢いよく開き、ルキエルが飛び出した。ルキエルは余所見せず、まっすぐ、マクルスの腕に甘えた。
「なあ、今日はあんたのトコに遊びに行っていいか? オクトに会いたい!!」
「今日、オクトはいない」
「そうなのか!? なんだ、詰まらん」
「珍しい道具が手に入った。見に来るか?」
「えっと、どうしよう」
ルキエルは恐る恐る、と父親を伺い見る。
「行ってこい」
「じゃあ、行く!!」
子どものように無邪気に笑って喜ぶルキエル。
あんなルキエル、俺は知らない。俺は呆然と窓の向こうの光景を見る。
「ルキエルは、ガキの頃から、色々と我慢していた。だから、時々、ああやって、子どもに戻ってる」
「そんなっ」
狂っている。ルキエルは、二人の男に蹂躙され、おかしくなっていた。
ルキエルは、時々、親父の店に立ち寄るようになった。見習い魔法使いハガルとは、仲良くしている姿を見かけた。
「ルキエルの友達は俺だけじゃなかったんだな」
「友達、いっぱいいたっていいだろう」
「俺は、ルキエルの一番の友達でいたい」
不貞腐れた。ルキエル、俺の前では、見習い魔法使いの話を一切しない。適当な世間話をするぐらいだ。
「いつになったら、見習い魔法使いハガルを紹介してくれるんだ?」
「は? どうして?」
「俺は許嫁を紹介した」
「お前、許嫁とハガルは別だろう!! だいたい、紹介する以前に、勝手に会えばいいだろう!!!」
「いっつも、ハガルと仲良く歩いてるよな。俺とは、外で遊んでくれないのに」
「お前はいつも、店の手伝いで忙しそうだから」
「誘ってくれれば、行くよ!!」
「別に、いいけど」
「………やっぱ、やめる」
「どうして!?」
俺はハガルに嫉妬していた。それは、友達という立場を取られた気になっていた。
別に、友達に順位なんてない。ルキエルは、友達なら、平等に付き合ってくれるのだ。だけど、俺は一番に扱ってほしかった。
「もうそろそろ、俺も遊んでられないけどな。ハガルももうそろそろ、一人前の魔法使いになるんだって」
「へー、そうなんだー、詳しいねー」
「もう、帰る」
「待って待って!!」
いざ、ルキエルが帰るというと、俺は止める。
「お前、態度悪いよ。何が気に食わないんだよ」
「俺のルキエルがハガルに取られたから」
「お前のじゃないよ!!」
「俺が先に友達になったのにー」
「………今度、一緒に買い物に行こう」
「よし、明日にしよう」
「いきなりは無理だ。いい日付が決まったら、連絡する。じゃあな」
「あー」
無情にも、ルキエルは帰って行った。どうせ、この後は、見習い魔法使いとどっかの店に行くんだろうな。
「ルキエル様は帰ってしまったか」
しばらくして、親父がやってきた。
「ルキエルに用事があったの? だったら、呼び戻すけど」
「いや、もう、十分にお願いした。もういい」
「?」
親父は、よく、ルキエルと二人で話していた。俺が学校から店に行くと、すぐに親父はハガルから離れた。
俺がいない所で、親父とハガル、どんな話をしているのか、ちょっと気になっていた。だけど、わざわざ聞き出すのも、親父にも嫉妬しているみたいで、恥ずかしいから、俺は気にしないようにしていた。
だが、今日は、おかしな言い方だから、気になった。
「なあ、親父、ルキエルとは、何を話してんだ?」
「そりゃ、世間話だよ。あとは、そうだな、恩返しをしたい、とお願いしている」
「恩返しって」
「いいか、お前は何もするな。僕がやる」
何か思いつめた顔をする親父。最近、親父の様子がおかしかった。
それは、王都の貧民街もだ。
ルキエルの姉リンネットは、本当に色々とやらかした。俺だけに頼っていれば良かったんだ。だけど、俺が許嫁を紹介してから、リンネットは俺を遠ざけた。
別に、俺とリンネットには、恋愛感情はない。リンネットは、ただ、頼りになる人として俺を見ていた。罪の意識に苛まれ、俺に縋ったのだ。俺はただ、口先だけでリンネットを慰め、出来ることは手伝った。
