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緑への回帰
ナイキ侯爵のひそかな思惑
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それから3日も経たないうちに、ナイキ侯爵が執務室にやって来た。
「陛下、お話があります」
突然現れたナイキ侯爵に対し、セレンは叱ることなく招き入れた。ちょうど侯爵にも、今回の体制の変革に対して報告せねばと思っていたところだったのだ。
「ちょうど良かった。私も侯爵に話をせねばと思っていたのだ。ルウク、フリッツを呼んできてくれ。それとシガとハイドにもここに来るよう伝えてくれ」
「畏まりました」
ルウクは手元の資料もそのままに、素早く執務室を出て行った。
セレンに通されソファに腰をかけたナイキ侯爵は忌々しそうな顔をしている。そんな侯爵に対しても飄々とした態度を崩さないセレンに、腹の虫が治まらない様子だ。
「今回の件は、どうして事前にご相談していただけなかったのですか?」
「ああ……、誰かに聞いたのか。相変わらず早耳だな」
「早くなど無いでしょう。私の所に報告が来た時には、もう王族の方々の了承を受けた後なのですから」
憤懣やるかたなしといった珍しいナイキ侯爵の表情に、セレンはなんだか留飲が下がる思いであった。本をただせば強かな侯爵のせいで、なりたくもないこの国王の座に就く羽目になったのだ。もちろんそのおかげで、以前から懸念していた事柄を改革することが出来たのも事実なのだが。
「事前に相談をしなかったのは悪かったが、侯爵にこの話を切り出すより先に、王族の者たちに了承を得るのが先だと思ったのだ。これは私には理解出来ないことだが、きっと王族の者たちにとってはとても大切な事だろうからな」
長い間、己の先祖たちがこの国を治め率いてきたのだ。きっとそれを誇りに思い、未来永劫続くものだと確信していたに違いない。
なるべきではなく不本意の内に続けてきた国王という地位。それでも王族やその配下の貴族たちとの交流の中で、セレンなりに分かってきたことも多々あった。だから大切に守り続けているその誇りというものを、蔑ろにせずに出来るのなら、それが一番だと思えたのだ。
万が一にも王族たちの反対にあった場合には、考え直す覚悟も出来ていた。しかしその誇り高き彼らにも、セレンの辛抱強い改革の中で見えてきたことがあったのだ。それは双方とも少しずつではあるが、心を通わすことに繋がる着実な進歩だったのである。
一理あるセレンの言葉に、さすがの侯爵もそれ以上質すことは出来ないと判断し、背もたれに体を預けた。
「フリッツ長官が来られました」
ルウクの言葉にセレンとナイキ侯爵が頭を上げる。シガやハイドもフリッツの後から顔を出した。
「忙しいところすまないな。報告と相談があるんだ。座ってくれ」
セレンに勧められ、フリッツとシガが席に着く。ハイドはルウクの横に椅子を引いて腰かけ、クラウンも、自分の席から何事が始まるのかとセレンらの方に視線を向けた。
「これは既に、王族一同にも了承を得ている事だ。ただ、その手法に関しては私らの手にゆだねられている」
「なんでしょうか?」
ナイキ侯爵は既にあらかたの事は配下の者からの報告があり分かっているのだが、フリッツは初めて聞く事柄だった。
「まず、国王の権限は縮小される」
「――なんですと?」
「……国王の権限は最小限に縮小して、新たに大臣らの上に立ち、総てを取りまとめて管理する立場の者を創設する。実質、国の進むべき道や民が幸せに暮らしていくにはどうしたらいいのかを主導する職務を負ってもらう」
「お待ちください陛下。それは今まで国王たる陛下のお役目ではありませんか。何故わざわざその役割を放棄して、新たに職務を設ける必要があるのですか」
シエイ王が健在だったころからシザク王の教育係として王家に仕えて来たフリッツには、セレンが言わんとしている事への理解が出来なかった。国王はこの国の為に在り続け、そして民も、国王を崇拝し敬愛しなければならないものだという思いが、フリッツの根底に流れているのだ。
