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第六章

男前な彼女 1

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梅雨も明け、いよいよ本格的な夏を迎え待ちに待った夏休みがやってきた。
とはいえ、僕は夏休みに入っても休みとはとてもじゃないけど言えない、稽古漬けの日々を送っている。

お昼ごはんを食べ終えてお茶を飲みながら一服していると、玄関のチャイムが鳴り、姉さんが「はあい」と出て行った。
すると戻ってきた姉さんが僕の側によってくる。

「お客さん」
「僕?」
「うん、宇野さんが来てる」

はあっ。

「分かった。行ってくる」

僕は湯呑をおいて、玄関へと向かった。
宇野は玄関の外で、俯きながら僕を待っていた。

「宇野」
僕が声をかけると、宇野は顔を上げて「ごめんね忙しいのに」と謝った。

らしくない神妙さに、何だかこちらが悪い事をしているかのような気分になる。

「いや。大丈夫、どうした?」
「…本当は見学にと思って電話したんだけどね、もう見学は受け付けていないって断られたから」
「ああ、もう公演が近いから。さすがに見学者を受け入れる余裕がないんだよ」

「そっか…」
宇野はそう言って視線を下に落とす。

「…」

どうするべきかな…。何度も拒絶するのも違うような気がするし…。

僕が悶々と考えていると、宇野が顔を上げて僕を見た。
その顔が微妙に悲しげで、何故だか僕の胸まで痛くなる。

「あのさ…。こないだ、彼女と話したよ」
こないだ…。

「ああ、うん。そうだってな」
「彼女から聞いたの?」
「いや、梓からは何も聞いてない。姉さんがさ、宇野が梓に声をかけてるのを見て教えてくれたんだ」
「お姉さんが…? そうなんだ…」

宇野の目つきが何だかさっきよりきついものになってきている。
何だ…?

「彼女、強いね」
「え」

強い…?
強いってどういう意味?

「私あの人に、中学のころからずっと好きで今でも忘れられないから諦める気なんてないって言ったんだよ? それなのにしれっとしてさ。本当にあの人、由紀也の事好きなの?」

宇野はそう言いながら僕の腕を強く引く。
その時の事を思い出しているのか興奮しているようで、結構な強さだ。

「宇野、ちょっと…」

僕は宇野の手を剥がそうと、捕まえられている反対側の手で宇野の腕を掴んだ。

「わたしの方がずっと由紀也の事…」
「ちょっと宇野…手を…」

ぺりっ

へ?

突然、あんなにくっついていた宇野の体が僕から離れて行った。
宇野の背後に視線を向けると、梓が宇野を僕から後ろに引きはがしていた。
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