だけど、リンネットは俺を頼らなくなった。いつの間にか、腕っぷしの強そうな彼氏を作った。それも、すぐに別れて、の繰り返しだ。
リンネットの我儘に耐えられなかったのだろう。そう思った。
俺は相変わらず、王都の貧民街に足を運んでいた。別に、リンネットを手伝わなくても、俺は好きで王都の貧民街に行く。
そして、俺は、ルキエルの兄ライホーンから、衝撃的な話を聞く。
「最近は、俺、リンネット様に呼ばれてないけど、さすがに、リンネット様の手伝いをやめさせたのか?」
どう見ても、リンネットは精神的に追い詰められていた。蹂躙されたルキエルの後始末をするのは、リンネットを苦しめるだけだ。毎回、俺が後始末している側で、リンネットは吐いていた。
ライホーンから、ルキエルの父親を説得したのだろう、そう思った。
「ロイドも、あの作業に加わってる」
「な、それは」
いつの間にか、人手が増えていたのだ。
「リンネットは、人を使って、やらせている。腕っぷしのある男に後始末をさせているんだ」
「何、バカなことやってるんだ!?」
あんなもの、表沙汰にするもんじゃない。
「知ってるか? 今の貧民街で、ルキエルのことを知ってる奴はいない。ルキエルを知ってる奴はみんな、親父に殺された。だから、リンネットが連れてくる男どもは、ルキエルが、どこの誰か、知らないんだ」
ルキエルの存在を隠すのは、可能だった。ルキエルはほとんど、あの屋敷に閉じ込められていた。貧民街を歩くこともなくなったのだ。そして、ガキの頃から付き合いのある奴らは、全て、ルキエルの父親が殺した。
そうして、王都の貧民街の支配者の子どもがどこの誰か、という情報を不透明にしたんだ。子どもが五人いるのは多い。逆にいれば、その総数を不透明にすれば、ルキエルの存在は消せる。だって、表に出ることはないのだ。それに、貧民はすぐ死ぬ。人の入れ替わりも激しいから、数年もすれば、ルキエルがいたことは、忘れ去られるし、知っている貧民はいなくなる。
俺は、リンネットの私室に向かった。その日、たまたま、リンネットは私室にいた。
「リンネット様、ルキエルの体を使って、何をやってるんだ!?」
俺の突然の来訪にリンネットは驚くも、俺が責めるようにいうから、すぐに、泣きそうな顔になる。
「アタシ、ただ、もう、アンタには助けてもらってはいけない、と思って、でも、出来なくて、だから、言い寄ってくる男にお願いしたの!! だけど、皆、どんどんと、ルキエルに悪戯するようになって!!!」
「すぐに辞めさせるんだ。次からは、俺がやる」
「知られたくなかったら、と脅されてる。勝手に、ルキエルの体を使って、商売も始められてる」
とんでもないこととなっていた。リンネット、どうしてこう、悪い方にばっかり進むんだ。
綺麗な女だ。皆、リンネットはすごい美女だと勘違いする。見た目や言動がそう勘違いさせるんだ。
実際は、気の小さい、弱い女なんだ。口は悪いが、本当は優しい女なんだ。
ボロボロと泣くリンネット。もう、取返しの付かない所にまできてしまっていた。
「リンネット様、正直に話すんだ。俺も一緒になって、全部、話す」
「イヤよ!! どうせ、また、アタシが悪いって、皆いうのよ!!!」
ずっと、そうなんだろう。
「アタシだって、いい姉になりたかった。だけど、アタシは何も出来ない。なのに、ルキエルは何だって出来る。いつも、威張り散らしている、役立たずな女、と皆、思っているのよ!!」
「それは確かに、そうだな」
「アンタ、こういう時は、違うと言うものでしょう!!」
「事実は変わらない。リンネット様は威張りんぼうの役立たずだ。それが悪いか? もっと威張り散らしていいんだ。リンネット様には、それが許されるんだ」
「ずっと、そう思ってたの!?」
「男が全て、良妻賢母みたいな女が好きなわけじゃない。もっと、自分の価値を理解するんだ。リンネット様、男の扱い、下手すぎるんだよ」
「っ!?」