「……国王が世襲で決められる限り、国の長として君臨し続けることは無用な争いを生む。権力欲を欲するバカの為に兄上は殺された。フリッツだって忘れたわけでは無いであろう?」
「…………」
「それに、長い世襲の歴史の中には、恥ずべき先祖がいたこともしっかりと記されているしな」
「それで権限を縮小された国王は、一体何を為さるのです?」
「まあ、ここに居る者は大体気付いてはいただろうが、私は本当は国王という存在自体を無くしてしまおうかとも思っていた。だが国王としての仕事を続けていくうちに、国内事情はさておき、外交上では王国であるこのソルダンが、突然国王の存在を無い者として扱う国に変貌してしまったとあっては、いらぬ邪推をされかねないだろうと思ったのだ。運が悪ければ、国内事情が荒んでいると勘違いした敵対国に、侵略のきっかけを与えてしまう事態にもなりかねない」
「左様ですな」
「それで国王の仕事だが、主に外交上必要に応じて対処する。国賓を招いてのもてなしや、相手国の国王や首長に対する儀礼的な行事などだ。……それと、今までは法案の作成や改革など、国王が先導し議会を開いて皆の承認を得るようにしていただろう? その役割は新しく大臣の上に立ち、国を率いていく職に就いたものに移譲する。ただし、法案の成立にかかわる議会には参加する。それに国王には拒否権を与えるという事で、王族も、国の主軸になる事柄に関して関わっているのだという関心を持ってもらいたいとも思っている」
「拒否権ですか……」
今まで黙って成り行きを見守っていたシガが口を挟んだ。
セレンが考えていることは大体把握してはいたが、事細かい部分までは聞いておらず、国政からもっと距離を置くものだと思っていたので、シガにとってはこのセレンの考えは意外でもあった。
「そうは言ってもな、絶対的な拒否権では無いぞ。国王を含めた3割以上が拒否を示した場合に限り、拒否権は発動されるものとする。たかだか3割の同意も得られないような拒否では、単に国王のわがままと取られても仕方がないからな」
「陛下、お話があります」
突然現れたナイキ侯爵に対し、セレンは叱ることなく招き入れた。ちょうど侯爵にも、今回の体制の変革に対して報告せねばと思っていたところだったのだ。
「ちょうど良かった。私も侯爵に話をせねばと思っていたのだ。ルウク、フリッツを呼んできてくれ。それとシガとハイドにもここに来るよう伝えてくれ」
「畏まりました」
ルウクは手元の資料もそのままに、素早く執務室を出て行った。
セレンに通されソファに腰をかけたナイキ侯爵は忌々しそうな顔をしている。そんな侯爵に対しても飄々とした態度を崩さないセレンに、腹の虫が治まらない様子だ。
「今回の件は、どうして事前にご相談していただけなかったのですか?」
「ああ……、誰かに聞いたのか。相変わらず早耳だな」
「早くなど無いでしょう。私の所に報告が来た時には、もう王族の方々の了承を受けた後なのですから」
憤懣やるかたなしといった珍しいナイキ侯爵の表情に、セレンはなんだか留飲が下がる思いであった。本をただせば強かな侯爵のせいで、なりたくもないこの国王の座に就く羽目になったのだ。もちろんそのおかげで、以前から懸念していた事柄を改革することが出来たのも事実なのだが。
「事前に相談をしなかったのは悪かったが、侯爵にこの話を切り出すより先に、王族の者たちに了承を得るのが先だと思ったのだ。これは私には理解出来ないことだが、きっと王族の者たちにとってはとても大切な事だろうからな」
長い間、己の先祖たちがこの国を治め率いてきたのだ。きっとそれを誇りに思い、未来永劫続くものだと確信していたに違いない。
なるべきではなく不本意の内に続けてきた国王という地位。それでも王族やその配下の貴族たちとの交流の中で、セレンなりに分かってきたことも多々あった。だから大切に守り続けているその誇りというものを、蔑ろにせずに出来るのなら、それが一番だと思えたのだ。
