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 真っ赤に染まった光景。それは俺の血液によるものかと思っていた……しかし、違った。
 それは紅蓮の炎。
 天高く火柱を上げ、襲いくる腕を焼き払う。熱い、いや暖かい。
 化け物の片腕を炭と化す炎は俺を母親のような暖かさで包み込んだ。
 聞こえる幼い声。

「力が欲しいのじゃろ? 先の行動を見て、主《ぬし》の事を気に入った」

 突如として現れた幼女。
 地まで着くほど長く赤い髪を雪帽子のように垂らし、俺に手を差し伸べる。

「な、何者だ……お前……?」
「妾はイラグリス・ボル・グラオール」
「……日本人じゃ……ない?」
「クク、笑わせるな。日本人でなければ外国人でも無い、妾は主らにとっては異世界人といえよう」

 異世界……この奇妙な世界の事を先ほどそう表現した。だが、この幼女の事を異世界人と言われてもパッと来ない。
 凛とした綺麗な顔立ちに白い肌、そして1メートルも無い低い身長。どこからどう見て人間の幼女だ。

「む? 信じておらぬのか……まぁ良い、この格好では仕方あるまいからな」
「この炎はお前が?」
「うむ、炎を司り全てを燃やす煉獄の龍、それが妾じゃからな!!」

 無い胸を張って言われても、あまりに現実離れしたセリフに説得力は生まれない。
 ……けど、この子が俺の事をこの炎で助けてくれたのは確かみたいだ。それに————

「受け入れた……って」
「力が欲しいのじゃろ? あの化け物、縫合獣《ほうごうじゅう》を倒す力が」
「……あぁ、欲しいさ。出来る事なら縫合獣とやらをぶっ飛ばして、ポニテを救いたい!」
「ぽに……? まぁよい、ならば妾と契約を結べ。さすれば奴など簡単に吹き飛ばせるじゃろう」
「契約……」

 なんだかよくわからない展開になってきたな。だけど、考える事はいたってシンプル。
 ポニテを救うには化け物を倒さなくちゃダメ=今の俺では無理=力が必要=少女の言う事を聞くべき、だ!
 目の前の化け物は腕を焼かれた事に狼狽えている。今がチャンス。

「わかった! やろう、その契約とやらを!!」
「物分かりが早くて助かるぞ」
「全然分かってないがな! で、どうすればいい!?」
「頭の中に浮かんだ文字を読め、そして妾の手を握るのじゃ」
「OK!」

 俺は瞳を閉じ、言われるがままに頭に浮かぶ文字とやらを探した。
 すると、ぼんやりだが見たことも無いような形をした文字がふわふわと宙に浮いている光景が映る。
「読めねえよ!」と突っ込みを入れようとした瞬間、口が勝手に動きだした。


 爆炎の衣を纏いて

 悪しき魂を焼き尽くす

 終焉は轟音と共に

 全ての物質を無に還す

 叫べ、我が名は————


「イラグリス・ボル・グラオール!!!!」

 刹那、火柱は円形になり俺と幼女を囲った。幼女は炎の中に溶け込むと火の輪は体を中心に回転を始め、徐々に小さくなっていく。
 飛散した火花が腕や足、胴体に当たったかと思えば眩いばかりの紺色の光が周辺に解き放たれ、一瞬視界を塞いだ。

 そして……再び目を見開いた時、俺は自分の姿に驚愕する事となる。

「な、すげぇ。変身ヒーローじゃねーか」

 着用していた制服は無くなり、大事な部分は赤い鱗のような物で隠されている。肌色が多めではあるが、中々にカッコいいデザインだ。
 腕には手甲のような物が付いており、そこから長く鋭い3本の爪が伸びている。伝説上の生物“龍”を彷彿とさせた。

 だが……1つ欠点があった。

「完全に幼女だな……これは」

 周りの物体が巨大化したかと思ったが、そうでは無い。俺はイラグリスと名乗った幼女と同等の体格へと変貌を遂げたのだ。容姿を確認する事は出来ないが……もしかすると……。

(うむ!! 契約成功じゃな、主とは適正が合うと思っておったぞ!)
「ぬぉぉ!?」

 頭の中に直接響く幼女の声に驚き、その場で尻餅を付いてしまう。

「どこから話しかけてんだ!?」
(主……いや、手騎《てき》の中からじゃよ)
「中って……やっぱりそうか……」
(察しがいいのぉ)

 どうやら俺は幼女になってしまった……らしい。
 ってことはだ、俺が彼女の体を操って戦わないといけない……ということだろうか。
 力が欲しいと言ったが、本当にこれで強くなれるのか?

「ッ……はぁ……まさか、幼女になるなんて……」
(そうショックを受けるで無い。妾の力を手にしたのじゃ、無双に無敵、無我夢中ぞ)
「意味わかんねぇ……けど、強いなら……やる事は1つだな」

 ため息混じりに立ち上がり、目を擦り戦闘態勢に戻った化け物と対峙する。
 先ほどよりもデカく感じるが、不思議と恐怖心は薄まっていた。
 これだけの代償を支払ったのだ……弱かったら承知しな————ん!?

「お、おい……なななな、なんだよ!? これはよぉ!?!!」
(どうした!?)

 壊れた残骸の中に紛れたガラス片に今の俺の姿がはっきりと映し出されている事に気が付いた。予想通り、幼女とそっくりの風貌だ……いや、注目するべき点はそこでは無い。

「ぁあ、デメリットなんてなかったんだ……はは、はははは」
(どうしたと聞いておる! ブツブツと……気味が悪いのじゃ)
「いや、な。見ろよこれ……」

 腕を背中に回し、感触を確かめた。手櫛を通しても引っかかる事のない完璧な質、色、キューティクル。
 まさか、まさかまさかまさか、俺は遂に、遂になったんだ。

「ポニーテールじゃねぇか!!!!」

 そう、俺は幼女と契約することにより————ポニテ美女へと変身した。
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