リンネットは加減がわかっていない。もうちょっと加減すれば、世の男はリンネットに夢中になるんだ。その見た目、体躯には、男を引き寄せる力がある。残念なのは、駆け引きが下手なんだよなー。
「一緒に、謝るから」
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「いつも、ご贔屓いただき、ありがとうございます」
俺はすぐ、伯爵マクルスに頭を下げた。
「ぐっ!?」
何故か、マクルスの養子に首を掴まれて、地面に倒された。そのまま、マクルスの養子が俺の上に圧し掛かる。
俺はそれなりに腕に自信はある。だけど、所詮、授業内だ。命のやり取りをする実践経験がない。この男は、とんでもない経験の持ち主だ。身にまとう空気が違う。
抵抗すら出来なかった。
「義父上、この男と話があります。先に帰っていいですか?」
「お前は、本当に、趣味が悪いな」
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気づいたら、どこかの地下牢にいた。拷問に使うような椅子に拘束され、目隠しを外された。目の前には、穏やかな笑顔を貼り付けた、伯爵マクルスの養子が立っていた。
「名前は聞いた。よく義父上が取引に使う店の息子だとか。確か、ダクトというんだな。僕はオクト。これから、穏便に長くお付き合いしたいなら、僕の質問には、慎重に答えろ」
恐怖しかない。地下牢には、生臭さが充満していた。さらに、周囲には、拷問に使うだろう道具が飾られたり、床に転がったりしていた。まだ、古い血がついているものもある。
歯がカチカチとなる。まともに答える自信がなかった。
「お前とリンネットは、付き合ってるのか?」
すぐに、冷静になった。そうか、こいつ、リンネットのことが好きなんだ。顔がもう、そう物語っている。よし、俺は生きて出られる。
「俺はバラよりもユリのほうが好きだ」
「もっと、はっきり言え」
「俺の初恋はルキエルだ」
「おい、茶の準備だ。ルキエルの知り合いだ。丁重に扱え!!」
俺が普通にルキエルの名を出しただけで、扱いが変わった。
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「初めて口にしました」
「商売人の悪い所だな。商品だからと、口にしたことがないのは、良くない。客に勧めるんだから、きちんと口にするんだ。そうすることで、商品の紹介に色が出る」
「今後、そうします!!」
「それで、ルキエルとはどういう仲なんだ?」
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それは、伯爵の家臣たちもだ。ここ、間違えると大変なことになるな。
「オクト様とリンネット様は、どういう関係ですか?」
逆に問い返すと、オクト、お茶を噴き出した。途端、空気が生暖かくなった感じだ。家臣たちは、気を利かせて、部屋から出ていった。
「君とリンネットは、どういう関係なんだ?」
「腐れ縁ですね。俺はルキエルの友達だから、リンネット様にとっては、弟の友達でしょう」
「友達だと!?」
何故か、ルキエルの友達に激しく反応するオクト。
「くそ、僕のことは、友達扱いしない、と言って、平民は友達扱いなんて、おかしい」
そっかー、ルキエル、伯爵の養子オクトとは、距離をとっているんだな。
「俺は、一か月ですが、貧民になりましたから」
「僕は、裸の付き合いだってしてるぞ!!」
「それはそれですごいな。よくもまあ、間違いを起こさない。いや、起こしたのか?」
「起こさないよ!! 僕はルキエルの友達だ。友達相手に、間違いってなんだよ!?」
「俺は起こすな。だから、ルキエルとは絶対に裸の付き合いなんてしない」
「どういう友達だよ!?」
「別に、そういう友達がいたっていいでしょう!! 友達に決まりなんてないんだから!!!」
「………それで、リンネットとは、付き合ってないんだな?」
