お姉ちゃんはぼくのせいにしている

らいち

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第三章

それぞれの重荷

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「なんなの、あいつ。楓、大丈夫?」
「大丈夫だよ。小川君も、悪気はないと思うんだ」
「悪気がなければいいってもんでもないと思うけど」
「うん。……ま、入って。なに持ってきた?」
「数学と英語」
「あ~、一人でやりたくないやつ」
「そうそう。お邪魔しまーす」

 玄関を上がりながら、佳奈は大声で挨拶をした。中からお母さんが顔を出す。

「佳奈ちゃん、いらっしゃい。久し振り、大きくなったわね」
「あはは、はい。……あの、翔君に挨拶させてもらってもいいですか?」
「もちろんよ。ありがとうね、佳奈ちゃん」
「……いいえ。ずいぶんご無沙汰してしまって」

 佳奈がお母さんに会うのは、翔の葬式に佳奈のお母さんと参列してくれた日以来だから、本当にもうずいぶんになる。
 もちろん佳奈はバレーボール倶楽部に入っていたわけだし、それほど普段から暇があるわけではなかった。だけどそれでも、誕生日とかクリスマスとかには互いの家を行き来するくらいの間柄ではあったんだ。なのにそれが、あの日を境にぱたりと無くなった。
 それはおそらく、私が翔との約束を破ったことで、佳奈をも翔の死に巻き込んでしまったと彼女に負い目を感じているように、佳奈も佳奈で、私をあの日倶楽部に誘ったことに対して負い目を感じているからに違いないと思うのだ。

 今日一緒に勉強しようと私の家に行くことを考えてくれたのは、佳奈も佳奈なりに、あの時に抱えてしまった後悔と向きあいたい気持ちがあったからなのかもしれない。
 正座して、真剣な表情で翔の仏壇に手を合わせる佳奈を見ていると、そんな考えが頭をよぎった。

「それじゃあ佳奈、部屋に行こうか」
「うん」

 佳奈を部屋に案内するのは本当に久し振りで、一瞬小学生時代にタイムスリップしたかのような気分になった。

「あんまり変わってないね。……でも、もうちょっと広い部屋かと思ってた」
「んなわけない。佳奈が大きくなったんだよ」
「ははっ。そりゃそうか」

 まずは数学からと教科書を開いた。

「これさ、問題見ただけで眠くならない?」
「そんなこと言ってたら進まないよ、佳奈。これはさ、こっちの公式あてはめるんだよ」
「えっ? ああ、これ……」
「で、例題のようにやっていくと――ね?」
「楓、すごい」
「すごくない、すごくない。ほかも同じようにやってみよ」
「うーん、分かった」

 私もそれほど人のことは言えないけれど、勉強が嫌いだと宣言するだけあって、佳奈の集中力は酷いものだった。
 一応頼ってもらった手前もあるので、問題に詰まり泣きごとを言う佳奈をなだめすかしてなんとかやる気を出してもらったり、たまには一緒にだらだらしながら時間を過ごした。

「あー、佳奈のおかげで勉強進んだ~」
 バタンと後ろに倒れて伸びをする。

「ほんとかよ」と笑いながら、佳奈も同じように私の隣に寝転んだ。

 ほんの少しだけ言葉が途切れて沈黙が落ちた。佳奈との間では、特に気にすることでもないのだけど。

「あのさ」と、佳奈。
「うん?」
「……なんていうか、ごめんね。今日はありがとう」
「ええっ? なに? 私なんにもしてないよ」
「いいの、私にとってはごめんとありがとうだから」
「そっか、じゃあ私もごめんとありがとう」

 私と佳奈は、顔を見合わせて笑った。
 肝心なことは言わないし言う気もないけど。でも、それでいいと思えた。
 気づいていても、口にされたくない言葉はあるのだ。少なくても私には。

「また遊びに来てもいい?」
「もちろんだよ」
「前みたいに、しょっちゅうは来れないけど」
「……うん」

 またほんの少しの沈黙。今度は私がそれを破った。

「期待してるし応援してるからさ」
「……うん」
 佳奈の顔が、くしゃりと歪んだ。

 ねえこれ、本心だからね。
 言葉にはせずに、私は心の中でつぶやいた。

 陽が少し落ちかけている。
 ひと段落というほどの勉強はできなかったけれど、だんだん薄暗くなってきたので佳奈は帰り支度を始めた。

「楽しい時間は、あっという間だね」
「勉強はあんまり捗らなかったけどね」

 二人で顔を見合わせて笑った。
 気配を察したのか、お母さんが奥から顔を覗かせた。

「佳奈ちゃん、もう帰るの?」
「はい、お邪魔しました」
「また来てね」
「……ありがとうございます」

 ほんの少し言葉に詰まった佳奈に、お母さんは優しくほほ笑んだ。

 言葉にできなくても、みんな心の底にそれぞれの重荷が眠っている。
 そしてそれは、なにもかも私がきっかけのものだった。
  
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