万が一にも王族たちの反対にあった場合には、考え直す覚悟も出来ていた。しかしその誇り高き彼らにも、セレンの辛抱強い改革の中で見えてきたことがあったのだ。それは双方とも少しずつではあるが、心を通わすことに繋がる着実な進歩だったのである。
一理あるセレンの言葉に、さすがの侯爵もそれ以上質すことは出来ないと判断し、背もたれに体を預けた。
「フリッツ長官が来られました」
ルウクの言葉にセレンとナイキ侯爵が頭を上げる。シガやハイドもフリッツの後から顔を出した。
「忙しいところすまないな。報告と相談があるんだ。座ってくれ」
セレンに勧められ、フリッツとシガが席に着く。ハイドはルウクの横に椅子を引いて腰かけ、クラウンも、自分の席から何事が始まるのかとセレンらの方に視線を向けた。
「これは既に、王族一同にも了承を得ている事だ。ただ、その手法に関しては私らの手にゆだねられている」
「なんでしょうか?」
ナイキ侯爵は既にあらかたの事は配下の者からの報告があり分かっているのだが、フリッツは初めて聞く事柄だった。
「まず、国王の権限は縮小される」
「――なんですと?」
「……国王の権限は最小限に縮小して、新たに大臣らの上に立ち、総てを取りまとめて管理する立場の者を創設する。実質、国の進むべき道や民が幸せに暮らしていくにはどうしたらいいのかを主導する職務を負ってもらう」
「お待ちください陛下。それは今まで国王たる陛下のお役目ではありませんか。何故わざわざその役割を放棄して、新たに職務を設ける必要があるのですか」
シエイ王が健在だったころからシザク王の教育係として王家に仕えて来たフリッツには、セレンが言わんとしている事への理解が出来なかった。国王はこの国の為に在り続け、そして民も、国王を崇拝し敬愛しなければならないものだという思いが、フリッツの根底に流れているのだ。
「……国王が世襲で決められる限り、国の長として君臨し続けることは無用な争いを生む。権力欲を欲するバカの為に兄上は殺された。フリッツだって忘れたわけでは無いであろう?」
「…………」
「それに、長い世襲の歴史の中には、恥ずべき先祖がいたこともしっかりと記されているしな」
「それで権限を縮小された国王は、一体何を為さるのです?」
「まあ、ここに居る者は大体気付いてはいただろうが、私は本当は国王という存在自体を無くしてしまおうかとも思っていた。だが国王としての仕事を続けていくうちに、国内事情はさておき、外交上では王国であるこのソルダンが、突然国王の存在を無い者として扱う国に変貌してしまったとあっては、いらぬ邪推をされかねないだろうと思ったのだ。運が悪ければ、国内事情が荒んでいると勘違いした敵対国に、侵略のきっかけを与えてしまう事態にもなりかねない」
「左様ですな」
「それで国王の仕事だが、主に外交上必要に応じて対処する。国賓を招いてのもてなしや、相手国の国王や首長に対する儀礼的な行事などだ。……それと、今までは法案の作成や改革など、国王が先導し議会を開いて皆の承認を得るようにしていただろう? その役割は新しく大臣の上に立ち、国を率いていく職に就いたものに移譲する。ただし、法案の成立にかかわる議会には参加する。それに国王には拒否権を与えるという事で、王族も、国の主軸になる事柄に関して関わっているのだという関心を持ってもらいたいとも思っている」
「拒否権ですか……」
今まで黙って成り行きを見守っていたシガが口を挟んだ。
セレンが考えていることは大体把握してはいたが、事細かい部分までは聞いておらず、国政からもっと距離を置くものだと思っていたので、シガにとってはこのセレンの考えは意外でもあった。
「そうは言ってもな、絶対的な拒否権では無いぞ。国王を含めた3割以上が拒否を示した場合に限り、拒否権は発動されるものとする。たかだか3割の同意も得られないような拒否では、単に国王のわがままと取られても仕方がないからな」
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