「無理ですね。俺、リンネット様は圏外なんで」
笑顔で断言する。絶対にリンネットとは間違いは起きない。いつも起きていないからな。
俺の反応に、伯爵の養子オクトは呆れる。
「あんな綺麗な女に欲情しないなんて」
「そこは、好みでしょう。まあ、可哀想だから、ついつい、助けちゃうけど」
「よく、わかっているな」
ちょっと言い過ぎた。だけど、オクトは俺に敵意を向けたりしない。それよりも、リンネットの本質を俺が言ったことに、オクトは何か感じていた。
「どこまで知ってるんだ、リンネットのこと」
「不器用で、何やっても失敗して、強がっているトコ?」
「あの見た目で皆、勘違いするんだ。普通の女がいうと聞き流される言葉も、リンネットがいうと嫌味になる。強気だから、泣き言一つ言えない、可哀想な女だ」
俺はリンネットと接して、リンネットという女をよく知っていた。
だけど、オクトはそんな感じじゃない。リンネットのような女を知っているのだろう。だから、リンネットの本質を見破ったのだ。
「僕としても、リンネットを助けてやりたいが、さすがに、我慢の限界だろう」
何か、起きるのだろう。さすがに、俺の手に余ると感じた。
俺はこの後、丁重に家に帰された。
それからすぐ、王都の貧民街では、大がかりな粛清が起こったという話をルキエルの兄ライホーンから聞いた。
「リンネットを中心にして、内乱を起こそうとしたんだ。結局、親父にバレて、内乱が起こる前に粛清された」
「リンネットはそんな気ないのに。周りが勝手に言っているだけだ」
「リンネットも、無駄に虚勢を張るからな。リンネットは身内だから、手酷い罰だけで許された。リンネットには近づくな。お前はここに来ないほうがいい。もう、狂ってる」
「ルキエルは?」
「もっと酷くなってる。ルキエルな、昔、伯爵様のことを慕ってたんだ。それは、今もだ。だが、伯爵様は、俺たちの母親が好きだったんだ」
「まさか」
「ルキエルは、お袋の身代わりにされてる」
「っ!?」
あの伯爵が、ルキエルを凌辱しているなんて、俺は気持ち悪くなった。もう、ルキエルに対して、何か間違いを起こすことはないだろう。
帰ろうと立ち上がった時、たまたま、伯爵マクルスがやってきた。マクルスは、ルキエルの父親と屋敷の外で話していた。ただの世間話程度な感じだ。
屋敷のドアが勢いよく開き、ルキエルが飛び出した。ルキエルは余所見せず、まっすぐ、マクルスの腕に甘えた。
「なあ、今日はあんたのトコに遊びに行っていいか? オクトに会いたい!!」
「今日、オクトはいない」
「そうなのか!? なんだ、詰まらん」
「珍しい道具が手に入った。見に来るか?」
「えっと、どうしよう」
ルキエルは恐る恐る、と父親を伺い見る。
「行ってこい」
「じゃあ、行く!!」
子どものように無邪気に笑って喜ぶルキエル。
あんなルキエル、俺は知らない。俺は呆然と窓の向こうの光景を見る。
「ルキエルは、ガキの頃から、色々と我慢していた。だから、時々、ああやって、子どもに戻ってる」
「そんなっ」
狂っている。ルキエルは、二人の男に蹂躙され、おかしくなっていた。
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だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
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支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
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このお話はムーンライトでも投稿してます〜
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